152 宿営業開始準備 2
顔合わせの話を伝えた二日後の朝、ルポゼに向かう。宿の前にはルーヘンとレスタがすでにいた。
宿の手伝いで小遣いをもらったのか、以前よりこぎれいな服装になっている。
「おはよう」
「「おはようございます」」
「誰かすでに来てる?」
早めに来たつもりだけど、先に来ている人がいるかもと聞くが、二人は首を横に振った。
「職人さんたちも来てないみたいだな」
宿の中から人の気配がしない。
「職人はそろそろ来ると思いますよ。以前はこれくらいの時間に来ましたし」
「そっか。集まるのに時間はもう少しありそうだし、皆でつまめるものでも買ってくる」
「私もついていきます」
レスタと一緒にルポゼから離れて、焼き菓子や小さなパンを買って戻る。
離れていたのは三十分弱。その間に皆集まっていたようで、宿の前にちょっとした集団ができていた。その中にはケイスドの姿もある。
集まったのは指導者の二人。ロゾットさんらしき人。ルガーダさんからの紹介三人。クリーエからの紹介一人。料理人二人。
「全員集まったので、中に入ります」
ルーヘンがそう言い、屋内に入る。
作業を始めていた職人たちに挨拶し、大きめな部屋に全員で入る。
別の部屋から椅子とテーブルを持ってきて、テーブルに食べ物を置く。好きに食べていいと言うと早速手が伸びていく。
「オーナーから挨拶をお願いします」
「あいよー」
ルーヘンの隣に立つ。若いという呟きが聞こえてくる。
「ここの所有者のデッサだ。宿の営業が始まれば主に寝泊まりに使うくらいで、経営に大きく口を出すことはないだろう、たぶん。しばらくは赤字でも文句は言わないから、各自真面目に働いてくれ。以上だ。次はそちらの二人について紹介する」
経営の指導者と客対応の指導者に自己紹介と役割を話してもらう。
「この二人はずっといるわけではないから、わからないことは遠慮せず聞いて、知識の吸収を怠ることはないように。次はロゾット」
「はい。以前ここが宿をやっていたときに勤めていたロゾットです」
「彼には支配人をやってもらう」
俺の言葉に意外そうな表情を浮かべた。
「俺が支配人ですか? ルーヘン坊ちゃんかレスタ嬢ちゃんのどちらかがなるものだと」
「その二人は経験が足りないし、経営の方も担当してもらうから時間が足りない。これは二人に了承を得ている」
「しかし」
以前の雇い主の孫ということで遠慮があるんだろうか。
それなら条件をつければいいかな。
「どうしても二人を推したいなら、ロゾットが育ててくれ。しっかりと経験と知識が身に着いたと判断したら交代を認める。急ぎで詰め込まず、三年くらいは下積みをしてから交代してほしい」
「そういうことなら了承しました」
「ルーヘンたちは経営と客対応と支配人の勉強で忙しいかもしれないけど、頑張ってほしい」
「は、はい」
忙しさを想像したのか兄妹の表情が若干引きつっている。
それでも借金で頭を悩ませ、希望が見えない状態よりは精神的にましだろうし、ファイトだ。
最後に従業員となる六人にも自己紹介してもらって、挨拶を終える。
「見てもらったとおり、修繕がまだだ。だから宿の開始も先になる。それまでの間、従業員たちには指導してくれる二人から学んでもらうという予定になっている」
「質問がある」
ケイスドが連れてきた一人グインが発言する。それに許可を出して先を促す。
「学んでいる間の賃金はどうなるんだろうか」
どうすればいいんだろうね。日本だと研修中でも給料は発生したけど。
指導する二人に聞いてみよう。
「知識をもらって技能を磨く期間なので、賃金はでないのが普通。ただし目覚ましい成長をしたときは特別に賃金をもらえることもある」
「じゃあそうしよう。指導する二人から見て、良い結果を出したと判断したら一ヶ月分の賃金を払う」
「良い結果というのは具体的に言うと?」
「俺に聞かれてもさっぱりだ。指導者二人の判断に任せる」
指導者たちに視線が向けられる。
経営担当は収入と支出の計算ミスと記述ミスのゼロが良い結果と定めて、客担当は言葉遣いと我慢強さと地理紹介を良い結果と定めた。
地理紹介はどんなことを教えるのか聞く。町の有名どころの場所を尋ねられたり、ルポゼ周辺の店について尋ねられたとき正確に答えられるようになる必要があるそうだ。
そういえば俺も宿の従業員にいろいろと教えてもらったことがあるなと納得する。
ただ知識があるだけでは駄目で、言葉遣いの方も合わせて、丁寧な対応ができるか見ていくということだった。
「ほかに質問はある?」
「クビになるとしたらどういった場合なんですか」
クリーエから紹介された少年フェーンが聞いてくる。
「真面目にやってくれるならクビにしないと言いたいところだけど、宿に大きな損害を与える失敗をしたときはクビにさせてもらう。あと同じ失敗を繰り返すようなら賃金を下げることもある」
俺の返答にフェーンは納得したような表情で頷く。
同じ失敗を繰り返すのはやる気に欠けていると判断してもいいだろう。
苦手な分野だから失敗するという明確な理由があるなら、それを避けて別の仕事を多めにやってもらうようにしようか。
