164 失敗と再会 1
一人でダンジョンに泊まり込むことに慣れるため、六十階といった適正階層よりも低いところで練習しながら、鍛錬を進める。
今は六十四階に到達し、カタイグアナというモンスターと戦っている。
ダンジョンと同色の皮膚を持ち、壁や天井にはりついて移動してくるモンスターで、全方位への警戒が必要なモンスターだ。
気配感知の練習をしているので、そうそう奇襲を許すことはない。でも泊まり込みで疲れて集中力が低下していると危ないかもしれない。
そんなことを考えつつルポゼに帰る。
部屋に帰るとリューミアイオールが話しかけてきた。
『試練の時間だ』
次の試練がくるのが早いと思ったけど、シャンガラに滞在したのが長いだけで以前告げられたときから一つの季節をまたいでいて別に早くなかった。
「次はどこに行くんですか」
『カルガントという国のジーモースという町に強いモンスターがいる』
カルガントはたしかこの国の北にあるとか聞いたことあるな。シャンガラよりは近いみたいだ。
「今度は封印されているものじゃないんですね」
『ああ、違う。調べたらすぐにわかるから、どういったモンスターなのかも話しておこう』
探さなくてよさそうだ。今回の遠出はそこまで時間がかかりそうにないな。
『丘に陣取った空を飛べない竜もどきだ』
森よりは戦いやすそうな地形でよかった。
「詳細な姿形はどんなものなんですか」
『二階建て以上の大柄な体格で、二本足で立ち、長い尾を持っていて、小さな手を持つ』
想像してみたけど、それは恐竜なのでは? 頭に浮かんだのはTレックスだ。
「火を吐いたり、魔法的ななにかを使ってきたりする?」
『火を吐くことはない。魔力活性のような肉体強化くらいだ』
巨体が暴れるだけでも被害は大きいだろうなー。
どうやって戦うかはあとで考えるとして、ほかの情報を聞こう。
「ジーモースというのはどういった町なんですか」
『特徴はない。シャンガラとそう変わらないのだろうさ。丘はジーモースからそう離れていない位置にある』
気候もミストーレと変わらないようで、まだ冬が開けていないなんてことはないようだ。
「竜もどき以外に要注意するモンスターとかいるんですか?」
『いない。竜もどきが主として君臨して、ほかのモンスターは近づかない』
竜もどきだけに集中できるのか。
運が良ければ行って一日で終わりそうだ。
準備に今日明日を使って、明後日に出発ということになる。
一度遠出したから準備の手順はなれたものだ。ハスファたちにもまた遠出してくると伝えて、ミストーレを出る。
リューミアイオールが転移を使って一瞬で景色が変わり、遠目に町とそのさらに向こうに丘が見えた。
町に入ると、どことなく浮かれた雰囲気のように感じられた。
なにかの祭りでも始まろうとしているんだろうか。宿を探すついでに道行く人に話を聞いてみよう。
「すいません、お時間いいですか」
「うん? なんだい」
「宿を探しているんですが、どこか手頃な値段の宿を知りませんか」
そうだなと呟いた男は二軒の宿を教えてくれる。
「ありがとうございます。もう一ついいでしょうか。なんだか町が浮かれた感じなんですけど、祭りでも始まるんですか」
「いやいや祭りではないよ。浮かれているのは丘の主が倒されたからだ」
「……え? 丘の主って竜もどきですよね?」
「そう呼ぶ人もいるな」
倒されてるやんけ!
え? この場合どうすればいいの? さすがに試練失敗とか言わないよな。
「なんだかえらく驚いているが、どうしたんだい」
「えっと師匠から竜もどきを倒してこいと課題を出されていたんですよ。挑戦する前から失敗したとか、ここまで来たのが無駄骨だったのかとか思ってしまって」
「無茶な課題を出す師匠もいたもんだな。まだ若いお前さんにあれを倒すのは難しすぎるだろうに」
これまで何人もの冒険者が挑んでは散っていったそうだ。
「今回倒したのはそういった挑戦しにきた冒険者なんですか?」
「違うんだ。この町に滞在している冒険者で、昔から何度も挑戦していたんだ。ようやく討伐成功したんだよ」
「どれくらい時間をかけたんです?」
「三十年くらいと聞いているな」
三十年はすごいな! 執念で倒したみたいだ。
「諦めずにやりとげたんですね」
「ああ、普通ならそれだけ時間がかかってしまっては諦めるだろうにな」
男はもう行くというので礼を言って見送る。
俺も教えてもらった宿に向かいながら、リューミアイオールに話しかける。
(どうすればいいんですかね)
うーん、返事がない。送ったからしばらく意識を向けてない?
