175 古の品 2
三人と一緒に夕食をとり、料理のできが良いという感想をもらえた。セッターさんたちの日々の成果がでていて俺も鼻が高くなる。
それぞれ部屋に戻り、体をふいたり書類の確認をしてからまた三人の部屋に向かう。
「ちょっと遅かったわね」
「書類の確認とかありまして」
「経営をしているとそういったこともやらないと駄目なのね」
「ではそちらの話を聞かせてもらおうではないか」
了解と返して、三人と別れてからの話をする。
魔力循環の完成は伏せておいて、その次にあった大きな出来事である中ダンジョンに行ったその帰りに襲撃されたこと。祭りのときの魔物騒動。どこに行ったのかは秘密にして冬の間に遠出したこと。手に入れたお金で宿を買ったことを話した。
聞き終えた三人は感心していた。
「本当に魔物と二度も遭遇してよく生き残りましたね」
「大会のときは死ぬかも思いましたけどね。魔物の動きが活発化しているみたいですから、三人も鍛えるかもしくはいつでも逃げられるように護符を揃えておいた方がいいですよ」
「どちらもやっているのである。ファルマジスとの戦いで思い知ったからな」
「あの遭遇を経験してなにも対策を練らないのは馬鹿でしかないからね。あのとき生き残ったのは運が良かったとわかっているわ。だからもし次があるならと三人で話して鍛え直すほかに、ハイポーションを常備したり逃走のための護符とかを備えている」
「二度とあんな思いはしたくありませんから」
ジケイルさんが斬り捨てられたときのことだろう。深い関係みたいだし、失うかもという体験はトラウマにも近い痕を心に残したんだろうな。
「鍛錬についてアドバイス。魔力活性と魔力充満の鍛錬もしっかりとやった方がいいですよ。今後役立つことが必ずある。国がそれらに関した技術開発をやっていて、かなり形になっていると頂点会から聞いているから」
「頂点会が言っていたならやった方がいいわね。あそこなら国からの情報を得ていてもおかしくないし」
「この国でも有数のギルドですからね」
三人は頷きあう。
「しかし町の裏だけではなく、頂点会にもつてがあるのね」
「大会とかいろいろと関わりがあったんですよ。三人も金持ちとのつてができたんでしょう?」
「そうなんだけど、気軽に頼れるかというと」
「頂点会も同じですよ」
いやわりと気軽に頼ってたか?
話はここらで終わりとして、おやすみと告げてから部屋から出る。
自室に戻ると、リューミアイオールが話しかけてきた。
『次の試練が決まった。さっきの会話に出てきたジバース山だ』
「……そこに行ってなんになるんです。武具があるとしても勇者以外には使えないでしょ」
『この前なにもせずに帰ってくることになった穴埋め。ああいった門番は条件を満たすと本格に動くことがある。武具の名前を告げて戦うことが試練』
「わかりました」
相手が強くなるなら、それを倒して糧にしよう。それが一矢報いる力になるはず。
出発は明日の午後、午前中のうちにハイポーションとか買いそろえる必要がある。
翌朝、二日くらいでかけるとロゾットさんたちに伝えて、武具を身に着けて宿を出る。
道具を買い揃えて、町を出るとリューミアイオールの声が聞こえてきて、風景が変わる。
荒地のように草木が少ない場所で、離れたところに山が見え、その手前に村がある。
まずはあの村に行ってジバース山なのか確認だな。
周辺を観察しながら歩いて、村の近くまで着く。
少しだけ気になったことがある。すいぶんと壊れてわかりにくいけど、瓦礫が見え隠れしていた。昔ここはもっと大きな町だったのかもしれない。
「ちょっといいですか」
「なんだい」
声をかけると、畑仕事をしていた男は手を止める。
「あの山ってジバース山であってますか?」
「合っているよ。兄ちゃんはもしかして洞窟に用事かい?」
「そうですよ。なんでわかったんですか」
「ここらへんに用事のある冒険者なんて、あそこくらいしかないからね。まあそれもたまにしか来ないんだけど。この前来たのは三人組の冒険者だったよ」
「ああ、男一人に女二人でしょ? その三人からここの話を聞いたんですよ」
「へー。話を聞いたのならあの洞窟にはなにもないって知っているだろうに」
「勇者の武具に関したところって聞いて一度見てみたくなったんです」
一瞬だけ男の表情が真剣なものになった。なんだろうね?
