166 失敗と再会 3
俺の問いかけに、静かだったフェムは俺を睨んで口を開く。
「力だ」
端的に返ってきた言葉に首を傾げる。
「力がほしい。力を認めさせる。力こそが全て! お前にも俺の力を認めさせるっ」
そう言いながら斬りかかってくる。
「いきなりか!」
こっちも剣を抜いて、フェムの剣を受け止める。
思った以上に強い力で、その場で押し合う。けれども想像以上ってだけだ。
「力と連呼しているわりにはそこまでじゃないな!」
押し切って距離ができたフェムの腹を蹴る。
よろけたフェムに追撃しようとしたけど、大きく下がったことでできなかった。
「これは驚いた。フェムも多くのモンスターを倒してきて鍛えてあるんだけどな」
「こっちだって同じだ」
「そうかい。だったらさらなる力を見せつけてやるといい」
フェムはカルベスの声に応えるように、体に力を込めた。
今のうちに俺も魔力循環だ。二往復する前にフェムが動き出す。
フェムの体は赤みが増して、動きが先ほどよりも速い。
魔力活性よりも強化の幅が大きいように思える。まさか過剰活性か?
「だあああああああっ」
声と共に連続して剣を振ってくる。それに対応して剣を振る。ギンギンと剣のぶつかる音が響く。
向こうの方が力が強いようで、しっかり握っていないと剣が弾かれる。若干手が痺れているため、しっかりと握り直し戦う。
「こっちが驚かす番だと思ったのに、君にまた驚かされるとは。魔力活性ではない、過剰活性でもない。なんだろうね、それは」
「さてな! 手の内をさらすはずがないだろう!」
「戦いながらも答える余裕もあるのか。フェム、彼は君以上の成長をしてこの場に立っているみたいだぞ」
「認められるものか! 俺が、俺こそが、誰よりも上にある!」
怒りの感情だろうか、大きな感情の動きは肉体にも作用したようで力強さが増す。
これが過剰活性なら時間を稼げば、勝手に自滅してくれるだろう。俺は迫りくる剣を避けて、弾いてと守勢に回る。
俺も過剰活性を使ったことがあるからわかるのだ。魔力循環の方が長持ちするということを。
勘でそんな考えを察したのかカルベスが否定してくる。
「時間稼ぎかい? もしかすると過剰活性だと判断したのかな。だったらそれは間違いだ」
「過剰活性と考えたのは正解だ。魔力活性を超える強化なんてそれしかないだろ」
魔力循環を向こうが知っているのかわからないから伏せておく。
「君のそれ以外はそうだと肯定しよう。だから少しでも安定させようと研究し、その成果をフェムに施したのさ。魔力切れで終わることはないよ」
「そのかわりになにか別のものを削るんだろ」
「察しがいいね」
魔力のわかりに削れるものなんて寿命くらいしかない。もう一つ可能性があるとすれば魔晶の欠片を使い潰している可能性もあるな。
どちらにせよ長引かせると時間制限のあるこっちの方が不利になるな。
じゃあ反撃といこうか。
「いくぞ! 多少の怪我は覚悟しろ」
フェムの攻撃をかいくぐり、こちらの攻撃を当てていく。フェムの血が周囲に散っていく。
「あああああっ」
自身の攻撃はろくに当たらず、俺の攻撃は当たる。血を流すフェムはいらついた表情と声で攻撃をしてくる。
「俺は強くなった! あんたに圧倒されるなんて認められるか!」
「強い? 俺の鍛練に追いつけていない。そんな軟な鍛錬をしてきた結果が現状だ!」
「強いモンスターに挑み、痛みも恐怖も乗り越えてきた! それが軟な鍛錬だとでも言うのか!」
「そんな当たり前の鍛練をして威張るな!」
フェムの剣を弾いて、顔面に左の拳を叩き込む。よろけたところへと追撃の蹴りを叩き込むと、フェムは地面に倒れた。
倒れたままフェムはカルベスへと顔を向ける。
「制限解除だ! 許可を!」
「いいのかい? それはとっておきだが、消耗も大きいぞ」
「こいつに勝てるのなら惜しくはない! ここで負ければ俺のこれまでが無駄になるっ」
「実働データは多い方がいいしね。許可を出す。制限解除『アンクレインを滅せよ』」
