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146 帰ってあれこれ 4

 シーミンたちに挨拶した翌朝は、ダンジョンに向かう準備をして宿を出る。

 少しの間、午前は鍛錬、午後は挨拶といった予定で用事をこなすつもりだ。

 向かう階は五十階で、戦う相手はビッグワームだ。魔力活性とシャンガラから持ち帰った護符を使って、伸ばした棒で叩きのめしていく。剣が使えないから与えられるダメージは減っているけど、戦いそのものには苦労しなかった。

 ビッグワームは地面の中から襲いかかってくる。以前は奇襲を受けないように地面に集中してゆっくりと進んでいたけど、気配を捉える鍛錬のおかげで接近に気付きやすくなったのだ。

 地面から出現すると同時に叩くという、モグラたたきのようなこともやったりして鍛錬を終えてダンジョンを出る。

 昼食を食べてから町長の屋敷に向かう。

 門番に呼ばれていることを告げると、確認するから待てと言われて十五分ほどそこで待つ。

 そして案内の使用人が来て、屋敷内へと先導してくれる。通されたのは応接室で、さらにそこで十五分ほど待つと、町長が蓋つきの木箱を持った部下と一緒に入ってきた。


「やあ、久々だな。遠出していたらいしね」

「はい、ちょっと国外に用事があって、昨日帰ってきました」


 頷きながら町長はテーブルをはさんで向かいのソファに座る。


「そうか。君を呼んだのは報酬が届いたからだ。忘れてはいないと思うが、魔力循環のものだな。この書類にサインを頼む」


 差し出された書類には読めない単語がある。それを飛ばして読める部分だけで判断すると、受け取ったということを証明する書類らしい。

 内容が合っているか確認すると肯定された。


「受領証明書だ。国から届いたものだから、きちんと渡した受け取ったという記録を残す必要があるんだ」


 なるほどと頷いて、空欄部分にデッサと名前を書き込む。

 町長はその書類を手元に引き寄せて、代わりに木箱が俺の前に置かれる。


「蓋を開けてくれ。その中に金貨千枚が入っている」

「金貨千枚」


 多いなと思いつつ蓋に手をかけて、ばっと町長を見る。


「千枚!?」

「ああ、千枚だ。ちゃんと確認したから間違いない」


 蓋を開けると、綿と一緒にきちんと並べられた金色の輝きが目に入ってくる。

 ぱっと見で千枚とはわからないが、百枚二百枚ではないとすぐにわかる。


「千枚って、想像以上の報酬が届いたな」

「それくらいの価値があったということだ。もしかすると追加報酬も届くかもしれんぞ」

「千枚で十分だと思うんですけど」

「魔物への対抗手段になりうるものだからな。実際に戦って役に立てばさらに価値は上がるだろうさ」


 役立つのは身をもって理解したからなぁ。

 どうすんべこのお金。シャンガラでもらった七百枚でも余り気味なのに。普通に暮らせるなら大金はありがたいんだけどな。

 とりあえず考えるのを止めて目をそらすために蓋をする。


「使い道はあるのかな?」

「今のところなにも思いつきません。武具更新とかは手持ちのお金でどうにかなりますし。ギルドに全部預かってもらいます」

「いきなり大金を得ると金銭感覚が狂うことがあるから気を付けて。国からの報酬で身を持ち崩したとか風聞が悪いしね」


 だろうね。その場合、国のせいというわけじゃなくて、俺自身に問題があるんだろうけど、それでもまったくの無関係ってわけでもないし国としては困るんだろう。

 気をつけますと答えて、屋敷から出る。

 そのまま小箱を抱えて、ゴーアヘッドを目指す。

 受付には昨日と同じ職員がいて、その人にお金を預けたいと木箱の中身を見せる。職員は目を丸くして俺を見てくる。


「またですか? というか法に触れるようなことしていませんよね?」


 していないと手をぱたぱたと振って否定する。

 さすがに二日連続で大金を預けると、不安を感じるのか戸惑った様子だ。

 

「してないですよ。昨日のお金は少し前の仕事の報酬でもらったもので、こっちは数ヶ月前の仕事の報酬なんですよ。町長から受け取ったものなので確認してもらってもかまいません」

