177 武具更新
遠出から一日もたたずに帰ってきた俺にロゾットさんたちが少し驚いた表情を見せる。
「二日くらいかかると言っていませんでした?」
「予想以上に早く終わったんだ。たまにはそんなこともあるさ」
半日で異変もなかろうと報告を聞くことはせず自室に戻ろうとすると、客室から出てきたジケイルさんとでくわす。
「なにか忘れものであるか?」
「いや用事をすませてきました。さくっと終わったおかげで一日も時間をかけずにすみましたね。三人は明日出発でしたっけ、準備は終わったんですか」
「うむ、今日一日で必要なものを買ってきたぞ」
「次はどこが目的地なんでしょ」
「東の海岸だ。そこに海賊の宝が眠っているらしい」
イメージとして、洞窟に隠された金銀財宝が頭に浮かぶ。海賊帽子をかぶった骨も一緒にある。
「今回は当たりだといいですね。それにこれから夏がきますし、水遊びを楽しめそうです。ほかに取れたての魚介類も美味しいでしょう。羨ましい」
「俺たちも楽しみである」
これから外の食事処で奮発するという三人と別れて、俺は自室に戻り武具の手入れをちゃちゃっとやってしまう。
やってきたハスファといつものように雑談して、帰るハスファを見送り、食堂で夕食をとる。
そして翌朝、起きてすぐにリューミアイオールから「送るぞ」と声が聞こえてきて、枕元にぽとりと珠が落ちた。
見た目は光沢のある黒真珠だ。ビー玉くらいの大きさで、傷などなく宝石として売ってもかなりの値がつきそうだ。
『我が鱗と力を混ぜた。もともとの半分ほどの性能といったところだろう』
「普段から身に着けておけば効果が発揮されると思っていいですか」
『それでいい。またそう遠くなく試練を与える』
そう言ってリューミアイオールの声は消えていった。
(もともとの半分か。相変わらず薬は必要とするだろうけど広く耐性を得られるのはありがたいし、消費魔力を二十五パーセント減というのもいいね。名前はどうしよう。竜王真珠じゃなくなったし、シムコルダーとは呼べないな。黒竜真珠のお守りといった感じかな)
今日の帰りにでも首から下げられる巾着を買ってこよう。それに入れて持ち歩けば問題ないな。
増幅道具と二つ首にかけることになって少し邪魔だけど仕方ない。いや増幅道具を革紐から外して、黒竜真珠と一緒の巾着に入れればいいかも。
「増幅道具を袋に入れていたら魔力循環を使えない可能性があるかな。ちょっとハンカチに包んで使ってみよ」
洗濯から返ってきて畳まれていたハンカチを広げ、増幅道具を包む。ついでに黒竜真珠も一緒だ。すぐ近くにこの二つがあると互いの効果を阻害しないかと思いついたのだ。
そうして魔力循環一往復してみると、いつものように使うことができた。
「よし。問題なさそうだ」
首から下げているとき、紐が千切れてしまわないよう質の良いものを買うことにして身支度を整えていく。
黒竜真珠は胸ポケットに入れて朝食に向かう。
今日は鍛錬に加えて、魔力循環を使った際の魔力消費の変化についても意識しておこうと思いつつダンジョンに出発した。
黒竜真珠を手に入れてしばらくはダンジョンでの鍛錬に集中することができた。
魔力活性や魔力循環に用いる魔力が減ったおかげで、魔力循環の鍛練時間が伸びた。おかげで三往復に慣れる練習も増やせる。
四往復も使えるかどうか試してみた。いや使えるかというか、現状どれだけ負担が大きいのか確認してみたといった方がいいだろう。
増幅道具がもつかわからないので、四往復目は慎重に魔力を注ぎ込んだ。
結果はひどいものだった。増幅道具に異常はないけど、俺はきつかった。最初に三往復を使ったときよりも気分が悪くなり動けなかった。意識も三十分ほど飛んでいた。グルウさんたちやセンドルさんたちも初めて魔力循環を使ったときはこんな感じだったのかな。でも強くなるため、負担軽減を目指して今後も四往復を使っていくつもりだ。
泊まり込みでハードアントの群れを乗り越えて、六十七階のハイオーガ、六十八階の岩肌ワニとも戦った。
ハイオーガは五十二階にいたレッドオーガと姿形はそっくりだけど、色と強さが段違いだった。仲間と連携をとる知恵もあった。カイナンガの面々との模擬戦のおかげで、連携の隙をつくことができ、十分に渡り合うことができている。
岩肌ワニは頑丈な皮膚を持つ体長十メートル近いワニだ。特殊な攻撃はしてこないけど、巨体に見合ったスタミナと頑丈さで暴れる単純に強いモンスターだった。
今の剣だと魔力活性ありでも皮膚を切り裂くことなんてできないから、伸縮棒で叩いて柔らかくしてから剣で斬るという戦い方になっている。
そろそろ新しい剣ができる頃だろうし、そっちに交換したら剣だけで戦えるようになるかもしれない。
休日になり、財布とギターを持って、剣を受け取りに工房に向かう。
七十階にもそう時間をかけず届くだろうから、魔製服を新しくしようと考えつつ歩く。
工房までのんびりと歩いていると、聞こえてくる人々の会話の中で気になるものがあった。
それは遊黄竜が東の海で暴れているというものだった。
(あれは暴れるような竜じゃないはず。なにかあったんだろうな)
人間が上陸するくらいだったら無反応らしいから、強力なモンスターでも上陸して暴れているのか? でも竜に接近するような命知らずのモンスターはいないだろ。
人間か魔物の仕業かな。
しばらくは東の海は船の行き来ができなさそうだ。そういやジケイルさんたちも東に行っているし、被害を被っているかも?
