163 ルポゼの一日 後
デッサは訪ねてきた少年の近くに椅子を持っていき、座ってから声をかける。
「俺がデッサだ。会ったことのない君は誰で、どんな用事があるんだ?」
「ぼ、僕はジニオンです。助言がほしくて来ました」
「助言? 助言できるとはかぎらないけど、言ってみるといいよ。あとどうして俺に助言を求めることになったのかも聞かせてくれ」
「ロバンという冒険者を知っていますか」
「ああ、知っているよ。少しだけ世話した」
ロバンたちはすでにミストーレにはいない。必要な強さを得て、村に帰ったのだ。
春になって雪が解けてから帰ったので、遠出していたデッサとすれ違うことなく別れの挨拶をして帰っていった。
また鍛錬やお金稼ぎに来ることになるだろうと、別れの挨拶は軽いものだった。
「僕は彼らの世話になったことがあって、そのときあなたのことも聞いたんです」
その繋がりなら自分のことを知っているのも納得だとデッサは頷いた。
「自分たちが冒険者になった経緯を話してくれて、なにか困ったことがあれば助言してくれるかもしれないと言っていました」
「誰でも助言するわけじゃないんだけどな。とりあえず助言してほしいことって?」
「僕は怖がりで、ダンジョンでもモンスターにびびって動きが硬くなることがあるんです。それで以前組んでいた人に迷惑をかけてパーティから外されて。あなたはずっと一人でやっていると聞きました。どうか一人でやっていく方法かモンスターを怖がらなくなる方法を教えてください!」
ジニオンは彼なりに必死なようで勢いよく頭を下げる。
それに対してデッサは微妙な表情だ。
「率直に思ったことを言うぞ。なんで冒険者をやっているんだ。怖がりなら別の職に就けばいいだろうに」
わざわざ苦手分野でやっていくことはないだろうとデッサは呆れた視線を向けている。
「最初はお店で働いていたけど、接客で失敗して苦手意識が。その後は苦手意識が抜けることなく、やれることが減って冒険者に」
「なにか人にできるだけ会わずに済むような技術職に就ける技術とか知識はないの?」
「ないです。あったら最初からそっちでやってます」
「まあそうだよな……それで助言かー。一人でやっていく方法を教えるのは無理だ」
「なんで?」
ジニオンはデッサが実践しているのだから教えるのは可能だろうと考えていた。それが無理だと返され目を丸くしている。
「一人でやっている俺自身が、誰かと組んでやった方がいいと思っているからだよ。怖がりで動きが鈍るなら、なおさら誰かフォローしてくれる人を探した方がいい」
「いないよ、そんな人」
「ギルドで相談はした?」
「したけど難しいって言われた」
「そうかー……問題児の紹介をしてもらうってのはどうだ」
ジニオンは不思議そうに首を傾げる。
「ジニオン自身が問題児に属するわけで、相手も問題児なら互いに問題のある部分を指摘しても文句は言えないだろ。最初から問題のある部分がわかっているなら、それの対応を話し合ってからダンジョンに向かえばいい」
「そう上手くいきますかね」
「さてな。冒険者を続けたいならどうにかして折り合いをつけるしかないだろうさ。あと怖がりも悪いことばかりじゃない。引き際を見誤ることはないだろうし、必要な資質だと思う」
蛮勇が過ぎて全滅までいくパーティもゼロではないだろうとデッサは言う。
「もちろん臆病すぎるのも問題だけどな」
「さっきは一人でやっていく方法を教えるのは無理って言いましたけど、臆病を治す方は可能なんですか?」
「臆病を治す方法はわからんよ。ただ恐怖の上限を上げればいいとは思う。俺も実践したことだしな」
「上限を上げる?」
頷いたデッサは方法を語る。
一度六十階あたりに行って、そこのモンスターの強さなどを見れば、三十階くらいのモンスターから受ける圧などが減るだろうというものだ。
デッサ自身、リューミアイオールを見たのでカルシーンの怒りに対して動けなくなることはなかった。その実体験をもとに例を示したのだ。