「ああ、話を聞いていたのならモンスターが問いかけてくるという話も聞いていたか。あそこに行く前に村長にところに行ってくれ」
「どうしてか聞いても?」
「昔からのしきたりなんだ」
なるほど。村と諍いを起こしたいわけじゃないし、村長のところに行こうかね。
家を教えてもらい、村に入る。
村長の家について、扉をノックする。すぐに扉が開く。六十歳を過ぎた男が出てきた。
「はいはい……見かけない顔ですね。洞窟に用事ですかな」
「はい。あそこに行くなら村長に会っていけと聞いたんで」
「中へどうぞ」
リビングの椅子に座って、水の入ったコップを出される。
「ありがとうございます」
「なんの変哲もない水ですよ。それで洞窟になにか用事でも?」
「観光みたいなものです。勇者の武具に関した場所を見てみたいという感じです」
「勇者ですか」
村長は一瞬考え込む様子を見せて続ける。
「勇者とは本当に存在したと思いますか?」
「いたと思いますけど、これまでの魔王を倒してきたのは勇者でしょう?」
「ですが前回は英雄バズストによって封じられ、勇者はついぞ現れることはなかったのですよ? 多くの人々は勇者という存在は夢物語の中の存在としか思っていません」
言葉の中に寂しげなものが含まれているような気がする。勇者に思い入れでもあるんだろうか。
「過去の文献を調べたらその名前は載っていると思いますけどね」
「学者などしか調べられない本など、一般人にはないも同じですよ。あなただって勇者たちの名も武具の名も知らないでしょう?」
「武具の方は知ってますけど、勇者たち全員の名前は知らないですね。知っているのは二人」
ゲームに出てきた名前が二人だけだった。
迷いなく答えたことに村長は驚いたようにこちらを見てくる。
「知っておるのですか」
「ええ、大空の魔王を倒した女勇者レイトリン、火山の魔王を倒した勇者ギスデスモ。この二人」
ついでに武具の方も話す。
村長は小刻みに震えて俯く。ぽたりぽたりと水滴がテーブルに落ちる。
「ま、まだここ以外にも伝わっていた。ああっ過去彼らのなしたことはまだまだ語り継がれていたっ。まだ彼らは死んでいなかった!」
いきなり泣かれても困るというかなんというか。
「ここは勇者になにか関係のある村なんですか?」
聞くと村長は涙に瞳を濡らしたまま、こっちを見てくる。
「かつてここは勇者の武具の一つ竜王真珠シムコルダーを守っていた。今でこそ集落にまで小さくなったが、もっと大きな町であり、祀る祠もあった」
「シムコルダーを守っていた町? こんな集落じゃなくてたしかタランホスって町で守られていたはずだけど」
「そこまで知っておられたのですか。そうここはタランホス。シムコルダーを魔物に奪われてしまい、山に陣取られて取り返すこともできずにいるうちに英雄が現れ、魔王を封じた。英雄が世界に広まり、勇者が忘れ去られていくのを見続けた。できるだけ勇者を語り継いだが、小さくなっていった。今ではせめて勇者という存在が消えてなくならないように語り継ぐことが精一杯の村」
ゲームの地図を思い出す。タランホスは大陸中央に位置する町だったはず。ジケイルさんたちに聞いた感じだと、ここもそうだ。
そこまで考えて、村に入る前のことも思い出す。
「ということは外にあった瓦礫は昔の町の建物?」
「そうです」
「勇者にまつわる町だから、勇者が忘れ去られていくのと並行して寂れていったのか」
「そのとおり。竜王真珠シムコルダーを守る以外にも、本当ならば勇者を語り継ぎ忘れられないように広める役割も負っていたのです。ですができなかった愚か者たちですよ」
「町については知っていたけど、語り継ぐという役割は知りませんでしたね」
「勇者の名前などを知っているだけでもすごいことですよ。我ら以外の誰かが頑張ってくれたのでしょうね」
村長は寂しげに笑う。
誰かから聞いたわけではないと言いづらい雰囲気だ。
ゲームの知識だって話しても理解はできないだろうから、黙っておこう。
「これもなにかの縁です。頼みがあるのですが、よろしいでしょうか」
「頼み、ですか?」
「ええ、山にいるモンスターを倒してあげてほしいのです」
モンスターに向けた言葉にしては思いやりのようなものが感じられる言い方だな。
「その言い方はモンスターに向けたものにしてはおかしいような」
「あれもわしらと似たようなものなのです。元はシムコルダーを奪っていった魔物。いつか現れる勇者から守るという役割を負い、山に陣取った。しかし勇者は現れず、長い長い年月をあそこで過ごした。そのうち寿命が尽き、その生に意味はなく、されど執念は残りモンスターとして生き続ける」
勇者に使われないように奪ったはいいけど、その勇者が現れないまま死んだのか。
「シムコルダーを奪われた先祖は恨んだでしょうが、わしらは奇妙なシンパシーを感じています。だからあれの役割を終えさせてあげてもらいたい。もう勇者は現れないでしょう。それゆえに勇者から守るという役割は果たしようがない。それならばシムコルダーを奪われてしまえば、守れなかったという結末を迎えることができる」
「あそこにはなにもないって話だったけど」
何かが安置されていた空間だけがあるとジケイルさんたちは言っていた。
「シムコルダーは洞窟ではなく、モンスターが持っています。もっと言うならシムコルダーにとりついているんです」
「スケルトンのモンスターと聞きましたが」
「山の動物の骨を集めて操り、返り討ちにした冒険者の武具を身に着けています」
「復活するからくりはそれですか。竜王真珠を壊さないかぎりはまた動き出す。幽霊系統のモンスターに変化したのかな」
憑依して本体となったシムコルダーを砕かないとたいしてダメージが入らないんだな。
「そうです」
「それだけのことならほかの冒険者に教えてやればよかったじゃないですか。もしくはあなたたち自身でやる」
「わしらでは無理です。かつて先祖が守れなかったものを砕くというのは、先祖を裏切る行為だと思えてしまうのです。そしてなにも知らない相手に引導を渡されるよりは、少しでも事情をわかっている者に倒される方があれもうかばれると考えました」
シンパシーとか言っていたし、意味のある生の終わりになってもらいたいのかな。
でも人間側の勝手な思いの可能性が高いよな、これ。
まあモンスターがどんな考えだろうと関係ないか。倒すついでにとどめとして砕くだけだ。
感想ありがとうございます