14 出会い 2
いつのまに寝たんだったか。
ぼんやりする思考で、そんなことを考えなら目を開くと、見えたのは宿の天井じゃなかった。
土のような天井……ここはどこだ?
「あ」
魔物に襲われたことを思い出して、あのまま気絶したのかと思って、慌てて身を起こす。
周りと見ると跳ね鳥はおらず、かわりに真っ白な女がいた。
長い髪の毛も肌も着ているコートも白い。目は青く、コートの下のオフショルダートップとキュロットスカートも白い。ブーツは茶色で、目とブーツとベルトだけが色付きだ。
可愛らしい顔なんだろうだけど、表情が硬いから可愛らしさが打ち消されている。
なんかどこかで見た覚えがある気がする。
「起きたのね。ポーションを飲ませたけど痛いところとかある?」
立ち上がりながら聞いてくる。
それに確認すると返して自身の体をぺたぺたと触り、立ち上がって軽く動く。
怠さはあるし、体を動かすと少し痛みもある。でも痛みは軽くはしるだけですぐに治まる。
「たぶん大丈夫だ。もしかして跳ね鳥を倒して助けてくれたのか? だったらありがとう」
深々とお辞儀をして顔を上げると、彼女はぽかんとした表情になっていた。
表情から硬さが抜けて、素直に可愛いと思えるな。
「どうした?」
「いえ、なんでもないわ。ポーションは私のものを使ったの。お金をもらえる?」
「あいよ。教会で買える金額でいいか?」
それでいいということなので、小銀貨五枚を渡す。
「地上まで送ろうと思うけど、どうする? 一人で帰るならそれでもいいわ」
「ありがたい、ぜひとも頼むよ」
あれだけぼこぼこにされて今日はもう戦うつもりはない。
俺に群がっていた跳ね鳥を倒したなら、俺よりも強いんだろうし道中一緒なら頼もしい。
「じゃあ行きましょうか」
「大鎌が武器なのか」
床に置かれていたものを持ち上げたことで、武器がそれだと今頃気づいた。使いやすさを求めたのか、ゲームとかで見るほど大きくはないけど、それでも草苅り鎌よりはるかに大きい。
ゲームとかのキャラクターを見て思うんだけど、使いづらくないんだろうか。
道中無言で歩くのも気まずいかなと思い、大鎌の使い心地について聞いてみる。
彼女は表情を強張らせたまま口を開いた。
「小さい頃からこれを使う練習しているから。不便には思わない」
「振り回せないところだとどうしているんだ?」
「攻撃用の護符を使うか、広い場所に移動」
なるほどと頷きつつ、表情が硬くて近づきがたい雰囲気を発してるけど、こうした質問に答えてくれる親切心はあるのだなと思う。
「あなたは私のことを知らないの?」
遠慮がちに聞かれる。
こう聞かれるということはどこかで会ったということなんだろうか。
デッサが村で暮らしていたときに彼女を見た覚えはない。リューミアイオールに会ってミストーレに来るまでに会った覚えもない。ということは町で会ったんだろうけど……あ、教会で見たかもしれない。
あのときとは服装が違うけど、髪の色は一緒だ。
「ハスファっていうシスターの知り合い。名前はシーミン」
「あっているけど」
そうじゃないとでも言いたいのか表情が拍子抜けしたものになっている。
「私は導師。タナトスの一族」
「どうし? たなとす?」
どうしってどういう漢字になるんだろう。同士、動詞、同志、いくつか思いつく。
タナトスの一族についてはゲームで聞いた単語だ。たしかネクロマンシーと呼ばれる魔法を使う人たちだったはず。
ゲーム本編には関わってこない人たちだったな。思い出してみると、白髪に白の外套に大鎌っていう彼女と同じ格好だった。
タナトスの一族は、死者に関するサブイベントがあった。都市の共同墓地が荒らされているから解決してくれっていうイベントで、その中で同じく調査に来ていたタナトスの一族と共闘して魔物を倒したんだったか。
そういやモンスターは見ても、魔物は見てないな。強いんだろうし会わないが一番だが。