「連れて行ってください」
「ほかを当たれ。俺だとうっかり死にかねないぞ」
「死ぬ、ですか?」
「俺は誰かと組んでダンジョンに行った経験が少ない。ほとんど一人で行っているから、ほかの誰かに魔物が突撃しても対応するのが難しい。つまり強いモンスターの攻撃を受けることになってお前だと死ぬぞ。それでも連れて行ってほしいのか」
脅すように言ったデッサにジニオンは無言で首を振る。
「お金を準備して、依頼を出して護衛に慣れた人たちに連れて行ってもらえ。依頼料はギルドで聞けば教えてくれるだろうさ」
「お金の準備ができるかどうか」
「そこまで面倒見きれん。自分でどうにかしてくれ。ここまでの助言だって無料でやってんだ。これ以上面倒をかけるな」
あれこれ頼られても面倒なだけだとデッサは言い切った。
デッサもデッサ自身の事情で忙しくしているため、長く面倒を見ることなどできないと付け加える。
ロバンに対しても時間ができて互いのタイミングがあったときに相手したくらいで、あとは本人たちが道場で努力していたのだ。
「これまでの話をまとめるとだ。これ以降は俺に相談せずギルドに相談しろってことになる。わかったらさっさと実行するんだな」
「ありがとうございました」
直接的な助けにはならなかったが、行動の指針を示してもらったことは事実でジニオンは頭を下げてルポゼから去っていった。
受付担当の従業員がデッサに話しかける。
「オーナー。話を聞いて思ったんですが、あの子今後やっていけるんでしょうか」
「さてどうかな。良い人を紹介してもらえたらなんとかやっていけるとは思うけどね。彼の運次第だ」
「ここに泊まっている冒険者たちにも言えることですけど、誰かと組んで活動するのが普通なんですよね? オーナーはどうして一人なんです?」
「事情があって、その事情故に一人の方が都合よかったんだよ。ちなみに一人でダンジョンに入っていると誰かに話すと、必ず驚かれるくらいには珍しいことだ。そんなことを彼に勧められないから、代案を出した」
「オーナーの助言に従うとして、問題児同士でやっていけるのか心配になりますね」
「ほかの問題児も一人でやるよりはって思うだろうし、意外と妥協してやっていけるかもな」
そんなことを話しているとハスファがやってくる。
デッサはハスファと自室に向かい、三十分ほど話して一緒にルポゼを出ていった。
従業員たちも夕食の時間になると帰っていく。
残るのはルポゼが家の兄妹とロゾットと料理人と今日の夜勤担当だ。
彼らも夕食をとり、皆で食器や調理器具を洗って、食堂を閉める。
料理人二人は仕事を終えて帰っていき、ロゾットたちは客室にお香を持っていったあと、事務所に向かう。そこで今日使ったお金や消耗した品に関して書類を作っていく。
そこに外食を終えたデッサが帰ってきた。
「お疲れ。お土産だ」
ドライフルーツ入りのパウンドケーキをテーブルに置く。
目を輝かせたレスタが切り分けてくると言って、パウンドケーキを持ってキッチンに行く。
「お帰りなさい。費用の書類を確認してください」
ロゾットが仕上げた書類を差し出す。
それを受け取ったデッサは数字を暗算していき、間違いがないか誤魔化したりしていないか確認していく。
判断力を鍛えるため、たまにわざと間違うように頼んでいるので流し読むことができないのだ。
今日は不備などはなく、チェックしたとサインを書いてロゾットに返す。
今日も赤字だが、最初からわかっていたことなので気にしない。無駄に使っている部分があれば指摘もするが、そうではなく単純に客が少ない故の赤字なので想定済みの赤字なのだ。
二年三年とこれが続くなら問題だろうが、開業したばかりならば様子見で十分だとデッサは考える。
ロゾットは受け取ったそれを帳簿をまとめた棚に持っていった。
ルーヘンたちが作っていた消耗品関連の書類も確認していると、レスタがパウンドケーキを持って戻ってくる。小皿に載せたパウンドケーキをそれぞれの前に置く。
