156 宿営業開始準備 4
センドルに話を振られて、従業員は質問内容を口に出す。
「あ、えっと、オーナーってどういう人なんだろうと思って聞いてみたかったんです」
「デッサかい。性格は落ち着いた感じだね。乱暴者とかそういった荒い雰囲気はないね。会ったときは十四歳と聞いていたけど、もっと上の雰囲気がある」
「出会ったのはこの町なんです?」
センドルたちは首を横に振る。
「依頼先で会ったんだ。出会ってからまだ一年もたってないね。村人たちに無理矢理小ダンジョンに放り込まれて、どうにかコアを壊したところに遭遇という感じかな」
放り込まれたと聞いて、なにか村でやらかしたのかと従業員が呟いた。
レミアが逆だと訂正する。
「やらかしたのは村人。小ダンジョンを潰してほしいと依頼を出したけど、その依頼料を支払いたくないと考えて、たまたま村に寄ったデッサにいいかがりをつけて武具や食べ物なんかを持たせず、小ダンジョンに放り込んだの」
「そんなことがあるんですか!?」
「たまに聞く話よ。大抵自分たちの首を絞める結果になるんだけどねぇ」
その村はどうなったのかと従業員が聞く。
カイトーイがギルドからしばらく依頼を受け付けてもらえなくなったと返す。
「デッサはダンジョンを踏破して奪われていた荷物を取り戻し、俺たちにミストーレまでの護衛を依頼したんだ」
「そのあと私たちはまた別の小ダンジョンに向かったから、どうやって過ごしていたのか知らないのよね。たしかそこらへんはシスターが知っているはず」
レミアがハスファを見て、そうでしょうと聞く。
「はい、私が会ったのはそのくらいですね。教会で文字を習えることを知って話を聞きにきたのが出会いですね。その後私のトラブルに巻き込んでしまって迷惑をかけてしまいました」
「トラブルとはなんなのか聞いても?」
「冒険者の方に強引に口説かれているのを見かねて止めに入ってくれたんです。その後、その冒険者と決闘をすることになって怪我をすることに」
「なぜ決闘になったんですか」
「揉め事をきりよく決着させるため、だとか。中途半端に終わらせてしまっては、ダンジョン内で襲うとかそういったトラブルが起きることもあるそうで」
レスタたちはそうなのかと不思議そうだが、センドルたちはうんうんと頷いている。
「ダンジョンの中は基本的に自己責任で、死んでも原因解明されない。ダンジョン内での人間同士のトラブルを減らすには、恨みを残さないようにするといった解決方法をとられることもある」
カイトーイの捕捉に、従業員たちはなるほどと頷く。
「オーナーはその決闘に勝ったんですか?」
「負けましたよ。あの時点でデッサさんは冒険者になって十日くらい。対する相手は一年ほど。実力差がある勝負で最初から勝敗がわかっていた決闘です。ボロボロになってしまって申し訳なかったです」
「そこから今のような成功するまで奮起していったということですね」
「奮起と一言で言っていいのでしょうか。無茶は続けましたね。決闘の前日にはモンスターに殺されかけてタナトスの友達に助けられていて、大ダンジョンからモンスターが出てきたときも格上のモンスターに殺されかけて。ほかには思いもしない関係を築いていたり、遠出した先で強敵と戦っていたり。魔物とも戦っていたり、いろいろと心配させられ通しです」
「タナトスと友人って本当だったんですね」
「いやそれより魔物と戦ったって」
「何度か死にかけているのも問題じゃ?」
従業員たちは顔を見合わせて、それぞれ思ったことを口に出す。
「オーナーって無謀なのでは?」
レスタの感想に従業員たちはこくこくと頷き同意する。
センドルたちも似たような感想を持っているので、苦笑するのみだ。
「今の話を聞いたらそう思うのも無理はありませんね。私もそう思いますし。本人なりに勝算あっての行動みたいですけど、話を聞く私からすれば死ににいっているようなものだと思います。特に大会のときの魔物との戦いはハイポーションでも治りきらない怪我を負ったようですし」
「かなり強いと聞いたあれとも戦っていたのか。若い冒険者があの場にいたとは聞いていたがデッサだったとは」
