169 ニルドーフの帰還
デッサが神託の該当者候補とわかり、ニルドーフは予定を変更してリューミアイオールのもとに向かうための準備を始める。
もとの予定は竜に呪われた者を探すというものだったので、目標を達成して次の目標に向かうともいえる。
連れて行く護衛はオルドとサロートといういつものメンバーだ。
話を聞かされたサロートはリューミアイオールに会いに行くということで尻込みしたが、なんとか気を取り直して準備を手伝っている。
「このあと出発するよ」
朝食を終えたニルドーフは最後の確認をオルドたちに任せて、ギデスに挨拶するため執務室を訪れていた。
「予定が早まりましたが、準備は整ったのでしょうか」
「うん。ミストーレも大きな町だからね、必要なものはすぐに集まる」
「どこに行くのかわかりませんが、道中お気を付けください」
竜に呪われた者のことは国の上層部で止められているため、ギデスには行き先を話せず伏せていた。
ただしデッサを呼んでから急に予定を変えたので、デッサがなにかしら関わっているのではないかとギデスは内心考えている。
「すまないね。機密に関する行動なんだ」
「真剣な雰囲気を発していることから大事なことだとわかっております。頼まれたフェムのことは必ず向こうに伝えますので、気になさらず出発してください」
「頼んだよ。そちらも大切なことだから」
「はっ」
ギデスは頭を下げて、扉が閉まった音を聞いて顔を上げる。
すぐにグーネル家へと送る書類を書きだしながら、ニルドーフたちの無事を祈る。
部屋に戻ったニルドーフは荷物をまとめたオルドたちと一緒に、馬車に乗って屋敷から町の入口に移動した。
そこから歩いて、町のすぐそばにある牧場に移動し、連れてきていた愛馬を引き取る。
今日出発すると伝えていたため馬の準備もしっかり整っており、その背に乗って街道を移動する。
馬に負担をかけない範囲でできるだけ急いで、デッサの出身地に到着した。
ここらで馬を預けられる場所はここにしかなかったのだ。
ニルドーフは来客に少しだけ騒がしくなる村を見て、特に変わったところのない小さな村だと感想を持つ。
デッサが生まれ育った場所だったので、少し特別視したものがあったのだ。あの早さで強くなれる下地がここで育まれたのかと思っていたが、その可能性はなさそうだと考えなおす。
デッサ個人の資質と努力によるものなんだろうと思いつつ、馬を預かってもらうためのお金と一泊の宿を借りてお金を払う。
少しだけ村人と交流し、秘の一族に関してもそれとなく聞いてみた。だが隠しているといった気配もなく、ここは無関係なのだろうと結論を出す。
翌朝、山登りの準備を整えてニルドーフたちは山に向かう。
「目的を聞かれ死黒竜に会うと隠さずに答えましたが、止められませんでしたね」
サロートが一度振り返り村を見て言う。
オルドが頷き口を開く。
「死黒竜を怒らせたら村にも被害がくるかもしれないというのにな」
「生贄を出しているから自分たちは大丈夫と思っているのかもしれないな。ついでに俺たちが帰ってこなければ馬が自分たちのものになることも期待している、と考えるのは穿ちすぎかな」
あるかもしれないとサロートとオルドは納得した様子を見せる。
三人は山道を歩いて、周辺の観察をする。
竜という特大の存在がいるからか、どこの山にも必ずいるモンスターの気配がない。
虫や鳥といったものはいるけれども、ここまで静かな山は珍しいと話しながら中腹の広場まで到着する。
ここはデッサが生贄として置いていかれた場所で、野ざらしの人骨や武具などが見える。
「昔の冒険者のものかな」
「討伐に来た者たちでしょうな」
「こうなりたくはありませんね」
休憩がてら話していると、大きな気配が山頂から動き、頭上が暗くなる。
ズンッと小さな地響きを起こして、リューミアイオールが着地する。
三人は動きを止める。止めさせられた。ただそこにいるだけなのに、吹き飛ばされそうな感覚がしていた。デッサから聞いていたが、ここまでの存在感だとは思っておらずリューミアイオールから目を離せず、固まる。
そのままリューミアイオールは三人を見ていたが、いつまでも動きをみせないためか気配を抑えた。
三人はその場に膝をついて、大きく肩で息をしている。
「デッサは動けたのだがな。用件は聞いていた、ジョミスの影の主、聞きたいことを言え」
