149 お金の使い道 3
買取受け入れの意思を示す二人にケイスドが再度問う。
「それでもお前たちの口からはっきりと聞きたい。それに宿を再開できても上手く行くかどうかもわからん。そのまま長持ちせずに潰れる可能性もある。そういった可能性も考慮して頷けるのか」
兄妹は顔を見合わせて頷き合う。
「受けようと思います。チャンスをもらえて潰れたのなら、それはもう俺たちの努力不足と才能がなかったのだと納得するしかありません」
「兄さんの言うように、そうなったら素直にここがなくなることを受け入れるしかないです」
「だとさデッサ、お前はどう思った」
急に俺に話をふったことで、兄妹は不思議そうな顔になる。
「なぜそっちの少年に聞くんですか? 護衛かなにかだと思っていたんですが」
「それはな、ここを買い取ろうとしているのがこいつだからだ」
ケイスドにポンと肩を叩かれた俺を無言でじっと見てくる。その目には疑いの感情があった。
「そんな若いのに大金なんて、いやお金持ちの子供?」
「平民出身ですよ。自力で稼いだ」
「その年齢で稼げるものなのか? 俺も金を稼ぐため仕事をしたが、利子を返すだけでも精一杯なのに」
「無茶と運のおかげ。ダンジョンに入るだけじゃ、ここを買い取れるくらいの稼ぎは無理ですね」
「ケイスドさん、本当なのでしょうか」
「俺やルガーダ様は信じているぞ。恩があるし、商売の助言をもらったこともある。そういったこれまでの付き合いから、信用はお前たち債務者よりも高いんだ」
その断言に兄妹の表情から疑いの感情が抜けていった。
ケイスドの言葉から確かな信を感じ取れたといったところだろうか。
「二人が納得したところで、ここを買い取るかの最終確認だ」
「最後に質問をしてから決定かどうか判断します。ここの経営方針が俺とぶつかることもあるかもしれない。二人の望まない形の宿になるかもしれない。それでもここが宿として存在しているのなら納得できますか」
場合によってはタナトスの人たちを宿泊させることもありえるかもしれない。そのときにあれこれ言ってくることも考えられる。
「……正直に言うならわかりません。でも現状どうにもできていない俺たちが将来納得できなくなったとしても、俺たちの力不足が原因なわけで、そちらを責めるのは無責任ではないかと思います」
「兄さんと同じです。オーナーはあなたになるのだから、経営方針を決めるのもあなた。従業員が大きく口出しするのはどうかと思います」
「明らかに不味い方向に進んでいる場合は言ってほしいけどね」
従業員がイエスマンだけになって潰れるのは駄目だろう。大儲けする気はないけど、潰れるのも避けたいし。
「ちなみにタナトスの人たちをここに泊めることもあるかもしれないと先に言っとくよ」
「タナトスの一族を? ど、どうして」
タナトスの一族に関していい感情を持っていないようで、兄妹は明らかに動揺を見せる。
「友達にタナトスの一族がいるからね。今ならまだ断ることができるけど、どうする?」
ルーヘンは戸惑ったままケイスドへと顔を向ける。
「ケイスドさん、本当なんでしょうか」
「一緒にいるところを見たことはないが、そうだという話は以前から聞いている。お前たちを試すために言っているわけじゃないのはたしかだ」
兄妹は顔を見合わせて悩んだ表情になる。
タナトスは嫌という思いと宿をやりたいという思いが渦巻いているんだろう。
タナトスへの感情は思い込みもあるんだろうし、それくらい飲み込まないと宿はやれそうにないんじゃないか? 客商売だからいろいろな人に接する。その中にはよく知らないタナトスよりも悪い人もいるはず。
兄妹が小さな声で話し合う時間が過ぎて、二人は頷き合う。
「受けたいと思います」
「どうして?」
「祖父母が生きていたときのことを思い出しました。宿をやっていて、いろいろな客が泊まりに来て、良い人もいましたけど、歓迎したくないような迷惑客もいました。そういった人を祖父母は上手く対応していたんです。それが俺たちの記憶に残る宿の光景で、だったらできるだけ同じようにやりたいと思いました。
「ふーん……まあいいかな。ケイスドさん、明日お金をそっちに持っていくよ」
