150 お金の使い道 4
戻ってきたケイスドと屋敷を出る。そのまま職人のところまで移動し、宿の修理が可能か尋ねる。大丈夫ということなので、まずは修理場所の確認と見積りをお願いした。
前金として持ってきていた金貨五十枚を渡して、職人の家から出る。
ケイスドは職人をルポゼに案内してから帰るということで、そこで別れた。
「カンパニアはたしか」
町を歩いているときに見かけたことのあるカンパニアの建物を思い出しながら歩く。
到着した場所は三階建ての建物だ。頂点会と違って、鍛錬用の広場はない。かわりに人の出入りが多い。俺のように武具を身に着けた人は少なく、私服姿の人が多い。
その人たちの流れに乗って屋内に入り、受付前の列に並ぶ。
聞こえてくる会話は護衛依頼、品物の取り寄せ、商売取引のための証人をギルドに頼んでいるといったものだ。
そういった会話を聞いてるうちに俺の番がやってきた。
「おはようございます。本日はどのようなご用件でしょうか」
「短期か中期、宿の経営について指導してくれる人と料理人を紹介してもらいたいんですが」
「少々お待ちください」
受付は紙になにかを書いていく。
「これを二階に上がってすぐ近くにある受付に渡してください。そこで依頼の詳細を決めていきます」
礼を言い、紙を受け取って受付から離れる。
階段を探し、二階へと上がる。
「これを渡すように一階で言われたんですが」
「はい……人物の紹介ですね。椅子に座ってください」
椅子に座り、受付と向かい合う。
「いくつか質問させていただきます。正直に答えてくださいね」
「わかりました」
「短期か中期の雇用、宿の経営に関した人物の紹介、料理人の紹介という依頼で間違いありませんか?」
「その通りです」
「指導を受けるのはあなたでしょうか?」
「違います」
「受ける人の性別、年齢、宿で働いた経験の有無を教えてください」
ルーヘンとレスタについて話す。
受付はあそこかと呟いた。両親があちこちに借金していたことから、要注意人物の近親としてカンパニアに情報があったのかな。
受付は二人の情報を紙に書いていく。
「この二人とはどういった関係になるのでしょうか」
「オーナーと雇われた従業員ですね」
「なるほど、宿の所有者はあなたということで間違いありませんか」
「はい」
「土地の権利書は今持っていますか?」
「いえ今は持っていませんね。持ってきた方がいいなら取ってきますが」
「所有者だと確認したいので見せてください。ですがそれはあとでいいので、このまま話を続けましょう。どのような宿にしたいのか、経営に関しての指針はありますか? 大雑把なもので大丈夫ですよ」
「冒険者相手の宿にしたいですね。指針は最初から繁盛するとは思っていないので、まずは宿の運営に慣れること。次に黒字を目指して、その次に黒字の継続、最終的に宿の儲けで従業員を養えればいいと考えています」
ふんふんと頷いて、これも紙に書かれていく。
「大儲けというよりは安定した経営を目指すわけですね」
「はい、その通りです」
「今の宿は冒険者相手の設備は整っていますか?」
「いませんね。買いそろえる必要があります。いくらくらい費用が必要になるのでしょうか」
「そうですね、高級路線を目指すなら際限がありません。一般的な冒険者用の宿であれば初期費用に金貨二百枚といったところでしょう。維持費は含まずにです。これ以下にすることも可能ですが聞きますか?」
「お願いします」
「商売相手を駆け出しや一人前になったばかりの若者限定にすることですね。彼らにとって一般的な冒険者用の宿の設備は過剰なのです。性能を落としたものでちょうどいい。性能が落ちる分だけ、価格も下がるということですね」
なるほどなー。でも俺も使うし、性能が落ちたものは駄目だな。
「金貨二百枚の方でいいです」
「わかりました」
これも紙に書き込み、従業員はどうなっているのかと聞いてくる。
「一応こちらで集めていますね」
「従業員の教育ができる者の手配もしておいた方がよろしいかと。一般人相手と冒険者相手では対応が異なることがあります。教育を受けておいた方がトラブルは少なくてすむと思いますよ」
頼んだ方がいいかな。ルーヘンたちの祖父母は一般人を相手の宿をやっていたみたいだし、教わったことも一般人相手のものだろう。
「ではそちらもお願いします」
「お任せください。料理人は宿の調理場で働くということでよろしいのでしょうか」
「はい、そうです。経験豊富な人とその人を補助できる駆け出しとかそういった感じで探してもらいたいと思っています」
「承知いたしました。ひとまずはここまでですね。あとは権利書を見てから、条件に該当する者を数人ピックアップします。ちなみに仲介料を金貨二枚いただきますので、準備をしておいてください」
「先に渡しておいても大丈夫ですか?」
「いえ権利書を見てからでお願いします」
先払いしておいた方がいいかなと思ったけど、ギルドの規則で決まってるのかな。
「最後に名前をお伺いしてもよろしいでしょうか」
「デッサ。冒険者をしています」
「デッサ様と、ではまたのちほど」
受付は俺の名前を書き込んで、一礼する。
俺も礼を返し、カンパニアから出て、ルポゼに向かう。
「おはよーございまーす」
開いていた玄関から声をかける。
奥の方からぱたぱたと小走りで誰かが移動してくる音が聞こえてくる。
「あ、おはようございます」
レスタがそう言って近づいてくる。