物流に影響でるのかもなーといった感想を持って歩き、工房に到着する。
以前のようにフレヤに案内されて工房に入る。
「おはよう。完成しているぞ」
工房主が棚に置かれていた剣を運んでくる。
赤茶の鞘に納められていて、サイズなんかはフレヤが作ったものと一緒だ。
「抜いてみてもいいですか」
「ああ、かまわんぞ」
許可をもらい、二人から数歩離れて剣を抜く。
持った感触はしっくりくる。ゆっくりと上段から下段に振り下ろす。重心のバランスなんかは詳しくわからないが、これまでの剣とたいして変わらず扱えそうだった。
フレヤの剣と比べて重めになっているはずだけど、レベルアップのおかげでそこまで気にならない。
「どうだい」
「扱いやすそうで不満はないです」
言いながら剣を鞘に納める。
「注文通り、鋭さよりも頑丈さを優先した。といっても使った材料がいいから、これまでの剣より鋭くすることができた」
「だいたい何階まで通用するでしょうか?」
「そうだな。八十階までは問題なく使えるはずだ。八十五階くらいまで行けたら買い直した方がいいだろう。だがそこまで行く冒険者はそうそういないからなぁ」
「俺は目指していますよ」
「かなり大変だぞ?」
「ええ、承知の上です」
いやまあその前にレベル上限まで到達して、リューミアイオールに食べられる可能性があるんだけどね。
八十五階を目指せるくらいには生き残っていたいという意気込みも込めての返答だ。
「俺の剣がそこまで行けるかもと思うと嬉しさがこみあげてくるな」
「これまで九十階とかで使われたことはないんですか?」
「ないな。うちは知名度がそんなに高くないし、そこまで行く冒険者が発注に来ることはない。七十階超えが最高だったはずだ」
「そうなんですね。ちなみにここでは九十階で使えるものを打つことはできますか?」
工房主は首を横に振る。
「挑戦はできるが、断言は無理だな。八十階を超えたときはうちに義理立てなんかせず、よその工房に行くことを勧める。武具は命を預けるものだからな、その階に相応しいものを作ることができる工房に行くことが大事だ」
「わかりました。そのときはほかの工房を頼ることにします。しばらくはこれで大丈夫でしょうけどね」
「ああ、長く使ってもらえると嬉しい」
工房主と話し終えると、フレヤが話しかけてくる。
「俺が打った剣はどうするんだ?」
「あれもまだ使えるし、予備として保管しておくつもり」
俺専用だし、売るというのは気が向かない。それに今受け取った剣をメンテに出したときに使うだろう。
「使わない時期があると劣化が早まるだろうし、たまには整備に出した方がいいぞ」
「わかったよ」
次の休みに持ってこようか。
工房主とフレヤに別れを告げて、防具を買い替えた店に向かう。
「いらっしゃいませ」
頭を下げて出迎えてくれた店員に魔製服を買いたいと用件を伝える。
「何階で使われるものでしょうか」
「そろそろ七十階なのでそこらで使えるものを」
「あ、以前来られたお客様ですね」
思い出したと手を叩く。
「はい。鎧と兜を買って、魔製服はまだ使えるから別の機会にした方がいいと助言をもらいました」
「そうでしたね。サイズを測るので腕を広げてじっとしてもらってよろしいでしょうか」
指示に従い、腕を広げて待つ。
店員は手早くサイズを測っていく。
「サイズに合うものを準備しますか? それとも今後を見据えて大き目のものを準備しますか?」
「今回買う魔製服は何階まで使えるものですか? それを聞いて決めたいと思います」
そうですねと店員は言い、少し考える様子を見せて九十階手前まではなんとか使えるのではと言う。
「今回のお買い上げいただく質のものをずっと使う人が多いですね。もっと上のものもあるのですが、材料を調達することも難しく、この町だとどこもここらの質が最高品となっているかと」
今回買うものより品質が良いものは、王城の兵や騎士が使っているだろうと付け加えられた。
「それが必要になったとき、この町では購入不可能ということでしょうか」
「王都に注文を出すことになりますね」
剣と同じで当分今日買う魔製服で十分だし、必要になったらどうするか考えよう。
「決めました。少しだけ大きめのものでお願いします」
大きすぎると動きを阻害する可能性もあるし、わずかに大きいもので十分だろう。成長してもしばらくは対応できるはず。いっきに身長体重が変わったら、そのときは買い直せばいい。
「承知いたしました。在庫を確認してきます」
十分ほどで店員は戻ってきて試着を勧めてくる。
それに従い、試着室で着替える。
軽く動いていいか許可をもらって、ジャンプしたり、足を上げたり、ぐるぐると腕を回していく。値段が張るからか、丈夫さだけではなく着心地にも気を遣っているらしい。動きを邪魔するような感じはなかった。
「いかがでしょう」
「動きやすいですね。これで丈夫さもあるのはすごいです」
一年前に買った特製服と比べると動きやすさがまったく違う。
「腕の良い服作りの職人にも協力してもらったものですからね。動きやすさも重視した作りになっているんですよ。その昔、そこらへんは重視されておらず冒険者たちからもっと動きやすいものをと要望がだされたのだそうです」
「そのおかげでこの質のものができあがったんですね。昔の冒険者や職人に感謝です」
十分確かめることができたので、また着替えてくる。
店員はささっと魔製服を畳んで、紙袋に入れる。
魔製服を受け取り、お金をキャッシュトレーに置く。おつりをもらい、またのお越しをという言葉を背にして店を出る。
このあとはいつも通りマッサージを受けて、昼食をとる。その後お土産にフィナンシェを買って、タナトスの家に向かう。
感想と誤字指摘ありがとうございます