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16 出会い 4

「いろいろと助言感謝するよ。それにしても最初と態度が全く違うな。最初はクールっぽかったのに、途中から感情が思いっきり表に出てたし」

「え?」


 途中から一変した態度について指摘するとシーミンは固まった。

 顔が赤くなったかと思うと、いっきに血の気が引いていった。

 そして俺を見て、ぱくぱくと口を動かすと、なにか言うことなく立ちあがって部屋から出ていった。階段を早足で上がっていったような音のあとに扉を勢いよく閉める音も聞こえてきた。

 

「……素の自分を見せたのか恥ずかしかった?」


 正解は本人のみが知るってところか。

 誰もいなくなったし、帰るしかないなー。

 椅子から立ち上がると、少しだけ開いていた扉が動き、隣の部屋から四十歳くらいの女が出てきた。年齢的にシーミンの母親だろうかと思う。似たところのない母親だ。


「こんにちは」

「はい、こんにちは。失礼ながら二人の会話を隣で聞かせていただきました」

「聞かれて困るようなものでもないので気にしないでください」


 聞かれて恥ずかしい会話をしてはいなかった。性癖語りをしていたのを聞かれていたら俺も思わず逃げようとしたかもしれない。


「こうして直面して改めて実感できました。あなたは私たちに思うところはないみたいですね」

「導師は死に近いから避けないのかということなら、避ける理由にはなりませんね」

「珍しい人です」


 真剣に断言された。


「そこまでですかね。人間も獣人も草人もたくさんいるんだから、少数は俺みたいなのがいると思うんですが」

「私たちのことを理解し、歩み寄ってくれる人はいますよ。ですがどうしても拒否感というのでしょうか、うっすらと壁はあるのです」


 ハスファも言っていたな。一歩引いてしまう気持ちがあると。


「でもあなたはそうではない。人と人に当たり前にある距離感は感じられても拒否感はありません」


 なんでだろうな? 前世で死んだ記憶があるからかな。もしくはリューミアイオールっていう絶対強者と間近に接したことで、そこらへんの感覚がバグったか。

 死の気配という曖昧なものより、リューミアイオールに殺されるということの方が怖いもんな。


「あなたにお願いしたい。あの子シーミンとこれからも普通に接してあげてほしいのです。あの子はタナトスの一族ということ以外に、人見知りの気質のせいで家族以外だと緊張するのです。しかも勘が鋭く、人の気持ちをすぐに見抜いてしまう。そのため知人をとても作りにくい。今日みたいに家族以外と長く話したのはハスファちゃん以外だと初めて」


 もしかして最初に聖堂ですれ違ったとき表情が硬かったのは、俺を邪魔だと思ったわけじゃなく緊張していただけか。

 ダンジョンから出るときも緊張していたということになるな。


「ええと、俺には俺の目的があってそれを優先しますが、時間があるときに話したりするのはかまいませんよ」

「ありがとうございます」

「いえ、しょっちゅう会いに来るわけじゃないので礼を言われることではないです」

「それでもなんの偏見などなく会いに来てくれる人は貴重ですから。こうして私と普通に会話してくれるのも嬉しいものですよ」


 俺の想像以上に、タナトスの一族は人に避けられているのかもしれないなぁ。


「玄関まで送りましょう」

「ありがとうございます」


 母親らしき人が歩き出し、その後ろをついていく。


「ついでに私からも冒険者生活について助言を」

「どのようなものでしょう」

「休みをきちんととるのは大事です。ですが無茶を続けたいのでしたら、腕のいいマッサージ師を探すといいでしょう」

「マッサージ師ですか」

「ええ、ここは冒険者が多い町ですからね。その冒険者を相手する職もまた多い。マッサージ師はその中の一つ。腕の良い職人は疲れをしっかりと抜いてくれて、好調な状態にまでもっていってくれます」


 なるほどな。でも問題もある。


「腕の良い職人はお高いのでしょう?」

「そうですね。だからお金に不安があるときは、自身に合ったマッサージ師を探すことです。上手い下手以外にも相性というものはあります。腕はそれなりでも相性が良ければ、馬鹿にできない効果がありますよ」

