151 宿営業開始準備 1
カンパニアに行く三日間の間に、修理してもらった剣を受け取って五十五階に戻る。防具の更新もして、技術も向上しているので五十五階にいるソードラビットとは以前より楽に戦えた。
これなら先に進んでも問題ないだろうと、五十六階に向かうことを決める。
次の階にはロックドールというゴーレム系のモンスターがいた。石でできたマネキンのようなモンスターで、こいつは棒で殴った方がいいだろうと判断し、返ってきたばかりの剣は使わず棒で殴り倒すことにした。
ロックドールにもそこまで苦戦することはなかった。シャンガラの魔物でここらが余裕なくらいは経験値が稼げたみたいだ。
さっさと次に行こうかと思いつつダンジョンを出て、宿に帰る。
「おかえりなさい」
「ただいま」
部屋の前で待っていたハスファに挨拶して、部屋の中に入る。
体調の確認をされたあと、ギターに触れながら話す。
「今日もダンジョンに行っただけでいつもと似たような日でしたか」
「いや買い物したよ。宿を買った」
「宿ですか、それはすごいものを……やど?」
ハスファは聞き間違いかと聞いてくる。
それに宿と一言で返す。
「矢の刺さった戸を買ったわけではなく?」
そんな無理矢理曲解する必要あるか?
「それを必要とする理由がわからないんだけど。宿泊施設だよ」
「えーと本当に宿を買ったんですか?」
再確認してくるハスファに、頷きを返す。
「……どうしてそんなことになったんですか。またなにかしらの問題を起こした結果だったりします?」
眉間を揉みつつ聞かれる。
ケイスドに会ったところから流れを略して話す。
「同情心や今後のためになるからと購入を決定……うん、買ったものが大きくて理由を聞いても納得できない。よくそんなお金がありましたね」
「シャンガラでの報酬や大会でのあれこれで金貨が大量に手に入ったんだ」
「貯蓄した方がよかったのではないかと思うのですが」
「借金肩代わりしても、総額の約二割なんだよね。そんな大金があっても使い道がないんだよ」
「武具とかそういったものに使うというのはどうなのでしょう」
「すでに武具や道具に使ったよ。今後に必要なお金も予想してみて、なお余ると思った」
「あなたのお金なのでこれ以上とやかく言うつもりはありませんが、豪勢な使い方をしましたね」
呆れと感心の感情が表情に出ている。
「俺ももらったときは使い道がなくて貯めたままだろうなって思ってたんだけどね。まあ人助けになっているし、教会も弱者救済で借金の肩代わりをするって言ってたし同じことだよ」
いやいやとハスファは右手を振る。
「うちはそんな大金を肩代わりしませんからね」
「ルーヘンが相談に行っていたら、助けなかったってこと?」
見捨ててはいなかったとハスファは言う。
「宿の売却を勧めたと思いますよ。思い出の場所だとしても借金をどうにかする手段があるのですから、売りなさいと私たちは言います」
「祖父母の思い出の場所を大切にしたいとその勧めは跳ねのけると思うんだ」
「祖父母も自分たちの思い出を大切にしてくれることは嬉しいと思います。しかし孫たちに余計な苦労をしてほしくないとも思うのではないでしょうか」
「あー、そうかもしれないね」
ルーヘンとレスタが祖父母を大切に思うように、その逆も然り。苦労する原因の宿なんて売ってしまえと言うかもな。
「もっとも死者がなにを望むのかは誰にもわかりませんから、生きている人が都合よく想像するしかありません」
どこかで似たようなことを聞いたような。
……たしか誘拐事件の犯人と戦った帰りに、犯人について気にしたグルウさんに似たようなこと言った気がするな。
「その想像が生きている人の足を引っ張るようなことがなく、先に進むための糧となるなら最良なのですけどね」
「その考えだと借金を背負ってどうしようもなかったルーヘンたちは足を引っ張られていた状態だったということか」
「私はそう思いますね。前向きと言うには苦しんでいたようですから」
まあ借金生活を楽しんでいたとは言えないよな。
「話は少し変わるけど、死者に関するミレインの信者には死人の声を聞く魔法とかないの? そういったものがあればルーヘンたちも手放すことに納得する切っ掛けを得られたかもしれないと思う」
