142 戦い終えて 3
事務所入り口近くの椅子に座ってのんびり待っていると、十分もかからずにミーゼさんがやってくる。
「やあ、元気そうでなによりだ」
「ハイポーションのおかげですね」
「こっちから一度会いに行こうと思っていたんだよ。来てくれて助かった」
「そうなんですか。なにか用事でも?」
「礼を言いたかったんだ。先祖から伝わっていた魔物の対処をしてくれたからね。これで私も家族も肩の荷が下りた」
「こちらも狙いは最初からあれでしたからね。礼は別にいいですよ」
「それでも助かったのは事実だからね。しかし封印のことを知っていたか。知らないと言っていなかったか?」
屋敷での話し合いのときにそんなことを言ったな。でも嘘も言っていない。
「封印があることは本当に知らなかったんですよ。でもあそこに強敵がいるという情報は得ていました。だからそれをどうにかしようと森の中を探していたんです。見つけられませんでしたけどね。ここら辺の話は町長にしたんで、あちらに聞いてください。逆にこちらからも質問いいですか?」
「なにを聞きたいんだい」
「カイナンガを作る前にビッグフォレストに所属していたと言っていましたよね。それはなぜだろうと少し疑問に思ったんです」
屋敷での話し合いのことを思い出して、そのときに疑問を抱いたことも思い出した。
「それはね、最初ビッグフォレストに協力を頼もうと思って入ったんだよ。でも腐敗が見て取れて、あそこに頼っても無理だと思った」
最初は自力でどうにかするつもりだったらしい。そのために大ダンジョンにも行って鍛えた。しかし自分より上の人間が多いのを見て、才の無さを自覚し、強い人間を集め鍛える方向に切り替えたそうだ。
大ダンジョンのある都市で人を集めようとしたけど、そこを離れて地元についてくるような人はいなかった。
そのため地元に戻ってビッグフォレストに協力を得ようとしたという流れだった。
「腐敗を正して、まともな運営にしようとは思わなかったんですか?」
「その時間がないと判断した。先祖から伝わる話と毎年の封印の様子を記した記録で、封印がそろそろ解ける時期だと予測していたんだ。ギルドに入ったばかりの人間が腐敗を正すだけでもそれなりの時間がかかる。味方を作ったり、証拠集めだったりね。短期間では難しい作業だ。それを成し遂げてもギルドを騒がせた人間の言うことを聞いてくれるかわからなかった。だからいっそのこと自分で作るかと思って実行したんだ」
「こういってはあれですけど、魔物に対抗できる人材がいなかったように思えます」
怒る様子なく苦笑を浮かべて頷く。
「そうだね。甘くみていたということなんだろう。それと封印はもう少しもつとも思っていたんだよ。ビッグフォレストを健全化する時間は足りないけど、鍛える時間はあるはずだって考えていた。そうだ、聞きたいことがある」
「なんでしょうか」
「強敵を探す話を誰かにしたかい? 具体的にはシプットという冒険者だ」
「していません。探しものをしているとはカイナンガやビッグフォレストで話しましたが、強敵とは一言も言っていません」
「そうかい」
「その人がどうしたんですか」
「封印があった場所で死んでいた。彼が封印を解いたんだろうね」
「その人も封印の関係者なんでしょうかね」
ミーゼさんは違うだろうねと首を振った。
「封印はうちに任せるという話だったみたいよ。だから当時のことをたまたま伝えてきたか、偶然封印への入口を見つけたとかじゃないかしらね」
「封印はどんなものだったんですか?」
「大樹の下に地下室があってね、そこに石像になった魔物がいたんだ。入口は魔法で隠されていて、木の根元にある金属板に鍵を近づけるか、金属板を壊せば入口が見つかるようになっていた」
「シプットって人は偶然金属板を壊したのかもしれませんね」
「そうかもね。彼についての情報は今調査中だからのちのちなにかわかるかもしれないわね」