カルシーンと戦った話は聞いていなかったセンドルたちも驚いた。
「頂点会のトップの準備が整うまでの時間稼ぎをしたらしいです」
時間稼ぎならデッサじゃなくてもと思い、詳しい話をあとで本人から聞こうとセンドルたちは思う。
「どうしてそこまで無茶を重ねるんでしょうか」
自分たちのような借金とはまた違ったなにか問題を抱えているのかとレスタは思う。
「理由はあると言っていましたね」
「デッサがそういったのかい?」
「はい。しかしどんな理由なのかは知りません。聞いたら止められなくなると話してくれました。私と友達は彼を止めたい側なので、聞かないという選択をしたんです」
「聞いたら止められなくなる、ねぇ」
どんな事情だろうかとその場にいる者たちは首を傾げた。
「その事情によって無茶を重ねて、かなりの速度で強くなったんだんだなぁ」
センドルの感想に、従業員が強いのかと聞く。
「強いよ。ミストーレの冒険者で表すと中の上くらいには到達している」
「強いと言ってもまだまだ上がいるんですね」
レスタの感想にセンドルたちは首を横に振った。
「強さだけをみたらまだ上がいると思うかもしれないけど、デッサは一年足らずでそこまで駆け上がっているんだ。普通の冒険者は何年もかける。そして中の上までいけば満足する冒険者がほとんど。でもまだまだ上を目指している。この調子で成長していくなら、十年後には大陸有数の実力者になっているだろう」
「そこまでいくんですか」
思った以上の人物だとレスタたちは意外そうな顔になった。
「順調にいけばの話だけどね。無茶を重ねているから、どこかで躓く可能性が高い。それを本人もわかっているといいんだが」
無茶を重ねて溜め込んだものは、いつか自身に牙をむく。
センドルは同じ冒険者だからこそ、それをわかっていて心配そうだ。
同時にそれを理解していてなお、無茶を貫くだけの事情なのかもしれないとも思う。その場合はもう誰の説得も届くことはないだろうと心の中で呟いた。
「宿の存続にも関わりそうですし、できれば落ち着いてほしいんですが」
「何度も言ってますけど無理でしたね」
ハスファの返答に、レスタはそうですかと肩を落とす。
◇
今日の鍛練を終えてルポゼに帰るといろいろな人がフロントにいた。
「皆、そこでなにしてんの」
声をかけると皆がこっちを見てきた。その視線が珍妙なものを見る目だったり、心配そうなものだったりで、なにを話していたのかと少し気になる。
そんな中でいつも通りのハスファが近づいてきて、俺をじっと見てくる。
「おかえりなさい。今日は……そこまで無理はしていないようですね」
「今日行ったのは戦い慣れた階層だしね」
「少し見ただけでわかるのかい」
診断の早さにカイトーイさんが疑問の声を発した。
「ハスファはもう半年以上ほぼ毎日俺を見てきてますから。俺に対する観察眼はかなりのものですよ」
「無理をしているとわかっても休ませるだけで精一杯なんですけどね」
少しだけ棘が感じられるなー。
話をそらそうか。
皆はなにを話していたのかと聞くと、センドルさんが君についてだと返してくる。
これは話をそらせなかった感じかな。
「大会のときも魔物と戦ったと聞いたよ。ぼろぼろになったんだって?」
「話してませんでしたっけ」
「そっちは聞いてないな」
話してなかったか。
「あのときは動けるのが俺だけだったんですよ」
「ほかに冒険者もいたはずだろう?」
「怒った魔物の圧で動けなかったり、それまでの戦いの怪我で動けなかったりといった事情ですね」
「その中で君だけが動けたのか」
「ええ、あれ以上の圧を受けたことがあって、あの魔物の影響は受けなかったんです。センドルさんたちに教えた技術を使って、できるだけ自己強化してファードさんが準備を整えるまで耐久といった感じでした」
「耐久してもボロボロになったと」
「ええ、強かったですね。まるで反応できませんでしたよ。煽ってさらに怒らせたせいでもあるんですけどね」
「なんで煽ったのよ」
呆れたようにミレアさんが聞いてくる。
