171 相談と贈り物 2
あけましておめでとうございます
「俺に来た客をそっちに投げる形になってすまんね」
アーデアについて詫びると、ハスファは首を横に振る。
「これもシスターとしての役割ですから気にしないでください」
話しながらコップを食堂に返し、自室に向かう。
いつもの身体検査を受けて、雑談に移る。
「アーデアさんは恥ずかしがりやという以外に過去なにかあったのかも」
「なにか?」
「ええ、あそこまで頑丈に身を護るということは、モンスターの攻撃以外に他者を近づけさせないという意味合いもありそうで」
「たしかに初対面だといかつい印象を与えるね」
「孤児院にも恥ずかしがりやの子はいますけど、髪を伸ばして顔を隠したり、帽子を目深にかぶったりするくらいです。アーデアさんのように全身を隠すということはしませんね」
「なにか触れちゃいけない事情でもあるのかもな」
ハスファは首を横に振った。
「他者も触れるのを躊躇う深い事情でもなさそうです。それなら家から出ることも躊躇うでしょうし。他者からすればそんなことと言える、彼女自身にとって深い事情なのでしょうね」
相談に乗ることがある職業柄、推測しやすいのかな。
「ちょっと想像がつかないな」
「私の推測も入っていますから、現時点で予想は難しいと思いますよ」
今後の付き合いでそこらへんがわかるかもしれないと言って、アーデアの話題は終わる。
「私からも相談があるんです」
「なに? 世話になっているし多少の難題も解決に努力はするよ」
「シーミンたちの誕生祝いについてです」
タナトスの一族は多人数での暮らしのため一人一人の誕生日を祝うのではなく、四季ごとにまとめて祝うのだそうだ。
シーミンは春の生まれで、近々誕生日の祝いがあるそうで、そのプレゼントはなにがいいか相談したいということだった。
「誕生日か、知ったからには俺も贈ろう。シーミン以外にも世話になっている人がいるし、そっちにも送るように考えないと」
でもシーミン以外の好みとかわからないんだよな。さてどうしたもんか。
「去年はなにを贈った?」
「花の刺繍が入ったハンカチです。喜んでもらえました」
「友達からならなにをもらっても喜びそうだな」
「否定はできませんね」
ハスファは笑みを浮かべて頷く。
「去年と同じは芸がないし、避けたいな。シーミンの趣味は詩を読むこととか花を生けることだっけ」
たしか以前そんなことを聞いたはず。
同意するようにハスファが頷く。
「詩集を買っても同じ物を持っているかもしれないから買うのはなしにして、花関連でなにか探す? というか去年は同じ方向性で刺繍入りのハンカチを贈った?」
「去年贈ったものは偶然ですね」
「花をかたどった髪留めとかどうよ。長い髪だし、使うことはあるんじゃないか」
「なるほど、髪をまとめているところを見たことありますし、使ってくれると思います。それを探してみます」
「俺はどうすっかね。そういやハスファの誕生日は?」
「冬ですよ。デッサさんは?」
「俺は……」
デッサとしての誕生日を答えればいいのか、前世のものを答えればいいのか一瞬迷う。
意識は前世のものだから、そっちを選んで秋生まれと返す。
「秋で十五歳になったよ。ハスファは十六で、シーミンも今度十六でいいんだっけ」
「ええ、そうです」
ハスファの分も準備しとこうかな。
ハスファを玄関まで見送って、夕食のため食堂に向かう。
夕食を食べながら考えて、食器が目に入る。絵の入った食器なんてどうかなと思う。花とかが描かれたコップなら数を揃えるのも容易だし、普段使いもしやすいのではと思う。
(ガラス製のコップはタナトスで見かけなかったし、いいかもな)
そうと決まれば明日は一時間ほど早く上がって、ちょっとした伝手のあるレッストン工房に向かうことに決めた。
食後、鎧などの手入れをしたあと事務所に向かう。
いつものように書類の確認をしたあと、カンパニアから届いた封筒を受け取る。
「それはどんな資料なんですか」
ロゾットさんが聞く。ルーヘンとレスタも気になったようにこっちを見てくる。
「宿で使う魔法道具の資料だ。この前カンパニアのギルド長と会う機会があって、資料をもらえることになったんだ。割引もしてくれるそうだよ」
封筒から書類の束を取り出し、テーブルに置く。
レスタはなんでそんなことにと首を傾げながら言う。
「カンパニアというと大ギルドだって私も知っています。そんなところが資料を送ってくれて割引もしてくれるなんて」
「頂点会のギルド長とは以前から付き合いがあるんだ。その繋がりでゴーアヘッドとカンパニアのギルド長に俺のことが伝わっていたらしい。一度顔を見たいとか話していたみたいなんだ。そして偶然道で頂点会のギルド長と会って、これから会合でちょうどいいから一緒に行かないかと誘われてついていった」
「大ギルドの長が会いたいというなにかをやったんです?」
「頂点会のギルド長に技術とか道具のアイデアを話したことがあって、それに興味をもったとかそんな感じ。それで会合でもなにかアイデアでないかって聞かれて、泥棒を捕まえるのに役立ちそうな道具について話したら売り物になりそうだって判断したらしい」
「それで資料と割引ですか。オーナー自身がそれを作ればよかったのにと思います。カンパニアが売れると判断したのなら、かなりの儲けになったんじゃないですかね」
ないないと俺が首を振り、なんでだろうと三人は不思議そうに見てくる。