「わかった。借金に片が付いてほっとした。金を俺たちに渡したら、デッサは土地の権利書を二人から受け取っておけよ。俺の仕事はここまでだが、二人はこれからが正念場と言っていい。なんとかなったと気を抜くなよ」
はいと兄妹は頷く。
「デッサ、これからどう動くか二人に説明してやってくれ。オーナーになるお前から話した方がいいだろ」
二人の視線がこちらに向けられる。
まずは自己紹介からかなと名乗り、冒険者をやっていることも話す。
二人も名乗り返してきて、それを聞いて続ける。
「まずは宿の修繕とベッドなどの交換。修繕している間に、二人は経営の勉強や従業員の教育をしてもらおう」
「勉強と教育ですか?」
「そう。カンパニアに経営を教えてくれる人の派遣を依頼しようかと思っているんだ。二人はまだ経験不足だろうし、そこを補強してもらうつもりだ。従業員はケイスドたちの紹介で来る人がいる。その人に宿でのあれこれを教えて教育してくれ」
「ケイスドさん、どんな人がくるんですか」
「俺たち側の人間だが、こっちが合わなくて普通の仕事を求めている奴だ。宿の仕事に関して知識はないが、真面目に働くことは間違いない」
「客を相手に暴れたりは?」
「もしそんなことをしたら、俺たちに知らせてくれ。こっちで引き取って、被害の補填もする。そうならないように言い聞かせておくけどな」
ひとまず納得といった表情で、俺へと顔を戻す。
「準備期間を終えたら、いよいよ宿の再開だ。最初から繁盛とかは無理だろうし、最初は宿の仕事に慣れることを目的にしてくれ。次に黒字化、最終的に儲けで従業員の生活を賄えるようにしたい。そこまで順調にいってほしいもんだ」
質問いいですかとレスタが口を開く。
「冒険者用の宿にしたいということでしたが、実際にはどのような運営になるんでしょう。この宿は一般人相手のもので、私たちはそっちの知識を持っていません」
「そこもカンパニアから来る人に任せたい。俺は宿で働いたことも経営をしたこともないから、具体的にどういった運営をするのか知らない。俺にできることのメインは金を出すことだ」
「ではどうして冒険者用にしたいと思ったのでしょう。経験者がいる一般向け相手の方がやりやすいと思います」
「俺が恩恵を受けたいから。ダンジョンでの疲れがとれやすくなったらありがたい」
「恩恵を受けたいなら冒険者用の宿に行った方が、安上がりだと思うんですけど」
「ここを買いたいと思った理由は同情もある。俺も家族に苦労させられたからね。あとはお金が余っていて使い道がなかったから買おうと思ったんだ。今後が楽になるなら余ったお金の有効的な使い道じゃないかな」
いや本当にお金の使い道がない。今後の武具の更新も、宿のあれこれに出して余る分でどうにかなる。
宿の設備更新を多めに見積もっても九百枚近くは残るのだ。
今回の武具更新で金貨五十枚も使っていない。どんなに先に進んでも、よほど希少な素材を使わなければ武具一式金貨千枚はかかりそうにない。
お金が余ることは確定していると思っていいと思う。だったらほかの面で鍛錬の補佐をしてもいいだろう。
なんだか言い訳じみた感じだけどそういうことにしておこう。
「最悪ここが儲からなくても、俺にとって役立つなら問題はないし」
「維持費がひどいことになりそうな専用の施設ですね」
せやな。でも強さを求め続けるっていう目的のためになるなら安いもんよ。あぶく銭みたいなもんだし。今後の人生のために貯めておけという人もいるんだろうけど、今をどうにかしないと駄目だから、投資しておくのが俺にとっては正解かな。
「修繕は明日からになるんですか?」
「修繕できる職人探しからやらないといけない。誰か職人に心当たりある?」
兄妹は首を横に振る。かわりにケイスドが口を開く。
「うちの修理をしたとき世話になった職人なら知っているが」
「紹介してもらっていい?」
「わかった。明日金を受け取ったあと一緒に行こう」
「俺たちは明日からなにをすれば?」
「なにをしてもらいましょうかね」
「出ていった従業員の古株に声をかけて、戻ってきてもらうのはどうだ。俺たちが引っ張ってこられる従業員だけよりは宿を回せるだろ」
「再就職してないですかね」
