15 出会い 3
シーミンが好むというマドレーヌとおまけとしてレーズン入りのクッキーを買って、シーミンの住む区画に向かう。
シーミンの家は大きな建物だからわかりやすいらしい。親類も集まって暮らしているので、大所帯なんだそうだ。
人々に避けられているなら、親しい親類で集まるわな。
大きな家という以外に、敷地の入口に白い門があるらしいので家を間違うことはないだろう。
教えてもらったことをもとにして探すと、そう時間をかけずに見つかった。
探している間、静かな住宅街と感じたが、よくよく周囲を見てみると空き家が多い。近くに住むのも避けたいほどなんだなと思いつつ、白い門の前に立つ。
庭では白い髪の子供たちが四人遊んでいたが、俺が門の近くにいることに気付いて口を閉ざしてこちらを見てくる。
子供たちからは興味の感情が感じられると思う。
(訪ねてくる人が珍しいんだろうな)
子供たちに見られながら敷地内に足を踏み入れて、玄関の前にある小さな鐘を鳴らす。
三十秒ほど経過してなんの反応もないので、もう一度鳴らす。
さらに三十秒が経過しようという頃、玄関が開いた。
シーミンと同じ白い髪の男が出てくる。年齢は四十歳手前くらいだ。
「なにか用かね?」
声音に少しだけ警戒が感じられた。
「こちらにシーミンという少女? いや女性かな。女性が暮らしていると思いますが、今ご在宅でしょうか」
「いるが、どのような用事か聞いてもよいかな」
「お礼ですね。今日危ないところを助けてもらったので」
きょとんとした表情で俺を見てくる。
「お礼? 本当に?」
「ええ、なにか問題ありましたか? 一族の掟でお礼は受け取れないとか」
「いや、そんなことはないが」
「でしたらシーミンと会うことはできますかね。本人にこれを渡したいので」
「失礼だが、それはなんだろうか」
「彼女が好むというお菓子です。彼女の知人に聞いて買ってきました」
紙袋を開けて中身を見せる。
ふわりと焼き菓子の甘い匂いが漂う。
「本当に菓子だな……とりあえず中へ。シーミンを呼んでこよう」
「ありがとうございます」
リビングに案内されて、椅子を勧められ座る。
男はすぐに呼んでくると言って、歩いていった。
家の中は静かだ。誰もいないのかなと見回してみると、庭が見える窓から子供たちがこちらを見ていた。
そちらに手を振ると目を丸くしていた。
視線を屋内に戻すと、少しだけ開いた扉の向こうに人影がちらりと見えた。扉の向こうも部屋になっているようで、そこに人がいるらしい。
静かなのは来客中だからか、こちらの様子を窺っているからか。
俺自身にやましいところなどないので、そのままのんびりとシーミンを待つ。
五分くらい時間が流れて、扉が開く。
そこにはローブを脱いだシーミンがいた。
「あなたはさっきの」
驚きの表情でこっちを見てくる。
「やあ、お礼に来たよ」
「お礼? というかどうして家を知っているの」
「ハスファに聞いたんだ。以前聖堂で一度だけすれ違ったのを思い出してね」
「そういえばハスファと知り合いと言っていたわね」
「教会でやっているっていう文字教室について話を聞きにいったとき世話になった。そのときにシーミンとすれ違ったんだ」
覚えてないのだろう、首を傾げながら移動してきて、テーブルをはさんだ向こう側の椅子に座る。
「まずはこちらをどうぞ。マドレーヌとクッキーだ」
「あ、ありがとう」
差し出した紙袋を受け取り、どうしようか迷った感じだったがテーブルの端に置く。
「それでだ。命を助けてくれた礼がその菓子だけというのもあんまりだし、なにか礼になるようなことはあるかと聞き来たというのが本題だ」
「礼って言われても、私は仕事のついでにやっただけだし。跳ね鳥を追い払うのも苦労しなかったし」
「シーミンにとってはなんでもないことでも、俺にとっては重大なことだった。あそこで死んでもおかしくなかったんだから」
「そう、なんだ。でもお礼なんて言われてもわからない」
本当に思いつかないようで、視線はあちこちに移動し、両手の指を落ち着きなく何度も組み直している。
「なにか手伝ってほしいこととか欲しいものとかはない? 金貨三枚までならお金は出せる」
自身の命の価値が金貨三枚は安いと思うが、今出せるお金はそれくらいなのだ。金貨三枚以上だとしばらく待ってもらうしかない。
「ほしいもの? ぁ」
なにか思いついたらしいが、それがシーミンの口から出てくることはない。
「思いついたのならとりあえず言ってみてくれ。それが無理なら無理って言うし」
シーミンはすぐに答えない。だけど迷った様子なので、少し待てば言葉にしてくれるかもしれない。時間はあるので、急かさず待つ。
静かな時間が流れる。相変わらず家の中は静かで、音は外から聞こえてくる風の音や鳥の鳴き声くらいだ。
十分ほど経過してシーミンが口を開く。
「もう少ししたら私は中ダンジョンに行ってコアを壊したい。そのときに付き合ってくれない?」
その願いは十分も時間をかけることかね?
