154 休日 後
「こんにちは。時間をとってくれてありがとうございます」
「ありがとうございますー」
向かいに座るファードさんに俺とプラーラさんで頭を下げる。
「うむ、まあ気にすることはないさ。それでそちらの草人はどなたかの」
世話になっている人だと紹介し、連れてきたのは実験に付き合ってもらったからだと付け加える。
「実験? なにをしたのか聞かせてほしい」
興味を引かれた表情に変化した。
「はい。魔力循環についてプラーラさんたちに話したところ、魔法使いでも新しい技術はないかと聞かれ、思いついた発想を試してもらったんです。それでここの魔法使いにも協力を願えないかと思いまして」
「ほう、さすがだな」
ファードさんは感心したような表情になる。それに対してプラーラさんは首を傾げた。
「さすが、ですかー?」
「魔力循環がギルド内に広まり、魔法使いにも新たなものができないかと頑張っていたのだよ。しかし結果は芳しくなくてな。以前から発想力はたいしたものだと思っていたが結果を出してくると感心せざるを得ない。そういう話なら一緒に聞かせたい者がいる。少し待っててくれるか」
俺たちが頷くと、ファードさんは応接室から出ていき、十分ほどで戻ってくる。
ファードさんの隣には見た目五十歳手前くらいの草人の女がいる。ゆるくウェイブのかかった緑の長髪、メガネをかけた品のいい人で、穏やかそうに見える。
「待たせたな。自己紹介を頼む」
「初めまして。エイジアと言うの。ここ頂点会に所属しているわ」
「エイジアは頂点会で一番の魔法使いだ。新たな技術を生み出すことにも参加している」
「参加しただけで、どうにもできなかったのだけどね。今日は魔力循環という発想を生み出したあなたが、魔法の技術を持ち込んだと聞いて楽しみにしているの」
早速話を聞かせてほしいと言われて、俺は口を動かす。
「魔力調整と魔力旋回、この二つを組み合わせて魔力充填といった名前をつけました」
どういったものか説明する。プラーラさんには実際に使ってみた感想を述べてもらう。
平静な状態で話を聞いていたエイジアさんは途中から目を丸くして、最後には溜息を吐いた。
「魔属道具を通して魔力充満。簡単な発想なのに、その発想ができなかった私たちが情けないわね」
「魔属道具は魔法を使うための道具という固定観念が発想の邪魔をしていたのだと思いますー」
「ええ、そう思うわ。魔法を使わないからこそでてきた発想なのかもしれないわね。ファードが発想力を褒めるのも納得だわ。あと魔力旋回も可能性を感じさせる話だった。そしてその二つを組み合わせた魔力充填。完成させることができたら、魔力循環と並ぶ目覚ましい進歩だわ」
「エイジア、やれそうか?」
ひとまず実際に自分でもやってみたいとエイジアさんが言い、四人で鍛錬場に出る。
ファードさんとエイジアさんが一緒ということで注目が集まっているが、それを二人はスルーした。
鍛錬している人を避けて、隅にまで移動し、そこでエイジアさんは魔力調整から使う。
その様子を見たプラーラから感嘆の溜息が出た。
「スムーズですー」
俺にはわからなかったけど、魔法使いの感覚でなにが起きたのか把握したんだろう。
「長年の研鑽のたまものね。あなたも鍛錬を続ければできるようになるわ」
そう言ってエイジアさんは火の魔法を使う。人差し指をちょいっと動かすと、その指先から林檎ほどの大きさの火が生まれ、隅っこに積まれた雪に命中した。
「たしかに威力が上がっている。四割ちょい上昇といったところかしらね」
「それはお前だからか? 皆同じようにやれるのだろうか」
「さすがに駆け出しだと一割といった感じになるかしら」
「私もそう思いますー」
「鍛錬が必要だが、魔力調整だけでも十分な技術のようだな」
「そうね。次は魔力旋回を試してみる。三人とも少し離れてちょうだいな」
俺たちが三メートルほど離れると、エイジアさんは目を閉じて集中する。
少ししてプラーラさんが黙ったまま目を丸くした。
「魔力充満で放出した魔力を動かせるわ。まだまだ遅い動きだけど、練習しだいで目的の旋回までやれて、散っていく魔力の量を減らせるという手応えがあった」
「ということは魔力充填も可能ということですかー?」
「できると断言する。魔力循環のように練習を必要とするけどね。威力は魔力循環に及ばないと思うけど、負担がないのは利点だと思うわ」
