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160 春、ニル、来る 後

 木剣を持って進み出る。

 最初の模擬戦相手も木製の両手剣を持って進み出てきた。二十歳を過ぎた銀髪の男だ。

 余裕綽々といった表情が、フルフェイスの兜をかぶったことで隠される。


「ふふん、ファード殿ならば負けただろうが、その若さでは開発者で先を行く者であろうと、天才の俺には敵うまい! 魔力循環はまさに俺のためにあるもの! 天に愛された俺に相応しい! 才能溢れる我が力とくとご覧あれ!」


 おー、絵に描いたような調子の乗り方。

 周りをちらりと見ると呆れた視線が注がれていた。

 騎士は喋りながら魔力循環を使う。自信があるだけあって発動はスムーズで体調を崩した様子もない。

 たしかファードさんは魔力循環習得に半年以上はかかると言っていたはず。それより短い期間で安定させているんだから才があるのは事実みたいだ。

 俺も三往復して剣を構える。

 俺たちの準備が整ったのを見て、審判役の騎士が開始を告げた。

 遠慮しなくていいってことだし、こっちから攻めさせてもらおう。感じられる圧はまったくないし、力押しでなんとでもなりそうだ。

 こっちに向かってくる騎士へと、それ以上の速さで近づく。

 いい感じで意表を突けたみたいで、小声で「え、速っ」と聞こえてきた。そして慌てた感じで剣を振り下ろしてくる。


「ふんっ」


 左手で迫る剣を弾き、がら空きになった胴に前蹴りを当てる。

 踏ん張ろうとした騎士は力の差で地面に倒れた。


「どっこいしょ!」


 起き上がろうとしている騎士の兜に木剣を当てる。

 兜からガンッと音がして騎士の頭が揺れ、また地面に倒れる。


「勝負あり、そこまで」


 宣言を聞いて魔力循環を解く。

 慢心していたからあっさり終わったなー。

 これでいいのかとニルを見ると、うんうんと頷いていた。

 視線を騎士に戻すと、審判が立てるかと声をかけながら兜を外していた。

 騎士は怪我の確認をされながら、寝転がっている。表情は落ち込んだものへと変わっている。


「……俺は川底の石になるんだ。天に愛されたと言っていた自分が恥ずかしい。残りの一生を水の音を聞きながらひっそりと生きるんだ」

「アホ言ってないで移動しろ。次が始められないだろ」

「俺は石だから蹴って運んでくれ」


 いっきに自己評価が下がったなー。極端から極端に行く人ってこんな感じなのかな。


「引きずるか」


 審判は小さく溜息を吐いて、騎士の足を引っ張っていく。鎧に傷が入りそうなんだけどいいのか?

 引っ張られていった騎士は同僚に小突かれて、よろよろと立ち上がる。

 同僚たちはあの騎士に戦闘前と同じように呆れたような視線を向けつつも励ましていた。嫌われている様子はないな、調子に乗っていたときもウザキャラとして見られていただけなのかなー。普段からお調子者で今回もその延長として見られていたとかそんな感じ?

 あの調子なら仲間と一緒にまっとうに強くなっていきそうだ。

 そんなことを思っていると、目の前に次に戦う相手が来た。

 オレンジ色の長髪を後頭部でまとめた女だ。年齢はグルウさんと同じ十七歳くらいだろう。

 試合前の挨拶なのか、握手のため手を差し出してくる。それを握り返すと礼を言われた。


「どこかで会いましたか? 礼を言われる理由がわからないんですが」

「魔力循環を開発してくれたことが、私にとってありがたかったのです。おかげで私の代で潰れそうな家が存続できそうです」


 順調に魔力循環を鍛えていき一定の実力を示すことができれば、王女たちの身辺護衛として配属されるらしい。その実績や給料のおかげで家が助かるそうだ。


「それはよかったですね」


 こうとしか言えないよ。この人を助けようとして作ったものでもないしな。

 礼が伝わったと判断したのか手を放して、一定の距離をとる。

 準備をしてくれと審判に促されて、俺たちは魔力循環を使う。

 