「さすがにそこまではしませんが、驚きますよ」

「俺も受け取るときに驚きましたね。もっと少ないと思ってましたし。千枚あるので確認して九百枚を貯金に、百枚を引き渡しでお願いします」

「はい、昨日と同じく時間をいただきます」


 木箱を渡して、昨日と同じく依頼を眺めて時間を潰し、手続きが終わってギルドを出る。


「次は防具を買いにいこうかね」


 金貨百枚あれば足りないことは絶対ないだろうと思いつつ、以前キュイラスを買った店に向かう。

 店に入り、店員に声をかける。


「鎧と兜と籠手とレガースを買いたい。今使っているこれよりも頑丈で重さもさほどではないものはありますかね。値段は高くなっても大丈夫」

「使っているものを確認させていただきたいので、外してもらっていいですか」


 奥に通されて、そこで防具を外す。


「鉄で作られた防具ですね。今どこの階層で戦っているんですか?」

「五十五階」

「そこだとこれらは物足りないでしょう。求められた条件でこの店でそろえるなら金貨二十枚ほど必要になります。もっといいものを揃えたいならよその店で金貨三十枚くらいでしょうか。籠手とレガースはこの店で買ってもよそと質は変わりませんね」

「では籠手とレガースをお願いします。あとどこの店に行けばいいか教えてください」

「承知いたしました。まずは二つの防具を持ってきますのでお待ちください」


 店員は倉庫に向かい、十分ほどで籠手とレガースを数種類持って戻ってくる。


「サイズをいくつか準備しました。この中で合うものがないと取り寄せになりますね」


 持ってみると軽さを条件にだしたおかげか、これまで使っていたものと変わりない。


「これ以上の重さなら丈夫さももっと上になります?」

「そうでもないですね。値段が安くなるだけで、丈夫さはそこまで大きく変わることはありません」


 そうなんですねと返しながら、籠手をつけていく。

 籠手もレガースもサイズが合い、今日購入することにする。


「これってどんな材料を使っているのか聞いても大丈夫ですかね」

「大丈夫ですよ。質の良い鉄とモンスターから得られた鉱石の合金です。モンスター鉱石をメインにしているため軽く丈夫ですが、値段も上になっています」

「これ以上の質を求めるとなるとモンスター素材を使うのが当たり前になってくるんですかね」

「はい。鉄より硬い金属で手に入れやすいのはそれらですからね。最上品は帝鉄や青銀鉄や鮮紅銅といったものになりますが、お金を出しても手に入らないこともあります。手に入る範囲で最上品はモンスター素材を使ったものになるでしょう」


 帝鉄などはゲームにも出てきた。最高峰の武具に使われていると説明されていたのを覚えている。

 良質な鉄鉱石や銅鉱石の鉱脈が、癒しの泉のような力ある流れに触れ続けることで変質する。変質したそれを加工し、帝鉄や鮮紅銅と呼ばれるようになる。

 たしかファードさんは報酬で購入優先権を求めたんだっけ。もしかすると帝鉄とかを手に入れるためだったのかな。

 

「ところでこれまで使っていた籠手とレガースはどうします? 下取りしますか、それとも持って帰りますか」

「下取りで」


 そこまで高値で引き取ってはもらえないだろうけど、今後使っていくこともないだろうし下取りでいいだろう。

 お金を支払い、質の良い鎧と兜を購入できる店を紹介してもらう。

 教えてもらった店に行き、籠手やレガースと同じ品質の品を求める。


「あ、そうだ。ついでに今使っている魔製服より上のものがあるか聞きたいんですが」

「拝見させていただきます」


 店員は数秒ほど俺が着ている魔製服を見て、袖に触れる。


「ございますよ。ただし今着ているものはまだ使うことができます。それ以上となると七十階手前くらいで買い替え時期になるでしょうか」

「あー、そのくらいなんですね」


 七十階なんてまだまだ行かないし、魔製服はこのままでいいか。

 鎧と兜だけ準備してもらうことにして、準備されたものを身に着ける。兜はこれまで使っていたものと同じくスモールジェットヘルメットとゴーグルだ。頑丈さ以外にも着け心地も良くなっていた。鎧は肩当てのついたものでゲームなどでよく見るものだ。ぐるぐると腕を回すと肩当てが若干邪魔かなと思えた。外して使うほどでもないだろうと、そのままにしておく。