アンクレインってーと、魔王の配下だな。
なんて今はそんなこと考えている暇はないな。こっちも強化だ。一度魔力循環を解除して、二往復させる。
「がああああああああああっ」
痛みによる叫びなのか、自己を高めるための咆哮なのか。どちらかわからないが、フェムが大きな声を上げると、赤みを帯びていた肌は青く変化し、肉体もバンプアップしたように若干膨らんだ。
時間をかけない変化をすませ、俺へと突撃してくる。
「これなら! これならああああっ!」
「ただ身体能力が高いだけの相手なんて飽きるほど経験しているっ」
たしかに強くなっているが想定の範囲内だ。格上に挑むのが基本なのだから、自分より速く力の強い相手と戦うことなんて慣れている。
それにフェムには弱点がある。それは俺と似たタイプということだ。
身体能力を上げることを重視して、技術は後回し。モンスターと戦うならそれでなんとなかる。だが人間や魔物を相手するなら技術も必要になってくる。アンクレインを倒せとか言っているわりにはそこを鍛えてないのは不思議だ。
これまでよりも激しい戦闘音が響く。移動して起きる足音や剣と剣がぶつかる音だけではなく、剣が俺の鎧に当たる音も混ざっている。
「当たるのに! なんで倒れない!」
「被害が少なくなるように受けているからに決まっているだろ!」
これまでの戦いでさんざん痛めつけられてきたんだ、被害が少なくなる攻撃の受け方を覚えるのは当たり前だ。
「お前は力だけだ。そんなお前なんぞ怖くない!」
「認められるか! 俺は強くなったんだ!」
「そんな中途半端な力で威張ってなんになる! お前を探している家族に、なにより婚約したいって言っていた子にそんな姿を自慢できるのかよ!」
強くなろうとした出発点を指摘すると、虚を突かれたようにフェムの表情に戸惑いが生まれた。動きが止まり、両手で顔を覆う。
「婚約者? ……あ、ああ、ああああっ。そうだっ俺はあの子を求めて。どうして俺はそれをっ」
「おっと、ここまでか。強制停止『すべては王女のために』」
カルベスが俺たちへと接近し、フェムに言葉を投げかけながら蹴り飛ばした。
フェムは受け身をとることなく地面に倒れる。合言葉が発せられた時点で意識を奪われたようだった。
「いやはや本当に驚かされる。今のフェムと戦って互角以上とは恐れ入った。想像以上に強くなっているね」
「お前らもしかしてフェムの記憶をいじったのか」
あのフェムの反応は大事なことを忘れていたと思わせるのに十分なものだ。
「邪魔だったからね。しかし求めていた強さは得られた。こちらとしても研究の成果を試せてウィンウィンだ」
「フェムにとっては、力は手段であって目的じゃない。しかも大事な記憶を消したとなれば、ウィンウィンとは言えないだろ」
「なんでもかんでも願いが叶うわけはないだろう? どれか一つでも叶えばラッキーだと思ってほしいね」
「誘拐しておいてよく言う。フェムは返してもらって、お前は兵に突き出させてもらう」
「それは勘弁だ。それにフェムも兵に捕まるよ? 罪もない人を殺したんだから」
捕まるのはまあ仕方ない。それだけのことをしたしな。
「罪は償って時間がかかろうと家族のもとに帰れば、すべて丸く収まるだろ」
「死刑になる可能性の方が高いと思うけどね。まあ、捕まるわけにはいかないからフェムともども逃げさせてもらう」
「逃がすか。あんたからは、あんたの背後にあるものを聞かせてもらう」
放置したらまずい集団だろ、こいつら。それにアンクレインとの因縁も気になる。
「仲間になれば知れることだよ? 強い君が一緒に来るなら歓迎だ」
「冗談言うな。フェムのように記憶をいじられたらたまったもんじゃない」
「その力のこともある。ぜひとも迎え入れたかったんだけど、警戒されたのなら仕方ない」
「碌な目的の組織じゃないだろ」
「そうでもないんだけどね。目的を達するための過程はたしかに非道だろう。しかし人間のためを思って存在している場所だよ」
信じられないという思いが俺の表情に出たのを見て、カルベスは本当だと言いつつ苦笑した。