「準備できたな? では開始!」


 この人はどう攻めようか。相手は槍を想定したような長い棒だ。距離をとったらこっちが不利、いや突き出された槍を払えば、その勢いに引っ張られて体勢を崩すかも。

 そんなことを考えていたら、相手が先制してくる。

 真っすぐに突き出された棒を避ける。即座に追撃が次々と放たれて、それを避けていく。

 速さはそこそこ、突きの鋭さもそれなり、力強さは受けていないからわからない。

 

(三往復しているから力はこっちの方が上だろう。これなら簡単に勝てるけど、三往復がどれほどのものか知ってもらいたいってことだしすぐに決着をつけるのはやめよう)


 回避に比重を置いて、たまに棒を弾いて、寸止めできるように速度を押さえて攻撃していく。

 彼女はこちらの攻撃を防ぐたびに衝撃の重さに顔を顰めている。

 なんだか嬲っているようにも思えてきたけど、相手が降参せず真剣な表情なんで魔力循環で増やした魔力が尽きるまでやる。

 そうしてあちらの魔力が尽きたようで、動きが鈍る。


「そこまで」


 審判もこれ以上は意味がないと判断したらしく止めた。


「鍛えていけばあれだけの動きができるようになるということですね。参考になりました」

「そういってもらえた安心です。途中からいじめになっていないか不安だったので」

「正直辛かったですが、先を知れたことはよかった。失礼な物言いになりますが、あなたは才能豊かというわけではないでしょ?」


 俺が観察したように、彼女も俺を観察したんだな。まあ、当然のことか。


「うん、ファードさんからそう評されているし、俺自身も認めるところ」


 この模擬戦に勝てたのもゴリ押しの部分が多い。卑下するつもりはないけど、そこはきちんと認めないと。


「身体能力は高かったけど、動作の節々や技のキレそのものは拙いところが見えた。私自身も才能があるというわけではないから、同じような人があそこまで戦えるようになるとわかったのは励みになるの」

「そうですか。役に立てたのならば本当によかった。今後の成長を応援していますよ」


 ありがとうと言い、彼女は離れていく。

 俺も頼まれた模擬戦は終わり、ニルの横へと戻る。


「これでよかったんだよね」

「ああ、ありがとう。今回のことを糧にして励んでくれるだろう」


 二人目の騎士さんは励むだろうけど、一人目はちゃんと復活するかな? 仲間に恵まれているみたいだしなんとかなるか。


「この後はどうするの?」

「騎士たちはファードに指導を受ける。俺は君の宿にお邪魔したい。どんな宿なのか興味あるし、大会後なにをしていたのか聞きたいんだ」

「普通の宿だけどいいの?」

「問題ないさ」


 ニルはオルドさんに声をかけるため離れる。俺もファードさんに帰ることを知らせよう。

 それぞれ声をかけて、三人でギルドを出る。

 帰る途中で、茶菓子を買っておく。

 ルポゼに戻り、二人を部屋に案内して、茶葉を入れた瓶を持って食堂に向かう。

 茶葉はお気に入りのものを探している最中でいろいろと買っている。その中で一番高かったものを出しておけば大丈夫だろうと持ち出した。


「これで三人分の茶を入れてくれ。あと小皿を三つ頼む」


 料理人に茶葉を渡して、もらった皿に茶菓子を載せる。

 お茶を待っているとレスタが声をかけてきた。

 

「オーナー。あの二人は宿泊客ですか?」

「いや違う。俺の知人で、話すために来ているだけだ。センドルさんたちより付き合いは短いかな」

「なんだか品の良さを感じられましたね」


 勘がいいな。客商売をやっているだけある。


「いいところの出身のようだからね」

「出身は知らないんですか?」

「そこらへんの話はしてないから。ただの冒険者仲間として付き合っているんだ」

「そうだったんですね。私たちもそのように接した方がいいのでしょうか」

「そうだね。向こうからなにか言ってきたら態度を改めて、普段はほかの客と同じように接してくれ。そうは言っても、頻繁にくるわけじゃないから、そこまで気にする必要もないだろう」


