144 帰ってあれこれ 2
店を出たあとは教えてもらった二軒に行くつもりだから、近所の食堂で昼食をすませようと周辺を見渡す。
見つけたところに入って、ポトフを食べて体を温める。温まるのはありがたいけど、味はそれなりだった。
リオが作ったものの方が美味かったと思いつつ食堂を出て、教えてもらった店に向かう。
「いらっしゃいませ」
声をかけてくれた店員に用件を伝える。
「ダンジョン内で寝泊まりするのに必要な道具がほしい」
「うちにあるものは高価なものですが、費用は大丈夫でしょうか?」
「予算は潤沢ですが、とりあえず値段を教えてください」
疑うことなく頷いた店員は、それぞれの値段と一緒に道具の効果の説明もしてくれる。
その説明の中には効果範囲に関したものもあって、それを知らないと大人数で使うものを買っていたかもしれない。
値段は安いとはいえないが、シャンガラでもらった報酬があるのでまったく問題なかった。全部で金貨四十枚だ。
「ひとまず前金として金貨十枚渡しておきますから、取り置きお願いできますか。これからお金を下ろしてきます」
「承知いたしました」
金貨十枚を店員に渡す。全財産が多いから金貨でもぽんと渡せるようになったなぁ。まあ必要なものだからってのもあるか。さすがに趣味でこの金額は躊躇われる。
店を出て、ゴーアヘッドに向かい、お金を下ろす。防具のお金もついでに下ろしておこうかと思ったけど、いくらかかるかわからないから、値段がわかってからでいいやと必要分プラス金貨五枚を下ろしてゴーアヘッドから出る。
店に戻って残りの金貨三十枚を渡す。
「商品を準備いたしますので、あちらのテーブルでお待ちください。お渡しする際に扱う際の注意事項などお話します」
「わかりました」
すぐに壊すようなことはしたくないから、説明はありがたく受ける。
道具を持ってきた店員はテーブルにそれらを並べて、一つ一つ説明していく。
丁寧な説明で、専門用語も極力避けてくれたので聞き直すこともなく、受け取りが終わる。
道具を持って一度宿に帰り、タンスに入れて宿を出る。
「あとはタナトスの家に行って、教会に行って終わりでいいか。防具や役所は明日だな」
予定を決めてタナトスの家に向かう。その途中で焼き菓子をお土産に買っていく。
庭で雪を使って遊んでいる子供たちに挨拶し、玄関横の鐘を鳴らす。
「どうも、お久しぶりです」
「久しぶり。元気そうでよかったわ」
笑みを浮かべてシーミンの母親が出迎えてくれた。
シーミンはダンジョンの見回りからまだ帰ってきていないということで、リビングで母親と話して待つことにする。
シャンガラであったことを話していると、そう時間をおかずにシーミンが帰ってくる。
「ただいま」
「おかえり」
声をかけると、シーミンは固まって目をぱちぱちと瞬かせる。
「どうしたんだろ」
「デッサがいるとは思ってなくて意表を突かれたのね。帰還はもう少し遅くなるって思っていたみたいだし」
「あー、遅いと冬の終わりって伝えてたから」
子供たちはシーミンを驚かすためか、俺が来ていることを黙っていたみたいだ。
母親と話していると再起動したシーミンが嬉しさを隠しきれていない表情で近づいてくる。
「おかえり」
「冷静さを保とうとしているつもりなんでしょうけど、表情が喜び一色だから意味ないわよ」
「母さん、うるさい。あっち行ってて」
「はいはい」
お茶を入れてくると言って苦笑しながら母親は席を立つ。
かわりにシーミンが椅子に座る。
「帰ってきたのね」
「今日帰ってきたばかりだよ。こっちは寒いね。いや向こうも寒かったけど、雪はここまでじゃなかった」
「たしかに寒いけど、昔からこれが当たり前だから特別寒いとは思わないわね」
「そっか。もうしばらくこの雪は続く?」
「いつも通りなら一ヶ月後には解けているわよ。寒さもピークも越えているしね」
「そりゃ安心だ」
「それで今回はどんな無茶をしてきたの」
「無茶をしたのは確定か」
「これまで無茶が多かったでしょ。前例から考えたら断言してもおかしくないわよ。それでなにがあったの」
「結論から言うと、魔物を倒してきた」
シーミンがまた固まる。
「まあ魔物って言ってもミストーレで暴れたやつほど強くなかったけどね。役に立つ道具のおかげもあって俺一人でなんとかなるくらいだから相当に弱っていた」
「一人で倒したの!? というかまた魔物に遭遇すること自体おかしいのよ。普通はそんなに遭遇しないわ」
呆れた顔で言ってくる。
今回の遭遇はリューミアイオールに仕組まれたようなものだから、文句は向こうに言ってほしい。
「最終的に一人で戦っただけで、戦闘前はほかの人の協力もあったんだよ」
「どういった流れなのか説明してちょうだいな」
封印が解けて、森で魔物が暴れて、偵察ののち森の外におびき出して、そこで戦闘だったといくらか端折って話す。
話している間にシーミンの分のお茶を持って母親が戻ってくる。
「そのまま皆で戦えばよかったじゃない」
「はっきり言うと足手まといだった。一人を除いて、あの町で一番の実力者が中ダンジョンを踏破できるくらいの実力だったからね。実際途中で冒険者たちが乱入してきたけど一蹴されていた」
「大ダンジョンのある町にいると勘違いしがちだけど、よそだとここの冒険者ほど鍛えている人はいないと聞くわね」
よその事情を知っている母親がうんうんと頷きながら言う。
