表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
147/255

147 お金の使い道 1

 互いに有意義な話をできたと朗らかに話を終えて、頂点会の敷地内から出る。

 

「この調子で棒の強化もできたらいいんだけど」


 そんなことを呟いて職人の家に向かう。

 その途中で宿らしき建物の近くを通ったとき、聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「待ってくださいって言われても、期限はとうに過ぎているんだ。たしかに少しずつ返済はされているが、少額すぎて利子にも足らない」

「ですが今の俺たちではそれが精一杯なんです! 返済の意思はあるんです、どうかお願いします。この通りです」


 ケイスドの声ともう一人は若い男の声だ。

 内容は借金返済なんだろう。土下座でもしてそうな声音だった。


「返済の意思があるなら待ってもいいんじゃないの?」


 クリーエの声も聞こえてくる。


「お嬢、駄目です。踏み倒し逃げるような奴らよりははるかにましなのはたしかですが、ここで甘い顔を見せるとほかの奴らが自分たちも返済期限を延ばしてくれと訴えてきますよ。まあ、俺としてもこいつに厳しいことを言うのは心苦しいんですがね」


 宿を覗いてみると、叱るような顔でケイスドがしょぼんとしたクリーエを見ていた。その近くに土下座している二十歳にもなっていない青年がいる。さらに奥の物陰には俺と同じ年くらいの少女が不安そうな顔でケイスドたちを見ていた。

 ケイスドがあんな表情になるなんて珍しいことだ。いつもは甘いところがあるのにな。仕事だから同情心だけではやっていけないとしっかり教え込んでいるんだなー。

 宿を覗き込んでいることに気付いたのかケイスドがこっちを見てくる。

 

「見世物じゃないぞ! ってデッサか。久しぶりだな」

「久しぶり」


 クリーエもしょんぼりとした表情からいくぶんか柔らかな表情に変化して声をかけてくる。


「二人とも久しぶり。ケイスドたちの声が聞こえてきたからおもわず覗き込んだんだよ。クリーエを同行して仕事中?」

「そうだ、あまりかんばしくないけどな。今日は帰るとするが、明日また来るぞ。お前たちが悪いわけじゃないのはわかっているが、こっちも仕事なんでな」

「はい」


 ケイスドは青年に声をかけて、青年は沈んだ声で頷いた。

 出てきた二人と一緒にその場を離れる。


「時間はあるか? ルガーダ様が様子を気にしていたから、挨拶でもどうだ」

「いいですよ。用事はあるけど急ぎでもないしね」


 彼らの家に向かって歩きながら、クリーエに仕事の手伝いを始めたのか聞く。


「手伝いというか、どんなことをしているのか実際に見てみなさいってお爺様が」


 社会見学みたいなものか。借金取り立てに同行を社会見学と言うには厳しいかもしれないけど。


「クリーエの家の仕事をやるなら避けては通れないことだからかな」

「自身の目で見るのは大事だと俺も思う。現場を知らないと認識の差で、部下とのやりとりに不都合がでてくるだろうしな。それに今日の借金の取り立てはまだ優しい方だ」

「そうなの?」


 クリーエが聞き返し、ケイスドは頷く。


「あの兄妹はまともな人間性ですからね。なかには借金なんぞ踏み倒して当然、借金取りを殺して逃げるなんてものもいます」

「殺して逃げるなんて相手にお金を貸すのは危ない」

「金貸しにはそこらへんの見極めが必要ということですね。眼力に自信がないなら呪いで縛る方法もあります。冒険者相手なら最初から呪いをかけて対処しますね」

「まあ、無理もないよな」


 十階くらいに挑んでいる冒険者ならまだ一般人でも複数で囲めばなんとかなる。でも二十階くらいだと一般人との間に力の差がありすぎる。その差を思うと呪いでなんとかしようってのは理解できるわ。

 ケイスド自身も借金回収の際に危ないことがあったと話している。

 その話が一区切りしたところで気になったことを聞く。


「あの二人に同情するような口ぶりだったけど、なにか事情があったのか?」

「うーん……まあいいか。あの二人が作った借金じゃないんだよ。両親の借金なんだ」

「借金をわざわざ受け継いだのか。金額はいくら?」

「金貨で三百枚」

「そりゃまたえらく大金を借りたもんだな」


 一人身の宿暮らしが、だいたい十五年くらいは働かずに暮らしていける金額かな。


「俺たちのところからは借りていなかったんだ。あちこちに借りて、それぞれの利子が膨らみ、両親は借金を放置してよそに逃げた。それが会合の際に話題に上がって、借金の回収が困難と判断した俺たちがその証文を引き取って一つにまとめた。そしてあの宿を売り払って、借金返済にあててもらおうとしたんだよ」

