161 タナトスと泊まり込み
時間が流れて、町や周辺の原っぱから完全に雪が消えた。
遠くに見える山にはまだ残っているようだけど、あれらもそう時間をかけずに消えるだろう。
今日はいつもより多くの荷物を持って部屋を出る。
この前タナトスの家に行ったとき、そろそろダンジョンに泊まり込みをしようと話して予定を向こうと合わせたのだ。
「オーナー」
一階に下りると、ルーヘンが声をかけてくる。
「出発ですか」
「うん。昨日も言ったように泊まり込みだから、帰ってこなくても心配しなくていい。何事もなければ五日で帰ってくる」
「わかりました」
「ないとは思うけど、緊急でお金が必要なときは事務所に置いてある金貨を使っていい。俺に用事がある人が来たら、ダンジョンに泊まり込んでいると伝えてくれ」
「はい」
「じゃあ行ってくる」
「いってらっしゃいませ」
玄関先まで見送られてルポゼから離れる。
ダンジョンには向かわず、タナトスの家に向かう。
到着すると準備を整えた五人が庭で待っていた。その中にはシーミンもいる。
本当はシーミンを除いた四人だった。泊まり込む予定の階はまだシーミンには早かったからなんだけど、どうしても一緒に行きたいと我儘を通したのだ。
そこで六十階を拠点にすることにした。俺たちは先に進み、シーミンともう一人は五十九階以降へと戻って戦うことにしたのだ。そうして夕方頃になったら双方拠点に戻る。
ただしこういったことは今回だけで、次回からは俺とほかのタナトスは六十五階手前くらいで拠点を作ることになっている。
「おはようございます」
「おはよう」
最初から予定されていた人たちは年上ばかりだ。上は四十歳、下でも二十歳半ば。挨拶くらいしかしたことがなく、そこまで付き合いはない。
「今日はよろしくね」
「はい、こちらこそ」
握手を求められ、握り返す。
いい笑顔を浮かべられる。
「家族以外で、こうやって普通に挨拶できるのはいいね」
ほかの人たちもうんうんと頷いている。
付き合ってみると普通の人たちだけど、やっぱり受ける印象が問題なんだろうなぁ。
「たまに美味しい食事を持ってきてくれるのもありがたい。日々の楽しみが増えたよ」
「喜んでいただけたようでよかったです。またなにか持ってきますよ」
「ほら話していないで、出発するよ」
シーミンが俺の服を引っ張りながら言う。
「友達をとられまいと嫉妬か? 膨れるな膨れるな」
シーミンをからかうように言って、地面に置いていたリュックを背負う。
出発しようと声をかけて、全員で転送屋に向かう。
家にいたときは朗らかだったタナトスの人たちは、家から離れるほどに表情から感情が抜けていく。
道中でシール屋に寄ったり食材を買ってから転送屋に入り、六十階行きを頼む。
転送屋の人は俺とやり取りしようと決めたようで、タナトスの人たちをあまり見ないようにして六十階に送ってくれた。そして六十階に到着するとさっさと帰っていく。
俺たちも転送区画からさっさと離れる。
周囲に人の姿が見えなくなると、タナトスの人たちの気配が緩む。
「拠点にするところは目星をつけてあるからそこに案内するよ」
「お願いします」
俺やここに来たことのある人は気楽なものだけど、シーミンは緊張気味だ。また俺の服を掴んでいる。
「今はそこまで気を張らなくてもいいだろうに」
「シーミンは勘がいいから、この階のモンスターが強いってわかってしまうんだろう」
「それでも俺たちがいるから大丈夫だと思うんですけどね」
「皆を信じてはいるけど、それでも不安はどうしても感じるの」