 お茶の蒸らしが終わり、渡される。

 礼を言って、茶と茶菓子を持って部屋に戻る。


「お待たせ。口に合うかわからないけど、どうぞ」

「ありがとう」


 二人の前に茶と茶菓子を置いて、俺も椅子に座る。


「部屋の中を見せてもらったけど、お金をかけているものとかけていないものがあるのはなぜ?」

「寝具とか椅子は疲れをとるのに必要だからお金をかけた。ほかは特にお金をかけなくていいかなって」

「ギターもそれなりにお金をかけているようだけど」

「あれっていいものだったのか? 金貨一枚で買ったものなんだけど」

「お買い得だね。金貨三枚くらいはするよ」

「三倍かー。フリーマーケットで出されていたものなんだ。親族が使っていたもので、誰も使わないから捨てるより売って誰かに使ってもらった方がいいだろうって言ってたはず」

「使う人が死んで、価値がわからなかったか」


 納得したと頷きお茶を飲む。


「それじゃ本題に入ろうか。大会後になにをしていたのか聞かせてほしい。身体能力だけじゃなく、技術的な成長も見て取れるから鍛錬を続行していたのはわかる」


 年末前までダンジョンで戦い、冬の間は遠出して模擬戦とか技術方面の鍛練を集中していたと話す。


「帰ってきたのは春前だよ」

「遠出したのにはなにか理由が?」

「たまには環境を変えてみようと思った。あとギターみたいな掘り出し物探しかな」

「俺は環境を頻繁に変えているから、そこらへんの気持ちはわからないな」

「まあ、いい結果になったと思うよ。動きを見る目を養えた」

「身体能力だけじゃなくて、そういった部分も鍛えられて、深みが感じられるようになった。今の君には勝てそうにないね」

「そうなの?」

「素の状態だとまだなんとかなりそうだ。技術が鍛えられていない以前の状態のままだったら魔力循環があっても戦いようがあった。しかし技術が伴っている現状、魔力循環を使われると勝ち目が見えないね」

「ニルも鍛えているから勝てないってことはないと思うんだけど」

「俺は鍛錬だけじゃなくて、仕事や移動もしているからね。デッサより鍛錬時間は短くなるんだ」

「ああ、そっか」


 俺は鍛錬だけに集中していればいいからなぁ。依頼もほぼ受けていないし、シャンガラの移動も一瞬で時間をかけていない。ニルとの差は縮まる一方だったんだな。

 センドルさんたちの階層を超えたときも思ったけど、強いと思っていた人たちを超えると鍛錬速度のおかしさを思い知る。

 今回は魔力循環三往復も加味した結果だから、当然なのかもな。


「具体的な鍛錬はなにをしていたんだい」

「小さな町のギルドから模擬戦を依頼されて、そこのメンバーと三ヶ月くらい定期的に戦っていたんですよ。対人戦の経験を多く積むことができて、人がどう動くのか体験したんだ。あとは森の中で気配を読む練習もしたよ」

「不足した部分がいっきに補われた感じだな」

「といってもまだまだ地固めの途中。ここで調子に乗らず、しっかりと基礎を固めなければ最終的にいびつな成長をすることになる」


 オルドさんが忠告するように言ってくる。

 ありがたい助言なんだけど、強くなる理由が理由だし歪でもいいかなという思いもある。


「俺の方はこれくらいにして、ニルは冬の間どこかに出かけたりした?」

「ほとんど王都にいたよ。やっぱり雪が降っていると移動は困難だし。でも騎士団の雪原訓練に同行して外出もしたんだ」


 同じように訓練したのか、王族として見学したのかどちらなんだろうね。

 まあ、そこに触れないようにして流す。


「王都でなにか事件が起こったり、思いもしないハプニングはあったりした?」

「どうだったか……オルドはなにか知っているかい」

「細々としたトラブルがありましたが、大きな問題はなかったはずです。ただ去年よりもトラブルが少なかったようにも思えます」

「平穏だったということ」


 オルドさんに確認すると頷きが返ってくる。

 

「平和なのは良いことだと思うけど、わざわざ口に出したということは気にかかることがある?」

「明確ななにかがあるわけではない。ただ騎士や兵が特別なにかをしたわけでもないんだ。彼らの働きは去年と変わらなかった。今年は悪人が大人しかったというなら、それで問題ない。しかしそうでないなら、去年までは誰かが扇動していたのかもしれないと思った」