「お目通しいただき感謝します。聞きたいことはデッサを庇護しているのかということです。庇護しているのならその理由も」
「庇護には是と答えよう。そして竜に呪われ、庇護された存在はデッサのみということも教えてやろう」
神託に語られた存在だと確定し、ニルドーフは見つけたと安堵と喜びがあふれる。
「庇護の理由は再会を願っているからだ」
「再会、ですか?」
「そこまで話す理由はないし、聞かれてもいない。ここまで答えたのはバズストの言葉を信じ未来を案じたジョミスの遺志を尊重したからだ」
そしてと続けてリューミアイオールの押さえられていた気配がもとに戻る。いや三人にはより苛烈に感じられた。体中に重りを載せられたように、地面に倒れそうになる。
耐える三人の耳にリューミアイオールの声が届く。
「神の言葉であろうとデッサに関わるならば注意することだ。一度選択を誤れば国一つ消し飛ぶ。魔王が暴れるまでに我がそれを成し遂げよう。バズストの頼みもあって、一度はお前たちの言葉を聞き入れた。その結果、失うことになった。バズスト本人が望んで行ったことではあるが、我は平穏を喜べなかった。ゆえに二度はない。あやつを誘い、その二度目が起きてしまえば、怒りが大地を焼き尽くすと知れ」
語るべきことは語ったと、それ以上は滝のような冷や汗を流す三人に声をかけず、リューミアイオールは山頂に戻っていった。
十分経過しても三人は膝をついたままだ。
声を聞いただけで体力と精神力を消耗し、動けなかった。
十五分ほどでようやく三人はその場に座り込んで楽な体勢をとることができた。
「神託は本当だった。助けとなる存在は本当だったし、迂闊に触れてしまえば滅ぶということも」
ニルドーフは神託の希望だけを見て、都合の悪い部分を重視していなかったことを思い知らされていた。
「死黒竜は本当にやるでしょうね。それだけの意志が感じ取れた」
オルドが言い、サロートが頷く。
「本気だったのは私にもわかります。ですがデッサになにがあるというのでしょうか」
「そこは聞けなかったからな。ニルドーフ様、これからどういたしましょうか」
「神託に示された者だとわかれば、他国や教会に情報を流して協力を願うつもりだった。でも今は避けた方がいいと思っている。直接死黒竜を見ていない者たちは、少しくらいは大丈夫だろうと慎重さに欠けた行動をする。その結果、大陸が荒れることになるのは避けなければならない」
ニルドーフの語る未来が容易に想像できたと二人は顔を顰めた。
「ひとまずは王城に帰る。そして陛下にのみ話し、教会のトップにだけは話すかどうか相談する」
教会も竜に呪われた者を探している。見つけたとは報告が入ってきていないが、どの町や村にでも教会関係者はいる。どこからか情報が入って、デッサに繋がるともかぎらない。デッサを見つけて迂闊な接触をされると目も当てられない結果になる。そうならないためにも教会のトップには話を通した方がいいかもしれないと思うのだ。
ニルドーフに説明されて二人も賛成した。
リューミアイオールの圧を直接感じた二人が、反対などしようがなかった。
疲れた体をおして山を下りる。
村人は帰ってきた三人になにがあったのか尋ねる。リューミアイオールのあんな気配を感じることなどそうそうないのだ。
それに対し、調子に乗ったから警告されただけだと誤魔化した返答をして、あの気配に怯えた馬に乗って村を離れる。
残された村人は怖くなって逃げたのだと噂していた。
どこにも寄り道せず三人は王都に帰った。
馬を城の厩舎に預けたニルドーフは荷物などを二人に任せて、父親の執務室へと早足で向かう。
旅の汚れも落とさず歩き去ったニルドーフを見て、城の者たちはなにごとかと話し合う。
執務室前にいる兵に来訪を伝えてもらう。
旅装のままの息子を見て、王は少しだけ驚いた顔を見せた。
「おかえり。ただごとではなさそうだな」
「はい。急ぎ伝えたいことがあります。どうか人払いをお願いしたく」
「そこまでしなければならないことか」
ニルドーフの顔を見て、真剣なものを見つけた王は家臣たちに部屋を出るように伝えた。
家臣たちは内心話題を気にしつつも下がっていく。
親子以外に人がいなくなり、王は視線でニルドーフを促す。
「神託に示された者を探していたのはご存知だと思います」
「ああ、知っている」
「見つけました」
