159 春、ニル、来る 前
宿のあれこれをやっている間に、春がきた。
町周辺の雪はほとんど解けて、日陰に残る程度になっている。白い景色から鮮やかな景色に変わったのは町も同じで、暖かくなっていくにつれて人々の活気が増している。
接点はなかったけど、狩猟団がダンジョンでの鍛錬や稼ぎを終わらせて、また旅暮らしに戻ったとハスファから聞いた。
狩猟団は、転送屋でそれらしき人たちを見かけるくらいだった。
ミストーレから出ていく人がいればやってくる人もいる。ディフェリアたちが戻ってきたのだ。
タナトスに遊びに行くと、以前と同じようにシーミンのそばにいた。
ディフェリアたちはまたタナトスの近くに家を借りて、ダンジョンに通っているそうだ。またなにかあったときのため実力を上げることと体調管理と治療費稼ぎを一度にこなせるので、大ダンジョンは便利なんだそうだ。
俺自身の進展は六十階を超えたことと頼んでいた伸縮棒が完成したことと剣の発注をしたくらいだろう。
これまで使っていた伸縮棒はサブウェポンとしてシーミンがほしがったのであげた。シーミンが通っている階層でならば十分使い物になるのは実践済みだ。
今は六十一階のバブルスラッグというモンスターを相手にしている。体表が非常に滑りやすい以外にも、地面に滑りやすい体液を撒き散らす。刃筋を意識しないと剣がつるっと滑って自分の足を傷つけかねない。足場の不安定さもあるため、余計に刃筋が乱れやすい。
戦いにくいけど、これを簡単に斬れるようになれば剣の技術が向上したということでもあるので、戦って糧になるモンスターでもある。
ちなみに弱点は雷の護符で簡単に突ける。雷を当てれば、皮の滑りやすさも減るので倒しやすくなる。六十階辺りだと稼げる人気のあるモンスターだ。
中ダンジョンも行ってきた。シーミン以外にもタナトスの人と一緒に行って、トラブルなく帰ってこられた。
いつも通りの鍛練の日々を送っていたとある日、ルポゼに帰るとロゾットさんが言伝を預かっていると言ってくる。
「誰がどんなことを?」
「頂点会からで明日ギルドに来てくれないかというものでした」
「明日ね、わかった。そろそろ休みにしてもいい頃合いだしちょうどいいか。ありがと」
礼を言って部屋に戻り、待っていたハスファと雑談する。
そして翌日、模擬戦といった体を動かすことをするかもと思い武具を身に着けて部屋から出る。
ルポゼに宿泊しているパーティーも廊下にいて、荷物の確認をしていた。
二十歳くらいの五人組で、つい最近結成したパーティーだそうだ。それぞれ以前所属していたパーティーが解散して、ゴーアヘッドで仲間を募集したと言っていた。
俺のことを知っていて、宿のオーナーだと話すと驚いていた。一人でダンジョンに挑み続け、儲けたことでオーナーになったと思ったらしく、大金を得たのは別件だと話すとまあそうだよなと納得していた。
「あ、オーナーも今からダンジョン?」
「いんや、今日は休み。頂点会に呼ばれてるんですよ」
「頂点会に? 頂点会に伝手があるん?」
「ありますよー。数ヶ月前に事件があって、その流れで頂点会と関わることがあったんですよ」
「へー、羨ましい。なにか困ったことがあれば大きなギルドに頼れるのは安心感が違うよね」
「頼らないといけないほど大きな事件や困難に遭遇したくないですけどね」
「それはそうだ」
彼らと別れて宿を出て、頂点会に向かう。
頂点会の敷地内に入ると、柔軟体操をしていたミナが俺に気付いて近づいてくる。
「おはよ」
「おはよう。呼ばれたんですけど」
「知ってる。案内するよ」
ミナに先導されて屋内に入り、ファードさんがいる執務室に入る。
「おはよう。来てくれたか」
「おはようございます。なにか用事があるんですよね」
「うむ。今ニルドーフ様たちがミストーレに来ているんだ。騎士や兵の鍛練に同行した形だな」
ニルが来ていたんだな。騎士たちが一緒ということは王族として活動中なんだろうか。
「騎士や兵はたまに大ダンジョンを利用するためにやってくる。今回はそれだけではなく、わしらに魔力循環を見せてもらいたいそうだ。騎士たちは一往復を習得していて、ナルス殿も二往復が使えるだけだ。三往復は見たことがないため見たいということだ」
「そうでしたか。だったらニルドーフ様たちが来るまでここで待機ですかね」
頷くファードさんに、聞きたかったことを聞くことにする。
「負担軽減の方は進展があったとか言っていました?」
「研究中だそうだ。この町でシールを使う者たちも同じだな」
「目標とするところは定まったんでしょうか。それともまだなんのヒントもない状態ですか」
「前者だな。一応形にしたが形になっただけで、効果はとても低いらしい。もっと効果的にするための理論を組み立てている最中で、実現にはまだまだ時間がかかるそうだ」
「少しだけでも前進しているんですね」
待ちわびている人たちにとっては嬉しい情報だろう。
「魔力充填の方はニルドーフ様に知らせたんですか?」
「そういったものがあると話はしたな。エイジアがまだ研究中だから発表するには早いと言って詳細までは話さなかった」
「納得したんですかね」
「ある程度形になれば発表するとは言ったから納得していた」
「ちなみに魔力調整は昔発見されていたそうだ。しかし活用方法がみつからずに、そういったものがあるとだけ書に記された技術だったらしい」
「そうなんですね」
長い歴史の中で発見されていてもおかしくはないわな。
「ほかにも歴史の中で埋もれた技術はありそうですね。今の時代なら再利用可能かもしれない」
「ニルドーフ様も同じことを思ったようで、城に帰ったら技術書を見てみようと言っていたな」
なんだったか……枯れた技術の水平思考だっけ?
