176 古の品 3
「わかりました。モンスターを倒しましょう。もとから倒すつもりでしたから」
この返答に村長は嬉しそうに笑みを浮かべた。
「ありがとうございます」
「それじゃ早速」
立ち上がると村長は玄関まで見送ってくれる。
「ここからまっすぐ山へ進むと麓に道がみつかるはずです。あまり整備されてはいませんが、その道を歩いていけば洞窟に着くでしょう」
わかったと頷いて、村から出る。
三十分を少し過ぎるくらい歩くと麓に到着した。山はさほど高くはなく、山頂まで一時間と少しといった感じかな。
「道はあれか」
木々の間を縫うように道がある。
雑草なんかが生え放題だけど、ほかのところより歩きやすそうだから間違いないだろう。
山に踏み込み、道を進むと中腹手前くらいにちょっとした広場があって、スケルトンのようなモンスターが立っていた。ぼろい兜にぼろい鎧、右手には錆びて刃先が欠けた片手剣、左手にはぼろい盾。兜の下の頭蓋骨は人間のものではない。たぶん熊とかかな。
ぱっと見シムコルダーらしきものはないから、鎧の下かもしくは頭蓋骨の中なんだろう。
そのモンスターの背後に洞窟も見える。
「あれで間違いないな」
近づくと向こうもこちらに気付いたようで、ぎこちない動きでゆっくりと顔を向けてくる。
目や鼻に開いた穴の向こうには暗闇だけがある。
モンスターから魔物へ変じるのは知っているけど、その逆は初めて聞いた。
狙ったんだろうか? アンデッド系のモンスターならば魔力が確保できれば寿命の問題は解決できる。その力はシムコルダーからもらえばいい。
「ユユユウシャノ……ブグノナヲ……シッテイルカ」
成人男性のものらしき声がスケルトンから聞こえてくる。
「ああ、知っている。クラムバルト、カムスター、カルフォス、シムコルダー。ここにシムコルダーがあると聞いた」
はっきりと名前を告げると、モンスターはカタカタと震え出した。
「オ、オオ、オオオオオッ。アアラワレタ。イヨイヨ、ソノトキ、ガキタッ。ワワワガチカラデ、マモル、ノダ!」
モンスターの声音に活力が感じられる。同時に鎧の奥から白い光が漏れ出した。
モンスターの体を構成する骨から汚れが消えていき、ひびも塞がっていく。
「イザッ。ウバイシ、タカラヲ、ゼンリョクデ、マモルッ」
モンスターが準備を整える間にこちらも魔力循環を二往復しておいた。
モンスターが魔力をまとわせた剣を振ってくる。
なにかしらの技術を習得していたのか、その太刀筋はおもいのほか鋭く速かった。
(やっぱり武具の名前を告げるのが、本気を出す条件だったんだな)
本気というか、残してある力を絞り出す方かもしれないけど。
長く生きているようだし、絞り出すって言う方がしっくりくるな。
「動きはいいし、やる気も伝わってくる。でも武具が悪いな!」
「マケラレヌノダ!」
魔力循環一往復なら押されていただろうけど、二往復なら十分対応可能。それゆえに武具の差が大きい。
ぼろぼろの武具はこちらが攻撃を当てるたびに大きく傷ついていく。剣と剣で打ちあえば、向こうの剣が欠けていく。盾や鎧にも大きな傷が入っていく。
それでもモンスターは臆することなく戦いを続ける。
(役割を果たせるのを待ちわびていたってことかな)
油断はしないように真剣に戦い、一度も攻撃を受けずに剣先を砕き、盾と鎧を切り裂いた。
「グウッ」
「見えたぞ!」
裂けた鎧の内側、胸骨の中に浮かぶ灰色の光がある。
本来であれば白い光を放ちそうだけど、そうじゃないのはモンスターがとりついているからか。
守るべきシムコルダーを発見されたからか、動きが一層激しくなった。
「それでも俺には届かないぞ」
砕けた剣での袈裟斬りを避けて、胴へと横薙ぎを当てる。
鎧を斬って、骨も断ち、胴体を上下に真っ二つだ。
地面に倒れたモンスターはじたばたとしている。
モンスターが剣を持つ手を踏みつけて動きを制限する。剣を両手で逆手に持つ。そしていまだ薄暗く光り続けるシムコルダーへと突き刺した。
切っ先がなにか硬いものに当たり、すぐにガキンッと音を立てて砕けた。
モンスターの骨に汚れとヒビが戻ってくる。
「ア、アア、ワガアルジヨ。メイジラレタ、タカラノシュゴ、ハタスコト、デキマセンデシタ。ドウカ、オユルシ、ヲ」
モンスターはいずこかへと手を伸ばし、力尽きてその手が地面に落ちる。
役割を終えたモンスターの心境は悔しさばかりなんだろうか。ようやく終えられた安堵なんてものもあったりするかもしれない。
骨は粉微塵となって形をなくし、あとに残ったのは古びた武具と真っ二つに砕けたシムコルダーと魔晶の欠片だ。
シムコルダーと魔晶の欠片を拾う。
『もう帰るか?』
「一応シムコルダーを村長に見せようと思います。その後帰ります」
『そうか、村を出たらミストーレに飛ばす』
リューミアイオールの声が消えていく。
山を下りるため来た道を戻る。
村に入り、村長の家に一直線に向かう。
「戻られましたか」
「はい。これを見せておこうと思いまして」
割れたシムコルダーを村長に見せる。
「灰色ですな」
「もとは一点の曇りもない純白と聞いていましたが、モンスターに利用されたことが影響しているのだと」
「そうですね。きっとそれが原因でしょう」
「これはどうしましょう? そちらに返還した方がいいでしょうか」
