174 古の品 1
春が終わるまでもう少しという頃に、久々となる来客があった。
いつものように鍛錬を終えて、ルポゼに帰ってくると受付にいたレスタに「来客が来ていて、部屋を取りましたよ」と声をかけられたのだ。
「名前は?」
「ジケイル、レイリッド、ケーシーという名前です」
「あの三人か! 久しぶりだな」
元気にしていただろうかとわくわくしながら部屋に戻り、待っていたハスファと部屋に入る。
「なにかいいことがありましたか?」
「久々に会う人たちが泊まっているんだよ。宝探しに行ったとき一緒だった人」
「ああ、聞いたことがありますね。だったら今日はあまり時間をかけずに帰りましょう」
体調を確認してもらったあと、レスタに教えてもらった客室に向かう。夕食の時間だし部屋にいるかどうか。
ノックすると部屋の中で人の動く気配があった。
「はーい。あ、デッサ」
以前とそう変わっていないケーシーさんが扉を開けて、その向こうにジケイルさんとレイリッドさんの姿が見えた。
手招きされたんで、部屋の中に入る。
「久しぶりだな!」
「そうですね、半年以上ぶりくらいか」
三人とあったのは夏頃だったかな。
そんなことを考えつつ空いている椅子に座る。
「そのくらいだと思うわよ。その期間で宿を手に入れているとは思ってもなかったわ。それに強くなっているし」
「いろいろありましたからね。魔物にもまた遭遇したりしました」
「また遭遇したのか! よく生きているな」
「死ぬかと思いましたけど、なんとかなりました。追い払ってくれたのは別の人ですけどね」
「こっちも慌ただしかったが、そっちも負けていないようだな。無事でなによりである」
演技口調も久々だ。
「そっちは別れてからどんなふうに過ごしてきたんですか。たしか休暇をとると言っていましたよね」
「うむ。休暇をとりつつ、手に入れた物を売り払い、武具を揃えて、中ダンジョンへという流れであった」
「そこまでは問題なさそうですね」
「ええ、順調に中ダンジョンを突破したわね。そのあとは次の宝探しのために資料探しをメインに活動していたわ。そのときに宝探しが成功した証として手に入れた宝石とかを自慢していたら、ジケイルの手に入れた狼の金細工が原因で金持ちと関わることになったのよ」
「あれはただの金細工じゃなかったということでしょうか」
ルガーダさんが貴族関連の品かもと言っていたはず。
「昔存在したとある貴族の証だったんです。今は存在しない家なんですが、その傍流が残っていて、かつてそのような証があったと記録だけが残っていたそうです。ジケイルが自慢した品の噂がそのお金持ちまで届いて、会いにきました」
「へー、それで返してくれとか言われたんですか?」
ジケイルさんが首を横に振った。
「買い取らせてくれといった感じだったな。かつてはその家のものではあったが、失ってからもうかなり時間が流れていて主家もなくなり、自分たちのものとは主張するのも難しいと言っていたのである」
「ちゃんとお金を払って手に入れようとするだけ穏便ですねー」
「うむ。俺もそう思った。思い出が失われるのは少し寂しいが、多めに金を出すということだったし、金持ちに恨まれるのも嫌だったから取引に応じたのだよ」
「慌ただしかったということだし、そのまま終わらなかった感じなんです?」
「終わらなかったのであるな。売却の日に買取相手が来なくて、なぜだろうと思っていたら、護衛を名乗る男が一人だけやってきた。受け取りに来るはずだった執事が襲われたということで、屋敷に直接向かうことになったのである」
「襲われたって、なにか恨みでも買っていたんですかね」
「あとでわかったことだが、後継ぎの問題が起きていたようでな。その金細工を手に入れれば有利になると考えていたようだ」
「ならないよね? 今じゃただの骨董品だろうし」
確認するように聞くと三人は頷いた。
「ならないわね。盗まれてから代わりの物が臨時の品として作られ受け継がれて、そっちが当主の証となっていったみたいよ。せめてそっちを手に入れられれば正統性を主張できたかもね。いや無理か、主家の持ち物であって、分家に受け継がれるようなものじゃないし」
そもそも潰れた家の長の証を手に入れても、今の家の長として認められるわけじゃないだろうしなぁ。
「そうして屋敷に行って、家長に会う前に後継者二人の側近から交渉を持ちかけられたのであるな。俺たちは後継者問題なんぞに関わりたくないから、家長に売ると決めてあったので交渉を断り、家長のところに向かった」
「もともと売る相手は家長でしたからね。その約束を反故にするわけにもいきませんでした。家長はあの金細工の価値をしっかりとわかっていて、骨董品以外の価値はないと断言していました。ですが一度価値あるものと判断した後継者の側近たちは考えを変えられず、あれを手に入れようと私たちに接触を続けました。そうして盗難事件が起きた」
「俺たちは手に入れた経緯を知りたいから、ついでに一泊していかないかと誘いをかけられ、屋敷に泊まった。その夜に盗みが起きたのである」
「その後は犯人の一人として疑われ、後継者の一人と一緒に犯人を捜すことになり、犯人をみつけたという流れ」
後継者と一緒にか。なにかが切っ掛けで仲良くなったんだろうかと聞いてみる。
「好き勝手動いているのは側近たちだけで、後継者たちは話せる相手だったのよ。後継者の間でどちらが家を継ぐのかも決めていて、この騒ぎは問題のある側近を切るためにもちょうどいいと話していたわね」