「使用できない技術だけじゃなくて、古くて使われなくなった技術にも注目するといいかもですね。それを別分野に持っていけば、その分野の人にとって新たなヒントになるかもしれない」
「なるほど、それをニルドーフ様に伝えるといい。君と話したいと言っていたから、話題の一つになるだろう」
「そうします」
魔力充填といえばプラーラさんが来るついでに、センドルさんたちも同行するとかっていう話はどうなったんだろう。
聞いてみると同行許可を出して、指導をしているそうだ。
「センドルとカイトーイはギルド運営についても聞きたがった」
「ああ、大きなギルドのトップの話はなかなか聞けないでしょうしね」
「興味からなら断ったのだが、故郷でギルドを立ち上げるのが夢と言っていたので話すことにした」
「どんなことを話したんですか」
「主にトラブルだな。これまでどういったトラブルが起きたのか。メンバーの衝突が原因のもの、依頼に関したもの、貴族といった存在との交渉によるもの。そういったことを話したんだ」
「参考になったと喜んでいそうですね」
そう言うとファードさんは頷く。
まだまだニルたちはこないので執務室でのんびりとして時間を潰す。
劣化転移板がどうなったのか、報酬を使って宿を始めたことなどを話しているうちに、ニルたちの到着が知らされた。
劣化転移板の開発は受け入れられて、順調に進んでいるようだ。すでに実物ができていて、品物や小動物を使った実験を行っているそうで、完成までそう遠くないだろうということだった。
転送屋が乗り気なのか思ったよりも早く完成しそうだ。
ファードさんたちと一緒に応接室に移動すると、冒険者の装いのニルと騎士たちがいた。
「おまたせしました」
「おはよう。デッサもありがとう」
ペコリと一礼しておく。
挨拶がわりの雑談が終わり、本題に入る。
「先日伝えた通り、魔力循環の最高峰を俺たちに見せてほしい。ついでにその状態で模擬戦をやってもらえるとありがたい」
「わかりました。デッサはどうする?」
「ファードさんがやるなら俺の出番は必要ないのではないかと思いますが」
「人によってどう違うのかも体験させたいから、デッサも頼む」
「承知しました」
早速模擬戦をやることにして、鍛錬場へと出る。
鍛錬場を使うと先触れがあったようで、中央は空いていて隅の方にギルドメンバーがいる。
「まずはファードにお願いしたい」
「了解です」
普段着と素手のファードさんが進み出て、木製の大剣を持ったオルドさんも進み出る。
ファードさんは魔力循環を三往復して、オルドさんは一往復して剣を構える。
それを見ているとニルが隣にやってくる。
「敷地内にいる間は、言葉遣いは以前のままでいいよ。騎士たちには言ってあるから」
「わかった。久しぶり」
「うん、半年ぶりくらいか。その間に宿を始めたり、魔力充填なんてものを開発したりと忙しかったようだね」
「宿については誰から聞いたの」
「ギデスだよ。開業申請の書類に覚えのある名前が書かれていて気づいたそうだ」
町長が確認するもんなんだな。部下が確認したらそこで止まるものかと。
話していると、模擬戦が始まった。
それを見つつニルは会話を続ける。
「この模擬戦なんだけど、デッサには二人の騎士と戦ってもらいたい。そのどちらにも手加減はなしだ」
「理由を聞いてもいい?」
「その二人は適正があったのか、ほかの騎士や兵と比べて魔力循環の習得が早かった。一人は、ほかの人たちより一段階上の実力を持つことになって調子に乗った。その自信を砕いてほしい。もう一人は習得後もまじめに鍛錬を続けているから、自信を砕くことを目的にはせず、純粋に三往復というものを見てもらいたいんだ」
「手加減なしでやって、あとで難癖つけられません?」
「そうならないようにほかの騎士を見張りにつけるよ。その状態でほかの騎士と一緒に難癖つけてくるようなら、俺かギデスに言ってくれれば処罰する。国が功を認めて褒美を与えた人物に害をなすということは、それを決定した陛下や俺たちに文句があるということだ。まあそれを理解しているだろうから、難癖つけることはないだろう」