タナトスの一族は、死者を弔う役割を負っているとかそのキャラは言っていたな。
ああ、自分のことを導師だと言っていたのも思い出した。
「うろ覚えだけど、死者を弔う一族だったような。ネクロマンシーっていう魔法を使うんだっけ」
「ネクロマンシーは魔術」
「魔法じゃなくて魔術? どんな違いがあるんだ」
ゲームではそこらへんの違いは説明されてなかった。
「魔法は魔属道具があれば誰でも使えるもの。研究されて開発された魔法で、使う人を選ぶ秘儀が魔術。転移とか病気治療の魔法もそう」
「そんな違いがあったんだなー。ネクロマンシーってどんな魔術なのか聞いても大丈夫なのか? 死者に関するものなんだろうとはわかるけど」
「死者を動かす。それを使ってダンジョン内で死んだ人たちを地上に連れ帰り、親族や教会に渡す役割を持つのが私たち導師」
「わざわざそうするってことは死体をダンジョン内に残すのは問題があるのか?」
そう聞くとまた微妙な顔をされた。
「死体と接することが多いのだけど、思うところはないの」
求めた答えはなく、疑問で返される。
「放置された時間によっては腐敗が始まっていて、匂いがきつそうだな」
「それだけ?」
「あとは……ダメージが大きいとはみ出た内臓とかを見ることになって気分が悪くなりそうだ」
答えてみたものの彼女が求める答えじゃないみたいだ。
「私たち一族は、ほかの人より死と接することが多い。だから気味悪がられる」
「……あ、あー、そういうことか」
この世界の人って死を嫌がるから、死体を運ぶ導師も嫌がる対象になるのか。
知識としては日本のものが主体だから、どうもこっちの価値観とずれることがあるな。
「大変な仕事だなとは思うけど、特別嫌がるといったことはないかな。命を助けてくれた恩人だし」
「……」
無言で目を丸くしてこっちを見てくる。
そういや礼を言ってなかった。
「改めて、助けてくれてありがとう。あのままだったら跳ね鳥に殺されていた。心の底から感謝している」
深々と一礼し彼女を見ると、目を丸くしたまま固まっていた。
そのまま一分ほど固まっていて、放置すればまだまだそのままな気がした。
彼女の顔の前で手をひらひらと振る。
「出口を目指さないか?」
「そ、そうね」
我に返った彼女は歩き出す。なんでか早足だ。怠いから同じペースで歩くのが地味に辛い。
地上まで何度か話しかけたが、生返事だった。お礼はなにがいいか聞きたかったんだが。
ダンジョンから出ると、彼女はここまでで大丈夫だろうと言って、去っていった。
そのときに周囲の冒険者たちが、シーミンから距離を取るように動いたのを見る。
(避けられているってのは本当なんだなぁ。それほどに死は嫌なのか。俺も死ぬことは嫌だけど、死そのものをああまで嫌う気持ちはよくわからん)
ひとまず宿に帰ろう。そのあとは教会に行って、ハスファに会えないか聞いてみるとしよう。知り合いなんだろうし、家がどこにあるのか知っているはずだ。菓子の詰め合わせでも持って改めて礼を言いに行こう。
(命を助けられた礼が菓子では安すぎるだろうけど、どんな礼がいいか聞けなかったしなー)
宿に戻って少し遅い昼食を食べてから私服に着替えて宿を出る。
(やっぱり歩くのが億劫だ。あそこまでぼこぼこにされたから疲れとかが残って当たり前か)
今日はいつもより早く寝ようと思いつつ教会に到着し、聖堂に入る。
そこにいた三十歳くらいのシスターにこんにちはと声をかける。
「はい、こんにちは。なにがご用事ですか?」
「ハスファというシスターに聞きたいことがあるんですが、呼んでもらうことはできますか」
「そのシスターではないと駄目なのかしら、私で答えられることなら答えるのだけど」
「彼女の知人について聞きたいのです」
それならハスファに聞かないとわからないわねと納得した様子で頷く。
「あなたのお名前を聞かせていただけるかしら」