「なにか用事ですか? ケイスドさんからはカンパニアに向かったと聞いていたんですが」
「人を雇う手続きにここの権利書を見せる必要があって、それを取りに来たんだ」
「権利書ですね、ついてきてください」
歩き出したレスタに話しかける。
「職人はもう見積りとかやってる?」
「はい。兄さんと一緒に宿のあちこちを見て回っていますよ。前金だけじゃ確実に足りないそうです」
「それはわかっていたし、問題ないよ」
「指導してくれる人は誰かもう決まったんですか?」
「いやまだ。権利書を見せてからピックアップするって。ああ、そうだ。経営の指導だけじゃなくて、冒険者相手の対応を教えてくれる人も雇うことにした。ここは一般人相手の宿をやっていて、そこらへんは教わっていないと思ったからなんだけど」
「はい、教わっていませんね。兄さんも教わっていないはずです」
「ちなみに冒険者が泊まることもあったろ?」
俺が一般人向けの宿に泊まっているように、ほかの冒険者も一般人向けに泊まることは珍しくないだろう。
「私は覚えていませんけど、兄さんは何度か見たと言ってました」
「そのとき揉めたりしなかったのかな」
「そういったことは言っていなかったはずです。冒険者に嫌な思い出があるとも言っていませんでしたし、大きく暴れるようなことはなかったんだと思います」
「先代が上手く対応していたのかな」
「そうかもしれません。ここに保管しています」
レスタは部屋に入り、タンスを開けて木箱を取り出す。
記帳などが入っていて、レスタはその中から油紙で包まれた書類を俺に渡してくる。
「これが権利書です」
「ありがと。一応確認しておくよ」
油紙を開いて、書類を確かめていく。書類は新しい。借金を背負うときに作ったものだろう。
堅苦しい表現でこの土地の持ち主が誰なのか書かれていて、そこにはルーヘンだと書かれている。
「もしかして役所で所有者の変更を手続きする必要があるのかな」
「そうだと思います」
カンパニアで変更したものを持ってきてくれと言われたら、今日はダンジョン行き休みかもしれないな。
「とりあえずこのまま持っていってみる。変更したものを求められたら、役所に同行してもらうことになるかもしれない」
「わかりました。兄さんに伝えておきますね」
書類を油紙に包んで、ルポゼから出る。
カンパニアの二階に上がり、先ほどの受付に話しかける。
「権利書を持ってきました」
渡しながら名義がルーヘンのものだと伝えて、変更したものを持ってくる必要があるのか尋ねる。
「ひとまずはこれで大丈夫ですが、後日変更したものを持ってきてほしいですね」
受付は権利書のなにかを確認し、書類に書き込む。
「わかりました。仲介料はもう支払って大丈夫ですか」
「はい」
仲介料を受け取りながら、受付はピックアップして連絡を取るのに三日ほど時間をもらいたいと言ってくる。
「三日後にここに来てもらい、顔合わせの時間を決めたいと思います」
「了解です。そのときに変更した権利書を持ってくればいいですかね」
「そうですね。では今日のところはこれでおしまいです」
「ありがとうございました」
カンパニアから出て、またルポゼに向かう。今から役所に行けそうなら一緒に行ってもらい、駄目そうならダンジョンに行くことにする。
また玄関から声をかけると、レスタが出てくる。
「今から役所に行ける? 駄目そうなら明日でも大丈夫だけど」
「大丈夫みたいです。兄さんを呼んできますね」
小走りで呼びに行き、少ししてルーヘンが出てきた。
「役所に行くとか」
「うん。権利書の名義変更が必要になってね」
「わかりました。行きましょう」
「出て大丈夫? 点検とか見積りとかやっていたんじゃないの」
「レスタと交代しましたから大丈夫ですよ」
二人でルポゼを出て、話しながら役所に向かう。
「修繕はいつからとか聞いた?」
「三日後からやってもらえるようです。明日明後日は必要なものをそろえると言っていました」
「宿から出る必要はありそう?」
「あるみたいです。床とか剥がすところもあるらしくて、生活するには不便みたいですね」
「どこの宿に泊まるか教えてほしい。連絡を取りたいとき困るだろうし」
「たぶんルード小鳥亭というところに泊まると思います。祖父母と交流のあった人がやっている宿なんです」
どこにあるのかということや指導してくれる人が決まる日を話しているうちに役所に到着し、手続きを行う。
役人にいろいろと確認されながら、手続きが終わった。ルーヘン名義の権利書は破棄されて、俺名義の権利書が新しく作られる。
最後に俺が名前を書いて、権利書は完成した。宿の名前も変えるかと聞かれたけど、そのままにしておいた。
ルーヘンは変えてもいいと言っていたけど、特につけたい名前とかなかったんでルポゼのままだ。
準備が整って開業が確定したら開業届を出してくれと言われて役所から出る。
おもいのほかさくさくと進んで昼前に終わったし、ダンジョンに行けるな。開始が遅くなった分、帰りをいつもより遅らせようかな。
「俺は宿に帰るよ」
「はい、これからよろしくお願いします」
頭を下げたルーヘンがルポゼへと帰っていく。
俺も宿へと帰り、権利書をリュックの底に保管して部屋を出る。
従業員にチップを渡して、帰りが遅くなるので待たなくていいとハスファに伝えてもらえるようにしておいた。
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