170 相談と贈り物 1
ジーモースから帰ってきて、再びダンジョンに挑戦する日々が始まる。
六十五階に進み、スカルビーストという骨だけの虎のモンスターとの戦いが始まった。
弱点は頭蓋骨の中のコアだ。斬るよりもぶっ叩く方が有効なので、新しい伸縮棒で殴っている。そのうち動きに慣れたら、剣で隙間を通してコアを突くことに挑戦してみるつもりだ。
今日も鍛錬を終えて、ルポゼに帰ると従業員が近づいてくる。
「オーナー、あちらに来客が。あとカンパニアから資料が届いています」
以前来たという全身鎧の冒険者が玄関ホールの椅子に座っていた。
知らせてくれたことに礼を言い、その冒険者に近づく。
「ここのオーナーのデッサだ。そちらは?」
「アーデアと言います」
声をかけると勢いよく立ち上がって名乗り返してくる。
兜越しの声は報告にあったように性別の判断がしづらい。意識して低く出しているような気もするし。名前はたぶん女性のものだと思う。
「すまないけど、男と女どっちなんだ?」
「女です」
「全身を隠しているのにはなにか理由が?」
「えっとその……素顔などを見られるのが恥ずかしいからです」
「なるほど」
恥ずかしいからって全身鎧で隠さなくてもいいんじゃないかと思うけどな。
挨拶代わりの会話を終えたと判断し、椅子に座ってどうして訪ねてきたのか聞く。
「特別な理由はないんです」
「……なるほど。お疲れ様でした」
「ああっ、待って立ち上がらないで」
鎧をガシャガシャと揺らし、慌てた様子を見せる。
「いやだって用事がないなら、話す必要ないし」
「言葉が足りませんでした。特別な用事はないけれど、交流しておこうと思いまして。それに同じぼっち同士、なにか力になってもらえると思ったんですぅ」
「なんでぼっち判定されてるの」
「一人でダンジョンに行っているんですよね?」
「そうだけど」
「一緒に行く知り合いがいないから一人で行っているんですよね」
「一緒に行っていないだけで、誘えば行ってくれる人はいるよ」
ショックを受けたようにアーデアがのけぞる。
「そ、そんな、私と同じでコミュニケーションが苦手だから一人だって思ったのに」
「俺もコミュニケーションが得意ってわけじゃないけどさ。それでも友達はいるよ。一人でダンジョンに行っているのはその方が都合がいいからだ」
「う、裏切られた」
「勘違いなのに、裏切られたって言われても。結局はぼっち同士仲良くしようと思っていたということなのか」
「お父様から伝手を得てこいと」
「お父様?」
聞き返すと、兜の中から「あ」という小声が聞こえてきた。
「こ、これは言っちゃだめなやつだった」
「伏せる必要があると。なにか別の目的があって来たのか」
「ここまで話したのも嘘じゃなくてっ。でも別の事情もあって」
先ほどと同じように鎧をガシャガシャと鳴らして、慌てた様子を見せる。
同類じゃないっていうショックで、秘密にしておくべきことが漏れたんだろうなー。
「全部話せ、な? 裏があるってバレたんだし」
「うう」
がくりと首を下げて「はい」と聞こえてきた。
「お父様があなたを見たのは会合のときで、それからあなたについて調べてみたらあちこちに伝手があるとわかったと言ってました」
「伝手ね」
町長とか頂点会とか、ニルにもあるわな。
しかし冒険者としての付き合いじゃなくて、仕事関連の接触が出てきたか。今後も増えるんだろうか。ロゾットさんが会合に出ているんだから、そっちに流れてくれると助かるんだけどな。
「繋がりを得ておいた方がいいとお父様は判断し、私に交流せよと」
「ぼっちに?」
「私も難しいとは言ったんだけど、同じ冒険者同士なんとかしてみせろって」
「なんとかできた?」
「無理だった、のかな? ま、まだチャンスはあるのではないでしょうか」
期待するように問いかけてくる。
「まあ交流ってだけなら別にかまわないんだけど」
「ほんと!?」
「冒険者同士、情報のやりとりとかは珍しくないだろ。こっちの都合で時間は合わないこともあるし、俺の伝手を期待されても困るけど」
俺も伝手を使うときはあるけど、無理難題を頼めるといったものじゃないし期待されてもね。
「伝手に関してはお父様が言うことだから気にしなくていい。大切なのは私に知人ができるということ」
「お、おう」
そっちをとるんだな。ぼっち離脱のチャンスは逃したくないってことか。
「今こうして交流したいって頼み込めているし、ほかの人にも同じようにできたんじゃないかって思うんだけど」
「同じボッチだと思っていたから、なんとか声をかけることができたの。あとは勢い?」
「こうして話せているんだから、必死になればできていたと思うぞ」
「私が必死じゃなかったと?」
「人付き合いを怖がって、さっさと諦めていた部分もありそうなんだよな」
アーデアのことはまだなにも知らないに等しいから想像でしかないんだけど。
兜がわずかに傾く。
「……そういったところもあった、かも」
玄関にハスファの姿が見えた。
「こんにちは、お客さん?」
アーデアの気配が引き締まった。知らない人がそばに来て、緊張したようだ。
「うん、そう。話をまとめると友達になりにきたらしい」
「シーミンみたいなこと言ってるわね」
「シーミンより事情は軽いよ」
あっちは体質とかそういったもので、こっちは性格的なもの。
性格を変えるのも大変だけど、まだ努力でどうにかなるしな。タナトスは努力のしようがない。
「ここここここ」