「なるほどなぁ。それをあの二人は拒絶したと」

「そうだ。あの宿は兄妹の祖父母が始めたものでな。両親は駄目だったが、祖父母はちゃんとした人であいつらも可愛がってもらったそうだ。祖父母が死んで両親は好き勝手やるようになり、どんどん借金が増えていったわけだな。両親のした借金は遊びに使われて、子供に使われていないことが判明していたから、あの兄妹から取り立てるのは難しい。そこで借金回収のために宿を売ろうとあの二人に提案した。しかし祖父母の思い出の宿を潰したくないと、役所に手続きして逃げた両親の借金ごと財産を受け継いだ」


 そこまでするほど祖父母には懐いて感謝していたんだな。両親が駄目だったからよけいにその思いが強くなったんだろうか。


「そういう流れなのか。あの宿って今経営できているのか?」

「できていない。あの二人はやりたいんだろうけどな。両親が受け継いでしばらくは従業員もいたらしいが、経営にあまり関わらず好き勝手やる姿に呆れはてて辞めていった。だから現状あの二人の家でしかない。しかも手入れする人手も足りていないからどんどん劣化していっている。売りに出せば、立地は悪くないからすぐに買い手はつくはずなんだがなぁ」


 なにか気になるな。悪事とかそういうんじゃなくて、個人的な感情だ。

 なんだろうなと首を捻る。


「どうした?」

「話を聞いて、こう心の中にもやっとしたものが。それがなんなのか俺もよくわからん」

「あの二人が借金生活を送っていることに同情したか?」

「借金自体はどうとも思わないかな。そりゃ少しは憐れに思っているけど、それを選んだのはあの二人だし」

「ふむ……だとするとろくでもない両親に振り回されたあの二人に同情したんじゃないか」


 ケイスドの言葉がすとんと心に当てはまる。


「あー、なるほどそういうことか」


 これは俺自身の感情じゃなくて、デッサの感情だ。

 家族のためと言われて生贄にされたデッサ。家族にいい感情を抱いていないデッサとしての記憶が、ろくでなしの両親を持つあの兄妹に同情しているような感じなんだ。

 せめてあの二人は報われてほしいとデッサの記憶が訴えてきていた。でも俺自身の思いじゃないから、明確にはわからなかったんだな。

 もしも魂の底に引っ込んでいるデッサが本当に騒いでいるのなら、おとなしくしてほしいもんだ。リューミアイオールから逃げて俺に押し付けたんだから、いまさら現世にどうこう言うなというのが正直なところだ。

 でもまあ俺自身もあの二人には同情する思いはある。お金も持っている。でも絶対助けたいという思いまではない。こちらになんからの利があるなら助けてもいいという感じだな。いつまでもこのもやもやが残っているのも不快だってことも理由になるかな。


「ちょっと聞きたい」

「なんだ?」

「俺はあの二人を助けられるだけのお金は持っている。そうすることで俺になにか利益はあるか?」


 ケイスドは不思議そうに見返してくる。


「なんというか不思議な質問だな? そうしたいならやればいいと思う。だがそうすることに積極的でもないような」

「ちょっと複雑な感情があって」


 今の俺とデッサの関係を話しても納得はできないだろうからなぁ。


「利益と言われてもな……あの二人がまともに宿をやれるなら定期的な収入があるってことか。でも出した金の回収にどれくらい時間がかかるか。ほかには冒険者用の宿として経営するように指示を出して、その恩恵をお前が受けられるようにするとか」

「収入はそこまで惹かれないけど、恩恵の方はちょっと興味があるな」


 今の宿は普通の宿で、疲労回復とかに特別優れているわけじゃない。マッサージ以外でも疲労がとれるようになるなら嬉しい。

 それに俺の宿になるなら、俺に一番適した回復ができるように差配できるかも。


「といっても設備投資にまた金がかかるだろうし、経営を失敗すると今度はあの二人が宿を潰すことになりそうだ」

「あの二人ってどれくらい経営に関する知識があるんだろ」

「さてな? 祖父母からどれくらい仕込まれているかにかかっているだろう」

「不安ならよそから人を引っ張ってきたら?」


 クリーエが提案してくる。


「私も経営の勉強していて、一人でなんでもやる必要はないって言われているよ。宿の経営もあの二人だけでやらなくていいんじゃないの?」

「経営に明るくて、仕事を探している者か。カンパニアに行けばその条件で探せるかもしれない」


 カンパニアってミストーレ三大ギルドの一つだったはず。これまで縁がなくて行ったことはないな。

 こういう形で関わるかもしれないとは思ってもなかった。


「こうして話しているが、金を出すのは決定なのか?」


 ケイスドに聞かれて、首を横に振る。


「あの二人の人となりとかやる気とかそういったことを聞かないことには無理。助けられて満足して、宿をやらないとか言われたら意味がないし。さっきも言ったけど、俺としても利益が欲しい。ただお金を出して終わりとかそんなお人好しじゃないよ」

「そのスタンスは向こうとしてもありがたいかもな。無償で助けてくれるとかなにか裏があるかもって不安になるだろうし。いやまあそもそも見知らぬ人間が金を出そうとする時点で怪しむか」