「内心不満を持つことになっても、俺に関わらないならいいか」
話している間、オルドさんが攻撃をしかけて、ファードさんがいなしていく。
激しい動きのオルドさんに対し、ファードさんはゆっくりにも見える流麗な動作だ。
以前はわからなかったけど、今は動きの起こりを見抜いて対応しているようだとわかるようになった。同じことをやれと言われても絶対無理だけど。
「さすが長年の研鑽は見事だ。大会でも見たが、何度見ても素晴らしいの一言に尽きる」
「すごいよね。あそこまで到達している人ってどれだけいるんだろう」
予測を立ててわずかな動作でしっかりと対応していく様は、未来予知といってもよさそうだ。
「この国だと一番かもね。他国にならいそうだ」
「騎士団長とか強そうだけど、ファードさんの域に届かないんだ?」
「届いていないね。ずっと鍛え続けたファードには届かないよ。騎士は仕事もしないといけないから」
騎士の仕事についてどのようなものがあるのか尋ねる。
「騎士には大きくわけて三つの任務がある。王都の警護、国内見回り、鍛錬。この三つを交代でやっている」
「警護と鍛錬はわかるけど、見回りは必要? 大々的にやると悪さしている貴族とかがいたら一時的に悪行を隠してしまうと思うんだけど」
「必要だ。悪さしている貴族の監視は専属の部署がある。そういった人たちが騎士の動きに反応する者たちを見て、判断材料にするんだ。それに人間の動きを見るだけが、見回りの役割じゃない」
「ほうほう。ほかにはなにがあるのさ」
「支援だ。モンスター退治を貴族が求めることがあって、そのときに動くのが見回りをしている騎士たちだ」
「貴族の私兵とか冒険者がやるんじゃないの?」
「人手が足りないときがある。例えるなら俺と初めて会ったときだ。ライアノックが放置されたままだったら騎士が派遣されていた。ほかに人間に見つからず崩壊する小ダンジョンのせいでモンスターが増加するときがあるんだ」
山奥とか森深くだと人間が見つけられず放置というのはあるだろうな。ダンジョンから出てきたモンスターが溜まって領主では手が負えなくなるのか。
「なるほどねぇ。ここに来ている人たちは鍛錬の時期で合ってる?」
「合っているよ」
「騎士の鍛練ってどんなことをするんだ?」
「王都では模擬戦したり、技術を磨く。ほかに乗馬の訓練だったり、避難誘導のやり方、報告書の書き方なんかもやったりするよ」
「戦うだけじゃないんだなー」
「この国の騎士は貴族としての身分も持つから、いざというとき指揮をとれたりできないと駄目なんだよ。だからそこらへんの指導も行われる」
「ほかの国だと貴族としての身分を持たない騎士もいる?」
RPGとかのジョブ的な立ち位置かな。
「うん。やっていることは似ているけど、貴族ではなく職としての騎士がいるよ。国に所属する兵のトップが騎士と呼ばれたり、なにかしら偉業をなしたとき与えられる称号だね」
「そういった国と交流するとき、騎士の身分の違いで混乱しそうだ」
「そうならないようにしっかりと勉強してから行くんだよ。ちょっとしたミスで国交断絶はしないだろうけど、なにかしらの遺恨は残るかもしれない。そんな不必要なトラブルを生み出さないためにね」
「大変だねー。冒険者が楽でいいな」
「冒険者は気楽だけど、後ろ盾がなかったり弱かったりするし、いざというときに困ることもある。楽とは言い切れないかな」
そっかと頷いたタイミングで決着がついた。ドンッと重めの音が鍛錬場に響く。
ファードさんのカウンターが決まったのだ。遅めのパンチだったけど、オルドさんの動きを誘導し、オルドさん自ら当たりにいったようにも見えた。
「次はデッサだ。問題の騎士は最初だから、さっきも言ったように遠慮しないでいい」
「りょーかい」
準備されている木剣を手に取って、ファードさんと交代する。
感想ありがとうございます