153 休日 前
徐々に営業開始の準備が整っていくとある日。休日にしてマッサージを受け終えたあと、そろそろセンドルさんたちが帰ってきている頃だろうと思い、会いに行く。
宿の従業員にセンドルさんたちがいるか聞いてみると、いるということで部屋をノックする。
「はいはいっと。お、デッサじゃないか! 久しぶりだな。帰ってきたんだな」
「お久しぶりです。少し前に帰ってきたんですが、センドルさんたちが出かけていて挨拶できなかったんで今日訪ねさせてもらいました」
「そっか。タイミングが悪かったな。さあ中に入ってくれ、俺はレミアたちを呼んでくる」
センドルさんが隣の部屋に行き、俺は中に入ってカイトーイさんと雑談する。
「その大きな箱の中身は?」
「ギターですよ。このあとタナトスに行って演奏する約束なんです」
すでに一度演奏していて、アンコールされたのでまた持っていくのだ。
すぐにレミアさんとプラーラさんが部屋に入ってくる。
「あら、ほんとにいるわ」
「久しぶりですねー」
「久しぶりです。四人とも冬の間元気でした?」
「風邪になるようなこともなく、ダンジョンに通っていたよ。デッサはどうだった?」
「俺は元気に無茶をしていました」
「無茶ですかー。ちなみになにをしたのかしらー?」
「封印されて弱っていた魔物と戦ってきました。弱っていてもそこらのモンスターよりはるかに強かったですね」
そんな軽く言うことじゃないだろうと四人から突っ込みが入った。
「よく勝てたな」
「信じるんですか? いい加減なことを言っているかもしれないのに」
「デッサは最初に会った頃よりはるかに強くなった。俺たちも超えている。だからもしかしたらそれもあるだろうと思ったんだよ」
センドルさんの言葉に同意だと三人が頷く。
「本当に強くなったな。小ダンジョンで苦労していたときからまだ一年もたっていないんだぞ」
「どうやって倒したの?」
「魔力循環というものと支給された道具のおかげですね。ハイポーションと各種護符と縛りの刃を支給されました」
縛りの刃について聞いたことがないんだろうレミアさんが首を傾げる。
それにプラーラさんが説明し、合っているよねと聞いてくる。
「はい、その効果でした。一本だけじゃ動きをとめられず、五本くらいを一度に使いました。それでも三十秒くらいしか動きを止められなかったんですけどね」
「モンスターなら一本でもそれなりに動きを束縛するんですけどねー。さすが魔物ということですかー。魔力循環については私も聞いたことがないんですがどのようなものですかー?」
「ファードさん、頂点会のトップと共同開発した魔力活性の先です。魔法使いも昔似たもの考えていたそうです。でも魔力活性を使えない魔法使いだと実現が不可能だったみたいです」
どうやって使うのか、実際に使ってみた感じを話す。
そして実際にやってみるかと、首から下げていた増幅道具を取り出す。
「やってみようか。負担が大きいようだから、すぐには使い物にはならなさそうだけど」
センドルさんとカイトーイさんとレミアさんが交代で試していく。
それを見ながらプラーラさんが話しかけてくる。
「魔法使い用のこれまでにない技術を開発していないのー?」
「俺自身が魔法を使えないので、魔法に関してはさっぱりですね。魔法に魔力活性のような技術はあるんですか?」
ゲームだと魔力充満と魔力凝縮ってものがあったかな。
「魔力を刺激して活発化というものないわねー。魔法の技術といったら魔力充満と魔力凝縮」
俺の知っているものであってそうだ。
魔力充満は体外に魔力そのものを放出し、それが散って消える前に魔法を使って、周囲に漂う魔力に魔法を干渉させて効果を上げる。
魔力凝縮は広範囲に効果が及ぶ魔法の効果範囲を狭めることで効果を上げる。
プラーラさんの説明は俺の知っているものとほぼ同じだった。
でもゲームだと魔力充満に使用時間の制限はなかった。考えて見ると放出した魔力がいつまでも残っているわけないから、制限があって当たり前だわな。
逆に言えば、そこをどうにかすれば使い勝手がよくなるんじゃ。
それをプラーラさんに聞いてみる。今まで改良しようとしなかったのかと。