「必要な材料集め、開発費用、開発の時間、売り込み。いろいろとやることがあって、必要なものがある。そういったことをやっている暇はないし、やる気もない。ついでに売り込みのノウハウをもない。アイデアを渡して、その報酬をもらえたんだからそれで十分だよ」
「アイデアだけでは商売に繋がらないんですね」
「実現できなければ、いいアイデアがあっても妄想と変わらないよ」
アイデアを実現するための環境、伝手、資金力、アイデアの情報を守るための力、それらがあって儲け話にまで繋げられるんじゃないかなと思う。
俺にはそれらはなくて、アイデアを売るのが精一杯だ。
三人にそんな考えを伝えると、なるほどと頷いていた。
「カンパニアとかの話はおいといて、どんなものがあるか見ていこう。良いものをそろえたら宿の質が上がって、客をもっと呼び込めるようになるかもしれないぞ」
三人は書類を手に取り、内容を読んでいく。
資料には魔法道具以外に、質の良いシーツやタオルといった日常的に使うものについても書かれていた。
俺のだけでも良いシーツ買おっかな。それは後回しにするとして、今は魔法道具だ。
今使っているものより質の良いものや効果範囲が広いといったものがほとんどで、見たことのないものは四つだけだった。
そのうち二つは風呂専用のものでここには意味がない。サウナを再現できるものとジャグジーを再現できるものだ。
残る二つは水気を弾くものと夢に干渉するものだ。前者は玄関にでも置いて、武具や荷物の水を落としてもらうといいかな。後者は見たい夢を見るというものではなく、悪い夢を見ないようにするというものらしい。悪い夢を見てテンションが下がるのを防ぐ目的で作られたようだった。
夢に干渉する方は、俺には必要ない。体が疲労を抜こうと頑張っているらしく毎日熟睡して、夢を見ても起きたら忘れている。カルシーンにぼこぼこにされたときも、夢の中でまた殴られるといったこともなかった。だから夢見の悪さでテンションが下がることはないはずだ。
「水を落とす方は購入しようかと思うけど、夢に干渉する方はどうする? 俺自身はいらないんだ。客の中でこれを必要としていそうな人とかいたりする?」
「たまーに聞きますね」
ルーヘンが言い、レスタも頷く。
「私も購入は必要だと思います。客だけではなく、ルーヘンとレスタの両名が借金を背負っていた頃のことをたまに夢に見るようで、調子を崩すことがあるのですよ」
「そうなのか?」
自分たちのために買うという意見に申し訳なさがあるのか、困った表情でありつつ二人は頷く。
「そっか。まあ割引してもらえるし買うとしようかね」
次の休みの日に買うことに決めて、話し合いを終えて部屋に戻る。
翌日、予定通りダンジョン探索を少しだけ早く終えて、そのままレッストン工房に向かう。
入口から声をかけて、出てきた男に以前会った男の特徴を伝えて呼んでもらう。
「あ、久しぶりだな」
どうやら俺の顔を覚えていてくれたらしい。
「ども、お久しぶりです。ガラス製品を注文するかもしれないので、ここに来てみました」
「注文するかもってのはどういう?」
「絵の描かれたガラスコップが二十個ほどほしくて。でもここは絵は入れていないと言っていたでしょ? だから注文するかどうかわからないということです」
「なるほどな。それならここで注文できる。以前焼き付けというやつを教えてもらっただろう? あれを試しているところでな。まだ正式な商品にはなっていないが、アイデアをくれたお前なら師匠も販売許可をくれるだろうさ。あと俺たち弟子が中心になってやっていることだから、師匠ほどの品質は期待できないな」
「そうですかー。試作品があるならそれを見せてもらえません? ひどいできじゃなければ発注したいです」
「わかった。ひとまず許可をもらってくるから、中に入って座っててくれ」
入口そばの椅子を勧められ、そこに座る。
十分もせずに男は戻ってくる。その手には二つのガラスコップがあった。持ち手のない、中サイズのごく普通のものだ。
「いいってよ。そしてこれが一番いいできのコップだ」
渡された二つのコップにはそれぞれ白い花と黒い犬の絵が入っている。
絵はシンプルながら、どこか一部分が欠けたりしていない綺麗なものだ。コップ自体も歪みなどない。
これなら発注してもよさそうだ。
「発注すればすべてこのできになります?」
「うーん、十個作ると三個くらいは失敗したり品質が落ちるってのが現状だ」
「ということは四十個分のお金を渡せば、およそ必要個数には届くってことか。これ一つでいくら?」
「小銀貨六枚だな」
「絵の指定をすると値段が上がるとかそういったことは? 全てのコップに違う絵柄を入れてほしいんだけど」
絵柄がすべて違った方が自分のものだっていう特別感が出ると思うんだよね。
「絵柄の指定をしても値段は変わらん。色の変更は少し上がる。合計金貨二枚と大銀貨六枚を少し超えるくらいか」
「だったらお願いしようか。金貨三枚払うからいつまでに完成してほしいって要望を付け加えたい」
正式に客となったことで、男の表情が引き締まる。
「日数によりますね。明後日までにやってくれとか言われると無理です」
それはないと言ってから、タナトスの誕生祝前日までの日数を告げる。
「だいたい十日後ですか。それなら今の仕事を少し急いで片付ければ大丈夫です」
「今の仕事が粗雑になりません?」
「大丈夫」
職人が大丈夫と言ったのだから信じよう。
感想と誤字脱字指摘ありがとうございます