「こうなることはわかっていたんだから、やっぱり来なければよかったんだ」
呆れたように年上の一人がシーミンの頭に手を置いて揺らす。
「だってデッサとダンジョンに行ける機会なんてそう多くないし。中ダンジョンももう一緒に行けなくなったし」
シーミンはあと一回行く必要があるけど、俺は三回行ってもう行く必要ないからなー。
過剰にコアを壊すことでレベルの限界値を上げられるなら何度でも行くんだけど。それは無理っぽい。
話しているうちに水場が見えてきた。
「あそこだ。誰もいないのは運がいいな」
「だな。設置してしまえば、誰も近寄らなくなるし平穏に過ごせる」
水場に魔法道具を設置して、野営の準備を整える。
「それじゃ今日は俺がここで待機するから、戦闘に行ってきてくれ」
置いてある荷物の見張りのため一人が残る。
シーミンたちは早速移動し、俺たちも必要なものを持って移動する。
「俺たちも行こう」
「はい」
今日目指すのは六十三階だ。
シルバーバックというゴリラのモンスターがいる階だ。六十二階にはナイトバットという蝙蝠のモンスターがいた。
シルバーバックとはまだ戦闘経験はないので、まずはタナトスの人たちの戦いを見学させてもらう。
六十一階と六十二階を戦闘せずに移動して、六十三階に到着する。
二度ほどほかの冒険者とすれ違い、ぎょっとした反応を見ることになった。彼らは二度同じ反応をしていた。タナトスと遭遇したことと、その中に俺がいたことだ。
タナトスじゃない俺が当たり前のように混ざっていることの方に、より驚いたように見えた。
「いたな。まずは俺たちの戦いを見るんだっけ」
俺たちの視線の先には二体のシルバーバックがいる。動物のゴリラよりも大きく筋肉質だ。物理攻撃のみで、デバフの魔法を受けやすいという以外に弱点はない。
「はい、お願いします。三人の戦いを見てシルバーバックの動きを確認させてもらいます」
「わかった」
三人は軽く打ち合わせをして、シルバーバックに駆け寄っていく。
俺は三人から五メートル以上距離をとって、戦闘を観察させてもらう。
三人は護符を取り出して、シルバーバックに使う。攻撃ではなく、動きを鈍らせる効果のようだ。
一人が一体の気を引いている間に、二人でもう一体と戦うという流れだった。
さっさと一体を倒すためか、最初から魔力循環を使い、二人で囲んで大鎌を振っていく。
同時には攻撃せず、タイミングをずらすことで、そっちに気をとられた隙を突くという連携のとれた戦いだった。
仲間がどのように動くのか、さらにどのように動いてほしいのか把握しているようで、息の合った連携だ。そして当たり前のことだが、大鎌の攻撃範囲を熟知しているため、仲間の邪魔になる位置にはいない。
連携に感動している間に一体が倒れ、もう一体もあっという間に倒れた。
おもわず拍手を送る。
「いやー、すごかったです。あそこまで見事な連携は初めて見ました」
カイナンガのメンバーも連携はしていたけど、まだまだ荒い部分があった。
グルウさんとミナの連携も見たことはあったけど、年季の違いでこちらの方が上。
「ありがとう。同じ戦い方で動きがわかりやすいし、これまでずっと組んできたから自然と連携できるようになるんだ」
「日頃からコミュニケーションをしっかりとっているのも連携のコツだろうね」
頼れるのが家族しかいないから、日頃からコミュニケーションをとって個々の状態を把握しているってこともあるんだろうなぁ。
強固な繋がりが生み出す連携なのだろう。