「そこらへんは王都の治安維持を担当している部署も疑問を感じているかもしれない。帰ったら確認してみよう」


 ニルの言葉に、そうですねとオルドさんは頷く。


「王都は平和だったということで、次はニル自身かな。ニルも魔力循環を使えるようになったの?」

「ああ、練習して安定するまでになった。二往復はぶっ倒れるとわかっているから挑戦もしてないけどな。今は一往復で体を慣らしているところだ」

「負担軽減の魔法はまだまだって聞いているし、二往復ができるまで時間がかかりそうだ」

「早いところ完成してくれると助かるんだが」

「どれくらいでできそうか聞いてる?」

「一年ではできないと言っていたそうだ。今シールの魔法を使える者たちは三つの研究をしている」


 実現が早い順に、同行して魔法をかけるもの、シールのように時間制限のあるもの、護符として使えるようにするもの、という三つだそうだ。

 

「聞いているかもしれないが、今は理論を組み立てているところだな。未完成でも形になっているのは同行して魔法をかけるものだ」

「形にはなっているんだ?」

「効果が薄いけどな。一割軽減できているかどうか。さすがにこれは使い物にならないから、未完成のそれを大勢に魔法を使って、その結果や感想を集めて使った際の状況とかを参考にしてまとめているところ。しばらくはまとめたものをもとにして魔法を組み立て、それを使い、また感想を求めるといった繰り返しになるだろう」

「一割だと体調は気持ちましになるとかそんな感じだろうね」

「最低でも五割は軽減してほしいところだよな。魔力循環と魔力充填はデッサが考えたんだろう? その発想力はファードも褒めていた。この魔法に関してもなにかアイデアでないかな」


 無理だろうと思いつつ考えてみるけど、やはり無理で首を振る。


「そっか」

「進展の速度が速くなるかもしれない方法は思いついたんだけどねー」

「それはなんだい」

「単純に人を増やす。シールの魔法を広く公開して、使える人を増やして研究員として取り込む。これまでにない人材はこれまで当たり前とされていた発想を壊して、新たな視点を得られるかもしれない。そんな上手くいかない可能性の方が高いし、シールの魔法の使い手が増えることで、これまで得られていた利益が減るだろうなと思う」

「シールを公開するのも、儲けが減るのも、どちらも嫌がるだろうな。だが魔物が暴れ出したら、そんなことを言っていられなくなる。公開を強制する日がくるかもしれないね」


 もし強制したら王族であろうと恨まれるだろうな。緊急事態にならなければ強制はしないんだし、そんな事態がこないのが一番なんだけど。

 話はまた別のものに移っていく。

 魔力充填が生まれる発端について話したり、大会のときに来ていたペクテア様の今後について話したり、ギターの演奏を頼まれたりして昼頃に二人は帰っていった。

 ちなみにペクテア様は夏頃に仕事で国外に行くそうで、その国の風習などを学んでいる最中だそうだ。

 ニルの予定は騎士たちと一緒に魔力循環の練習と大ダンジョンでの戦闘訓練になっているため、一ヶ月ほどミストーレに滞在することになっていると言っていた。騎士たちは二ヶ月滞在予定だけど、ニルは別の用事で短めの滞在になるらしい。

 二人を見送り、使った食器を食堂に返す。


「昼食はここでとるから頼んだ」

「はいよー、すぐに用意します」


 同じく昼食待ちの従業員と食堂で話しつつ料理を待つ。

 ボーナスなしだった二人にご褒美の実行をしようと話したりして、昼食を食べて外に出る。

 午後はいつもの休日の過ごし方と同じくマッサージとタナトスの家に行って過ごす。

感想と誤字指摘ありがとうございます

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― 新着の感想 ―
[一言] 全面的に情報を公開するのはデメリットがデカ過ぎるわな。 敵対組織や犯罪組織にも知られてしまうし。
[一言] ニルドーフが出番も少ないのに覚えているのは「煮る豆腐」と脳内変換されていたからでした。 ラスボスは魔王になるのか、その強さは?とか想像しながら楽しんでいます。 再現使いの堕神並みならデッサ…
[一言] 他の人は中々出来ないのに自分はすんなり出来たのが選ばれし者みたいに感じられて万能感得ちゃったかなー 根が悪い人間じゃなさそうですし適正はあるんだから立ち直って欲しいですね
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