「威力はどれくらいあがると思う?」
ファードさんに聞かれて、エイジアさんは少しだけ考え込む。
「私のように研鑽を続けて、効率的に魔力充填を使えるようになって二倍が限界。魔力充填の才能があれば、もっと上にいくかもしれないけど」
「一般的な冒険者は二倍が限界と思っていた方がいいか」
「ええ。でも二倍で十分だわ。魔力充満では魔力が分散するせいで鍛えても三割増くらいが限度だった」
「たしかにな」
エイジアさんとプラーラさんは魔力調整と魔力旋回について話し合う。
「これもある程度形になったら国に伝えようと思うがいいか?」
「いいと思いますよ。魔物との戦いの役に立つと思いますし」
魔力循環を伝えているのに、魔力充填を伏せる理由なんてないだろうしね。
「ああ、そうだ。魔力充填もタナトスに伝えておきますね」
あ、伝えるってことで思い出した。センドルさんたちに宿泊の依頼するの忘れてた。
魔法の技術に集中しちゃったせいだな。
このあとプラーラさんと一緒に戻って伝えよう。
プラーラさんたちの話はまだ終わりそうになかったから、魔力循環の熟練度や動きにおかしな癖がついていないかファードさんに見てもらったりして時間を潰す。
昼食には少し早いといった頃に、プラーラさんたちの話は終わり、一緒にセンドルさんたちのいる宿に戻る。
プラーラさんは今後も頂点会を訪れて、研究に協力することになったそうだ。
「お、戻ってきたか。おかえり」
三人の顔色はすっかりよくなっていた。
「新しい技術の結果はどうなったの?」
「良い方向へと進みますー。頂点会のエイジアさんと一緒に研究していくことになりましたー」
プラーラさんの発言に三人は目を丸くした。
「なんでそんなことに?」
「デッサが紹介してくれたんですー」
強くなることに貪欲な人たちだから、新たな技術にもまっとうに取り組んでくれるはずと思って連れていったと話す。
「私たちが頂点会に関わることなんてないと思ったんだけどねぇ」
「関わるのは主にプラーラだけだろうし、これまでと変わらないだろうさ」
「そうだな」
「プラーラさんの付き添いで、魔力循環の練習方法とか聞けると思いますよ。俺は体質的なもので負担が少ないんですが、あの人たちは地道にやっていって使えるようになったからその話はためになると思います」
こう言うと興味が惹かれたようで、同行できないかと三人は口に出す。
「今度プラーラが向こうに行ったら聞いてみてくれ」
「はい、わかりましたー」
「そうそう、魔力循環のことは秘密にしておいてくれますか。のちに国が主導で広めていくことになっているんで」
「国とはまた大きな話だ。俺たちに話してよかったのか?」
心配そうにカイトーイさんが聞いてくる。
「世話になった人たちですし、いずれ知ることでもありますから少し先取りしてもいいかなと」
「そうか、ありがとう」
「秘密にする理由はもう一つあって、魔力活性を覚えたばかりの人たちが使おうとすると動けなくなって、隙をさらすことになるんですよね。死者を増やすことになりかねないんで、無暗に広げないようにしてください」
「たしかにあの負担は隙になる。納得したよ」
センドルさんとレミアさんもわかったと頷く。
「魔力循環の話はここまでとして次の話題にいっていいですか」
「いいよ」
「依頼があるんですよ」
四人は首を傾げ、続きを促してくる。
「宿を買ったんです。それの開業前に練習として宿泊してもらえないかという依頼です」
「宿? またえらく話がぶっとんだ」
「そんなお金どこからでたのよ」
「魔物討伐で稼いだ分や魔力循環の報酬ですね」
討伐報酬が金貨七百枚、魔力循環の報酬が金貨千枚だったと話す。
大きく稼いだものだと感心した様子だ。
「だからといって宿を買うのは」
「元所有者の兄妹に同情したってのと、使い道が思いつかなかったんです」
「いつかのために貯めておけばいいじゃないか」
「そのまま使わずに貯め込んだままのような気がして」
「ちなみに武具の更新とかは?」
「しましたよ。将来の武具更新にかかる値段を推測しても、千七百枚は多いと思って」
まあそうだなと納得した様子だ。
依頼に関しては承諾したと返答をもらえた。
「どういった宿なんだ?」
「俺自身が使えるように冒険者向けで運営していく感じですよ」
「ここと同じか」