「断られたらこっちとしてもさっさと諦めるけどね」

「俺としては借金の回収がスムーズにいくから受けてもらった方が助かる」


 借金取り側としては、この話を受けろと推奨するわな。

 話しているうちに家に到着する。前向きにあの兄妹のことを検討していたからか、もやもやが消えていった。本当にデッサが騒いでいたのかもしれない。

 寒いため以前のようにルガーダさんの姿は外にはない。

 二人と一緒に家に入り、そのままルガーダさんがいると思われる私室に向かう。


「ただいま、お爺様」

「おかえり。デッサも一緒だったのか。久しぶりだな」

「お久しぶりです」


 俺たちに椅子を勧めたルガーダさんは、まずはケイスドに今日の仕事について話すように促す。


「今日行ったところは返済意思のある者たちばかりだったので、特に揉めるようなことなく回収してきました」


 こちらが回収してきたお金と返済者の名前ですとメモと袋をルガーダさんの前に置く。

 ルガーダさんはそれを確認し頷く。


「例の兄妹は……まあこんな感じだろうな」

「予想通りでしたね」

「返済意思はあるが、返済能力が足りない。あの二人に無茶を強いるのは避けたいから、宿の売却を受け入れてもらいたいのだが」


 お金は稼げるけどきつい仕事場に放り込んだり、娼婦は避けたいってことかな。


「それについて進展というかなんというか。デッサが肩代わりしてもいいと提案がありました」

「デッサが? 安くはないぞ、大金だがあるのかね」

「金貨千五百枚ほどギルドに入れてあるので余裕でしょう?」

「たしかに十分すぎるほどの金額だが、どうやって稼いだ」

「戦闘で無茶したり、開発協力した技術が高値で売れた報酬ですね。俺もここまでの金額が入ってくるとは思っていませんでした。武具や必要な道具を買いそろえてようやく一割を使えるという感じで、使い道がないお金でもありまして」


 下手すると死んで無駄になってしまうお金でもあるし、大事に貯めておくのももったいない気がする。


「それにしても大金にはかわりあるまい。なぜ出そうと思ったのか不思議だ。あの兄妹とは縁もゆかりもないのだろう?」

「なんの縁もありませんね。同じように家族に苦労させられたということで同情したという感じです。もうちょっと複雑なんですが、上手く説明できません。それと肩代わりを決定したわけでもありません」


 ケイスドたちに話したように、自分の利益のためでもあるということ、あの二人の今後が確認できなければお金を出すのは中止すると話す。


「ただ金を出すだけではなく、自らの利益も追及し、あの二人の今後も見据えての行動か。安心した。同情心だけで金を出すのなら、さすがにお人好しがすぎると止めるところだった。お前の金なのだから自由に使えばいいが、この話が広まると自分も助けてほしいと様々な者に付きまとわれることになるだろうからな。詐欺師もお前を狙うかもしれない」

「その展開は嫌ですね」

「想像するだけでも面倒だな。同情したという理由はできるだけ隠した方がいい。あの兄妹にもしっかりと口止めするように」

「ええ、肩代わりが決定したらそうします」


 今はまだ俺たちが勝手に進めている話でしかない。

 

「この話は決定してほしいものだな。もしそうなったらうちから紹介する者を雇ってくれ」

「どういうことでしょうか」

「監視とかそういう理由ではなくてな。裏から手を引いて表に行きたいという者はいるんだ。そういった者を受け入れてくれる仕事場は貴重でな」

「真面目に働くならいいんじゃないでしょうか。人手が足りていない状態みたいですし」


 さすがにルガーダさんたちの紹介で、稼ぎを持ち逃げするとか馬鹿はしないだろう。この人たちの顔に泥を塗るようなことをしたら、その後が怖いだろ。


「それなら私からも頼んでいい?」

「クリーエも?」

「うん、年上の友達に働きたいけど職がみつからないって言っている子がいるの」

「なにか問題があって働けないのか? 問題児を引き受けるのはちょっと」

「特に問題のある友達がいるとは聞いていないが」


 ルガーダさんが言う。それにクリーエが頷く。


「伝手がなくて、タイミングも悪いって言っていたよ」

「真面目に働かないなら辞めてもらうけど、それでいいなら」

「うん、伝えておくよ。ありがとう」


 話がひと段落し宿についてだけではなく雑談もして、二時間ほどでルガーダさんたちと別れる。

 その足で今度こそ職人の家に向かう。

感想ありがとうございます

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] > 下手すると死んで無駄になってしまうお金でもあるし、大事に貯めておくのももったいない気がする。 食べられること前提で生きてるはずで、次の中ダンジョン行ったら一般人の限界まで到達って…
[一言] もしもデッサが元家族と再会してしまったら全員を一発殴るくらいの権利はあるでしょうね。 まあそうなったらその場にいた生贄云々に関与していない何も知らない人達にも事情説明したりして 結果、元家族…
[一言] あぶく銭ってほど降って湧いた金ではないですけど現状だと死蔵しかねない金額ですもんねえ うまくいけば精神的にかなりいいことでしょうが果たしてうまくいくのか
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