あっさりとした報告に王は目を丸くする。しかしニルドーフの真剣な表情に嬉しさがないことに気付き、話はスムーズに進まなさそうだと考えた。
「見つかったか。だが良い知らせではなさそうだな。もしや死んでいたか?」
悪い予想を口に出す王にニルドーフは首を振って否定する。
「生きています。無茶はしていますが、病気でもなく元気にダンジョンに挑んでいます」
「冒険者なのだな。どういった人物だ?」
「以前報告したことがあります。その場にペクテアもいました。デッサという冒険者の若者を覚えておいででしょうか」
「覚えているぞ。魔物との戦いに参加したという」
「ええ、合っています」
「なにも問題なければ城に連れてきているはずだ。しかし連れてきてはいないのだろう?」
「はい。我らの判断で動かすことは無理だと考え、彼には干渉せず帰ってきました」
「なにが問題だ?」
「死黒竜です」
ニルドーフはデッサ本人から呪われていることを聞き、リューミアイオールに会いに行ったこと、その強大さについて話す。
「そこまでの存在だったか、あの竜は」
「はい。やるといったら本当にやるでしょうし、それだけの強さもあるでしょう。気配だけでも、大会に出現した魔物以上のものを感じました」
リューミアイオールから受けた圧を思い出したニルドーフが、わずかに体を震わせる。
「強者を蹴散らしたというあれよりもか」
「カルシーンと名乗った魔物は怒りといった感情の動きで冒険者たちの動きを止めたそうですが、死黒竜は少しだけ我らに感情を向けただけのように思われます。そしてそれだけで我らは体力気力ともに消耗して動くこともできなくなりました。激怒すれば鍛えたものであっても気絶は確実、一般人ならば心身に異常をきたし死ぬことすらありえます」
「向けられる圧だけでそれであり。さらに攻撃をしかけてくる。兵をいくら集めても意味はまるでなく、強者もまた同じ」
「はい。これを踏まえて我らは今後どうしましょうか。教会や各国に発見の報を入れるべきなのでしょうか」
ニルドーフから受けた問いに王はしばらく考え込む。
「難しいな。お前はどう考えている」
「教会のトップには報告した方がいいかもしれません。神託を重要視しているでしょうし、今も探しているはず。発見までの過程で死黒竜の怒りを買うことになりかねませんし、こちらから情報を渡して探索を終えてもらった方がいいのではないかと」
「知らせた結果、神託成就のため死黒竜討伐に動くかもしれないぞ?」
「デッサではなく死黒竜の方に行くのなら大きな問題とはならないかと。むしろ現実を知るいい機会になるかもしれません」
確実に討伐隊は蹴散らされる。それでリューミアイオールに手を出すのが馬鹿らしいと知るのはありではないかとニルドーフは言う。
問題があるとすれば、国内でリューミアイオールが戦ってどのような影響がでるかわからないことだろう。
「神託にも下手に手を出すと危ないと言われている。教会の討伐隊が負ければ、死黒竜の強さが知られることになり、神託の確実性も上がるな。もっとも神託を重要視しているのなら手を出すこと自体しない可能性もあるな」
「国内で暴れられることを避けられるのですから、そちらの方が望ましいですね。討伐を選ばない場合は、どのような動きを見せるでしょうか」
「デッサに接触だろう。まずは自分たちでも確認したがると考えられる」
「確認だけで終わるといいのですが」
「無理に連れて行こうとしても、庇護している死黒竜が転移で連れ戻すのではないかな」
なるほどと頷きつつニルドーフは別の問題を指摘する。
「本人に直接どうこうできない場合、周辺から攻める可能性があります。彼の友人にシスターがいるようです。人質にされるとデッサも教会の言うことに従うかもしれません」
少し考え込んだ王はその考えを口に出す。
「……護衛となるような諜報部隊をミストーレに送る。彼の動向も探っておきたいしな。友人はほかにもいたな? たしかタナトスや町の裏に属する者」
「最近は宿の経営を始めたようで、そこも護衛対象かもしれませんね」
「ちょうどいいから諜報員をそこの客として送り込むか」
諜報員にデッサと年齢が近い者を選んで、交流しやすくするかと呟く。
「教会への対応はわかりましたが、各国へはどうしましょう」
「ひとまず教会のみ。教会が彼にどのように接するのかを見て、協力して各国に知らせるか、伏せたままにするか考えよう」
