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148 お金の使い道 2

 職人に店から紹介してもらったことを告げて、伸縮棒を見せて強化できるか尋ねる。

 棒を受け取った職人はそれをじっくりと観察し、俺に返しながら口を開く。


「硬度の上昇ならば可能だ」


 伸縮の魔法に干渉しないように、硬度を上げる魔法を刻み込むそうだ。それ以上になにか細工を施そうとすると、伸縮の魔法に不都合が出てくるということだった。


「これ以上のものが欲しいのなら、新しく作った方が早いな」

「作られるんですか?」

「伸縮の魔法は俺も知っている。まずは鍛冶師にこれ以上の硬さと弾性の合金インゴットを用意してもらう。そして俺がそのインゴットに伸縮の魔法を刻む。その後、棒に加工してもらう。簡単な流れはこうだな」


 鍛冶師は誰でもよいわけではなく、魔法道具作成に関わりのある鍛冶師を選ぶ必要があるとのこと。

 インゴットにかけた魔法に干渉しないで加工する技術は、一般的な鍛冶師では持ちえないらしい。


「新しく作る場合の値段は多めに見て金貨十枚くらいで、今使っている棒に硬度上昇の魔法を刻むのなら大銀貨五枚。受け渡しは三日後になる」

「受け渡しを早めることは可能ですか?」

「多めに金を払うなら。倍の金貨一枚を出した場合、こっちを優先して明日の朝に渡すようにする」

「ではそれでお願いします」


 金貨を取り出し、職人に差し出す。

 金貨を受け取った職人に、新しく作ってもらう方もお願いする。


「さすがにそっちは時間がかかるが、それでもいいか?」

「はい。お金は明日持ってきます」

「わかった。作成の方は長くて一ヶ月と見ていてくれ。新しく作る方は預かるこれを参考に長さなどを決めようと思うが問題は?」

「ありません。重さは少し重くなるくらいは問題ありませんけど、二倍三倍は勘弁してほしいですね」

「わかったよ」


 依頼書に必要なことを書き込んで、職人と別れて宿に帰る。

 部屋の前でハスファが待っているという久々の光景を見て、しっくりとしたものを感じた。

 翌朝、職人にお金を渡して、棒を返してもらいダンジョンに向かう。

 今日も昼までで切り上げて、ケイスドたちに会いに向かう。

 

「こんにちは」


 屋内に入るとすぐにコートを着込んだクリーエが挨拶してくる。


「こんにちは。待ってたのか」

「うん。私もあそこがどうなるのか気になる」


 クリーエと話しているとそう時間をかけずにケイスドが姿を見せる。


「待たせたか? じゃあ行こうか」


 三人で外に出て、美味しい店は新しく見つかったかといったことを話しつつ宿に到着した。

 宿の名前はルポゼと書かれていた。


「邪魔するぞ」


 入口からケイスドが声をかけると、兄の方ではなく妹の方が出てきた。


「あ、いらっしゃいませ」


 気まずそうな雰囲気で、力無く挨拶してくる。

 

「レスタか、ルーヘンはどうした」

「兄さんはお金を稼ぐため働きに行っています」

「帰りはいつになりそうだ」

「いつも帰ってくるのは日が落ちてからです」

「じゃあ先にお前に話しておこうか。奥の部屋は使えるか?」


 なにを話すのか、悪い方向で予想したのか表情に怯えがはしる。

 それを見てケイスドは苦笑した。


「悪い話ではないから安心しろ。こういっても信じられないかもしれないけどな。今日中に出ていけと言うようなことはないさ」

「ど、どうぞ」


 多少はましになった表情でレスタは奥へ促す。

 二人が日頃使っているらしきリビングに通されて、レスタは飲み物を持ってくると言って離れる。


「白湯しかありませんが」


 俺たちの前に湯気が上がるコップを並べて、対面の椅子にレスタが座る。


「それでお話とはなんでしょう」

「俺たちが話すことといえば借金についてだな」


 レスタはそうですよねと小さく返してくる。


「まずは仮の話として聞いてくれ。借金を肩代わりしてもいいという奴が現れたら、二人はその後どうする。宿を再開するのか?」


 予想外の話題だったのか、レスタの表情から怯えが消えてキョトンとしたものが現れる。


「そ、そんなことがあるわけないじゃないですか」

「うん、まあ。そう言うだろうとはわかっていた。だから仮の話だ」

「借金がなくなったら……宿を再開したいです。ここはお爺ちゃんお婆ちゃんが作り上げたところです。昔のように繁盛とまではいかなくても、宿としてやっている風景が当たり前になったら喜んでくれると思うんです。私もまたそういった風景が見たいです」