「いたらしいわー。でもできなかったみたいねー」
「例えば魔力凝縮を使って、魔力充満で散っていく魔力を留めるのはできないんですか」
「無理ねー。息を吐くのと、息を吸うのを同時にやるようなことだからー」
そりゃ無理だな。魔力活性と魔力循環は、プラーラさんの例えで言うなら息を吐くか強く吐くかの違い。
魔力充満も息の吐き方を変えるといった方向性で考える必要があるんだろう。
息の吐き方かー……吐き方の変化というと口笛。吹くだけの息を音に変化。魔力を変化させる? 使う魔法に合った魔力に変化させて、より効果的に魔法を使えるようにするってのはどうだろ。
とりあえず魔力調整とでも名付けようか。できるかどうかわからないけど。
思いついたことをプラーラさんに話してみる。
「魔力調整……うん、私は聞いたことがない技術ですー。魔力を変化させる方法はなにか心当たりあるかしらー」
ちょっと待ってくださいと言って考える。
ほかのゲームや漫画とかで似たような技術はなかったかな。
「ちょっと聞きたいんですけど、魔力充満って魔法使いが直接魔力を放出するんですか?」
「直接というとー?」
「魔法を使う場合は増幅道具を使ったり、魔属道具を通す必要があるでしょ? 放出の際にそれらを通すことがあるのかなと。質の変化というなら魔属道具を通して魔力充満ができないのかなって思ったんです」
「増幅道具を使うことはあるわねー。でも魔属道具を使ったことはなかったー」
増幅道具を使うことがあるなら、魔属道具を通すこともすぐに思いつきそうだけど。
魔法を使う環境を整えるという考え方がなかったんだろうか。
たとえば風の強い日に風系統の魔法が、海で水系統の魔法が強化されるなんてことがあったりしないのか?
「風の強い日に魔法の強化がされるかー? されないわ、むしろ強い風に邪魔されて効果が弱まるー。海云々はわからないわねー」
「環境は魔法に干渉してくるけど、強化はされないと。火事現場で火の魔法を、冬に吹雪の魔法を使ったら強化されそうなんですけど」
「火事現場で火の魔法を使わないでしょー。冬に吹雪の魔法は納得できるわねー。条件が整えば強化されることもあるということなのかしらねー」
「その条件を整えるということに、魔属道具を通しての魔力充満が当てはまればいいんですけどね」
「ちょっと町の外で試してみましょうかー。三人はどうするー?」
静かな三人に少しわくわくとした感じのプラーラさんが聞く。
「今は外に出たくないかな」
センドルさんから若干弱々しい返答がある。
同意見だとカイトーイさんとレミアさんが頷く。三人とも表情がやや苦しげだ。
「ああ、魔力循環の負担で動けないんですね。魔力循環そのものはどうでした?」
「魔力活性よりも使えそうだ。ただし練習が必要だね」
増幅道具をこちらに渡しながら言ってくる。
「頂点会のメンバーも半年くらいの練習が必要だったみたいです」
「それくらいが目安なのか。魔力活性の応用ということみたいだし、そう簡単には習得できないのは納得だ」
「デッサと出てくるから、三人はゆっくりしててねー」
いってらっしゃいと見送られて宿を出る。ギターは宿に置かせてもらった。
歩きながら、この実験が上手くいったら頂点会と共同で研究を進めるのはどうかと提案してみる。
「私はなんの伝手もないのだけどー」
「ファードさんに話を通せば快く頷いてくれると思いますよ。強くなることを求める人たちですからね」
「私一人で研究していくより進展が早そうだし、それでいいわー」
町を歩いていると、風が吹き抜けていく。
その風が建物にでもぶつかったのか流れが変化し、くるくると木の葉といった小さなゴミを動かしている。
それを見て、魔力充満の応用についてもう一つ思いつく。
「魔力充満について二つ質問なんですけど」
「なにかしらー。今度はどんなことを言ってくるのか楽しみー」
「放出した魔力って、放出したあとは干渉できるんですかね。具体的には漂う魔力を動かせるのかということなんですけど」
「やったことないけど、それをすることでどういった効果を狙っているのー?」
「魔力が散っていくことが問題じゃないですか。それなら竜巻とか台風みたいに魔力を自分の周囲に旋回させることで留まらせられないかって思ったんです」