「探すコツなんてものはありますか」

「実際にマッサージを受けてみるしかないですね。ギルドで冒険者たちに聞いてみるといいでしょう」


 話しかける話題はそれにするか。

 玄関前まで送ってもらい、助言について礼を言って敷地内から出る。

 振り返ると庭には子供たちがいて、手を振ってきた。振り返しながら、シーミンがいるであろう二階に視線を向けてみると、シーミンが窓からこちらを見ていた。

 そのシーミンにも手を振ってみると、慌てたようにカーテンを閉める。次会ったときもあの調子だと話しづらそうだな。

 そんなことを思いつつ、町中をのんびりと歩いて風景を眺めて宿に帰る。ずっとダンジョンに入ってばかりで、初日以外に落ち着いて町の様子を見ていなかった。少しは心和むかなと思って眺める。特に心軽くなるってことはなかったけど、ゆったりと過ごせたしいいことだろう。

 宿に帰って、そのままベッドに横になる。

 いっきに疲れが出たかすぐに眠り、夕食の時間になっても起きずに眠り続けて、起きたのは夜明け前だった。

 空腹で動く気力が湧かないので、朝食までそのまま寝転がっていることにする。


(今日は昼から文字の勉強で、朝はギルドに行こうか)


 ぼんやりスケジュールを考えているうちに夜が明けて、ほかの部屋の客が起き出してくる物音が聞こえてくる。

 そろそろ朝食の時間だろうと起きて、食堂に向かう。

 腹に食べ物をいれると気怠さが少しはましになった。

 部屋に戻って、腹が落ち着くまでベッドにまた寝転がる。早く強くならないといけないのに、だらだらしていいのかと思う気持ちもあるが、先人から体調管理の大切さを説かれたこともあるし、今日一日は鍛えることを忘れようと頭の隅に追いやる。

 一時間ほどで怠さも減り、出かける気になったので財布を持って宿を出る。

 今の時間ならダンジョンに行っている冒険者が多くて、依頼をこなす冒険者もすでに仕事中で、暇している冒険者しかいないのじゃないかと思ってゴーアヘッドの建物に入る。

 フリースペースで話している冒険者たちがいて、その中から深刻そうな話をしていない冒険者を選んで話しかける。

 二十歳を少し過ぎたくらいの男二人だ。俺のように武具を着込まずにいるから、このあとすぐにダンジョンに行ったりしないと思う。


「おはようございます。今時間大丈夫ですかね」

「ん? なにか用事かい」

「大事な話をしていたわけじゃない。大丈夫だぞ」

「ありがとうございます。値段が手頃なマッサージ店を知っていたら教えてほしいのですが」


 二人は顔を見合わせた。予想と違ったことを聞かれたと思ってそうだ。


「一応聞くがマッサージってのは体をもみほぐす方だよな? エロい方じゃなくて」

「朝っぱらからエロい方を聞くことはないですねー」


 そういうのは気の合う友人とやる馬鹿話だろう。見知らぬ人にいきなりするものじゃない。


「そうだよな。一瞬そっちかと思っちまったんだ、すまんな。それでマッサージ店だが、お勧めといえるものはないなぁ」

「俺も何度か行っているが、ここが良いと思えるところはない。やはり値段が高いところがいいのだろう。ギルド職員に話を聞いてみるものいいと思うぞ。特にここは冒険者のフォローに力を入れているところだ。そこらへんの情報も集めているかもしれん」

