143 帰ってあれこれ 1
転移で出現したのはミストーレから一キロほど離れた雪原だ。
辺り一面真っ白で、脛の半ばには届かないくらいに雪が積もり、シャンガラよりも寒く体を震わせる。
動物くらいしかここらを歩いていないのか、小さな足跡しかみつからない。
「シャンガラよりも冬が開けるのが遅そうだな」
冷たく吹く風から逃げるように、さっさと帰るかと呟いて歩き出す。
街道に出ると冒険者たちによって雪かきされていて歩きやすい。
町に到着し中に入る。雪景色だけど、それ以外は見慣れた光景だ。
帰ってきたなと思いながら、前も使っていた宿に向かう。
宿に入ると顔見知りの従業員が気づいてくれて、声をかけてくれる。
「久しぶりです。帰ってきたんですね」
「うん。今日からまた世話になりたいけど、部屋は空いている?」
「空いてますよ。以前と同じ部屋ではありませんけど、それは問題ないですよね?」
「大丈夫」
一ヶ月分の宿賃を払い、鍵をもらう。
部屋に向かう際に、ほかの従業員たちとすれちがい、久しぶりといった挨拶をして部屋に入る。
リュックを置いて、着替えなど頻繁に使うものをリュックから出す。
「さてといろいろとやることがあるな。まずは武具のメンテに、お金を預けて、帰還の挨拶だな。マッサージも受けておこう」
さくっと予定を決めて、必要なものを持って宿を出て、剣の修理のためにクーデルタ工房に向かう。
玄関から声をかけるとフレヤが出てくる。
「あ、デッサ君。久しぶりだな」
「ども。三ヶ月ほどミストーレを離れていたんですよ。今日は剣の修理をお願いしたくてきました」
手に持って運んでいる布に包まれた剣を見せる。
鞘に入られていないことにフレヤは首を傾げる。
「工房に行こう、そこで師匠と一緒に見たい」
フレヤに先導されて、工房に入る。
工房主も俺のことは覚えていたようで、久しぶりと声をかけてくる。
「剣の修理をしたいということです」
「まずは見せてくれ」
どうぞと布で巻いた剣を渡す。
工房主は布を解いて、抜き身の剣を眺める。
「ああ、曲がってしまったのか。それなら鞘に入らないわな」
「できるだけ頑丈に作ったつもりなんだけど、なにを斬ったんだ」
「生半可な相手じゃないだろうな。今後も斬った相手と同じくらいのモンスターと戦うなら、この剣だと正直修理してもまた曲がるな。最悪折れる」
「さすがにあれと同じものとは戦いませんよ」
魔物と頻繁に戦うような事態にはなりたくないぞ。
「そうか。修理はできるが、剣の寿命は縮むということを承知してほしい」
「わかりました。修理が終わるのはいつになります?」
「五日後には返すことができる」
それまでは伸縮棒を使っていくかな。
「それともう少ししたらこの剣だと物足りなくなるだろう。買い替えを検討しておいた方がいい」
「またフレヤさんに頼むことになりますかね」
フレヤは首を横に振る。
「俺には無理だ。技術はそれを作ったときより上がってはいるが、似た品質のものしか作れない。あと一年は修行しないとそれ以上は作れそうにないかな」
「だったら師匠の方に頼むことになるってことか」
「ああ、作るとしたら俺だ」
「じゃあそのときはお願いしますかね。その剣と同じ方向性で依頼することになると思います」
「わかった。今から剣に使う鉱石とかの準備をしておくかい? そうしておくと作成に必要とする時間が短縮できる」
「そうしときますか。ええと修理費と鉱石のお金でいくらになりますか」
工房主は考え込む様子を見せて、おおよその金額を口に出す。
