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172 相談と贈り物 3

 プレゼントにするコップに書いてもらう絵や色の指定を話す。

 トーフルと名乗った男は書類に今話したことを書き込んでいった。


「そういやガラスの置物の方は作ってみてる?」

「そっちも試作しているところですね。でも置物は作った経験がないから、焼き付けよりも苦戦中。まずはある程度形が整うことを目標にしていて、それが達成されたら色も混ぜる。ちなみに頑丈なガラス食器の方も進行中ですよ」

「いろいろと同時進行してて大丈夫? まずはどれか一つを集中した方が進展も早いと思うんだけど」

「得意不得意もあるし、それぞれが得意なもの興味あるものに集中している感じですね。本格的にそれでやっていくというわけでもないし、試作段階ならこれでいいんじゃないかと話しています。まずは作ってみて、やれるかどうか試している段階です。この発注もこれまでと違って正式な商品を作ることになるので、いい経験になって助かります」

「そんなものか」


 書類作成を終えたトーフルにお金を払って、工房から出る。

 タナトスの誕生祝いまでは、これまでのように鍛錬と休暇で過ごす。一人でのダンジョン泊まり込みもやって、経験値稼ぎを行う。

 階も一つだけ進み、六十六階でハードアントというモンスターと戦うようになっている。

 秋田犬くらいの蟻で、頑丈さも噛む力も侮れない。でも最大の注意点は群れるということだ。常に三匹以上でいて、戦闘が始まると近くのハードアントが仲間の戦いを察して集まってくる。最初の三匹を倒すと、すぐに集まって来た三匹が襲いかかってくる。

 範囲攻撃があれば戦いやすいモンスターなんだけど、俺は単体攻撃しかできないので毎回物量に押され気味になる。群れることによる強さというものを実感している。

 攻撃を受ける回数も増えるから怪我も増えて、ハスファによる小言も増加中だ。

 俺も毎回物量に押されるのは嫌なので対策を考えた。その結果、周辺のハードアントに戦闘を気付かれる前に戦闘を終わらせるという超速攻が一番ということになった。

 いまの実力だとそれは難しいので次点の護符や魔力活性や魔力循環を惜しまず使って、駆けまわり暴れまくってそれらの効果が切れる前に六十五階に戻るという戦い方で経験値を稼いでいく。この戦い方の欠点は魔晶の欠片をほとんど放置しなければならず、収入が下がることか。貯金に余裕がなければやりたくない方法だ。

 新しい剣が完成する頃には超速攻の戦い方もできるようになっているかもしれない。

 ちなみにこのハードアントはゲームだと青銀鉄の粒をドロップする。その粒を千個集め、ほかの金属やモンスターの皮も用意するとミスリルアーマーが作ってもらえる。勇者専用防具の次に性能のいい防具で仲間の戦士たちの最高防具だ。

 それを作るため数を集めやすいように、仲間を呼ぶ習性を開発者はつけたんだろう。こっちの世界ではそういったことは関係なく、ハードアントという種が誕生し現在に至るまでに得た習性なのかもしれない。

 そんなことを妄想しつつ、ハードアントやスカルビーストと戦っているうちに誕生祝いの前日になる。

 ダンジョン帰りにレッストン工房に寄る。一度進捗を聞きに来て、予定に間に合うことは確認済みだ。


「こんばんはー。コップを発注した者ですが」

「おう、できているぜ」


 入口から声をかけるとすぐに五十歳を過ぎた男が出てきた。


「お前さんには一度会ってみたかったんだ」

「俺にですか?」

「ああ、弟子たちにいい刺激を与えてくれた。その礼を言いたくてな」

「あなたがここの主ですか」

「うん、カラサ・レッストンだ。よろしく」


 こちらも名乗り返す。

 今コップを箱詰めしているから、それが終わるまで話に付き合ってくれと言ってくる。


「弟子から聞いたかもしれないが、ここは俺の腕で成り立っているところがあってな。客は弟子たちの品をあまり見なかったんだ」

「ええ、聞いたことがあります」

「客の目を引くには俺と同じ品質のものを作るか、別の方向に進んだものを作るしかない。あいつらも生活があるから、実力をつけるまでのんびりとしているわけにもいかなくてな。それに生活費だけじゃなく、材料費も稼ぐ必要がある。だからどうにかしようとこれまで培ってきた技術で、ここにはないものを作り始めたあいつらの頑張りは誇らしい」

「この工房とは方向性の違ったものを作ることを叱ったりはしないんですか?」

「あまりにふざけたものなら怒鳴りつけるさ。でもそうじゃない。ちゃんと身に着けた技術を使っての試行錯誤なら怒鳴ることじゃない。俺自身見習いのときに試行錯誤して、修行元の品とは別の品を作っていたもんさ。そのときの経験があって、今の俺がある。だからさ、あいつらが努力するための切っ掛けをくれたことを感謝している」

「礼を言いたいってのはそういうことでしたか」


 うんうんとカラサさんは頷く。


「カラサさんから見て、試作中のものは上手くいきそうですか」

「焼き付けはなんとかなるだろう。しかし頑丈なものと置物はこのままじゃ難しいだろうな」

「理由はわかっているんです?」


 あいつらには秘密だぞと前置きして理由を教えてくれる。


「話は単純だ。ここの技術だけじゃ無理ってだけだ。だから完成させたいなら、よその工房に協力を求める必要がある。自分たちだけでやろうとしないで、協力を求められるかどうか。そこに気付けると進展がある」