「ファードさんから注意をそらすために仕方なく。あの場で魔物を倒せそうなのは準備を整えたファードさんしかいなくて、なにをしているのか悟られたくなかったんですよ」
「そういう事情ね。でもよく耐えられたわね」
「教えた技術を三往復したからですね」
「あれを三往復?」
なにしているんだとセンドルさんたちが呆れと驚きを混ぜた表情を向けてくる。
一往復で気分が悪くなった三人には、三往復したらどうなるのか簡単に予想がついたのだろう。
「往復ってなんのことですか」
ハスファがセンドルさんたちに尋ねる。
「戦いの技術で魔力を往復させて自分を強化するってものがあるんだ。それの一往復でも慣れていないと気分が悪くなって動きが鈍る。それを三往復なんて気絶ですめばましな結果だろう。しばらく寝込んでもおかしくない」
魔物を前にしてそれを使ったのが信じられないと続けた。
現時点のセンドルさんたちが三往復なんてすれば、言ったようなことになるだろうね。
「気絶はしないと確信していたから使ったんですよ。三往復までできるのは今のところ俺とファードさんだけですね。俺は体質的なもので三往復までいけて、ファードさんは長年の研鑽のおかげです」
「体質だとしても頂点会のトップと同じことができるというだけでもすごいという感想しかでないよ」
「同じことができても、技術と経験の積み重ねでかなり強さに差があるんですけどね」
奥からルーヘンが出てきて、なにをしているのかと聞いてくる。
ざっと説明し、それで話を終えるのにちょうどよいタイミングになる。ハスファは帰っていき、センドルさんたちは汚れた武具の手入れに向かう。
俺もルーヘンに一日なにかあったか聞いてから、自室に戻ろうと思い話しかける。
「トラブルはありませんでしたね。ですが連絡が入ってきています」
「どんな連絡?」
「この地区にある店の集まりの招待だそうで、三日後の夜に来てほしいということでした」
ロゾットさんに任せるかな。連絡ありがとうと言って、自室に戻る。
武具を外して手入れをしたり、洗濯物を籠に入れたり、濡らしたタオルで汚れを落としているうちに夕飯ができたと合図の鐘が鳴る。
食堂に向かうと、センドルさんたちもそろっていた。
机には今日の夕食がずらりと並べられている。従業員も一緒に食べるためだ。営業を開始したら時間をみつくろって個別で食べるようになるだろう。
「デッサもきたことだし、食べようか」
「いい匂いだから食べるのが楽しみだったよ」
さっそくセンドルさんとカイトーイさんがスプーンを動かし、口に運ぶ。
「美味しいものを食べたいんで、少しくらい割高になってもいいから良い食材を仕入れるようにしていますからね」
「美味しい食事が出る宿はありがたいわね」
「ええ、ほんとにー」
レミアさんとプラーラさんも嬉しげに食事をとる。
「でもなー、今は食材に助けられている部分が大きい。腕を上げられればもっと美味くなるはずなんだ」
「もっとか、そうなったら素晴らしいのだろうね。いずれはそうなるかもしれないよ」
センドルさんはもう少し長い目で見てやれといいたいのかな。
まあ、そうだね。俺だって時間をかけて技術を磨いているんだし、同じことか。
「そうなることを期待しときますか」
「あまり急かすとプレッシャーになるからね。成長する意思があるなら、待つことも必要だよ。同じようにデッサももっと落ち着いたらどうだい」
「ハスファに説得してくれと言われました?」
「いや言われてないね。話を聞いて落ち着けばいいのにと思ったんだ」
「落ち着きたいんですけどねー」
「できない事情があると?」
「ですねー」
「聞いたら止められなくなるとシスターは言っていた」
「まず間違いなく止められなくなりますよ。止めるのは駄目だって思いますね」
「聞けば、話してくれるのか?」
「信じられないと感想を抱く話でしょうけど、聞かれたのなら話します」
食後に聞こうとセンドルさんが言い、だったら俺の部屋で話すと返す。
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