「私からもいいかしら」
ケイスドが連れてきたメンバーの一人ヒストラが軽く手を上げて聞いてくる。
どうぞと促すと続ける。
「修繕を終え、必要なものを揃えたら営業開始なのですよね」
「その予定」
「正直いきなり営業が開始されて、客へと対応するのは自信がないので、練習したいのですが」
「練習というと誰かを客に見立てて、泊まってもらうという感じでいい?」
「はい」
ちらりとほかの従業員を見てみると、賛成といった表情だった。
「じゃあ開始前に、知り合いの冒険者に声をかけて来てもらうよ。練習だと油断しないで本番のつもりで行動するように」
センドルさんたちに依頼してきてもらおう。センドルさんたちが駄目なら、頂点会のメンバーに声をかけてみよう。
ほかには賃金はいくらなのかといった質問などが出て、粗方質問が出て顔合わせを終えることになる。
本格的な指導は明日からで、今日と同じく職人の邪魔にならない空き部屋で行う。
あとは自由時間にして、従業員たちの交流を勧める。
自分が連れてきた者たちを見ていたケイスドはひとまず大丈夫と判断し帰っていった。
兄妹と従業員たちが会話しているのを見ていると、指導者二人が話しかけてくる。
先に経営担当の方から聞く。
「オーナーにも一部の指導を受けてもらいたいのですよ」
「受ける必要ありますかね?」
宿は人任せと言い切っているし、やらなくてもよくない?
「事務書類の確認はオーナーもする必要があります。そのとき書類の読み解き方を知らないとミスが生じてしまいます。そのミスが積み重なれば、宿にとって大きな負担になる可能性があります。ほかに従業員が費用を誤魔化して私腹を肥やすこともあって、読み解き方を知っていればお金の動きに違和感が生じることもあります」
そっか、従業員のおいたを見抜く目を持てるのはいいね。ちゃんと指導を受けよう。
「指導内容はどんなものでしょうか」
「その前に質問なのですが、オーナーは文字の読み書きと計算はできますか」
「読み書きの方はまだ勉強中、計算の方は足し引き掛け割りを一通りできますよ」
計算の方の確認をしたいと言って、口頭で計算問題を出される。
小学校レベルの問題で、急かされることもないので暗算で答えていく。
こういった教養があったということが意外だったようで、少しばかり驚きの表情を向けられた。
「問題ありませんね。これでしたら書類の読み方だけで済ませることができます。さほど時間をとることもありません」
「それはよかった」
指導の予定を決めて、次は客対応担当の話を聞く。
「私の方は宿に入れるベッドなどの購入はどうなっているのでしょうかということです」
「まだ決めてないですね」
「早めに決めておいた方がいいですよ。営業開始に間に合わない可能性もあります、指導の際にそれらを使った教育もしたいですし」
「なるほど。まずは店探しですかね」
「私が知っている店なら紹介できますが」
「俺に伝手はないので、お願いします」
「いつ行きますか。そちらの予定に合わせますよ」
だったらこのあとでどうだろうかと聞くと、頷きが返ってきた。
このあとルーヘンたちを呼び、皿やコップといった食器や調理器具などはどれくらいそろっているのかといったことも話してお開きになる。
従業員たちは帰っていき、ルーヘンとレスタとロゾットさんはさっそく経営の心構えを受けることになった。
俺と客対応担当は決めてあった通りに、発注に向かう。
そこで質の良いベッドなどを求めて、俺の分は客室に置くものより一段階上のものの購入を決める。
ベッドシーツ、椅子、机、各部屋の鍵、調理器具、必要な各種魔法道具、そういったものを扱っている店を回る。
使う予定の総額はカンパニアで聞いていた通り、金貨二百枚を少し超えるくらいになった。
搬入は修繕が終わってからで、それまでにお金を支払うことにして店回りが終わる。
用事が終わった頃には、そろそろ夕方という時間になっていた。
「付き合ってもらってありがとうございます」
「これも給料のうちですよ」
「そうですか。これから従業員たちのこともよろしくお願いします」
任されましたと頷いた客対応担当と別れて、俺も宿へと歩き出す。
「戦闘とは違った疲れがあるなぁ」
セールストークに若干振り回された。少しでもいいものを買わせようという気合と熱意に押され、それをはねのけるのに苦労した。
今日は休みだとハスファに伝えてあるからこないはずだ。来ていたらこの疲れも見抜かれていただろうな。いつもとは違った感じの疲れに、またなにかトラブルに巻き込まれたのかと心配することにもなったかもしれない。
そんなことを考えつつ宿に帰り、ギターに弾いたりしてのんびりと過ごす。
翌日からはダンジョン中心の生活に、少しだけ宿の作業が関わってくるという生活を過ごす。
経営の勉強や教育の進み具合を知るためにルポゼに行くたび、内装と外装ともにどんどん綺麗になっていき、まるで建物が息を吹き返しているようだった。
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