ロゾットたちはパウンドケーキを食べながら、デッサの確認が終わるのを待つ。
「いつも通りだな。急ぎで買い足した方がいいものとかあるか?」
「そういったものがあるとは報告を受けていません。三人はなにか気づきましたか」
ロゾットがルーヘンたちに尋ねる。
兄妹は首を振ったが、夜勤担当が魔晶の欠片が必要かもしれないと言った。
「セッターが調理場の魔法道具に使っている魔晶の欠片がなくなりそうだと言っていましたよ」
「オーナー、買いますか?」
ロゾットに聞かれ、デッサは今回ダンジョンで取ってきたものがあるから明日セッターに渡すと返す。
今回のようにデッサがダンジョンでとってきたものを渡すので、宿としてはちょっとした費用の節約ができていた。
「わかりました。ほかに足りないものは……ないようですね」
「じゃあ今日起きたことで問題になりそうなこととかがあるか報告を頼む」
パウンドケーキを食べながら、報告をしていき今日の業務が終わる。
「ではおやすみなさい」
「夜道に気を付けてくださいね」
ロゾットが帰っていき、ルーヘンとレスタが玄関を閉める。
夜勤担当は待機室でのんびりとしていて、デッサは自分の部屋で体を洗っている。
「俺が戸締りするから、レスタは体をふくといい」
「うん」
レスタはお湯を入れたタライを持って自室に向かい、ルーヘンは窓や空き部屋の鍵を閉めていく。
寝る時間にはまだ早いため、客室の扉の向こうから会話が小さく聞こえてくる。
宿の評判なんか話していないかと気になるものの、聞き耳を立てるのは失礼だと聞き流して廊下を歩く。そして点検を終えたルーヘンは玄関ホールにある椅子に座る。
「ふー、今日も無事終わったか。まだまだ利益が出ないのは残念だけど、念願の仕事をやれるのはやっぱり楽しい」
しみじみと屋内を眺めていると水を捨てるためデッサが一階に下りてきた。
「レスタが部屋を使っているのか?」
何度かレスタを待っているルーヘンの姿を見たことがあり、今日もそうなのかと尋ねる。
空いている部屋を使えばいいのにとデッサは提案したこともあるが、客のための部屋を使えないとルーヘンたちは断っている。
「はい。オーナーはもう寝ます?」
「いやもう少し起きているつもりだ。眠くなるまでギターを触ってるんじゃないかな」
「俺もすぐには寝ないんで、近くで聞かせてもらっていいですか」
「練習だから曲としての体裁が整ってないと思うけど」
「かまいませんよ」
「そう? じゃあここで練習することにするよ」
裏口から庭に出て、下水に繋がる穴に水を注いだデッサはたらいを洗ってから、扉のそばにたらいを立てかける。
部屋に戻り、ギターを持って玄関ホールの椅子に座る。
練習中の曲ではなく弾ける曲の復習をするかと演奏を開始する。
音に気付いた夜勤担当も暇つぶしのために部屋から出てきた。
さらに体を洗ったレスタが水を捨てるために部屋から出てくる。
交代でルーヘンが体を洗いに行き、今度はレスタが演奏を聞くため椅子に座る。
「オーナーは歌無しの曲ばかりですけど、詩人たちみたいに歌ったり、オリジナルの歌を作らないんですか?」
「そっちはなしだな。これは完全に趣味だし、好きに弾きたいものを弾く」
英雄譚や冒険譚の弾き語りを聞く分にはいいが、自分でやる気はない。なんとなく趣味ではないのだ。
一時間半ほど雑談しながら演奏を続けて、そろそろ寝ようとデッサは演奏を止めた。
「それじゃ、おやすみ」
「はい、おやすみなさい」
デッサは部屋に戻り、すぐにベッドに入る。
ルーヘンとレスタと夜勤担当は玄関ホールや廊下の明かりを消して部屋に戻っていく。
ルーヘンたちが寝て、客たちも寝たのか、宿は静まり返っている。
起きている夜勤担当は小さく欠伸をしつつ、暇そうに時間が過ぎるのを待っている。
そうして東の空が白み始めた。またルポゼの一日が始まる。
感想と誤字指摘ありがとうございます