「俺たちの最終目標は古くから生きる魔物の討伐。そのために力を求めているんだよ」
「アンクレイン討伐もその一つか」
「あれのことを知っているのかい?」
よく知っているなと意外そうにこっちを見てくる。
「英雄のいた時代に暴れていた魔物だろ。歴史を紐解けば出てくる名前だ。それがいまなお生きている理由はわからないけどな。さすがに魔物だって寿命で死ぬくらいの時間が流れているだろうに」
ファルマジスのようなアンデッドという例外を除けばだけど。そのファルマジスも弱体化は免れない時間経過だ。
「よく勉強している。生き延びているのはシャルモスの技術を取り込んだからだろうね」
「シャルモス? たしか魔法が発展していたとか」
ゲームでも出てきた国だ。魔法を重視して研究していた国だったはず。今の時代にその名を聞いたことはないから滅びたんだろう。
「アンクレインが暗躍し、愚かな民が暴走し滅びた国。それがシャルモスさ。暗躍したときに技術も取り入れて、その成果でもって今もなお生きている。我らは愚かな民が作った国カルガントも許さないが、国を滅ぼしたアンクレインをなにより許さない。王女の旗の下、シャルモス復活を目指し活動している。シャルモスの残党と呼ばれることもあるね」
「国を滅ぼされたことには同情するが、手段は選べよ」
「選んでいたら魔物には勝てないよ」
目的を達成するまでに不幸を撒き散らせば、シャルモスが復活しても復讐されるだけだと思うんだけどな。
「さて逃亡の準備は整った。またいつか会おう。そのときは協力できるといいのだけどね。勘が君には敵わないと告げていることだし」
林の中から二頭立ての馬車が現れる。どうやってか合図を送って呼び出したんだろう。
俺の質問に答えていたのは到着までの時間稼ぎか。
「逃がすか!」
「ははははっ逃げさせてもらう」
そう言うカルベスの手には見慣れたものがある。閃光を発するビー玉だ。
とっさに目を閉じると、瞼の向こう光が感じられ、馬車が駆けていく音も聞こえてきた。
光が収まって目を開けると、遠くに全速力で逃げていく馬車が見えた。
「追いつけはしないか」
そろそろ魔力循環の効果も切れるし、追いかけても差が広がるだけだ。
剣を鞘に納めて、周辺を見る。なにかあれらに繋がるものでも落ちていないかと思ったけど、そんなものはなかった。
「どうすっかなー」
ワーヅを助けてやれと心の底から呼びかけてくるものがある。
クロッズさん殺しの犯人がわかったけど、そうだと示す証拠はない。報告して罪をなすりつけようとしているんじゃないかって、俺が疑われることになったら最悪だ。
フェムを捕まえることができたら、まだなんとかなったんだけど。
シャルモスの残党の仕業だと投げ文でもするか? 証拠がないしただの妄言として受け取られるだけだろうな。
心の中には相変わらずどうにかした方がいいという思いがあるけど、どうにかする方法は湧いてこない。
「なにかしらのヒントでも思いつけばねぇ」
休憩がてらその場で一時間ほど考えてみたものの、なにもいい案は浮かばなかった。
取れる手段としては町の兵と一緒にカルベスを追いかけるというものだけど、ミストーレへと転移する時間までに捕まえられるかというと無理だろう。
カルベスたちもわりやすく痕跡を残してはいないだろうし、捜索には時間がかかる可能性が高い。
どうにもできないしどうにかしたいなら案を出せと、自分自身へと投げかける。
返答などはなく、諦めたようにワーヅを助けてやりたいという思いは静まっていった。
わけのわからない思いと同じように、俺だってどうにかしてやれるならしたいんだけど無理だわ。カルベスに逃げられたのが本当に悔やまれる。
「フェムのことを家族にも伝えないといけないし、今回の遠出は碌なものじゃなかったな」
溜息一つ吐いて、馬車が去った方角を見る。
野宿がいい気分転換になってくれることを願いつつ、カルベスから聞いたことを思い返しながら南へと歩き出す。
感想ありがとうございます