名前を答えるとシスターは少し待っててくれと言って歩いていく。
長椅子に座って十五分ほど待っていると、誰かが聖堂に入ってきた。
ハスファが小走りで近づいてくる。おおう、胸が揺れとる。
「デッサさん、お待たせしました」
「こんにちは。急に呼び出してすまないね。仕事の最中だったんじゃないのか」
「いえ、なにか困ったことがあれば答えるのも仕事の一つですので。それで知人について聞きたいということですけど」
ハスファはそう言いながら隣に座る。
「午前中にシーミンという導師に世話になったんだ。お礼として菓子詰めでも持っていこうと思っているんだが、家を知らなくて。知っていたら教えてほしい。あとは彼女の好きなお菓子でもあれば教えてもらいたいかな」
「シーミンにですか? もしかしてダンジョンでなにか危ない目にあったとか」
シーミンの仕事について知っているんだろう。なにがあったのかなんとなく把握したらしい。
「モンスターの群れに襲われてあのままじゃ死ぬってところを助けてもらった」
「それは……無事でよかったです。無茶をしては駄目ですよ」
「俺も無茶をするつもりはなかったんだ。でもほかの冒険者にモンスターたちをなすりつけられてねぇ」
「そんなことが」
ハスファは目を丸くして手を口に当てる。
「さっさと逃げればよかったかもしれないけど、初めての経験で引き時を誤った。そしてぼこぼこにされて、もう駄目だと思っているときに助けてもらったんだ」
「そういう流れだったのですね。わかりました」
教会からどう行けばいいのか、シーミンがどういったお菓子が好きで、どこで買えるのかをハスファが教えてくれる。
「しかし律儀というか、いえ命を助けられたから当然かもしれません。けれどもほかの冒険者ならそこまでしないでしょうね」
「死に触れる職業を避けたいみたいだからね」
「ええ、正直私も緊張というか一歩引く気持ちが湧くことがあります」
「知人なのに?」
「はい」
「ミレインに仕えるシスターなのに?」
「はい」
答えたハスファは情けなさそうな表情だ。友人としてシスターとして自身が未熟と感じているのかもしれない。
「死を厭う気持ちがそこまで染み込んでいるんだなぁ」
「デッサさんはそういった思いがないのですか?」
「死ぬことは当然怖いよ。でも死に関する職業まで避ける気はないな。誰かがやらないといけないことをやっている人たちだ。尊敬とまではいかないけどすごいと思う」
そう答えた俺をハスファはまじまじと見てくる。
そういやシーミンには答えてもらえなかったけど、ハスファは知っているかな。
「導師たちはなんでダンジョンから死体を回収しているのか、ハスファは知っている?」
「ええとダンジョンに死体が残るとモンスター化するからと聞いたことはあります。ほかにも理由はあるらしいけど、シーミンもよく知らないようでした。そもそもは導師の始祖が死者たちを憐れみ始めたことだそうです」
「当然最初に始めた人がいるわな。その人が始めて、シーミンたちが受け継いできたのか」
「かなり昔から行われていたことのようです。各国も導師の仕事は認めていると聞いています。積極的に関わろうとはしないみたいですが」
国が積極的に関わっていたら、人々からの反応はまだましになっていただろうな。
でも導師たちが虐待されていないから、国の努力があったのかもしれない。いや避けるのも精神的な虐待か?
情報に礼を言い、立ち上がる。
「あまり長居するのも邪魔になるだろうし、もう行くよ」
「お役に立てましたか」
「それはもう十分に」
「それはよかったです。冒険者にこういうのもあれかもしれませんが、あまり無茶はしないでくださいね」
「少しの無茶はしないといけないのが辛いところだな。でも無謀なことはしないようにするさ」
聖堂の入口までハスファに見送られて、ポーションの補充をして教会の敷地内を出る。
感想ありがとうございます