「ないとも言い切れませんが、説得は無理でしょうね。祖父母が亡くなって時間が経過しているので効果が発揮されません。死後一時間くらいしか効果がないのですよ。死ぬ直前にどういった感情を抱いていたのかがわかるものなのです。これを使うことで死に別れた人たちの心を癒すことや死に納得してもらうことができるのです」
「恨みや未練を残していたら、癒すなんてことはできないんじゃ」
「そういった人は死の間際でも、言葉でそれらの感情を吐き出すものです。なので魔法を使うまでもありませんね」
「納得できる」
死者に関する話を終えて、明るい演奏をリクエストしたハスファは曲が終わると帰っていった。
翌日ダンジョンに行き、次の階に進む。そこにもロックドールがいて、そのほかに身代わり亀というモンスターがいる。
身代わり亀は自身の近くにいるモンスターのダメージを肩代わりするという能力を持っていて、この階のロックドールはそれを理解して、防御を考えず果敢に攻めてきた。
その勢いに押されて五十六階よりも受ける攻撃が増えたけど、少しずつ動きに慣れることで回避や防御をしていきダメージを減らしていった。
身代わり亀はロックドールと戦っていれば勝手に倒れるので放置した。攻撃をしかけてくるから、回避くらいはしたけど。こちらから攻撃はしなかった。
そうしているうちにカンパニアに行く日が来る。
権利書を持って、カンパニアの二階に上がる。
「おはようございます。本日のご用件はどのようなものでしょうか」
「指導してくれる人の仲介を頼んでいた者です。三日後に来てくれということで来たんですが」
名前を聞かれて、答えると受付は手元の書類を確認する。
「ありました。権利書も見せてもらうことになっていますね」
「これになります」
俺名義の権利書を見せる。
「ふむふむ、確認しました。では顔合わせについて話しましょう。経営と客への対応指導、料理人たち。この四人の紹介で間違いありませんか」
「間違いないです」
「連絡をとって、いつでも良いと返答をもらっています。デッサ様はいつがよろしいでしょうか」
「明日でもいいんだけど」
「では明日の朝、朝食の時間を過ぎたくらいにここに来てもらえるようにしましょうか」
「わかりました。そのとき指導を受ける人も連れてきた方がいいですかね」
「希望するなら、でしょうか。明日は雇用者としての顔合わせになるので、指導を受ける側が会ってもそこまで意味はないかと」
そうか。だったらルーヘンたちを連れてこなくてもいいか。
カンパニアでの用事を終えて、ダンジョンに向かい、いつも通り戦ってからルポゼに向かう。
そろそろルード小鳥亭に移っているかもしれないなと思いつつルポゼに着くと、玄関が開いていて人の気配がある。
中に入ると職人たちが片付けをしていた。
「ん? あんたは依頼主か」
「どうも。お疲れ様です。ルーヘンとレスタはまだここにいますか」
「いや、よそに移ってもらった。ちょうどいいから見積りについて話したいが」
「いくらくらいになりますかね」
「およそ金貨八十枚だな。これを超えることはないだろう。前金で五十枚もらっているから残り三十枚を準備しておいてくれ」
「わかりました。近いうちに渡せます。それとは別に、これで帰りに皆さんで暖かいものでもどうぞ」
小銀貨五枚を渡す。十人もいないから夕食か酒を飲むのに十分足りるだろう。
「ありがとな。差し入れをもらったぞ、礼を言っとけ」
礼が聞こえてくる。これで少しでも丁寧に仕事をやってくれるなら安いもんだな。
ルポゼから出て、ルード小鳥亭に向かう。そこに入ってすぐにルーヘンとレスタの姿を見つけることができた。エプロン姿の二人は掃除をしていた。
「デッサさん? こんばんは」
手を止めて挨拶してくる二人に挨拶を返して、なにをしているのか聞く。
「宿の仕事をやって感覚を思い出そうと思いまして、少し手伝っています」
「そっか」
「デッサさんはなにか用事ですか」
「指導してくれる人たちに明日会うから教えておこうと。あと従業員はどうなったか聞こうかな」
「俺たちの方は一人だけですが、以前働いていた人が頷いてくれました」
「その人は再就職してなかったのか?」
「俺たちにとって運良くというのでしょうか、働いていたところが店を畳むことになったそうで」
その人にとっては不運だったな。まあ就職の話を持ち掛けられたからそうでもないのだろうか。
「どういった人なんだ」
「長く宿で働いていた人で、宿仕事に関して俺たちよりも慣れた人です。名前はロゾットさん」
