165 失敗と再会 2
クロッズさんと話していると扉がノックされ、玄関の開く音が聞こえてきた。
「クロッズさん、宴会の準備ができましたよー」
「おう、ありがとー」
「討伐の祝い事ですか?」
「ああ、皆が祝ってくれるというんでな。ありがたく受けたんだ」
予定があるようだし長居はしない方がいいね。聞きたいことは聞けたので、さっさと帰るか。
「お時間いただきありがとうございました。お暇させていただきます」
立ち上がり、頭を下げる。
「目的を果たして時間はたっぷりあるからな。気にしなくていい。お前さんは師匠の無茶振りに従うだけじゃなく、断ることも大事だと思うぞ」
「生きるために最初に無茶振りをしたのはこっちなんで、断れないんですよ」
「そっちも事情があるんだな。死ぬようなことだけは避けるんだぞ」
「ええ、頑張ります」
玄関にいた人に一礼し、家から出る。夕日が空と町を染めている。
少し早いけど夕食をお勧めされた食堂で食べようかなと考えつつ歩いていく。
宿に戻って寝る前にリューミアイオールに話しかける。
『呼んだか?』
「ああ、繋がりましたね。知らせたいことがあるんですけど」
『なんだ?』
「到着する二日前に竜もどきが倒されていたんですよ」
一拍間を置いて、リューミアイオールから返答がくる。
『そうか、そういったことも起こりうるのだな』
「これはさすがに失敗にはなりませんよね」
『今回のようなケースはさすがにな。今すぐミストーレに帰るか?』
「帰りが早すぎて本当に遠出したのか疑われそうなんで、転移するのは三日後くらいにしたいんですが」
遠出を中止したと言って帰ってもいいけど、なんで中止したかの言い訳を考えるのも面倒だしな。
帰るまでの三日は歩いて南下して野宿の練習でもしようかなと思う。
『……まあ、いいだろう。三日後に声をかける』
おお、通った。ラッキーと思いながらベッドに横になる。
翌朝、宿の食堂で朝食を食べていると、従業員の一人が慌てた様子で入ってくる。そして別の従業員に話しかけ、会話が聞こえてくる。
「クロッズさんが殺された!」
その言葉に続きが気になって、耳を傾ける。俺のほかにも従業員を見ている人がいる。
「は? どういうこと?」
「町の外に死体があって、それを農家の人が見つけたんだって」
「なんで殺されたってわかるの? 急な病気かもしれないじゃない」
「体のあちこちに切り傷があったらしいのよ。病気やモンスターの爪とかじゃないらしいって話よ」
「竜もどきを倒したばかりで、皆に感謝されたあの人が誰に殺されたのかしら」
「さすがにそこまでは噂になってなかったわ」
「たしか養子がいたはずよね」
「うん。まだ十歳にもなってない子がいたわ。たしか両親を竜もどきに殺されたはず。身近な人が死ぬのは二回目で気の毒だけど、呪われているんじゃないかとも思うわ」
「滅多なことを言うんじゃないのっ。落ち込んでいそうな子になんてことを言うのよっ」
叱るようにいった従業員に、話していた従業員は首をすくめる。
「ごめん」
「私に謝っても意味はないでしょ。よそでそんなことを話さないようにね」
「うん」
二人の従業員は別の従業員に呼ばれて食堂から去っていく。
(えらいこと聞いたな。ワーヅはどうなるんだろう。クロッズさんに懐いていたようだし、落ち込んでいそうだ)
様子が気になるものの、俺がどうにかできるわけじゃない。付き合いがそこそこでもあれば引き取って、宿の従業員として働いてもらったけど、今の俺が引き取ろうとしたところで本人も周囲も反対するだろ。
クロッズさんの遺産を使って、周囲の協力を得て、暮らしていくことになる感じかな。
こんな微妙な思いで町を出ることになるなんてなぁ。
朝食を終えて、財布を持って宿を出る。野宿に備えて、食材を買うのだ。
町のあちこちからクロッズさん殺害の話が聞こえてくる。
ワーヅの話題も少ないながらあった。予想したとおり、近所の人が面倒を見ていくことになりそうだ。孤児院があればそこに入ったのだろうが、この町にはないみたいだった。
食材を買って帰ると宿に自警団員がいて、従業員となにか話していた。その従業員がこっちを指差してくる。
「ちょっとお話いいですか」
「いいですけど、荷物を置かせてくださいね」
近くのテーブルに荷物を置かせてもらい、自警団員へと向き直る。
「話ってなんですか」
「昨日の夜はどこにいたのか教えてください」
「夜は宿から出ていませんね。ずっと部屋にいました」
「それを証言できる人は?」
「従業員とか客が見てなければ誰もいませんね」
ずっと一人でいたし証言できる人なんていないんじゃないかと思う。
「武器の確認をさせてもらうことは可能ですか?」
「もしかしてなにかの犯人だと思われてます?」
クロッズさん殺しの犯人として疑われたのかな。
「容疑者候補といったところですね。不快なのは重々承知です。協力願えないでしょうか」
「かまいませんよ」
なんの後ろ暗いところもないし、拒否せずさっさと見せて疑いを晴らそう。
荷物を持って自警団員と一緒に部屋に戻り、剣と棒を見せる。
「ありがとうございました」
抜いた剣を鞘に戻して、自警団員は礼を言ってくる。
「この調査は噂になっているクロッズさんの件ですか?」
「はい、そうです」
「どうして俺は疑われたんですかね。クロッズさんと会ったのは昨日一度だけなんですけど」