「なるほどー。それもまた興味深いわー。あなたは閃きがすごいわねー」
「以前ファードさんにも発想力がすごいと言われましたね。それを発展させるのは他人任せなんですけどね」
特に魔法は俺の苦手分野だから、プラーラさんたちに投げっぱなしになるだろうな。
「出発点を作ってくれるだけでも大助かりよー。実験が上手く行けば、戦士だけではなく魔法使いにとっても進歩の時期がやってきたということになるわー」
魔物の動きが活発化している現状、戦える人の強化は喜べることだなー。
プラーラさんが魔法使いの強化はなにかないかと聞いてきたことは、良い流れを生み出すのかもしれない。上手く行けばの話だけど。
「もう一つの質問はなにかしらー」
「魔力充満は防御になりうるのかということです。魔力充満を使っているときに、相手が魔法を使ったら満ちた魔力に触れて威力が減るのかということなんですが」
「少しは減ると思うー。でも本当に少しだけー。防ぎたいなら防御用の魔法を使った方がいいわねー」
魔力を旋回させることで防御は無理そうだな。
辺り一面雪景色の原っぱに出て、実験を始める。最初は魔力調整だ。
プラーラさんはいつも使っている風の魔属道具を持って、目を閉じ集中する。
「ん-?」
「できなかったですかね」
「できないことはないんだけど、いつも自分自身から放出していたから、ちょっと感覚がねー。もうちょっとだけ時間をかけるわー」
魔法関連の技術を使えない俺にはなにがどう難しいのかさっぱりだ。
そのまま少し待つと、プラーラさんは目を開いた。
「できた。早速風の魔法を使ってみるわねー」
頷いて邪魔にならないよう三歩ほど離れる。
「突風よ!」
プラーラさんが杖を振った方角へと風が吹いていく。
思案げなプラーラさんにどうだったかと聞く。
「風の勢いが強かったような気もするー。もうちょっと検証が必要ねー」
そう言うとまた集中して、魔力調整を使ってから風の刃を飛ばす。雪原に一直線の跡が残った。
プラーラさんは次に魔力充満で同じ方向へと風の刃を放つ。そして二本の線が雪原に残る。それを指差す。
「見てわかるかしらー。魔力調整を使った方が若干深く太いのー」
「ちょっと待ってくださいね」
二本の線に近づいて、よく見比べる。するとプラーラさんの言うような差があった。
「ということは成功ですかね」
「ええ。効果や威力上げに使えるということねー。ただし今のところ魔力充満よりも準備時間がかかるという点が欠点ねー」
「差がでますか」
「でるわねー。これは魔力充満を練習して体から放出すると言うことに慣れているせいねー。魔法を習い始めた子の方が新しい技術に慣れるのは早いかもしれないわー」
これまで当たり前だった方法を変えるのだから、魔法を使った時間が長ければ長いほど変化に戸惑うのかもしれないな。
「次は放出した魔力を動かす方ねー。こっちはなにか名前はあるのかしらー?」
「そうですね……とりあえず魔力旋回とでも言っておきましょ」
「わかったわー。やってみるわねー」
今度は魔属道具といった補助を使わず、魔力充満を使う。
一分ほど時間が経過して、プラーラさんは首を振った。
「できなかったわー」
「旋回の方は駄目だったということですか」
「そう言いきれないのー。動かすことはできなかったけど、動かせそうな気配はあったわー。この差は大きいと思うのー」
できないのではなく、できるかもと希望がまだあるってことかな。
「もし私が未熟なだけで魔力旋回が実現可能の技術だったら、魔力調整と組み合わせるとさっきも言ったように魔法使いにとって進歩の時期がきたということねー」
「旋回と調整の組み合わせ……効果を補助する魔力を自身の周囲に留めて魔法を使う。魔力充填とでも名付けておきましょうかね」
自身の周囲という空間に調整した魔力を充填して、より効果の高い魔法を使用可能にする技術。
「魔力充填ね、いいと思うわー」
「これで実験は終了ですかね」
「ええ、頂点会に行くのだったかしらー」
頷いてプラーラさんと一緒に町に戻り、頂点会に向かう。
また急な訪問だったけど、ファードさんは会ってくれた。
感想と誤字指摘ありがとうございます