「鶏の真似じゃないだろうし、なにが言いたいんだ」
「こここちらはどなたでしょうか」
「ああ、そう言いたかったんだな。友達。見てのとおりシスターだ」
「初めまして、ミレインのシスターでハスファといいます」
「は、は、は……」
多分最後の方で小声で初めましてと返したんだろうけど、兜越しということもあって聞こえなかったな。ハスファも不思議そうな顔をしている。
困ったような顔で俺を見てくる。
「恥ずかしがりやだそうで、今みたいにコミュケーションをとるのが苦手みたいだよ」
「デッサさんは話してましたよね」
「同じぼっちだって思われていたみたい。同類ならって勇気を出したみたいだな」
「デッサさんは人付き合いは多くはないけど、知り合いはそれなりにいますよね」
いるねと頷く。
「コミュニケーションが不得意ということは、ダンジョン探索も苦労していそうですね。仲間との連携とか大変でしょう」
「い、いません」
小さいけれども今度は聞き取れる声で返事をする。
「え? デッサさんから聞いたことありますけど、一人で行くのは珍しいんですよね」
「珍しいね。転送屋とかに行くと、複数でダンジョンに挑んでいる冒険者ばかりだ。シーミンたちは一人で行くことがあるけど、仕事で余裕のある階に行っているだけ。実力に合った階に行くときは複数で行っている」
「正直その状態でダンジョンに行くのはやめておいた方がいいのでは?」
「か、家訓で決まっていることだから」
小声で話すアーデアの話をまとめると、曾祖父から商人の家系だそうだ。曾祖父が行商人をしていたときに野盗に襲われた経験があり、荷物はなくしたけど命は助かり、商人も逃げられる程度の強さは必要と考えた。その考えがもとになり、子供と孫とひ孫は一人前とされる強さになるまで冒険者として活動することに決められているそうだ。
「護衛をつけていればいいのでは?」
ハスファのこの質問には、護衛が必ずしも役立つとはかぎらないとアーデアはか細い声で答えた。命惜しさにさっさと逃げる護衛もいるそうだ。
一応交流できている姿を見て、ハスファに提案してみる。
「シスターって相談に乗ることもあるって聞いたことあったよね」
「はい、それも仕事の一部ですね」
「アーデアとたまに話して、コミュニケーション能力を鍛えるというか、人付き合いに少しでも慣れさせるというのはどう?」
「私は大丈夫ですよ。アーデアさんは大丈夫ですか?」
人助けと考えたようですぐに頷いて、アーデアに問いかける。
「あ、ええと、どどどすれば」
「別に断ったところで嫌な印象を与えるとか嫌うとかないから、やりたいかやりたくないか思うままに答えればいいよ」
「ええ、そうですね。無理強いするつもりはないです」
安心させるためかハスファは笑みを浮かべて頷く。
あれこれと考えているようで、両手をわちゃわちゃと動かしている。
少しの間返事を待っていると、こくりと頷いた。
「で、でもなにを話せばいいのか」
「なんでもいいと言っても困るだろうし、そうだな」
避けた方がいい話題っていうと、宗教と政治と野球とか聞いたことあるな。この世界に野球はないから、宗教と政治は避けさせるべきか。
どういったことがいいか提案する前にハスファが話しかけた。
「ひとまず朝起きてから私のところに来るまでのことを話すというのはどうでしょう」
「面白くない話、ですよ?」
「人付き合いや会話に慣れるためのものですから、面白い話でなくても大丈夫ですよ。ためしに聞かせてください」
こくんと頷いたアーデアがしどろもどろに話し出す。それに微笑みを浮かべたハスファが頷きを返す。日頃から相談に乗っているようで、その仕草に慣れを感じさせる。この場は任せて大丈夫そうだ。
「俺は着替えてくるよ」
「はい」
声をかけて自室に戻る。
武具をテーブルのそばに置いて、私服に着替えてホールに戻ると先ほどと同じようにハスファが話を聞いていた。
水でも出しておこうかと。食堂で三つのコップを受け取って、ホールに戻り二人に渡す。
「こんな感じです」
どうだったか気にするようにアーデアはハスファを見たりそらしたりと繰り返す。
「気になったのは声の小ささですね。もう少し大きくしても大丈夫。もしくは兜を外せばそのままの声量でも大丈夫なのかな。会話内容におかしなところはなかったです」
ほっとしたようにアーデアから力の抜けた気配が感じられた。
「家族以外の前で兜を外すのはちょっと。声を大きくする方向で頑張ります」
「そうですか。頑張ろうと気合を入れすぎる必要はありませんよ。頑張るなら少しだけ。その少しだけが大事なことです」
「頑張りすぎるのも心に負担を与えそうだしな」
「そうですね。無理しない程度に少しずつです」
こくこくとアーデアは頷いた。
「明日からは教会で話しましょうか。来ることはできますか?」
「ええと」
「無理そうならしばらくはここのホールを使ってもいいぞ、この時間帯ならハスファもほぼ毎日来ているし」
もともとは俺に来た客だし、それくらいのサービスはやってもいい。騒ぐわけでもないし邪魔にはならんだろう。
「私はそれでもいいですね」
「こ、ここでお願いします」
一度来たここの方がまだ来やすいということか、アーデアはほっとしたようにこっちを選んだ。
「今日はここまでとして、また明日会いましょう」
「はい、ありがとうございます」
アーデアは俺たちに頭を下げて、建物から出ていった。
感想ありがとうございます
今年はありがとうございました、来年もよろしくお願いします