お金を支払い、お釣りはチップとして渡すことにする。
「ありがとな。なにか聞きたいことがあればチップの分だけ話すぞ」
「なにか聞きたいことですか……あ、これの強化ってできます?」
棒を腰のホルスターから取り出して、伸ばしたところを二人に見せる。
剣が物足りなくなるなら、こっちも同じだろう。
「魔法仕掛けの武器か。ぱっと思いつくのは伸ばした先端に槍の穂先や鉄球なんかを取り付けることくらいか。本体そのものを強化するなら、俺たちには無理だな」
なるほど、不足部分をとりつけるってことか。でもメインは剣だから刃物はいらないし、鉄球も荷物になるから遠慮したい。
「本体を強化できる人はどこに行ったら会えますかね?」
「魔法の道具を扱っている店を尋ねるといい。そこで紹介料を払えば教えてくれる」
「ありがとうございます」
頼み事を終えて、クーデルタ工房から出る。
次は防具のメンテを頼みに向かう。こちらは鎧など全部合わせて三日かかるということだった。
防具が戻ってくるまでは魔製服だけだし、ダンジョンでの勘を取り戻すために適正の十階くらい下で戦おうかな。護符も丈夫さを上げるものを使えば、なんとかなるはず。無理そうならさらに五階戻ろう。
武具のメンテは終わったから、次はゴーアヘッドに行ってお金を預ける。
いつまでも大金を持ち歩きたくない。
ゴーアヘッドに入ると、ちらほらとこっち見てくる人たちがいた。久しぶりに顔を見たといった声が聞こえてくる。
見てくるだけで近寄ってくることはないため聞き流し、受付に声をかける。
「お金を預けたい」
「お名前をお願いします」
「デッサ」
ファイルを取り出し確認するので少し待ってくれと言われて、そのまま三分ほど待っていると確認を終えた職員が顔を上げる。
「はい。確認しました。それと役所から伝言がありますね」
「伝言? 内容はなんでしょ」
「役所に顔を出してほしいということです」
ニルからお金が届いていて、それの受け取りかな。
「了解です。これを頼む」
持ってきていたほとんどの金貨をカウンターに置く。
受付は中身を確認し、目を見開く。
「確認に少々時間をいただきます。十五分ほどしたら名前を呼びますから、ご自由に過ごしてください」
わかったと返して、カウンターから離れる。
依頼でも眺めていたら時間を潰せるはずだ。
冬の依頼はどんなものがあるのか眺めていく。雪に関したものが増えていて、以前と同じように護衛や採取もある。
依頼について書かれていることは冬の前と違っている。依頼料が上がっているのだ。雪で移動が大変だからその分上乗せされているみたいだ。
討伐依頼も増えている。人の行き来が減って、獣やモンスターがうろつくことが増えたようだ。
移動は面倒だけど、報酬は美味しいから実力がある人は稼ぎ時ともいえるんだろう。
そんな感想を持ちながら依頼を眺めていると名前を呼ばれた。
カウンターに移動し、受付に預けたお金の総数を告げられる。
「金貨を六百八十枚お預かりします。よろしいでしょうか」
「ええ、お願いします」
身軽になってゴーアヘッドから出る。
「昼にはまだ早いし、挨拶してこようかな」
まずはガルビオのところに向かう。客がいたらセンドルさんたちのところに行こうと考えつつ歩く。
ガルビオの店は、俺にとっては運良く客がいなかった。店としては繁盛しないのは困るだろう。
「ガルビオー、いるかー?」
店の奥に声をかけると足音が二つ聞こえてきた。奥に客がいたのかな?
