145 帰ってあれこれ 3
中ダンジョンに行くという話題で少し都合が悪いのを思い出す。
「武器のメンテとか防具の買い替えを予定しているから近日中だとちょっと困るかな」
せめて剣が戻ってくるまでは準備期間をもらいたい。中ダンジョンに出てくるモンスターなら伸縮棒で倒せるから修理した剣を持っていく必要はないんだけど、ディフェリアのときのようなトラブルがあるかもしれないし。
防具の買い替えは、時間がかかりそうなら後回しでもいい。中ダンジョンや並みのトラブルなら今の防具で十分だ。
「わかった。少し先を予定しておくわ」
「よろしく。そっちは五十階まで行ったってことはアーマータイガーと戦った?」
「ええ、皆と協力して倒した。今はビッグワームとブラックベアをメインにして戦っているの」
「ちょっとハイペース気味だからハスファに止められていたわね。デッサよりはましって言い返して、溜息を吐かれていたわ」
シーミンに悪い影響を与えたってハスファから叱られないか、これ。
「実際デッサみたいに一人じゃないし、疲れるのが当たり前のペースで進んだわけでもないし」
「そうなんだけどね。シーミンに引きずられるように皆の鍛練も進んで、一段階強さの平均値が上がったから、うちとしても喜べることだし」
この冬の間に魔力循環を一往復できるようになった人が増えたことも、タナトスの一族強化の一因となっているそうだ。
使えるといってもまだ完璧ではないらしい。若干気持ち悪さが残っていてふらっとくるので隙が生じてしまう。
それでもほかの人が戦っている間に、魔力循環を使って態勢を整えることができるため殲滅力が増した。
「タナトスで一番強い人でどれくらいの階で戦っているんですか?」
「六十階。それ以上は転移できないし、そこでじっくり鍛えているの」
「なるほど。俺がそこに行くのはまだまだ先ですけど、行けるようになったらダンジョンに泊まり込む予定なんですよ。六十階以上で鍛えるなら一緒に泊まり込みます? こちらとしても一人で寝泊まりしないでいいのは助かるんですが」
そのための道具も買いそろえたと伝える。
シーミンたちの表情が呆れ顔になる。
「一人で泊まるつもりだったの? 相変わらず無茶をしようとするわ」
「さすがにペースは落とすつもりでしたよ。これまでとは疲れ具合が段違いでしょうし」
「とりあえず皆にそのことは伝えておくわ。今ここで決められないからね。でも七十階までは一緒に寝泊まりするかもね」
それでも助かる。七十階に行くまでに、ダンジョン内での寝泊まりに慣れることができるだろうし。
「無茶を平然とやろうとするなんて知ったら取材は中止になるかもね」
「取材ってなんのこと? 話の流れ的に俺に取材でも来たような感じだけど」
「ええ、王都から人が来たのよ」
「なんでまた俺なんぞに」
シーミンがモーリスという人について話し出す。
ほうほう、本を作りたくて参考にするために来たと。カルシーンのときの話を聞いて? そしてシーミンだけじゃなくてほかにも聞いて回った。王都から来たってならニルが関わっているのかもな。
これは良いことなんだろうか。普通は名が売れているから喜ぶことなんだろうけど、そのせいで依頼とかが来て時間をとられるようになるのは勘弁だな。
「その人以外に俺の話を聞きに来た人っている?」
「いないわね」
「だったらそこまで大きく俺の名が広まったわけじゃなさそうだな」
「安心しているわね。有名にはなりたくない感じかしら」
「鍛錬の邪魔になるかもと思うと、あまり喜べないね」
「それを聞いてもっと名が広まれって思ったわ。そうしたらペースが落ちて安全に鍛錬するようになるだろうし。ハスファも同じことを思うでしょうね」
ペースが落ちすぎると死ぬからな。ただでさえこの先ペースが落ちることが確定しているのに、さらに時間をとられるのはやめてほしい。
そんな考えが表情に出ていたのか、渋い顔だと呆れられる。
この冬にミストーレで起きたことなどを話して、夕方前にタナトスの家から出る。預けていた荷物も一緒だ。
玄関先までシーミンがついてくる。
「ちゃんと帰って来てくれて安心したわ」
「約束したしね。よそに行ってみてわかったけど、鍛えるなら大ダンジョンが一番だよ、本当に」
「タナトスは基本的に大ダンジョンから離れないから、ほかの場所の事情はわからないのよね」
「大きな町だけあって色々と便利だし、人が集まるのもわかる」
「便利なのは私もわかる。それでもぶらっと町を出て、よその町を見てみたいときもあるわ。ここを捨てたいわけじゃない。ただたまに違った風景を見てみたい」
「引退したらあちこち行けそうだけどね」
引退して仕事から離れたら、タナトス特有の雰囲気も薄れるかもしれない。可能性でしかないから、自由な旅なんて無理かもしれないけど。
「ずいぶん先の話だわ。そんなときが来るなら楽しみね」
「それじゃ帰るよ。またな」
「ええ、またね」
微笑んで手を振って見送ってくる。
それに手を振り返して、教会を目指す。
聖堂に入って椅子のそばに荷物を置く。ハスファたちの仕事が終わるまでもう少し時間があるだろう。それまで旅が無事に終わったことやリオの無事を神像に祈ったりして時間を潰した。
そうしているとハスファが聖堂に姿を見せる。
俺を見ると嬉しそうに笑顔で近寄ってくる。
「おかえりなさい」
「ただいま。まだ仕事中じゃないのか」