「わかりました。職員に聞いてみます」


 礼を言い、その場を離れようとしたらギルド内がざわめいた。

 なんだろうと周囲を見ると職員や冒険者の視線が入口に向かっている。

 そこを見てみたら蛮族スタイルというのだろうか? 骨の兜と皮の腰巻だけのごつい男とビキニアーマーのむっちりとした女がいた。両方とも二十歳半ばくらいだろう。

 ああいった格好はゲームとか映画の中だけと思ったんだが、本当にいるんだなぁ。


「フリーダムたち帰ってきたんだな」

「予定だとそろそろだったからな」


 二人の男がそう呟く。


「フリーダムって名前の人たちなんです?」

「お前はあの人たちのことを知らないのか。このギルドで一番の知名度だと思うが」

「俺はこの町に来て十日ほどだから、まだまだ知らないことが多いんですよ」

「ああ、それは知らないかもな」

「今言ったようにあの二人はこのギルドで一番有名だ。強さも一番だな。男の方はダッセル、女の方はセニアム。見た目は非常識だが、人格の方はわりとまともだぞ」


 こっちの住人でもあの恰好は常識から外れたものなのか。


「一番強い人が使っているし、あれはかなり優れた防具だったりする?」


 二人の男は声をそろえて「それはない」と断言した。


「あんな守るところの少ない防具なんて身に着けたら、ダンジョンに入るたびに大怪我する」

「真似するなよ?」

「あれはちょっと、お金を積まれても無理ですね。あの防具で大丈夫ということはかなり回避が上手いんでしょうかね」

「あれで問題なく戦い続けているのだから上手いだろうな。それと今は持っていないが、ダッセルが大盾持ちでタンク役を受け持っている」


 ほとんどの攻撃を盾で受け止めているんだろう。


「あの二人がどうしてあの恰好をしているのかも知ってたりします?」

「鍛えられた肉体が自慢で見せつけることを楽しみにしているとか」


 ボディビルダーのようなものなのかな。

 冒険者なのだからボディビルダーのように見た目重視ではなく、ちゃんと戦いに使えるものでもあるんだろうね。


「たしかに両方ともいい肉体をしてますからね。自慢の体だから、肌をあそこまでさらしてもまったく恥はないってことですか」

「そういうことだろうな。町を歩いて注目が集まると嬉しそうに笑っている。そういえば肉体の維持に人一倍気を使っているそうだし、マッサージ店に関して知っているかもしれないな」

「駆け出しだからといってぞんざいに扱う人たちじゃないし聞いてみるのもありだろう」


 そうしてみるか。今は受付に話しかけているし、用事が終わった頃に話しかけてみよう。

 二人の用事が終わるまで男たちと一緒にいて、フリーダムたちの話が終わったように見えたから受付に近づく。


「すみません、ちょっといいですか」

「ん? なんだ?」

「なにか用事かい」


 二人とも嫌な顔をせずに、不思議そうに俺も見てくる。


「はじめまして。聞きたいことがあって声をかけました」

「聞きたいことってのはなんだい」

「疲れをとるのにマッサージを勧められて、駆け出しに向いたマッサージ店を探そうと思って冒険者たちに話を聞いているんです。そこでお二人もなにか知らないかなと思って」

「そういうことか。マッサージも疲れが取れるな。だがマッサージだけが疲れを取る方法ではないぞ」

「そうだよ。たっぷりの睡眠、バランスのいい食事、生活のリズムを整える。これらも大事なことだ」

「睡眠は大丈夫ですね。毎日疲れるからたくさん眠れています。生活のリズムもダンジョンに挑み始めて極端におかしなことにはなってません。食事は好きなもの食べがちですね、そこは気を付けた方がいいかも」

「偏った食事は健康を崩すことになりかねないから、気を付けるんだよ」


 前世でも聞いた話だし、素直に頷く。


「それでマッサージ店だが、駆け出しに向いたところはわからないな。俺たちが行くのはそれなりに金をかけた店ばかりだ」


 ダッセルさんがそう言って、セニアムさんが同意だと頷きかけて「いや」と呟いた。


「ダッセル、そういやパラッカの弟子が独り立ちするとか言ってなかったか」

「言ってたな。たしかに店を開いたばかりなら、お前さんが望む細かな注文も受け付けてくれるかもしれん。今は評判がほしい時期だろうからな。しかしその店の場所を知らんぞ」

「それはパラッカに聞けばいい。パラッカの店を教えるから、そこに行って店員に聞いてみるといい。私たちが勧めていたと名前を出せば、教えてくれるだろうさ」


 前半はダッセルさんに言い、後半は俺に向けて言う。

 パラッカという職人の店の場所もついでに教えてくる。


「ありがとうございます。さっそく行ってみます」

「ああ、またなにかわからないことがあれば聞きにくるといい」

「ギルドを頼ってもいいから、無理な探索はしないようにね」


 二人に頭を下げて、建物を出る。

 ああいった親切な人たちもタナトスの一族相手だと身構えるんだろうか?

 死を忌避するというこの世界の特徴は、思った以上に影響が根深いことになっていそうだ。

感想ありがとうございます

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― 新着の感想 ―
[一言] この世界、冒険者が異常に優しく、村人が異常に厳しい笑
[一言] 参考にしてはいけないタイプの強者でしたか 身軽に動けそうな装備ではありますが特殊な効果とかがないのなら真似しちゃだめですよねえ
[一言] 初めての男友達、まだ距離感がわからないよね(可愛い 家族の人たちとも仲良くやれそうでよかった
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