シプットについてわかったのは俺が去ったあとで、今後俺が知ることはなかった。
ビッグフォレストの職員が偽の依頼を出したことが判明し、それが繋がってこの町にいる東の領主の協力者たちが捕まった。そういったことが重なって東の領主は処罰され、領主が交代したのだった。
聞きたいことは聞けたし、本題に入ろうかな。
「話は変わりますが、今日は別れの挨拶にきました。目的を果たしたので、あと三日もせずにここを出ます」
「そうかい。世話になったよ、本当に。今後の予定は決まっているのかしら」
「とりあえず拠点にしているところに戻って、鍛錬再開ですね」
「まだ鍛えるの? 十分強いでしょうに」
「いえ足りません」
断言したことにミーゼさんは目を丸くする。
「……魔王でも倒すつもり?」
「さすがにそこまで強くなるつもりはありませんし、強くなれる気もしませんよ。ただ魔物と遭遇して逃げられるくらいの実力はつけておきたいと思っています。町長にも言いましたが、ミーゼさんにも話しておきましょう」
今後魔物の活動が活発化する可能性があると話すと、ミーゼさんは顔を顰めた。ようやく荷を下ろしたと思ったところに、また魔物関連の騒動が起こりうると聞かされたのだから無理もない。
「町が落ち着いたら大ダンジョンへの研修を本格化しておいた方がいいかもしれないわね」
「その方がいいかもしれませんね。なにかあって力が足りないことを嘆くことになりたくないですよね、お互いに」
「そうね」
大きく溜息を吐いて、軽く両方の頬を叩く。
「もう少し頑張るわ」
「気を張りすぎない程度に頑張ってください。無茶をやれと言うつもりで魔物の話をしたわけじゃありませんから。自身の幸せを追うことも大事ですよ」
「あんたもね」
ミーゼさんと別れて、孤児院に向かう。
まだリオたちは戻ってきておらず、人の気配はなかった。
リオたちは後回しにしてゼーフェに挨拶しようと、滞在していると聞いた宿に向かう。
その宿も従業員はまだおらず、客にゼーフェについて聞くと部屋にいるらしいと言っていた。
ゼーフェの部屋をノックすると、扉の向こうから足音が聞こえてきた。
「あ、デッサじゃない。どうしたの?」
「三日くらいしたらここを離れるから、別れの挨拶にと思って」
「あなたも? 私も近々帰るつもりよ」
「調査が終わったんだ」
「終わったというか、魔物が暴れたことで森の中がめちゃくちゃになって、調べたことが無駄になっちゃったからね。続行か中止かの判断を仰ぐつもり」
「ああ、そっか。初仕事がそんなことになって大変だ」
「まあ仕方ないわ」
そう言ってどんなことにもトラブルはつきものだと笑う。
「次会えるかどうかもわからないけど元気でね」
「デッサもね。無理しそうな感じだし、怪我には気をつけなさいよ」
「気をつけたいけどね」
でも多少の無茶はしないと、強くなる速度が落ちるからなぁ。
「あなたの友人は大変でしょうね。いつまでも心配しないといけないんだし」
「最初に比べたら心配させる回数は減ったと思いたい」
疑わしそうな目を向けられる。
「どうかしらね。まあ、多少の無茶はしても取り返しのつかない怪我さえしなければ、怒られるだけですむでしょ。それ以上は泣かれるでしょうけど」
「泣かれるのはちょっと嫌だから、ハイポーションとか忘れずに持っていくよ」
「そこは怪我をしないようにって言わないと」
「ダンジョンに入るなら怪我はどうしてもつきものだし」
わかるけどねとゼーフェは苦笑する。
ゼーフェと話し終えて、宿に戻り、素振りをしたりギターを触って過ごす。
夕方前に従業員たちが帰ってきて、明日から営業を再開すると知らせてきた。
翌朝、散歩がわりに孤児院に行ったけど、まだ帰ってきておらず、森に行ってカイナンガと狩りを行う。
それなりに獲物を狩って、町に戻る。