「そろそろ終わるってところだったんだけど、同僚があなたの来訪に気付いて教えてくれたんです。そして早めに切り上げて会いにいってらっしゃいって皆が言ってくれてね」
「そうだったんだ」
ハスファは隣に座る。
「いつ帰ってきたんですか」
「今朝。朝から武具のメンテとか帰還の挨拶とかであちこち歩き回ってきたよ。こっちはまだまだ寒いな」
「行った先は暖かくなり始めていたんです?」
「向こうも寒かったけど、雪がほぼないから寒さはまだましだったし、暖かくなるのはこっちよりも早そうだった」
「そうなんですね。過ごしやすそうです」
そこまで言って少しばかり真剣な表情になった。
「気になることを聞きます。無茶してきましたか」
「まあ聞かれるよね。最後らへんは無茶したねー。滞在中のほとんどはこっちにいるより穏やかに過ごしたよ」
「穏やかな日が多かったのはとても喜ばしいんですが、やった無茶というのはどんなことでした?」
「魔物と戦ってきた」
「またですか!?」
「今回はしっかり勝ってきたし、カルシーンのときほどダメージは受けなかった」
「自慢げにしているところ悪いのですが、それをともに喜ぶのは難しいですね。こうして無事な姿を見せてくれて心底ほっとしてます」
いつも無事でいるようにと思っているハスファならそう言うわな。
「ハイポーションで治る怪我ですんだし、安心してほしい」
「いまいち安心できませんからね。ハイポーションで治せる怪我は大怪我にあたるんですよ。一般人だと死んでもおかしくない怪我です」
まったく仕方ない人なんですからと溜息を吐く。
「過ぎたことですからあまりあれこれ言いたくはありませんが、体を大事にしてください。ポーションで治るといっても、限度があるんですから」
「できるだけ注意したいと思います」
現状こうとしか言えんよ。
「いつもそう言うんですから。別の話をしましょう。危なくないことで印象に残ったことってなにかありました?」
「鎮魂会かな。人がたくさん集まって、ミレインを演じた人を見に来ていたよ」
「こっちとはずいぶん違うようですね」
「あそこが特殊なんだよ。あそこまで盛り上がるのはおかしいって俺でもわかる」
「盛り上がったんですか」
「さすがに鎮魂会の最中は静かだったんだけど、終わると歓声とかがすごかった」
「歓声があがるようなイベントではないはずなんですが」
「ミレイン役がすごい美人でね。いいものが見れたって思う人ばかりだったんだよ。俺が見てきたなかで一番の美人だったよ」
「そこまでの美女なら納得いくような気もしますね」
「リオは男だよ」
俺がなにを言ったのか理解不可能という感じにハスファが固まる。
美女ですよねと再度確認してきて、それに俺も男だと返す。
「男性がミレイン様を? それが大盛り上がり? なぜ?」
心底わからないと悩んだ表情のハスファ。
「すっごい美人だからとしか言えないかな。直接リオを見れば納得できるんだろうけどね。見た人が誰も疑問を抱かず納得していたんで、そんなものだと納得しておいて」
「納得……納得できない」
頭を抱えて、どうにか納得しようとしたみたいだけど無理だったようだ。
信仰の対象だし余計に悩むのだろうか。話題を別のものにした方がいいな。
「この話題はここまでとしておいて、ほかに印象に残ったことはギターを手に入れたことかな」
大きく深呼吸してハスファは表情を落ち着かせる。
「趣味の一つとして候補にあがってましたよね」
「そうそう。時間ができたときにちょこちょこ演奏しているよ。趣味以上ではないから腕前もそこそこだけどね」
「聞いてみたいです」
「体調確認に来たときに弾くよ」
「楽しみにしてますね」
「期待しすぎないようにねー。話したように俺は危ないこと楽しいことそれなりにあったけど、ハスファの方はなにかあった?」
私はと言って、また悩んだ表情になる。鎮魂会を思い出して、さっきの話題も連鎖で思い浮かんだんだろう。
「鎮魂会が一番なのは予想がつくからそれ以外で」
「ええと、家族と年末年始を過ごしたことだったり、夜主長様の説法だったりでしょうか。ほかは……シーミンが頑張りすぎたことですかね」
ジト目になって俺を見てくる。
「もう少し落ち着くように言っても、デッサさんは自分以上に無茶しているから自分はまだましだって言い返してきましたよ。シーミンにまで悪影響を与えてますねー」
「言われると思ったよ。で、でもさ、シーミンは家族とダンジョンに行ってるし俺ほどじゃないから」
「デッサさんがもう少し落ち着いてくれれば、シーミンも言い訳には使えなかったんですよ?」
「お、俺の無茶は必要な無茶だから」
視線をそらしながら答えると、ハスファはわざとらしく溜息を吐いてみせる。
「事情があるのはわかっていますけどね……平行線になるのでこれ以上は言いませんよ。これからも体調を崩していないか確認していきますからね」
「お世話になります」
頭を下げると、仕方ないなといった感じでふわりと微笑む。
そろそろ帰ることにして、最後にこれまでと同じ宿だけど部屋が違っていることを話してハスファと別れる。
宿に帰り、食後に荷物を整理する。持ち帰ったものを以前置いていた位置に設置しているうちに時間が流れていった。
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