また時間を置いて話しかけてみるか。
クインサンラという宿に五日ほど滞在すると言って部屋をとって、荷物を置く。五日もいないだろうけど、ここらで別の試練をやれと言われるかもしれないと考えた。
「ほんとにこれからどうしようか」
恐竜と戦う気満々だったんだよなぁ。
ベッドにごろんと寝転がって、ぼんやりと予定を考える。
どうやって倒したとか気になるし、話を聞いてみたいな。竜もどきを倒した人を探してみよう。
「よしっ、外に出よう」
宿から出て、いろいろと話を聞いて回る。
倒した人はクロッズという五十歳の男だそうだ。顔に傷があり、白髪交じりの茶髪という外見。竜もどきを倒したのは一昨日のことで、昨日は疲れをとるため一日中こもっていたようだ。今は訪問客の対応をやっているそうで、会いたいなら時間がかかるだろうということだった。
借家暮らしということで、その場所も教えてもらえた。
予約をいれられるならいれようと、ひとまずクロッズさんの家に向かう。
クロッズさんの家には大勢の人がつめかけていて、一目見てこれは駄目だと近づくのをやめる。
「受付とかないよな?」
遠くから人の整理をしていないか様子を窺う。
特にそういったことはなく、忙しそうなので帰ろうかと思ったとき、俺と同じように離れたところからクロッズさんの家を眺めている人を見つけた。
近所の人かなと見ていると、俺の視線に気づいたのか俺を見てから身を翻して去っていった。
俺も一度どこかで時間を潰そうと、その場から離れる。
この町独自の名物料理がないかと町人に聞いたりしながら散歩して、美味しいと勧められた料理屋に入る。
昼食後、クロッズさんの家に行ってみたけど、少し人は減ったもののまだ忙しそうなので散歩を続行する。
店に入って珍しい護符や魔法道具がないか探したりして時間を潰し、夕方になる前にもう一度クロッズさんの家に行く。
すると集まっていた人はいなくなっていた。でかけて留守にしているだけかもしれないけど、一度声をかけてみる。
「ごめんください」
言いながらノックをすると、少しして玄関が開く。
出てきたのは八歳くらいの少年だ。子供か孫かと考えながらクロッズさんはいるか聞く。
すると少年は頷いて、玄関を開けたまま奥へと歩いていった。
「勝手に入っちゃまずいだろうし、ここで待ってていいんだよな」
疑問を抱きつつ待つこと少々、今度は五十歳くらいの男が出てきた。聞いていた外見でクロッズさんだとわかる。
「こんにちは、クロッズさんでしょうか」
「ああ、そうだ。君は?」
「デッサと言います。竜もどきを討伐したときの話を聞きたくて訪ねさせていただきました。今お時間大丈夫でしょうか」
「かまわんよ、中に入るといい」
「ありがとうございます。おじゃまします」
リビングに通されて、対面の椅子を勧められ座る。
木のコップに水を入れてきてくれた少年に礼を言い、口をつける。
少年はクロッズさんの隣に座った。
「討伐したときの話を聞きたいということだが、具体的にどこらへんが聞きたいという要望はあるかね」
「そうですね……竜もどきがどういった動きをしていたのか、倒すためにどんな準備したのか、強さを比較できるモンスターはいるのかといった感じでしょうか」
「なるほど。ちなみにどうして話を聞きにきたのか聞いてもいいかな。なんというか英雄譚を聞きにきたわけじゃなさそうだ」
「師匠から竜もどきを倒せと課題を出されまして、到着したらすでに倒されているじゃないですか。このままだと無駄骨なので、竜もどきがどういったものだったのか聞いてから帰ろうと思ったんです」
「……」
クロッズさんはじっと俺を見てくる。
「本気でそんなことを言う師匠がいるのかね? あれの強さを知らないからいい加減な課題を出したのでは?」
「どうなんでしょうね。これまで出された課題はわりとギリギリで乗り越えられたから、今回もそうだと思うんですが」
「ようやく倒せた俺からすれば十代半ばで挑むものではないよ。見た感じ強そうではあるが、やはり死ににいくようなものだ」
「普通はそうなんだと俺も思います。まあ、実際は挑む前に終わったんで、無茶とかは置いておきましょう」
「そうだな」
頷いたクロッズさんは竜もどきについて話し出す。