 まずは一段階突破かな。宿としてやっていく意志はある。


「ルーヘンの考えはどうだと思う」

「兄さんもたぶん同じだと思います。ここに思い入れがないなら宿を売るって誘いにのっていたと思いますし。たまに懐かしそうに宿のあちこちに視線を向けることもあります。それに私よりも熱心に祖父母から宿について学んでいたのも覚えています」


 宿のあれこれについて仕込まれてもいるんだな。

 カンパニアに依頼するにしても、長期雇用じゃなくて短中期の雇用で未熟な部分の指導をしてもらう形でもいいかもしれない。


「宿をやっていくとして、お前たちが中心でやりたいのか、それとも宿として存続するなら従業員でいいのか。どっちだ」

「従業員でいいから存続させたいですね。宿について教わってはいますけど、実際に働いた経験は少ないですから私たちがやろうとしてもまた潰してしまうかも」


 まともにやってくれるならトップが誰でも問題はないみたいだ。

 

「とりあえずレスタは宿をやる意思があり、存続最優先という感じか」

「あの、どうしてそんなことを聞いたんですか」


 もしかしてという期待がわずかに表情に現れている。


「ここを買い取ろうって奴がいる。そして冒険者用の宿として使っていきたいとも言っている。まだ本決まりはしていないが、この話ならお前たちもここを売るのに納得できるんじゃないかと考えている。ここはお前たちのものではなくなるが、宿として残るし、従業員として宿に関わることができる」

「ほ、本当ですか!?」


 立ち上がりケイスドに確かめる。希望にキラキラと目を輝かせ、今日初めて明るい表情になっていた。


「本決まりではないとだけ言っておく。これに関してお前たちはどう思うのか聞こうというのが訪問の目的だ」

「私はここが残るのならそれで構いません」


 立ち上がったまま即答する。


「落ち着け、そして軽々しく決めるな。騙されている可能性もあるんだぞ」


 この素直さは不安になるわな。希望を見つけたからといって、すぐに飛びつくのは危うい。


「ひとまずルーヘンにも話を聞きたい。夕食後にまた来ることにする。あと宿の中の点検もしておきたい。宿としてやっていくにしてもあちこち修繕する必要があるだろうからな」

「わかりました」


 レスタの案内で宿の中を見て回る。

 換気や掃除は一応やっていたようで埃まみれということはなかったけど、手は行き届いておらず扉や床が軋んでいたりと、全体的な修繕は必要だ。

 ほかにもベッドや備え付けの家具も古くなっており、入れ替えが必要だろう。

 客室で使う魔法道具は借金返済のため売り払っていたが、調理場などで使う大物は残っていた。といってもこっちも古くなっているので修理が必要だった。

 動くかどうかは俺が持っていた魔晶の欠片を使い確かめた。その結果、本来の性能を発揮できていないとわかったのだ。

 調理場を見て思ったけど、カンパニアで紹介してもらう人に料理人を追加しないといけないかも。ルーヘンたちが作れたら任せても、いや経営方面をやってもらうつもりだし、調理場に関わる余裕はないか。

 点検が終わって、リビングに戻る。


「お前たちだけで宿をやろうとしたら修繕でさらに借金を重ねる必要があって、その借金でどうにもならない状態になっていただろ」

「……おっしゃるとおりです」


 改めてしっかりと宿を見て回ったことで、レスタも現状を把握できたらしく項垂れている。

 ケイスドの表情も明るいものではない。


「俺としても想定が甘かったのがわかったよ。売った場合の金額はこっちの想定額よりも下だったな。借金全額返済には届かなかっただろうな。ほんとお前たちの両親がまともだったら、二人が苦労せずにすんだだろうに」