「殺され方ですね。クロッズさんは斬り殺された。その斬った跡は素人にはできないものだった。この時点で一般人は候補から消えて、駆け出しの冒険者も難しいと判断できます。クロッズさん自身が強いため、駆け出しでは殺せないでしょうから。だから刃物を武器として使うある程度強い人が候補になると私たちは考えました。あとは手当たり次第に話を聞いて回っています」
「たしか町の外で殺されたんですよね。だったらそのまま逃げたんじゃ?」
俺だったらさっさと逃げるけど。
「ええ、その可能性は高いと思います。ですが潜伏している可能性もゼロではないので」
「ああ、そうですよね。そういやワーヅは今どうしているんでしょう」
「あの子はふさぎ込んでいて、ご近所の方々が様子を見てくれていますね」
「立ち直れそうですか」
「そうであってほしいです」
「ちなみにあの子が犯人を見ていたりはしないんですか」
「クロッズさんはあの子が寝たあと家を出たみたいですね。ワーヅと一緒に宴会を楽しんで、ベッドに寝かせたあと、町の住人に見つからないように町から出たみたいです」
深夜というにはまだ早い時間帯に、近所の人が少数で歩いて離れていく足音を聞いたそうだ。それがクロッズさんたちではないかと自警団員たちは考えているらしい。
「楽しい時間を過ごしてそのまま寝たら、朝になって一転して悲しいことを知らされたんですか。ひどい話だ」
「本当です。ではここらで失礼します。ご協力感謝します」
特に疑ったような視線を向けてはこなかったし、犯人候補からは外されたかな。
自警団員が出ていって、荷物をまとめて俺も部屋から出る。
「チェックアウトをお願いします」
従業員は不思議そうに首を傾げた。
「三日宿泊ではありませんでした?」
「予定が変わりまして」
そうですかと頷いて、先払いした分がいくらか渡される。
またのお越しをという声を背に宿から出る。
のんびりと歩いてジーモースから出て、南へと続く街道を進む。
鳥の鳴き声、草が風に揺れる音、暖かな空気。そのどれもが春の陽気を感じさせる。
足を止めて、振り返ればジーモースが小さくなっていた。周囲には人の姿はなく、近くには雑木林がある。
(わかりやすい、誘っている?)
見られている。雑木林から戦意がこもった視線が突き刺さるように注がれている。
無視しようかなと思ったけど、これだけやる気のある視線なら追いかけてくるだろうなと雑木林に近づく。いつでも魔力循環が使えるように、胸の増幅道具に触れる。
「誰だ?」
短い問いかけで、木々の向こうから二人の姿が現れた。
そのどちらも見覚えがあった。意外な二人でもある。
「祭りで誘いをかけてきた人とフェム。こんなところで再会するとは思ってなかった」
「こちらも同じだよ。再会を祝して自己紹介しておこうか。カルベス。以後お見知りおきをってね」
「再会を祝すと言われてもね、あまり嬉しい再会ではないかな」
行方不明のフェムと一緒に出てきたということは誘拐犯の一味だ。そんなものとよろしくなんぞしたくない。
「まあそう言わずに。君とは今後も付き合いがあると勘が告げている」
「勘?」
「昔から勘が鋭くてね。勘の良さには自信がある」
シーミンと同じか。
「それで連れ去ったフェムと一緒になんの用事?」
「クロッズの家の近くで君を見かけたとフェムに教えたら、フェムが君と戦いたいとごねてね。君について知る良い機会だし、先回りさせてもらった」
クロッズさんの家の近くでカルベスを見てはいない。心当たりがあるすれば、遠くから見ていたあのときの人だ。
しかしどこで俺が南に行くって情報を知ったんだろうな。そっちについてはまるで見当がつかない。聞いて答えてくれるか? 無理だろうなと思いつつ聞くと、秘密と返された。勘の良さで待ち伏せ場所を決めたのかもな。
「しかしフェムが俺とね。正直、俺が勝つと思うんだけど?」
フェムがこの半年の間に真面目に鍛錬したとしても、俺との差は縮まらないって言いきれる。
「やってみないとわからないよ? クロッズを殺したのはフェムだ。彼に勝てるくらいには強くなっている」
「あの人に勝てるくらいになった。そこは素直にすごいと思うよ。だけど殺す必要はあったのか?」
今の俺の顔はしかめっ面だろう。
残されたワーヅのことを思うと、どうしても聞かずにはいられない。
「彼には貸しがある。殺し合うくらいには真剣にやってくれと頼めば、断れない。あの場で死ぬことも覚悟していたよ。本当は俺たちも竜もどきを目的としていたんだけど、倒されていたから代わりに戦ってもらうことにしたんだ」
「死を受け入れるくらいの貸し?」
「数年前の彼は竜もどきを殺せる毒を求めていた。しかしそこまで強力な毒はなんの伝手もない冒険者では手に入れられない。どこで使用されるかわかったもんじゃないから、管理がしっかりされる。どんな手段を使っても欲した彼のことを知った俺たちは接触し、毒を与えた。そして彼は念願だった仇討ちを達成した」
竜もどきを殺した一助となっていたのか。それなら大きな貸しというのは理解できる。だけどやっぱり殺すことはないじゃねえかと思う。ワーヅの将来を楽しみにしていると言っていたんだ。
フェムをワーヅの前に連れて行けば、元気になるだろうか。無理だな、そんなことをしてもクロッズさんが生き返るわけでもない。
「さらった奴から逃げ出さず、家族に心配をかけて、ワーヅにも迷惑をかけて、お前はなにをしたいんだ」
フェムを見て問いかける。
感想と誤字指摘ありがとうございます