外見は俺が想像したようにTレックスに近いものだった。でも色が赤銅色で、尾が鉄のように頑丈という違いはあった。
気配に鋭いようで、丘に近づくと向こうから突撃してきたらしい。
その行動範囲はたまに丘を越えてくることもあったそうだ。そのときにクロッズさんは少年をちらりと見ていた。
比較になるモンスターはクロッズさんはわからないと言っていた。大ダンジョンで六十五階辺りまで行ったそうだけど、そこのモンスターより強いと断言したけど、それ以上に進まなかったから比較できるモンスターはわからないそうだ。
攻撃方法は噛みつきと尾の振り回しと叩きつけ、大音量の咆哮。噛みつきは金属鎧も貫いて、尾での攻撃は岩を簡単に砕く。咆哮も耳栓をしていなければ痛いほどで、音が体にぶつかるのが感じられたそうだ。
「話で聞くだけでも強そうだとわかりますね。どうやって倒したんですか?」
「真正面からやって無理なのは何度も挑戦してわかった。だから罠を使い、毒を使ったんだ」
竜もどきを殺せるくらいなんだから、かなり強力な毒だったんだろう。それもあちこち行って手に入れた執念の成果なのかな。
「町の人からも聞きましたけど、何度も挑戦したんですね」
「あれは仇なんだよ」
「仇ですか」
敵を討ったからか、この声音には特に暗いものはない。
「うん。あれが縄張りにしていた丘の向こうに小さな村があったんだ。そこが故郷だった。三十年くらい前にあれがどこかから現れて故郷を襲って滅ぼした。俺はすでに冒険者になっていて、たまには帰るかと土産を持って帰ったら村であれが暴れているところだった。家族も友人も皆死んで、怒りのまま挑み、運良く生き残った。俺の復讐がそのときから始まったのさ」
「それから三十年ですか。そこまで時間がかかると思ってました?」
「最初は時間のことなんて気にしなかったよ。どれだけ時間をかけても必ず殺してやると全力でできることはした。力が足りないと思ったから、大ダンジョンに行って力をつけた。武具を揃えるため、疲労した体を気合で動かして依頼をこなして金を集めた。そして挑んで、また負けて。繰り返していくうちに真正面からぶつかるだけじゃだめだと搦め手も使っていくようになった」
「その積み重ねで、とうとう仇をとったんですね」
「そうだと言いたいが、まあ挫折というか諦めかけた。最初は燃え盛っていた復讐の思いも時間が経過すればどんどん小さくなっていった。三年くらい前かな。もう無理じゃないかと、とれる手段はないんじゃないかと思っていたとき、この子と出会ったんだ」
クロッズさんは少年の頭を撫でる。
少年は目を細めて気持ち良さげに手を受け入れている。
「この子はワーヅといって俺の養子なんだが、三年前行商人の両親と一緒に丘の近くを通ってこの町にこようとしていた。運悪く竜もどきが縄張りから少し外れて行動していたときでな、襲われてこの子だけ生き残ったんだ」
「そんなことが」
「この町に保護されて、両親がもういないと泣くこの子を見て、再度あれを放置できないと心に火が灯った。仇討ちを約束して、これまでの経験と知識を総動員し、協力者も得て準備を進め、先日竜もどきを殺すことができたというわけだ」
行動パターンを読んで罠にかけて動きを止めて、強力な毒を叩き込んだ。竜もどきが罠から解放されたあとは、自ら囮となって逃げ回って時間を稼いだそうだ。
「君の求めるような倒し方ではないだろうが、こうして無事目的を遂げたんだ」
「たしかに予想していたものとは違いましたが、不満なんかありませんよ。目的を無事遂げたこと、尊敬します」
「ありがとう。今後はこの子が健やかに育っていくのを見るのが楽しみだ」
「ちゃんと次の目的も持っているんですね」
クロッズさんは笑みを浮かべて頷いた。ワーヅのことが生きがいになっているんだろう。
「この子がいなければもし目的を遂げてもなにもやることがなくなって、寂しく過ごすことになったかもしれない」
目的を果たしたあとか、俺はあまり予想できないな。失敗すると死ぬから、頑張り続けることが目的になっている。現状で目的を遂げるというのは、生き抜いてリューミアイオールが満足する肉になる? それを目的として掲げたくないな。食われず天寿をまっとうしたい。でもどうやったら食われずに済むかは、まったく思いつかないけどな!
感想と誤字指摘ありがとうございます