 両親のことになるとレスタは不快や不安などが入り混じった複雑そうな表情になった。かばうつもりはないようで、そういった言葉はでてこない。

 現状できることは終えて、また夜に来ることになる。

 俺もそれに付き合うことにして、一度宿に帰る。武具を外し、ハスファと話して、夕食後にケイスドと待ち合わせしている場所に向かう。

 広場でケイスドと落ち合い、ルポゼに向かう。

 閉じられた入口をケイスドがノックする。すぐに扉の向こうで人の気配がして、扉が開く。出てきたのはレスタではなく、ルーヘンだ。ケイスドを見ると、なにか言いたげな表情になる。俺にもちらりと視線を向けたけど、ほんの少しだけ不思議そうにしてすぐにケイスドに視線を戻す。


「中へどうぞ」


 招かれてリビングに入り、椅子に座る。


「レスタから話を聞いたんですが、ここを買いたいという人がいるそうですね」

「ああ、そうだ」

「それを聞いて嬉しいと思ったのですが、正直タイミングが良くないかという思いもあるんです。俺たちが納得しやすいように話を作ってないですか」

「作っていないぞ。そこまでお前たちに配慮する必要もないしな」


 同情する思いはあっても借金取りとして線引きはしっかりとしているのだろう。それがわかってルーヘンはほっとした雰囲気になる。


「そうですか」

「そいつはお前たちが反対するようなら素直に手を引くと言っている。その場合はお前たちはここを出て行くしかない。この建物も宿として使われるかどうかもわからない、壊して別の店が建てられる可能性もある」

「はい、わかっています。断るのは馬鹿な判断ということも理解しています。その話を受けると俺たちはどういった扱いになるんでしょうか」

「まずここの所有者ではなくなる。そして放り出されず従業員として働くことになる。宿の仕事を教わっているようだから即戦力になるからな」

「まじめにやります。ここが宿として機能するなら嬉しいことですから」

「あとは建前として厳しい条件で働くということになる」


 兄妹は首を傾げる。


「どういうことなんでしょう」

「お前たちが大きな借金を背負っているのはここらの住民なら知っていることだな」

「ええ、そうですね。ケイスドさんたちが借金を一つにまとめる前は、あちこちの金貸しが怒鳴り込んできましたし」


 借した額が大きいから金貸したちの取り立ても相応のものになったんだろうな。


「そのお前たちが宿を始めたら、借金はどうなったのだろうかと思う奴らが出てくる。そして何事もなく働いてたら良い条件で借金がどうにかなったと思うかもしれん。そうなれば俺たちもと集まってくることになりかねん。そういった連中の相手なんて面倒でしかない」

「そこまで都合よく考えるでしょうか」


 レスタが首を傾げた。


「自分の信じたいことだけを信じる奴ってのはいるもんだ」


 ケイスドは実際にそういった人を見てきたのだろう、実感がこもった返答だった。

 職場が特殊だし、接する人も特殊な人が多いんだろうなぁ。


「そういった奴らに甘い考えだと突きつけるため、偽りの条件を覚えておけということだ」

「具体的には?」

「借金を働いて返すことになっているから給料のほとんどが支給されない。日当も低めに設定されている。少ない賃金で長くここに拘束されることになる。こんなところか。ここを離れるつもりのないお前らにとっては拘束は問題にならんだろ。給料が少ないっていう設定だから、あまり派手に買い物もできないな。そこはここを存続させるという希望が叶ったかわりとして我慢しておけ」

「自慢にもなりませんがお金がないのは今もですから、たいしてかわらない生活になるかと。そのせいでレスタにオシャレをさせることもできませんが」


 ルーヘンが情けなさそうな顔で言う。


「そこらへんはオーナーと交渉したらいいさ。客に不快感を与えないように、ある程度着飾るというか化粧とかは必要になるだろ。経費として化粧品とか支給してもらえばいい」

「オーナーがこっちの意見を受け入れてくれるといいのですが」

「わがままってわけじゃないし、大丈夫なんじゃないか」


 ケイスドはちらりとこちらを見て言う。

 客商売なら清潔感は大事だろうし、支給するのに否はない。高級品を求められても断るけど。


「だといいんですが」

「悪いようにはならないはずだ。それで話はこれくらいだ。最終的にお前たちはどうするか聞かせてくれ」

「決まったようなものだと思いますが」

「うん、断るのはありえないです」


 兄妹そろって受諾の意思を見せる。

感想と誤字指摘ありがとうございます

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― 新着の感想 ―
[一言] タイミングの良さには流石に不信感を抱きますよねえ 相手側に何も得することは無いわけなので
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