 これまで使っていた鎧と兜も下取りに出し、お金を払って店を出る。

 

「ここからそう離れてないし頂点会に行ってみようかな」


 魔法道具の職人さんの家よりも近いし、ファードさんの手がどうなったのか気になるということで頂点会に足を向ける。

 頂点会では以前のように鍛錬をしている人たちの姿が見える。鍛錬場には足が埋まるほどの雪はほぼなく、端へと寄せられていた。

 見知った顔に手を振って挨拶し、玄関横の鐘を鳴らす。

 出てきた人にファードさんがいるか尋ねて、いる場合は会えるかどうかも聞く。

 いるけど返事を聞いてくるということで、屋内に入って待つことになる。そう時間をかけず戻って来た人に案内されて、応接室に入る。


「久々だな、デッサ」


 挨拶を返しつつファードさんの右手をちらりと見る。

 右手には包帯は巻かれておらず、ぱっと見は異常がない。


「お久しぶりです。年末前から出かけていて昨日帰って来たんですよ」

「力強さが増しているが、それ以上に動きが洗練されている。なにをしてきたんだい」

「少し見ただけでわかるんですか」


 俺ほとんど動いていないぞ。そんな少ない動作で見抜けるんだなー。


「数十年の研鑚は伊達ではないということだよ」

「すごいですね、そうとしか言えません。それでなにをしてきたかですが、模擬戦とか気配を感じる鍛錬です。そこらへんの成果が動きに現れたんでしょうね」

「技術面を鍛えてきたか」

「いろいろあったけどそれを糧にできる良い旅でした」

「羨ましいことだ」

「ファードさんは右手どうなりました?」

「完治したよ。なんの後遺症もなく動かすことができる」


 右手を顔辺りまで上げて動かす。なめらかな動きで、痛みで顔を顰めることもなかった。


「完治したあとは、技の完成度を上げていた」

「技ですか、俺も唐竹割りが未熟ながらもある程度は形になりましたね。ファードさんの技はどのようなものですか」

「カルシーンと戦ったとき、最後に使った正拳突きがあっただろう? あれだ。あのときわしは目指していたものを理解した。この年齢まで現役を続けてきたのは、この拳を完成させるためだと」


 ファードさんは上げていた右手を握りしめ、憧れや楽しさといった感情を込めた目で拳を見つめる。

 

「それを理解して拳が完治してからは、主に正拳突きと魔力循環の制御をやってきた。拳を突き出すたびに思い描いた完成形とズレが生じていて、未熟を突きつけられる思いだ」

「ファードさんが未熟ですか。技一つ極めるのはかなり大変なんですね」


 ただ高めた魔力を込めるだけではないんだろうな。動作のタイミング、力の入れ具合、自身の調子、いろいろなものが重なったとき、ファードさんの拳は完成するのかもしれないね。


「うむ、長い努力が必要なようだ。だが楽しいな」


 子供が欲しかったおもちゃを与えられたような輝きに満ちた笑顔になる。


「未熟を突きつけられるが、同時に一歩一歩確実に近づいている実感がある。完成した暁にはカルシーンを打ち砕いて見せよう」

「頼もしい言葉です」

「まあ、完成する前に再会してしまう可能性もあるがね」


 あれだけ怒ってたし、向こうからやってくる可能性も皆無ではないだろうな。

 そのときはファードさんが嬉々として相手してくれそうだ。

 

「カルシーンよりも弱い魔物なら現時点でも倒せそうですね」


 拳に希望に満ちた視線を向けるファードさんに言う。


「倒せるだろうか」

「俺がこの前戦った魔物ならば確実に倒せますね。魔力循環三往復と未熟な技でなんとかなりましたし」

「また魔物と遭遇したのか」


 驚いたように目を見開く。


「ええ、向かった先でタイミングが合って、封印が解けた魔物と戦うことに。長い封印で弱っていたようで理性もなくしていて、とても強いモンスターといった感じでした」

「なんというか妙な運を持っているな」


 感心と呆れを混ぜた目で見られる。


「友達にも言われたことがあります」

「こうして無事に帰って来ることができてよかった。今後はまたダンジョンかな」

「はい。武具の更新を終えるまでこれまで行っていた階層より手前で戦って、準備が整ったら先に進みます」

「今どれくらいなんだ」

「五十五階ですね。そろそろ転送屋が使えなくなるから、ダンジョンに泊まり込む準備を整えてもいます」

「これまでのように一人で行くのはあまりお勧めしないぞ」

「タナトスに協力を求めました。あの人たちも六十階辺りでじっくり鍛えているそうですから。七十階くらいまでは同行してもらえるんじゃないかって話です。一人で行くことも予定していますけどね」