「承知いたしました」
「彼は神託に従う姿勢は見せなかったのだな?」
「はい。まあ死にたくないという気持ちはわかります。我らのように国を背負っているわけではないのですから、なによりも個人の感情を優先しても無理はない」
「このことは教会に出す書簡にしっかりと記載しておかねばな」
神託に記された存在であっても、神聖な存在ではないということ。
誰もが神託を重要視するわけではないと事前に知っておくことで、教会とデッサの対立の芽を潰しておく。
交流が失敗して、デッサが教会へ悪感情を抱いてしまうと、魔王対策に支障がでるかもしれないのだ。
「急いで知らせたいことはこのくらいです」
「あとのことはこちらの仕事だ、任せろ。急ぎではない報告もついでに聞いておこう。なにかあるか」
「そうですね……まず魔力循環の訓練は上々といったところでしょう。ダンジョンでの鍛錬も行って、送った騎士や兵は一段階上の実力を得て、帰ってくることでしょうね」
「強い者が増えるのはありがたい。魔物が動きを見せていることだしな」
良い報告に王は笑みを浮かべて頷く。
「次に行方不明になったグーネル家の次男が見つかったそうです」
「ほう、どこにいたんだ?」
「北、カルガントです。そのジーモースという町で誘拐した者たちと一緒に行動していたと聞きました」
強化され洗脳されていること。罪なき者の殺人を犯したこと。シャルモスの残党の目的を話す。
「シャルモスの残党か。聞いたことはある。最終目標は初めて聞いたな」
「デッサの言うように本当のことかどうかはわかりませんが」
「この情報を持ってきたのもデッサなのか?」
「はい。死黒竜の試練でジーモースに転移させられたそうで、そのときに遭遇したのだと」
「いろいろと騒動のそばにいるみたいだな。本人がそういった性質なのか、神託に語られた存在だからか」
「ある程度の付き合いはありますが、わかりませんね。フェムの連絡についてはギデスに対応を任せてきました」
もともとミストーレではギデスからグーネル家に情報を送ることになっていたので、それでよいと王は承諾する。
そして王はフェムについての対応を厳しくすると決める。
他国の人間を殺したのだから、甘い対応は国家間でのやりとりにいらぬ波を起こすかもしれないのだ。このことはあとで書簡に記し、グーネル家に送る。
「次は魔法使いの技術に関してです」
「ふむ、どんな報告なんだ」
「魔力充填という新たな技術を開発中だとファードが言っていました。ある程度形にはなっているそうですが、もっと完成度を高めて報告したいということでした」
不完全なものを世に出したくない。練度を高めて開発者としてのアドバンテージを保っておきたい。
こういった頂点会側の事情を王は察して、情報の催促はやめておこうと決める。
「開発を進めているということは使い物になりそうだな」
「魔力循環ほど劇的に強くなることはないようですが、確実な底上げにはなるようです。これも発端はデッサのようですね」
「求めたらほかにも進展させてくれそうだな」
「忙しくしていますし、無茶振りはやめてあげてください」
「わかっているさ。魔力循環や魔力充填だけでも十分な功績だからな」
「報告することはこれくらいですかね」
「お前は今後どう動くつもりだ?」
竜に呪われた者を探すという目的は達した。デッサの周囲への対応は王が指示を出す。しばらくやることはないのではと思い聞く。
「鍛え直そうかと。死黒竜を前にしてあれは情けないと感じまして。打倒などとは嘘でも言えませんが、少しくらいは動けるようになりたいですね」
「王族が過度に鍛える意味はないのだがな。動けなくて当然だろうに」
「今後もあちこちうろつくつもりなので、そのときに安全な旅ができると考えたら鍛え直しはありだと思います」
「以前も言ったが婚約を考えてもいいと思うのだが」
「おっと、やり残した用事が。ではここらで失礼いたします」
一礼して逃げるように去っていった息子を見て、王は苦笑を浮かべる。
あの調子だとまだまだ結婚する気はなさそうだった。
放っておけばいつまでも未婚でいそうなので、こちらで相手を見繕っておこうと、お見合いの計画を立てることにする。
ニルドーフが出ていったことで執務室に戻ってきた家臣に仕事を割り振って、王は教会にあてる手紙を書き始めた。
感想ありがとうございます