変質して秘めた力も多くを失っているだろうけど、素材としては一級品なはず。もらえるならもらいたい。
「あなたが必要としないのならば受け取ろうと思います」
「持っていっていいのなら受け取りたいですね。シムコルダーとしての力はないと思いますが、素材として使えると思うので」
村長は頷く。
「私の願いを聞き届けてくれたことの礼です。どうぞお持ちになってください。かわりと言ってはなんですが、あのモンスターが遺した魔晶の欠片があればいただきたいのですが」
「かまいませんけど、なにかに使うのですか?」
ポケットから魔晶の欠片を取り出して、テーブルに置く。
「あの洞窟の奥に祠を作り、勇者について刻んだ石板と一緒に安置しようかと。魔晶の欠片の方は大事なものを守れなかったという戒めのため一緒に安置するつもりです」
「そうですか」
石碑とかは長いこと残るっていうし、決して忘れないようにという考えなんだろうか。
「武具について知っていたあなたに聞きたいのですが、剣と鎧と服。それらの行方について知っていますか?」
村長の質問には首を横に振る。
「ここと同じように守っていた町があった、ということくらいですね。今も守っているのか、忘れられいずこかへと流れていったのか。勇者という存在が消えかけているから、放置されている可能性もありますね」
「もう二度と勇者は現れないのですかね」
「英雄のせいと言う気はありませんが、かつての魔王との戦いで勇者が現れなかったのが痛いですね。勇者は人々に求められて現れる存在ですから。忘れられるとどうしようもない」
勇者はその資質を持つ者に、多くの人々の期待や思いを注いで生まれるとゲームでは言われていた。
その人々の思いの力が、勇者から成長限界という枷を外し、成長を早めるという設定だった。俺たち一般人のように小ダンジョン中ダンジョンのコアを破壊せずとも、勇者だけはレベルがどこまでも上がっていく。
魔王を倒してきた勇者の知名度があるからこそ、人々は思いなどを向ける先を明確にできた。しかし今では勇者は忘れ去られているから、そういった思いは生まれても散り散りになってしまっているだろう。
神が今も近くに存在していれば、その言葉で人々は勇者を知れたはず。
英雄の活躍と神の遠くから見守るという姿勢が、勇者が忘れられた原因なんだろう。
そういや神託は今もあるんだよな。それで勇者について語ればよかったんじゃないだろうか。さすがに神託で語られれば、勇者という存在の復活もできそうだ。
でもそうしなかったということは、そんな単純な話ではない? もしくは勇者になるための条件は、俺が知っている以外の条件もあるのかもしれない。
「どうしました?」
考え込んだ俺に村長が声をかける。
「いえ勇者について考えていました。では用事も終わりましたから、俺はここらで失礼させていただきますね」
「モンスターの討伐、本当にありがとうございました」
村長に見送られて家から出て、村からどこかへと続く道を歩く。
今日は一日もかからず終わったなと思っていると、リューミアイオールの声が聞こえてくる。
『帰る前に、シムコルダーを手のひらに』
なんでだろうと思いつつ言われたとおり、割れたシムコルダーを手のひらに載せる。
するとそれが消えた。没収!? 耐性のあるアミュレットとか作れると思ったのに!
『これは預かっておく。そこまで時間をかけずに修復できるだろう』
「修復ですか?」
『このままでは役に立たんからな。修復したところで元の力を取り戻すのは無理だろうが、それなりの力は発揮するだろうさ』
もとは毒や麻痺へといった状態異常への高耐性、デバフの効果を弱める、消費魔力半減というものだった。
それから劣化するということはいくらかの状態異常への弱耐性、デバフ効果を少し弱める、消費魔力二割から三割減といった感じかな。
それなりの力でも使えたら嬉しい効果だけど、勇者のみ装備可能という部分が変わっていないと宝の持ち腐れだ。
「素材に使うつもりだったんですけど」
『これを加工できる人間などおらん。砕けていても神が作りしものだ。もとの状態ならば私とて手出しはできん』
たしかに神が作ったものだし、そういったものを甘く見ていたか。砕くことができたから再利用可能と思っていた。
「修復できたら誰が使うんですか。勇者のみが使えるでしょう? 勇者に心当たりでもありますか」
『使うのはお前だ。これだけ力を失っていれば、勇者のみという制限もとりはらえる』
まじか。
制限をとれるってことにも驚きだけど、俺に渡すってことにもっと驚く。
リューミアイオールから与えられるものは試練ばかりじゃないのか。
なんだろうこの感覚……不良が雨の日に小動物を助けるのを見たとかそんな感じ。
そんなギャップを与えても心許すことなんてないんだからね! ツンデレじみた感想を持ってしまった。
「なんで俺に? 試練の邪魔になりません?」
『なりはせん。事前に情報を集めて毒などの対策はやっているだろう。それらをしなくてよくなれば、その分だけ鍛錬に多く時間を当てられるというものだ』
「そういうことですか」
頑張る俺にプレゼントといった理由じゃなくて安心した。
安心している俺にリューミアイオールが「飛ばすぞ」と声をかけてきて風景が変わった。
感想と誤字指摘ありがとうございます