 秘密にする理由は、なんでもかんでも他人からヒントを教えられるとそれが当たり前になって、発想力が育たないからだそうだ。自分たちでいろいろと考え、いよいよ煮詰まっているとカラサさんが判断したら、よその技術が役立つとヒントを出すつもりらしい。

 

「今回いろいろと考え試してみることで、また別の発想が生まれることもありえるし、将来の作品作りに今回の経験が役立つかもしれない。無駄にはならないだろうさ」


 育成にも力を入れた、弟子想いの人だなと思っていると複数の人の気配が感じ取れた。


「お待たせしました」


 トーフルさんたちが五つの木箱を持って近づいてくる。縦横四十センチくらいの箱四つと、その半分くらいの箱だ。

 

「三十五個の完成品です。中を確認しますか?」

「お願いします」


 木箱の中には木屑が入れられていて、それに守られてコップが並ぶ。

 そのうちの一つを木屑を落として手に取る。

 赤い鳥の描かれたコップだ。絵に欠けた部分はなく、コップ自体に歪みもない。


「素人の感想だけど、良いできだと思うよ」


 いくらか余るし、自分用にもらっておこうかな。

 

「ありがとうございます。一人で運ぶのは大変でしょうから荷車をお使いください。師匠、いいですよね」

「ああ、いいぞ」

「では遠慮なく。今日中に返しにきます」


 明日でいいし、返すときは工房のそばに置けばいいという返事を聞いて工房を出る。

 荷車に木箱を載せて、ルポゼまで運ぶ。

 自分の部屋に木箱を運ぶと、ハスファが待っていた。アーデアとの会話はすでに終わったみたいだ。


「おかえりなさい。それは?」

「タナトスの誕生祝い。ハスファの誕生日分もあるから、好きなものを選ぶといいよ」


 部屋に入り、ベッドに木箱を置いて蓋を開ける。


「ガラスのコップですか」

「そう。全部違う絵柄が入っているんだ。以前教会にガラス製品を納入した工房があっただろ、あそこに頼んだ」

「ありましたね。どれがいいかな」


 楽しげにコップを眺めていき、薄紫の花が描かれたコップを選ぶ。両手で大切なものを包むように持って、頭を下げてくる。


「これをいただきます。ありがとうございます」

「どういたしまして」


 俺は二つ、枝にとまった白いセキレイと泳いでいる黒いフナのコップを選んで、テーブルに置く。


「残りはタナトスに」


 そう言って蓋を閉める。


「そういえば今季祝われる人の分だけじゃなくて、全員分買ったんですね」

「ついでだし世話になった人にも贈ろうかと思ったんだ。そうするともらえなかった小さな子たちががっかりするかもしれないなと思って、最初くらいは全員に渡すかと思ったんだよ。さすがに来年からはシーミンだけにする」


 納得したとハスファは頷いた。


「明日のいつ持っていきます?」

「ダンジョンに行く前に持っていこうかなと思っているよ。ハスファはどうする」

「私は去年と同じく、シーミンが教会に来たときに渡そうかと」

「それをシーミンか家の人に伝えておこうか?」

「お願いしていいですか」


 必ず伝えると請け負う。

 そして翌朝、ダンジョンに行く準備を整えて、借りている荷車に木箱を積んでルポゼを出る。

 人にぶつかって木箱が落ちたりしないように、人の多い大通りは避けてタナトスの家に向かう。

 庭では子供たちが木製の武器を振って鍛錬をしている。

 彼らにおはようと声をかけて、玄関から誰かいませんかと呼ぶ。

 シーミンの母親が顔を出す。


「あら、おはよう。この時間に来るのは珍しいわね。シーミンになにか用事だった?」

「シーミンがいたらその方が早かったですが、いなくても問題ありません。今日シーミンも含めた誕生祝いと聞いたんで、プレゼントを持ってきたんです」

「きっと喜ぶわ」

「あとシーミンだけじゃなくて、ここ全員の分もあるんで、好きなものを選んでください」

「全員に?」


 ハスファにも話した理由を聞いて、母親は目を丸くした。


「気を遣わせちゃったわね」

「日頃世話になっているんで、気にしないでください」


 木箱をリビングに運び込む。

 蓋を開けて、割れていないか確認だ。一緒に母親が覗き込む。


「ガラスのコップ?」

「ええ、どんなものを贈ればいいかわからなかったんで、日常で使えるものを発注しました。絵柄が全て違うので、自分だけのものという特別感がでると思います」

「私も含めて皆喜ぶわ。子供たちは特に喜びそうね。家族以外からの贈り物は初めてだし」


 嬉しげに笑みを浮かべているんで本心だと思う。


「喜んでもらえるのならよかったです。あとハスファからシーミンへと伝言があるんで伝えてください」


 用事があるから教会に来てほしいと言うと、母親は頷いた。


「あなたはこれからダンジョン?」

「はい。ハードアントに追いかけ回されていますよ」

「その階層だと私からは助言できないわね。大怪我する前に引き上げるようにね」


 俺も大怪我は嫌なんで頷いてからタナトスの家を出る。

 荷車を引いてレッストン工房に行ってから、ダンジョンに向かう。

 後日、贈り物はそれはもう喜んでもらえたとシーミンから聞くことになった。

 そのままコップとして使ったり、花差しにしたり、ペンなどの小物をいれたりと様々に使ってくれているようだ。

感想ありがとうございます

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― 新着の感想 ―
[一言] あら、シーミンに直接は渡せませんでしたか それでも贈り物を喜んで貰えてるってのはやっぱ嬉しいですね
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