そこに家族以外が入っていけない、そんな完成度。
「俺がそちらの戦いに参加したら邪魔にしかなりませんね。俺自身、連携には慣れていませんから余計に」
「以前シーミンと組んで中ダンジョンに行ったことがあるだろう。そのとき一緒に戦わなかったのか? その経験があるなら邪魔とまではいかないのでは?」
「あのときは組むというより個別に戦っていただけなので」
「そうか。じゃあこのあとどう動く? 二手に分かれるのか、一緒に行動してモンスターの数でどちらが戦うか決める?」
「とりあえず一緒に行動しましょう。シルバーバックと戦ってみて、一人でやれそうなら午後から二手にといった感じでどうでしょうか」
「わかったよ」
方針を決めてモンスターを求めて移動する。
一体でいるシルバーバックと見つけたときは俺が戦い、複数いるときはタナトスの人たちが戦う。
タナトスの人たちは俺の戦いを見て、一緒に戦うにはどうすればいいのか考えていたみたいだった。
だした結論は、今すぐ連携するのは無理。俺の戦いが一人のものに特化していて、組むと互いに調子を乱しかねないというものだった。
同じ戦場で邪魔にならない位置で個別に戦うのが最善らしい。
それを聞いて俺も「だろうな」と頷いた。これまで一人でやってきた俺が、いきなり周囲に合わせるなんて無理だ。
「ということを話したりして戦っていた」
戦闘を終えて六十階の拠点で合流したシーミンに話す。武具の手入れをしながらの雑談だ。
体力の消耗具合からそろそろ夕方だろうと判断し、タナトスの人たちと合流して拠点に戻ってきたのだ。
午後からは二手に分かれて戦い、上階への坂を合流場所にしていたのだ。
「楽しそう」
「楽しそうって感想はどうなんだ?」
「おじさんとか兄さんは楽しそうだけど」
シーミンがタナトスの人たちに視線を向ける。
「新鮮で楽しくはあったね」
「家族以外と組んで戦うなんて考えたこともなかったし、たしかに新鮮だった」
「やっぱり楽しそう」
「お前はこれまで楽しんだんだから、たまには俺たちにもこういった楽しみをくれてもいいだろ」
その返しにシーミンは「うー」と小さく唸るだけになる。
「組んで戦うにはどうすればいいのか考えたから機嫌を直せよ。いつか役立つかもしれないぞ」
「どんな方法があるんですか?」
俺は思いつかないから興味を持って聞く。
「俺たちが好き勝手に動く君に合わせる。君は一人での戦いに慣れているし今後も変わらないだろう。日頃の戦いで家族に合わせて動くことを意識している俺たちの方が、まだ合わせようと考えて動くということができる」
「君に突撃してもらって囮として使うともいえる方法だ」
「あー、それなら納得いきます」
俺にできることをやらせて、あとは周囲がフォローとか隙を突く。できる連携は現状それくらいだろうな。
「そういった方法を使う状況にはそうそうならないだろうから、個別に戦うしかないだろうけどな」
「結局連携は無理ってことじゃない」
膨れた様子でシーミンは言う。
「何年か後には互いに呼吸の合わせ方を覚えるかもしれないぞ」
「そのときはデッサの強さがかけ離れたことになってそうだから、一緒の戦場で戦うことはないと思う」
「そうか? 中ダンジョンを三つ踏破すれば能力的な差は広がることはないだろうから置いていかれることはないと思うんだが」
「デッサのこれまでを知っていると、限界を超えて強くなっても不思議じゃない」
さすがにどうなんだろう。レベル制限をとるには大ダンジョンを踏破するしかないだろうし、限界を超えられるのか?