「うんって言いたいけど、俺はまだ小ダンジョン一つしか踏破してなくて実力不足だ。まずは小ダンジョンをもう一回って感じなんだよ。それでもいいならついて行くけどさ、実力不足で足手まといにしかならないぞ」
そうなんだと肩を落としたシーミンは代案を思いついたという表情で続ける。
「だったら小ダンジョン踏破に付き合おうか?」
「まだしばらくはいいかな。十日くらい前にコアを壊したばかりで、今は実力を高めることが大事だと思う」
「たしかに次のコアを壊すには早い」
「そもそも俺のコア破壊に同行してもらうのはお礼にならないよね」
「あ、うん、そうだね」
「思いつかないならとりあえず先延ばしでいいんじゃないか。また何日かしたら聞きにくるよ」
「そ、それでいいの?」
「早めにダンジョン探索を切り上げて、こっちにくれば大丈夫。シーミンが留守の場合もあるだろうし、そのときは家族に伝言しておいてくれると助かるかな」
シーミンはわかったとこくこく頷く。
「それじゃ用事は終わったし帰るよ。今日はさっさと寝て明日に備えたい」
「明日なにかあるの?」
「明日もダンジョン探索だ」
「え」
口をぽかんと開けて俺を見てくる。なんで呆気にとられた感じになるのか。
「明日は休まないの? 死にかけたのに?」
「早く強くなりたいし、今こうして体が動いているから一晩眠れば大丈夫かなって思うんだけど」
「休みなさい」
シーミンの表情が引き締まる。これまでと違ってシーミンはしっかりとした口調になる。
「傷は治っても抜けきらないダメージや疲労や浸食の影響もある。それらをしっかりと抜かないでダンジョンに入るなんて死にたいのかしら」
「たしかに怠さはあるけど痛みとかはないし」
はあーっとシーミンは溜息を吐く。言葉にはしてないが呆れたという感情がわかりやすく発せられている。
「ダメージというものを甘く見すぎているわ。ダメージと疲れはしっかりと抜く。これは冒険者の鉄則」
「そうなのか?」
「そうなのっ。今のあなたは若さゆえの回復力で誤魔化しているだけ。抜けきらないそれらは体に少しずつこびりついていき、のちのちに体調を崩す原因になる。冒険者を続けていくなら、体調管理に手を抜くのは駄目。あなたの探索周期はどうなっているのか聞かせて」
「探索周期?」
聞いたことないけど、ダンジョンに入る日と休みの割合って感じかな。
「そういったのはないな。八日前くらいに大ダンジョンに入ってそのまま今日まで毎日入り続けていた」
「休みなし!? いやでも小ダンジョン踏破したって言ってたし、その前はきちんと休みをとっていたんじゃないの?」
「ええと何日前だったかな、十五日くらい前に冒険者になることにして、そのまま小ダンジョンを踏破して、三日かけてミストーレに来て、一日準備してから大ダンジョンに挑戦って感じだった」
「突っ込みどころが多いのだけど!?」
話し方に遠慮がなくなったなー。
「冒険者になったばかりでいきなり小ダンジョン踏破ってなに? まずは安物でいいから武具をそろえて一階で弱いモンスターを倒していくものでしょう」
それができたらしたかった。
「宿泊のために寄った村の住民にいちゃもんつけられて、小ダンジョンに武具無しで放り込まれたんだよ。踏破しないと外に出られないように出口を見張られてさ。だからモンスターとの戦闘を避けてコアをどうにか壊した」
「冒険者生活の始まり方として、聞いたことないスタートをきったわね!?」
あれは珍しい経験だったんだな。できればそういった珍しさは経験したくなかったよ。
「町に来て、それから八日間連続探索というのもまたおかしな話ね」
「そんなにおかしくはないと思うんだけど」
「どんな強者だってモンスターとの戦いは緊張するものよ。圧倒的に弱いモンスター相手ならそうでもないけどね。その緊張を毎日続けたら精神的疲労がどんどん大きくなっていく。その疲労は体にも悪影響を及ぼすわ。なにか影響出てないの?」
「特にはないかな。色々と慣れない生活で感じてないだけかもしれないけど。それに強くなりたいし、感じている暇がなかったんじゃないか」
「間違いなく表に出ていないだけね。いずれいっきに出てきていたわよ」
そういや自覚なく病気が進行していって気付いた頃には大事になっていたって話は前世でも聞いたし、ありえないことじゃなさそうだ。