「でも一人は協力できたんじゃない」
「その人も現役を退いてブランクがあったからね。魔物とまともに戦うためには魔力循環三往復が必要だった。ミーゼさんもそれについてこれなかったんだよ」
「三往復が必要なら、大抵の人は足手まといになるわね。弱っていても魔物は伊達じゃない、か」
「弱ってそれなら封印前はかなり強かったのでしょうね。昔はよく封印できたわ」
「かなり高価な道具を使ったそうですよ。グルムザインの枝が再封印に必要とか言ってましたし」
「知名度の高い強いモンスターじゃない。そんなものを使ったのなら封印できたのも納得よ」
昔はよく準備できたわねと母親は目を丸くして言う。
「放置したら国全体に被害が及ぶから、あの国の王や貴族が頑張って手に入れたんだと思います」
「でしょうね」
「倒せたのは役に立つ道具もあったかららしいけど、どんな道具だった? 魔物にも効果があるとか気になる」
「縛りの刃ってやつ」
シーミンは首を傾げて、母親はあれかと呟いた。
その母親に説明を求めて、どういったものかシーミンも理解する。
「あれって魔物にも効いたのね」
「弱っていたことと一度に複数を影に突き刺したおかげですかね。さすがにカルシーンに使っても一秒もせずに砕けると思いますよ」
一度に何本を突き刺せば、数秒といった時間を稼ぐことができるんだろうか。
「影に突き刺すのも苦労しそうだし、その苦労に見合った成果を得るにはかなり息の合った人と組んで戦わないといけなさそうね」
ファードさんといった強い人にとっては一秒に満たない時間でも動きを止められるのは大きな隙になりうるのかもしれないけど、母親の言うようにタイミングを合わせるのに苦労しそうだな。
「一番のトラブルは魔物討伐なんでしょうけど、ほかにもなにかあったの?」
「ほかはリオって美人を巡ってのあれこれかな」
「そのリオってどんな人なの」
「どこからどう見ても美女にしか見えない男。ファンクラブとかがあって、領主もファンだった。見た目だけじゃなくて性格も料理の腕もよかったよ。鎮魂会でミレインの役をやって、とても似合っていた。鎮魂会も大盛り上がりだった」
「あれは盛り上がっちゃ駄目でしょ……いやそれよりも男?」
「男」
「ミレインって女神よね」
そうだなと頷く。
「女神役が似合う男ってどれだけ顔がいいのよ」
「かなり。正直あの容姿で、自身を手に入れるように対立を煽るとか悪事を企てたら国が一つ傾いてもおかしくないね」
「そこまでやれるほどとか一度見てみたいものね」
感心するように母親が言う。
「かなり目立つようだし評判や噂でも聞こえてきそうなものだけど聞いたことないわね。どれくらい遠くに行っていたの」
「国外。シャンガラって町の名前を言ってもわからないでしょ?」
「聞いたことないわ」
「小さな町だしね」
国名を言ったら、行き来だけで時間がかかりすぎるってことで矛盾を指摘されそうだから黙っていたけど、追及されないで助かった。
「たしか探しものを頼まれたと言っていたわね。見つけたの?」
「見つけたよ。大きな森の中を歩き回った。おかげで少しは森の歩き方も慣れたよ。不意打ちにも少しは対応できるようになったんじゃないかな」
木陰からモンスターとかが飛び出てくるってことが何度かあって、隠れているか見抜く経験も積めたのだ。
「ふーん。ほかにはなにかあった?」
「ほかは……ああ、ちょっとした人助けしたら気配に鋭くなる護符を礼にもらったんだ。それを使って気配の感じ方っていうのかな。それを学んできた。ギターも手に入れて、暇ができたらそれを触っていたよ。ダンジョンがないから自己鍛錬とあっちのギルドと模擬戦をやっていた。むこうのことで特別話すことはこれくらいじゃないかな」
「気配に関した護符なんてあったのね。初めて聞いたわ」
「母さんも? 私も聞いたことなかった」
二人が知らないなら珍しいものだったんだな。お礼としてもらうにはやっぱり高価すぎたと思う。
五枚とも使っちゃったし、ゼーフェとも別れたし、今更どうしようもないけどな。
「強い人がいないとか言っていたけど、模擬戦はやる意味があったの?」
「俺の圧勝で、いい勝負といったものはほぼできなかったね。でも対人戦の経験はたくさん積むことができたから、やってよかったと思う」
こっちではまたモンスターとの戦いに戻るし、対人戦の経験値を高める暇はないだろう。格下との対人戦ばかりとはいえ、少しでも不足を補えたのだから無駄ではなかったはず。
「対人戦はあまりやってなかったものね。モンスターとは違った戦いになるし、経験を積めたのはよかったと思うわ。ギターはどんな曲を弾くのか気になる」
「今度ここに来るときは持ってくるよ」
「楽しみ」
「俺のことはこれくらいにして、シーミンはこの冬をどう過ごしていたんだ?」
「私は鍛錬が中心だった。おかげで五十階まで行けるようになったわ。そろそろ中ダンジョンに行こうかなって思っているの。また一緒に行かない?」
「いいよ。そっちの都合に合わせるから日程が決まったら教えてくれ」
中ダンジョンもこれで三回目。これで一般人の限界まで鍛えることが可能になる。
一般人の限界まで到達すれば、ようやく美味しい肉としての条件が整ったという感じになるのかな。あとは技術を磨いて、美味しくなるための熟成期間成とかそういう流れになるといいな。その方が少しでも長生きできる。
感想ありがとうございます