「デッサか、帰ってきたんだな」
ガルビオと十八歳くらいの女が出てきた。
ガルビオが求めていた若い客が来るようになったんだなぁ。
俺を確認するとガルビオはその女を奥へと戻す。
「おひさ。お客さんがいたみたいだな、邪魔した?」
「客? ああ、いやあいつは客じゃない」
「それじゃなにか配達してもらった人とか」
「押しかけ弟子だよ。まだ俺に弟子をとる余裕はないってのにな」
これみよがしに大きく溜息を吐く。
「弟子?」
「そう。俺が使う薬液に興味を抱いたようでな。最初はレシピを教えてくれって言ってたんだけど、飯の種を教えるわけないから断ったんだ」
「そりゃそうだな。ガルビオの研究の成果を横取りするようなものだし断って当然だ」
「そしたら弟子になって学ぶって言い出して、毎日通ってこっちの作業を手伝いだした」
「迷惑しているなら兵に言って対処してもらったら」
「いやその……マッサージ技術を学ぶためって言って、あいつ自身の体を使って指導できるから迷惑だけじゃないというか」
役得というか、ガルビオが望むことができてんじゃないか。
「ガルビオが嬉しいなら俺から言うことはないよ。逆にやりすぎて兵に捕まるようなことになるなよ?」
「本気で気を付ける」
「気を付けるってことで思いついたんだが、他店からのスパイってことはないのか?」
「もしそうだとするとさっさといなくなっていると思うんだ」
「なんで?」
「この研究は師匠との共同開発ってことにしてある。実際アドバイスとかもらっているしな。師匠の店はこの町でも有数だし、喧嘩を売るようなことは避けると思う」
「本人じゃなくて弟子だから舐められているってことは?」
ガルビオは首を傾げた。
「うーん、今のところ怪しい部分はないと思うんだよな。一度師匠に相談してみるかな」
「念のため相談してみるのもいいと思う。空振りなら心配しすぎだったと笑い話になるだろうし。元気そうでよかったよ。またそのうちダンジョンの水を持ってくる」
「助かるよ」
ガルビオの店を出て、センドルさんたちの宿に向かう。
宿の従業員にセンドルさんたちがいるか聞いてみると留守だった。
十二日ほど町から離れると言っていたそうだ。護衛かなにかの依頼で出ているんだろう。
「もう一ヶ所行けば、昼食にちょうどいい時間かな」
頂点会と道具屋どっちに行くかと思いながら歩いていると、初めて見る道具屋が目に入ったからそこに入ることにする。
店内に入り、カウンターにいる店員に近づく。
「いらっしゃい。なにかお探しのものでも?」
「探している商品と聞きたいことが」
「なんでしょ」
「まずはこれを強化したいってこと。できる人の紹介は可能ですかね」
棒を取り出し、伸ばして縮ませる。
「そうですね、紹介自体は可能です。でもその職人が強化できるかどうかはわかりません」
「その職人が強化できない場合を見越して、ほかの人も紹介してもらうことは可能です?」
「ええ、大丈夫ですよ」
「ではお願いします」
紹介料を受け取った店員は文字が読めるか確認してきて、メモに三人分の住所を書いた。
「この三人が無理だった場合はうちでは紹介できませんね。あと上から順に腕が良い職人になっています。三番目は一人前になったばかりなので期待はできないと思います」
「ありがとうございます。それじゃ次にダンジョン内で寝泊まりするのに役立つ道具があるのか聞きたいんです」
「どの階を想定していますか」
「六十階以上ですね」
「六十階以上ですか。うちだとそこらへんで使用できるものは置いていませんね」
ここからそう離れてない場所にある店で、置いていそうな二軒を教えてくれる。
「強いモンスターたちに通じるものなので、買うには大金が必要になってきますよ」
「承知の上です。ちなみにどんな道具があるんでしょうか」
「モンスターの接近を知らせてくれるもの、モンスターの接近を減らしてくれるもの、幻をかぶせて姿を隠してくれるもの、音を消してくれるもの。こんなところでしょうか」
「幻のやつはダンジョンを移動するときも役立ちそうですね」
ダンジョンを駆け抜けたいときは魔物との戦闘を減らしてくれそうだと思ったけど、店員は首を横に振る。
「地面に固定して使うタイプなので、移動の際は使えないんですよ」
「ああ、そうなんだ。残念だ。そういったものって護符のように使用期限が決まっているんですかね?」
「壊れるまで使えますよ。たまにメンテに出して大事に使えば十年とか、それくらいもちます」
それだけ長持ちさせたら高くても、値段は気にならないかもしれない。
情報をくれた礼として、護符をいくらか買ってから店を出る。
感想ありがとうございます