「本人ができるのか首を捻っているぞ」
「それでもなんか妙な運を発揮するんじゃないかって思える」
「デッサ君のこれまでか。詳しい話は聞いていないんだよな。ちょうどいいから夕食のときに聞かせてくれ」
「うん」
また呆れられるのかなー。
武具の手入れを終えて、夕飯の準備を始める。
魔法道具を使った警戒などをやっているためかダンジョン内だというのに、和やかな雰囲気だ。
こうしていてもモンスターが襲いかかってくることはないし、魔法道具はしっかり効果を発揮してくれているようだ。
このまま警戒しないでいいのか聞いてみると、魔法道具も完全ではないから油断しすぎると奇襲されるということだった。
その証拠にシーミンが離れたところにモンスターが潜んでこちらを窺っていることを感じ取っていた。
教えてくれたところに行ってみると本当にエッジホーネットがいて、襲いかかってきたから返り討ちにしておいた。
夕食も雑談が続いて、そろそろ寝る時間になる。
「見張りはどうします?」
「見張りはなしで行こう。デッサ君は今後一人で寝泊まりすることがあるんだろう? だったらそのときに備えて少しの異変でもすぐに起きられるように練習しておこう」
「俺の都合に付き合わせる形になりますけどいいんですか?」
「大丈夫、俺たちは慣れている。それにシーミンの練習にもなる」
「まあシーミンは持ち前の勘で、すぐに起きるだろうから練習は必要なさそうなんだが」
たしかにシーミンは必要なさそうだ。でも俺にとっては必要な練習だからありがたく思う。
持ってきた厚い外套を毛布がわりにして横になる。
隣で同じように外套を毛布にしているシーミンがおやすみと言ってくるのに、おやすみと返して目を閉じた。
聞こえてくるのはシーミンたちの呼吸、遠く離れたところにいるエッジホーネットの出す音くらいだ。
それらを聞きつつ意識が沈んでいく。
起きたのはおそらく朝。ダンジョン内の夕方までの時間の流れはわかるけど、それ以降ダンジョン内で過ごした経験は少ないから、早朝なのか遅いのかはわからない。
タナトスの人たちは起きていて、朝食を作っていた。シーミンはまだ寝ている。
「おはようございます」
「おはよう。ぐっすりだったね。夜に一回エッジホーネットがこっちの様子を窺っていたんだよ」
「まったく気付きませんでした」
異常を感じず熟睡してたわ。
「離れたところから見ていただけだから無理もない。接近してきていたらわかったかもしれないね」
「ちなみにシーミンは反応しました?」
「少しだけ起きて、危険がないとわかるとまたすぐに寝た」
「さすがだ」
「普段はもっと警戒するんだけど、君が近くにいるから安心感の方が勝ったみたいだよ」
そうなのかとシーミンを見ると、寝顔が緩んだ表情にも見えてくる。
シーミンを起こして、一緒に朝食を食べる。
昼に食べる分は俺たちが作ることになっていて、朝食を作り終えたフライパンを使ってトルティーヤに似たものを作っていく。
人数分の昼ご飯を作り、朝食をとって、食器を片付けて、出発準備を整える。
五日間の泊まり込みは、トラブルなく進んでいった。
野営とかしたときにわかっていたことだけど、夜しっかり寝ても疲れが完全には取れない。
硬い地面で寝ていることもあるけど、安心感という面もある。わりと安全とは思っていたけど、心のどこかで緊張感を保ち続けているので疲労が抜けにくくなっている。
動きや集中力に影響が出て、一戦にかける時間が徐々に伸びていった。
一人で泊まり込むときはさらに気を張ることになるだろうから疲労の蓄積は大きくなるだろう。なれないうちは長期間の滞在はやめておいた方がいいと結論をだした。
一人のときは一泊二日から始めて、ダンジョン内での過ごし方に慣れていった方がいいという収穫を得て、五日間の泊まり込みを終えた。
気怠い体を動かして転送屋から出て、タナトスの人たちに頭を下げる。
「お疲れさまでしたー」
「お疲れ様」
数日ぶりの太陽が眩しく目を細める。
「次がいつになるかわかりませんが、そのときはまたよろしくお願いします」
「うん、こちらこそ。次は体調を戻したりダンジョン内の見回りをやったりで、十日くらいは最低でも時間は取れないよ」
「了解です」
「帰ったらゆっくり休むのよ」
そう言ってくるシーミンに頷く。
「言われなくてもさすがに休むよ。こんな状態で出歩いたらハスファに叱られる。シーミンも休むようにね」
「ええ、のんびりするわ。ハスファに叱られたくないし」
笑うシーミンからタナトスの人たちに顔を向け、別れを告げる。
シーミンたちは疲れた雰囲気をまといつつ去っていき、俺もルポゼに帰る。
帰ったらひと眠りして、そしたらマッサージを受けて、美味しいものでも食べに行こうと予定を立てる。
気持ち良く眠れそうだとベッドを恋しく思ったせいか、早足になった。
感想と誤字指摘ありがとうございます