「そうか。七十階まで行ったらうちが鍛えるときに一緒に行くかね?」

「いいんですか?」

「一人同行者が増えるくらいならどうってことはないさ」

「そのときになったお世話になります。しかし転送屋を使えるのが六十階までというのは不便ですね」

「もっと冒険者が増えて、先に進む者も増えたら転移の柱も壊されることはないのかもしれないが」

「せめて自由に行き来ではなくて、帰りだけでも転移できたら楽なんですけど」

「それは可能だぞ」

「へ? そうなんですか?」


 ファードさんは頷く。


「転移板という石板と転移の柱を魔法で繋いで、転移板を壊すことで一番近い柱へと転移できる」

「そんな便利なものがあるなら、何度もダンジョンに挑戦して最奥に到達する人がいそうなものですけど」

「とても高額なうえに品薄、さらに一度のみの使い切りなのでな、何度も使うのは難しいのだよ」


 値段は転移板一枚で金貨百枚だそうだ。金貨十枚なら大ギルドは気軽に使えそうだけど、さすがに百枚をぽんぽんと出せないみたいだ。頂点会も所有しているが緊急時の保険として考えているとファードさんは言う。


「高いですね」

「いざというときは頼りになるが、気軽に使えるかというとな」

「もっと劣化したものがあれば安くなるんでしょうけどね」

「劣化というと?」


 興味をひかれたように聞き返してくる。


「転移はできるけど、転移の柱から十階分だけ離れたところまでというふうに性能を落とすとか。七十階まで戻れば安全地帯に帰ることができるというだけでも安心感があると思うんですよ。最奥に進むのには役立たないけど、鍛錬目的ならその性能でもいいんじゃないかって思います。そうやって力をつければ、奥に進むのに役立つんじゃないかな」

「なるほどな。その性能でも緊急時の避難に使えるし、十階分だけでも帰還の手間を減らせるというのはありがたい。それにうちで転移の柱を六十階以降に持っていくときも、その柱と魔法で繋げれば七十階以降でも使えそうだ。転送屋にこの話をしてみようと思うが、構わないかね?」

「どうぞどうぞ。実現したら俺にも利がある話ですし」


 すでにあるものを劣化させるんだから、実現不可能な話ではないと思う。

 だからといって検証なしですぐにできるとも思わないから、この話を忘れた頃に完成するかもしれない。


「完成はいつになりますかね」

「いつだろうな。できるだけ早いと嬉しいが」

「そうですね。ところで話は変わりますが、ファードさん以外の魔力循環習得状況はどうなりました? タナトスは一往復だけなら不安定ながらも戦闘で使用できるようになっているそうですよ」

「こっちも似たようなものだな。常時使用とまではいっていない。ここぞというときに使うようにしている。そっちもこっちも進展が見られているから、鍛錬を開始した者たちは一年もかからず一往復を安定させるだろう」

「ある程度魔力活性を使いこなせる状態で鍛錬を開始して、一年で安定するといった感じですかね」

「手探り状態で鍛錬を始めたわけだから、鍛錬方法を確立させればもう少しは早くなるかもしれん。だが半年以上は確実に時間を必要とするだろう」


 魔力活性の応用とかそういったものだし、そう簡単には習得できないのも無理はない。

 鍛錬方法が確立されるのはいつになるか。頂点会の面々と王都にいるナルスさんたちの頑張り次第かな。

感想ありがとうございます

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― 新着の感想 ―
[一言] 報酬の額が凄まじいですけど後半に出てきた転移板なんかを積極的に使うには足りないですねー いざって時の備えで持っておいて損はないんでしょうが金貨百枚はお高いなあ
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