体を壊すと鍛える期間が大きく削られるし、それは避けたい。
「じゃあ明日は休みにして文字を習いにいくかな」
銭湯にも行こうか。リラックスするにはいい場所だ。
「それがいいわ。ついでだからほかに気になったことも言っておく」
「まだあるのか。そこまで問題のある行動をとっていたつもりはないんだけど」
呆れたとまた溜息を吐かれた。
「一人でダンジョンに入っている時点で問題あるのだけど」
「それはシーミンも一緒だろう。助けてもらってダンジョンを出るまで、タナトスの一族の誰かが合流してこなかったじゃないか」
「あの階層なら一人で歩いても大丈夫なくらい鍛えてあるし、そもそも自分の実力に合った階だと、一族の誰かと一緒に行動しているわよ」
あ、そうなのか。少し考えてみれば当然だったな。一族が集まって暮らしているなら、同じようにダンジョンに入っている親類が何人かいるわな。
「それで指摘したいことなのだけど、ほかの冒険者と交流しているのかしら」
「ダンジョンに挑戦し始めて、そればっかりで交流はないな。もともと仲間を作る気がないから、積極的に話しかけるってことがない。知っている冒険者は町まで送ってくれた四人とギルドで少し話した一人くらい。その四人からは仲間を作った方がいいと言われたっけ」
「先人から助言をもらったのに、一人で行動していたの?」
「俺は強くなることが目的なんだ。なによりの最優先目的。多少は無茶しても鍛えるから、仲間とは歩調が合わないだろうと思っている。たとえば仲間はお金を貯めたいと思っても、俺は強くなることに必要ならモンスターとの戦闘が赤字になっても護符とかの道具を使う。というか現状使っていて赤字だ。でもやめない。強くなるのに必要だからな」
「たしかに赤字を良しとするのは、仲間に反対されそうね。そんな考えなら頂点会が合っていそう。逆にカンパニアでは仲間は集められないわね」
頂点会も無理じゃないかな。俺の方針だと嫌われそうだ。
「利用しているギルドはゴーアヘッド。頂点会も合わないんじゃないかと思う。強くなりたいといっても、技術を磨くわけじゃない。とにかく身体能力とか魔力を上げていきたいという感じだから。たぶんだけど頂点会って、どんなモンスターにも勝てて、他者よりも強くありたいとかそういった集まりじゃないか? それだと俺みたいに技術はわりとどうでもいいって考えは嫌がられると思う」
シーミンは納得したように頷く。
「そういった考えだと合わないかもね。どうしてそこまで強くなりたいの?」
「事情があるとだけ。あまり気分のいい話にはならないしね」
「そう。話を戻すけど、仲間を作る気はなくとも冒険者との交流はしておきなさい。ダンジョン内の情報だけじゃなく、町でお得な武具や道具について情報交換とかできるだろうし。気分転換にもなるでしょ」
自覚があるのかわからないけど、羨ましそうな感情が声音に現れていた。
シーミンたちも好きで避けられているわけではないんだろうし、俺なら当たり前に交流ができると羨ましく思ったんだろう。
ハスファのように交流してくれる人はほかにもいるんだろうか? 少し気になったけど気軽に踏み込むことでもないな。
「少しは話しかけてみるよ」
「そうしておきなさい」
「指摘されるところはこれくらい?」
「そうね。大雑把にまとめると無茶するな、もっと人と接しろ。こんな感じ。でないと体調が悪いときに、今日みたいに手に負えない数のモンスターに襲われることになるわよ」
「今日のは俺が悪いわけじゃないんだけどな。ほかの冒険者に押し付けられた。複数の跳ね鳥と戦うのは無理と思って、一体でいるあれを探して戦っていたし」
「ああ、そういった事情だったのね。たまにそういったことがあるとは噂で聞く」
「俺も初めてああいったことに遭遇した。おかげで逃げどきを失って、あんなことになったんだ。ギルドにそんな奴がいたと報告した方がいいんだろうか?」
「ダンジョン内は自己責任とはいえ、すりつける行為は嫌われるもの。でもそれを行った人が一緒にいないとギルドもまともに受け取らないわ。一応報告だけしておくのはありだと思う。もしかすると何度もやっている常習犯かもしれない」
受付に言っておくか。でも相手の名前も顔もわからないし、ギルドも対応のしようがないか。
感想ありがとうございます