「長くか、何歳くらい?」
「たしか五十歳くらいだったような」
ルーヘンはレスタに確認し、それくらいだったと同意を得た。
「経験豊富と思っていいのかな。その人に支配人を任せよう。君らは経営の方もやるし、まとめ役までは忙しくてやれそうにないだろ?」
「俺たちがやるより年上の方が従業員も従いやすいでしょうし賛成です」
用事を伝え終えて、帰ろうとしたところ六十歳を過ぎた老人が奥から出てくる。
「ルーヘン、レスタ。ちょっと手伝ってほしいんだが。ん? その小僧となにを話しているんだ」
「ジーンズさん、こちらはオーナーです。デッサさん、こちらがこの宿の主でジーンズさんです」
紹介を受けてどうもと一礼する。
なんでか俺の顔をじっと見てくる。
「あんたがそうか、ジーンズだ。この二人の祖父母とは友人だった。しかし若いと聞いていたが、本当に若いな」
「めぐり合わせで、この若さで大金を手にしましてね。俺自身も宿とかそういったものを所有するのは早いとわかってますよ」
「宿を買う金だけですっからかんになったんじゃないだろうな?」
「そこは大丈夫ですよ。借金を肩代わりして、修繕とかに使ってもまだ残ってますから。肩代わりでギリギリになるような資産だったら、肩代わりなんてしてません」
「そうか、それならまあ安心なのかね。宿の経営でなにかわからないことがあれば聞きにくるといい。この二人が世話になるようだし、質問くらいは答えるよ」
「そのときはルーヘンたちが聞きにくると思いますよ。俺はお金を出すだけで、ほとんど宿に関わらないと思いますし。本業は冒険者で、そっちに集中します」
「一国一城の主になったら、そっちに集中してもいいんじゃないかい」
「余裕があったらそうしたんですけどね。冒険者をやるのが現状最優先なんですよ」
「お金があっても、余裕がないんですか?」
レスタが意外そうに言う。お金に苦労したから、お金があれば余裕もあると考えたようだ。
「俺にとってはお金よりも強さが欲しい状態なんだ。宿を冒険者向けにしようとしているのも、無茶をすることによる疲れをとりやすくするためだし」
「無茶をしなければよいだけでは?」
「無茶しないといけないんだよ。友人にも無茶は止めろと言われ続けているけど、止めないでダンジョンに行ってるしね」
「ふむ、夢に向かっているとかそういった明るい感じではないな。浮ついた感じがなく、そうしなければならない事情がありそうだ」
ジーンズさんの推測に頷く。
「そんな感じですね」
「そんな生き方だといつ倒れても不思議ではないだろう」
「マッサージとか受けて体調管理には気を付けてますよ。友人もほぼ毎日確認してくれますしね」
「良い友人を持ったようだな」
「ええ、呆れながらも見捨てないでくれるありがたい友人たちですよ」
「友人か、忙しさにかまけて会ってなかったな。宿が始まる前に会いにいくかな」
「私もそうしてみようかな」
ルーヘンとレスタもそれぞれの友人を思い出したようだ。
ジーンズさんがそうするといいと頷く。
「私のように年を取るともう会えなくなる友人もでてくる。そうなっては思い出だけで満足するしかなくなる。遊ぶのも喧嘩するのも会えるからだ。会えなくなって寂しく思う前に会うといい」
兄妹の祖父母を懐かしんでいるのか、声音に湿っぽいものが混ざる。
ジーンズさんは首を振って、胸中に抱いたものを振り払い、用事を済ませるため二人を連れて去っていく。
翌朝、カンパニアに向かい、指導してくれる人と料理人と顔合わせする。
若いオーナーということで驚きと不安を感じたようだけど、カンパニアを仲介し、話が無事進んでいるということでまったくの無謀なことではないとも思ったようだ。
どういった経営をするのか聞かれ、無謀なことをやるつもりがないと確認し、雇われることを了承してくれた。
料理人たちはまだ仕事がないので、顔合わせだけで帰っていった。指導者の二人はもう少し話したいということで残る。
早速指導をしたいので従業員たちとの顔合わせをしたいといったことを話し、会う予定を立てる。
カンパニアでの話し合いを終えてダンジョンに向かい、鍛錬のあとにルード小鳥亭とルガーダさんたちの屋敷に向かう。
彼らに指導者との顔合わせ日時を伝える。
当日は俺も立ち会う必要があり、休みにしてルポゼに集合することになる。
感想ありがとうございます