そうしてさらに翌朝、明日の朝にリオたちがいなければ挨拶なしで帰るかと思っていたら、孤児院の皆で洗濯物を干している様子が見えた。
別れの挨拶はできそうだと思いつつ大人に声をかける。
「おはようございます。リオはいますか」
「ええ、洗濯していますよ。呼んできます?」
お願いしますと頭を下げると小走りで屋内へと入っていった。すぐにリオと一緒に戻ってきた。
「おはようございます。なにか用事ですか?」
「おはよ。この町を出るから知人に挨拶をしているんだ」
「お別れですか」
少し寂しげな表情になる。顔がいいからそういった表情も絵になる。
「そうなるね。美味しいご飯をありがとうと言っておきたくて」
「こちらこそ、森で助けてもらわなければ今の私はいなかったかもしれません。怪我や病気をしないように神に祈りますね」
「ありがと。リオは厄介なファンに気を付けて。あと一人で森に行くようなことはしないようにね」
「森に関しては懲りましたから誰かについてきてもらいます。ファンに関しては私ではどうしようもないかなと」
「なにか言ったら過剰反応するかもしれないか。どうすればいいのか俺にもわからんね」
ファン同士の自浄作用に期待かな。
ファンといえばコレフはどうしているかなと思い聞く。
「今は手伝いをしてくれていますよ。屋内の掃除中です」
「元気になった?」
「ここに来たばかりの頃に比べたら格段に。日々を楽しそうにしていますし、院長もこの調子なら大丈夫だろうと言っていました」
「サーランさんに挑むような感じになっていたけど、それはどうなったんだ」
「今はまだ早いとサーちゃんと院長に説得されて、あと三年くらいしたら冒険者として鍛えるという話になっていますね。その前にサーちゃん自身がより強くなるために努力しようと決めたみたいです。今のままでもいいと考えていたみたいですけど、今回の魔物騒動がきっかけになって強くなると決めて、カイナンガのギルドに入るんだって言っていました」
以前話したように大ダンジョンに行くことにしたか、まずは自分より強い人たちに鍛えてもらうことにしたか。
どちらにせよやる気も目標もあるし望む強さは得られそうだ。
「サーランさんは予定を決めたようだけど、リオは今後どうするのか決めているのか?」
「私はこれまで通り、薬師の勉強をして、孤児院の手助けを続けていきますよ。大切なここで穏やかに過ごす、それが私の望むことですから」
リオはそれでいいのかもしれない。小さな町で暮らす今でさえファンクラブの暴走とかあるんだし、大きな町にいくとさらに大きな騒動を引き起こす可能性がある。
穏やかに暮らしたいリオにとって、そんな騒動は迷惑でしかないはずだ。
際立った容姿はその気になれば傾国も可能なんだろうし、国の安寧のためにもリオが望む生活をさせた方がいいんだろう。
「俺の無事を祈ってくれたように、俺もリオの平穏を祈っておくことにするよ」
「ありがとうございます」
「それじゃ院長によろしく言っておいて。また会えるかわからないけど、元気でね」
「はい。デッサさんも」
別れを告げて宿に戻る。
部屋に戻って、聞こえるかどうかわからないけどもう帰ることができるとリューミアイオールに話しかけてみる。
『わかった。町から出たら転移させる』
「ありがとうございます」
まとめてあった荷物に報酬を入れて、ギターも持って部屋を出る。
従業員に出ることを告げて、先払いしていた宿賃の一部を返還してもらい、世話になったことの礼を言って宿を出る。
静かだった町には住民が戻ってきていて、日常を取り戻しつつある。
町に被害が出ていたら、もっと慌ただしい光景だったんだろう。そうならずにすんでよかった。
俺も目標を達成したし、満足した終わりだ。
達成感を感じながら、町を出る。
しばらく歩くと転移の感覚があり、一瞬で風景が切り替わった。
感想ありがとうございます