無職のままですごしてはないだろう。生活もあるしさっさと職を見つけていると思う。
ケイスドはその可能性が高いと頷く。
「そのときは素直に諦めて、ルーヘンたちと新人で回すしかないな。ああ、そうだ。宿の修繕をしている間はここで暮らすのは難しいかもしれないし、別のところに住む必要があるだろう。あてはあるのか?」
ケイスドの質問に二人は首を横に振った。
「だったらこれで宿をとってくれ」
俺の財布から金貨三枚を出して、テーブルに置く。
「とりあえず一ヶ月分を渡しておく。明日は移動できるように荷物をまとめて、従業員探しという感じになるかな」
「従業員探しは一緒にきますか?」
「いや俺は明日もダンジョンに行くつもりだから、二人で勧誘に行ってきて。午前中にお金を届けて、職人に会って、カンパニアで依頼。そのあとダンジョンだ。ケイスドはそれでいい?」
「いいぞ。特に予定は入っていないからな」
「予定はわかりましたが、従業員にはどこまで説明すればいいんでしょうか。なにもかも話したら厳しい条件が偽りということがばれそうなんですけど」
「宿を買い取って再開しようとしている人がいる。従業員を求めている。二人には借金関連で厳しい条件がついている。こんなところでいいんじゃないかな」
「わかりました。聞かれたらそう伝えます」
「ああ、そうだ。二人は料理できるのか」
「私はいつも食事を作っていますけど」
「それは客に出せるくらいのもの?」
そう聞かれるとレスタは自信がないといった感じで首を振る。
「だったらカンパニアに紹介してもらう人材は料理人を追加した方がいいかなと思ったんだけど。三人が連れてくる従業員に料理人がいるならこの話はなしでいいかな」
すぐにケイスドがいないと言い、兄妹も同じくと頷いた。
「それじゃ料理人も募集してもらうよ。調理場を一人で回すのは無理だよね」
「以前は調理場に三人くらいいました。たまに従業員が皮むきとかの手伝いをしていましたね。繁盛していた時期でそうですから、再開したばかりなら一人か二人でいいと思います」
「とりあえず経験豊富な一人と補助のできる駆け出しを探してもらおうか」
今日の話し合いはここらで切り上げることにして、ルポゼから出る。
兄妹は見送りに出てきて、その表情は訪ねてきたときと違い、明るいものになっていた。
ケイスドとも途中で別れて宿に帰る。
翌朝、借金金貨三百枚と職人に前渡しする分の金貨五十枚を持って、ケイスドに会いに行く。
家に着くと、応接室に通される。
少しだけ待つと、ケイスドだけじゃなくルガーダさんとクリーエも応接室に入ってきた。
おはようと挨拶しながら対面のソファに三人が座る。
「これがあの宿の証文だ。確認してくれ」
「金貨三百枚です。こちらも確認をお願いします」
持ってきたものを交換して確かめていく。
ケイスドが金貨を数えていき、俺は証文を読んでいく。わからない単語があるとルガーダさんに確認して読み終える。
「確認終わりました」
「金貨の方もおおよそ三百枚はあるだろう。これで証文は君のものだ。破くなり燃やすなりしていいぞ」
あの宿の問題がひとまず片付いたとクリーエがほっとしている。今後勉強と経験を重ねたら、今回のようなことは眉一つ動かさずに処理できるようになるのかな。
「破かずに保管しておきます」
どう扱えばいいのかわからないし、今すぐ破くとのちのち困ることになるかもしれない。
本当に借金を返済したという証拠になるし、しばらくは保管してなんの問題もないと判断できたら燃やそう。
「保管場所はあるのかね?」
「リュックの中ですかね」
ギルドで預かってくれるなら向こうで保管もいいかな。
「こちらで預かっておこうか? ほかの書類と一緒に放り込んでおくだけだが、紛失や破損はしないだろう」
「俺が持っているより安全ですね。お願いします」
リュックに入れておくよりはるかに安心できると思い、証文をルガーダさんに渡す。
「こちらも確認終わりました。三百枚きっちりあります」
「うむ、ご苦労。その金と証文を保管してきてくれ」
頷いたケイスドはそれらを持って応接室から出ていった。
ケイスドが戻ってくるまで、二人と雑談をして過ごす。
感想ありがとうございます