「ここも冒険者向けなんですか。すでに運営しているここと比べてもらえるのはありがたいですね。足りない部分や至らない部分がよくわかることでしょう。遠慮なく指摘してやってください」
その方が宿を運営するうえでありがたい。
「駆け出し向けではなく、一般的な冒険者相手の宿ですから、回復に不都合はないと思います」
「ついでだから知り合いに宣伝しておくか?」
「積極的にはやらなくていいですよ。宿の仕事に慣れていない従業員が大半なんで徐々に慣れていってもらいたいです。なので宿泊後に機会があればでお願いします」
「わかったよ」
この後は一緒に昼食でもとろうかという話になって、宿を出る。
パスタなどを食べて、そのまま雑談してから四人と別れる。
タナトスの家に行くと、シーミンは見回りからまだ帰ってきておらず、タナトスの人たち相手に演奏をして時間を潰す。
一時間ほどでシーミンが帰ってきて、演奏を終えてシーミンの部屋に向かう。
「宿の方は順調なの?」
「順調だと思うよ。修繕は滞りなく、家具とかは買ったし、教育の方も大きく問題がでたと聞いていない」
教育結果次第で賃金がでるんだから皆真面目にやるわな。
従業員たちの得意不得意もじょじょにわかってきて、ルーヘンたちは役割分担を考え始めているようだ。
「開業は予定通りになりそうね」
「たぶんね。そろそろ今の宿から荷物を移動させないとな」
「以前預かった分から推測すると、そこまで大移動にはならないでしょ」
以前より少しだけ増えたけど、シーミンの言う通り何往復もしないでいいだろう。
「うん、さくっと終わりそうだ。こっちは順調だけど、そっちの鍛練はどんな感じ?」
「デッサよりペースは遅いけど順調。魔力循環にも慣れてきた。一往復だけでも魔力活性より上だし、ありがたいわ」
「二往復は使えそう?」
即座に笑顔で無理と返ってくる。
「試してはいるけどね。今ところまったく動けないわ。これまで通り徐々に慣れていって、シールを使った負担軽減を待ち望むといった感じよ」
「そういや負担軽減はどうなったのか知っている? 俺は聞いていないんだけど」
「私たちも知らないわね。知りたかったら頂点会に行って聞くしかないわ」
「今度行ったら聞くか。今日聞けばよかったよ」
「午前中に行っていたのね」
「うん、魔法に関する新しい技術を思いついてね」
途端に呆れの表情になる。
「またなにか思いついたの」
「発想だけだよ。検証と研究は魔力循環のように放り投げた」
「その発想ができるだけでもすごいのだけどね。それでどんなもの?」
プラーラさんとの話が切っ掛けになったこと。魔力調整と魔力旋回、その先にある魔力充填を説明し、プラーラさんとエイジアさんに実践してもらったことも話す。
「うちの魔法使いにも話して大丈夫?」
「いいよ。また国に渡すことになるだろうから、広めないでね」
「わかっているわ」
三つの技術を再確認して、演奏を頼まれる。
適当に弾きながら、ディフェリアたちは帰ってきているのかと思い聞いてみる。
「まだ。雪で移動しづらいし、もう少しあとになるんじゃないかしら。向こうでなんのトラブルもなければね」
「ディフェリアを探している人たちが向こうにもいるかもしれないかー」
「まあ向かった先は目立ったもののない町らしいから、ミストーレのように二人が寄るかもしれないという予想はできないでしょ」
元気にしているといいけどとほんの少しだけ寂しさを見せる。
あれだけ懐かれていたし寂しさを感じるのも無理もないな。
今弾いている曲はそろそろ終わるし、次はシーミンも参加する曲を弾いて気を紛らわせようか。
歌詞はないから、ラララと音を合わせてもらう。
「次はシーミンも歌ってくれ」
「私が歌を? 無理だと思うのだけど」
少し恥ずかしげに言う。
「前回弾いて気に入ったと言っていたやつだから、鼻歌くらいやれると思うんだ」
あれかと見当がついたようだ。
「それじゃ早速」
「やると言ってないわよ。まったくもう」
仕方ないわねというふうに困った表情をしつつも、演奏に合わせてラララと声を出してくれる。
この歌は二階で掃除をしていたシーミンの母親に届いていたようで、帰る際からかうように感想を言われて、シーミンが膨れることになる。
ついでに後日このことをハスファに話すと、私も聞きたいと言って休みを合わせて二人でタナトスを訪れることになる。
感想と誤字指摘ありがとうございます