「その話に裏がなくて、本当にしっかりと決まっているなら家は安泰だろうね」
裏はなかったようだと三人は言う。
「結局犯人は側近の誰かだったのかな」
「違ったのだよ。使用人だった。雇い主にいい感情を持っておらず、価値があるという狼の金細工を盗んで嫌がらせをするのが目的だと言っていた」
「あらら、使用人からしてみれば側近に疑いの目が向いてチャンスだと思ったのかねー」
「そうかもね。あの騒動で得をしたのは、人材の整理ができた後継者たちだったという話」
これから家を盛り立てていくのに、邪魔な人材を排除できたのは大きかったんだろうな。
「狼の金細工を売ったあとは、迷惑をかけた詫びとしてその金持ちの書庫を見せてもらうことができて、宝探しのヒント集めが捗りました。そこで得た情報をもとに次の目的地を決めたんですよ」
「結果はどうでした」
「空振りだった、と言い切るには微妙な結果であった」
どういうことだろう。
俺の疑問顔を見て、ジケイルさんは続ける。
「俺たちが目指したのは門番が守るという小さな洞窟。昔からそこに行く者はいて、近くの村でも存在が知られた場所だった」
「いまなお守られているということで、なにかあると思う人が多かったのよね。私たちもそう思ったわけなんだけど」
「行ってみるとたしかにそこには門番がいました。以前私たちが戦ったファルマジスと似たモンスター。武具をまとったスケルトンです」
ゲームにもそういったモンスターはいた。スケルトンナイトとか骸骨戦士といった名前だった。
詳細を聞いてみるとそういったモンスターとはまた違ったモンスターみたいだ。ゲームとは違って、姿形が統一されていないだけかもしれないけど。
「モンスターに近づくと、語りかけてきました」
「しゃべったんですか。魔物だったんじゃ」
「いやあれは魔物と言うには弱かったのである。もしかしたらなりかけだったのかもしれぬが、俺たち三人でもなんとかなった」
弱かったのなら、なりかけというのも納得かな。
「モンスターは言った。勇者の武具を欲するなら、その名を言ってみろと」
「勇者の武具って。そのモンスターはそれらを守っていたんですか?」
三人は首を横に振った。
「問いに答えられなかった我らはそのまま洞窟の中に入ろうとして、モンスターと戦闘になった。そして倒して洞口に入り奥に進むと、なにかが安置されていた空間を発見した」
「すでに持ち出されていたということですか。もしくはそこは囮で隠し部屋があるとか」
「隠し部屋については私も疑って探してみたけど、それらしき痕跡すら発見できなかった。もとからないか、かなり上手く隠してあると思う」
「結局空振りで終わり、引き返すことになったのだよ。すると倒したはずのモンスターが復活していた。そして同じ問いかけをしてきた」
「もしかすると問いに答えたら隠し部屋に繋がる階段とかがでてくる?」
「さっきもレイリッドが言ったのであるが、隠し部屋らしきものはなかったのだ」
魔法仕掛けで隠されていたのではと指摘すると、そういったことも疑って探したが空振りだったそうだ。
そもそもその洞窟はほぼ自然洞窟であり、最奥に少し手が入っていたくらいで、隠し部屋を作った形跡はまったくなかったらしい。
「三人で話し合った結論として、昔はそこに武具があったのだけれど持ち出されてしまった。しかし門番はそれを知らずにいまだ守り続けているんじゃないかというものになりました」
「そうですか。ちなみに武具の名前を答えた人はいるんでしょうか」
「村ではそんな話を聞かなかったわね。私たちも調べてみたものの、大昔に神から与えられたものだということしかわからなかった」
勇者が現れず、英雄が魔王を封じたからそれらの武具の名前は伝わることなく消えていってしまった?
ゲームではしっかり名前が残っていた。魔王が勇者によって倒されていれば四つの武具の名前も伝わっていたんだろう。
「場所って教えてもらうことできます?」
そう聞くとレイリッドさんはピンときた表情になった。
「ファルマジスのことを知っていたあなたなら、もしかすると名前を知っている?」
「ええ、聞いたことがあります。神より与えられし四つの武具。蒼空鉱石を用いて作られた剣クラムバルト、光金剛石で作られた鎧カムスター、茜雲糸が用いられた服カルフォス、竜王真珠が使われたお守りシムコルダー。この四つだったはず」
「名前どころか、使われた素材も初めて聞くものばかりだわ」
「神の力で変質した鉱石とかそういったものらしいですよ」
帝鉄とかと似たようなものだろう。あれらも変質したものだし。
「神が遠い今となっては手に入れようがない品ばかりであるなー。場所を知りたいのであったな」
西にある隣国のとある山だそうだ。場所を聞いても行く暇なんてないし、仮に武具が手に入っても使えないんだけどな。使い手を選ぶ武具だから、勇者ではない俺やほかの人たちは持ち歩くことができるだけだ。武具として使おうとしたら空気のようにすり抜けて地面に落ちる。
場所を聞いたのはただの好奇心だ。行けるのなら行ってみたくはある。有名な武具に関連したところなんて、ゲームをやっていた身としては観光に値する場所だ。
「あの洞窟が空振りに終わり、次の目的地に向かう途中にミストーレがあった。ついでだから君の顔を見て行こうと寄ってみたのだよ」
「今度はデッサの話について聞きたいけど、先に夕食にしよう。いい時間だしお腹空いたわ」
「続きは夕食のあとでおねがいしますね」
俺も腹減ったし、三人と一緒に食堂に向かう。
感想と誤字脱字指摘ありがとうございます