139 戦闘開始 後
大きな衝撃が体全体を襲い、空中を舞う。それでも意識は手放さず、懐のハイポーションに手を伸ばす。
斬りつけた右足の攻撃だったのは運が良かったのだろう。力の込め具合が足りないように思えた。
地面に落ちて、痛みに耐えながら起き上がり、ハイポーションを煽る。
俺を追ってきた魔物から距離をとるため背後にジャンプする。
「よし、まだまだ動ける!」
手足に力は入るし、意識もしっかりしている。痛みもあるし、浸食の気怠さもある。でもカルシーンのときよりはるかにましだ。あれに耐えられたのだから、この程度で意識を飛ばすわけがない。
「まともに戦うにはまた魔力循環を使わないといけないんだけど、どうやってその隙を作るかが問題だ」
ダメージを与えたところに、攻撃を重ねることができれば現状でもダメージは与えられそうだけど、向こうも庇うだろうから狙うのは難しそうだ。
だから魔力循環はどうしても必要。
魔力循環のための時間はどうやって作ればいいか……。
そのための手段は一応ある。縛りの刃だ。動きを止めたいのならこれを使うのが一番だ。問題は止められるのが数秒では、魔力循環を発動させる時間が足りないということ。
「落ち着いて考えさせてくれ!」
無理とわかっていても襲いかかってくる魔物に言わずにはいられない。
護符を使って身体能力を底上げし、魔物の拳や蹴りを避けながら考える。
(縛りの刃一本では時間が足りないなら、壊されると同時に影に刺すということを繰り返すか? いやそれをしても手持ちだと十秒少々。箱に残っているものを使って三十秒を超えるくらい。三十秒時間があるなら、魔力循環はやれるんだけど、魔力循環をやりながら縛りの刃を刺すタイミングを計るなんてことはできるんだろうか?)
どちらも集中力を必要とする作業だろうし、難しくないかと不安を抱く。
そうしているうちに俺に反撃の余裕がないと見抜いたようで、魔物の動きがさらに上がる。
ここが攻め時とでも思ったか? 正解だよ! ちくしょうがっ。
無尽蔵とも思える体力でパンチとキックを連打してくる。距離をとってもすぐに追いついてくる。
そのうち体にかすめる攻撃が出てきて、バランスを崩される。
そしてまた攻撃をまともに受けることになった。
地面をごろごろと転がされ、起き上がる前に追いついてきて拳を振りかぶってくる魔物の姿が見える。
(ハイポーション、いやビー玉だ!)
ダメージを癒してもこのままではすぐに三本目を飲むことになる。
目を潰して攻撃を回避してハイポーションだと順序を決めて、懐に入れかけた手をポケットへと入れる。
「くらえ!」
魔力を込めたビー玉を魔物へと投げつけ、目を閉じて倒れたままその場を転がる。
閉じた瞼の向こうで閃光が発せられる。そしてずんっと小さな地響きが地面を通して伝わってくる。そんな小さな振動でも今俺の体を襲う痛みには響く。
顔を顰めながら二本目のハイポーションを急いで飲む。
「あと一個か。取りに行くか? 縛りの刃の補充もできるし」
もう一回目潰しして、木箱に向かうことにしてポケットの中のビー玉に触れる。
そのとき複数のビー玉に触れて、ふと思う。
(ビー玉二つ同時に使えばより強力な閃光を?)
同時に使用ということでさらに考えが発展する。縛りの刃も複数同時に使えば、より強力に縛り付けるのではないか、と。
(今手元にある三本で試してみるか?)
失敗すれば連続して使用する方向でいってみようと決めて、まずはビー玉を一個取り出す。
「それ!」
さすがについ先ほど使ったビー玉では不意打ちはできない。
魔物は目の辺りに右手を持っていき、光を遮る。
「それでも縛るための隙は生じたっ」
三本の縛りの刃を左手にまとめて持って、いっきに接近して魔物の影に突き刺す。
俺を捕まえようと手を伸ばした形で魔物は動きを止めた。
木箱へと移動しながら魔物の様子を観察する。
二度の振りほどきと同じように魔物は体中に力を込める。それにともなって縛りの刃が震える。
だがすぐに砕けることはなかった。
時間にして十五秒、魔物が自由を取り戻すためにかけた時間だ。
「やれる。五本同時に使えば魔力循環を行う時間は稼げる」
倒すための道筋が見えたことに歓喜し、木箱からハイポーションと縛りの刃を取り出す。
ハイポーションは懐に入れて、縛りの刃は五本まとめて左手に持つ。
一瞬丸薬を飲んで、痛みを軽減しようかと思ったけど、感覚が鈍ることでミスが生じるかもしれずやめておいた。
「準備は整った。あとは隙を見て、影に縛りの刃を突き刺すだけ」
さすがに何度も動きを封じているから、縛りの刃は警戒されているはず。ビー玉もさっき警戒されたし。
(……罠にはめることができるかも?)
上手くいけば儲けものだと魔物が接近してくる前に縛りの刃をホルダーに戻し、ビー玉を二個取り出す。
こっちも駆けて魔物へと向かう。
距離が縮まったところで、ビー玉を投げる。
何が投げられたのか理解した魔物は左手で目を隠し、右手をこちらへと伸ばしてくる。
それを見ながら俺は魔物の側面をとるため移動する。
飛んでいったビー玉は光を発せずに魔物に当たって落ちる。魔物はきょとんとしたように動きを止めた。
すぐになにが起こったのか理解したようで、俺の方を向いて殴りかかってくる。
同時に二個目のビー玉を投げつける。今度は目を守るようなことなくこちらへと手を伸ばしてくる。
それを避けながら俺は目を閉じ、五本の縛りの刃を抜く。瞼の向こうで閃光が生じた。
目を開けると、とっさに目を庇ったようで動きを止めた魔物がいた。
「学んでくれると思ったぞ!」
これまでの行動で学ぶ様子を見せていたから、二個目のビー玉もフェイントだと思ってくれると信じた。そして閃光が生じたとき防ぐために動いてくれるとも信じた。中途半端に知性があるから、引っかかってくれると期待した。
生まれた一瞬の隙をついて、魔物に接近する。
魔物も俺の行動に反応して下がろうとしたけど、こちらの方が早い。
五本の縛りの刃をまとめて影に突き刺す。
魔物はかすかに体を震わすだけで、それ以上は動かない。
「よしっ、今のうちに!」
残りの魔力をすべて魔力活性に使い、増幅道具へと流す。
目の前でどんどん高まっていく魔力に魔物は危険を感じたようで、これまでで一番大きな雄叫びを上げた。縛りの刃が五本とも震え出す。全身全霊で拘束を解こうとしているのだろう。
一本また一本と縛りの刃が砕けていく。想定した秒数よりも速い。
でもこちらも魔力循環の準備は整っていく。
「ガアアアアッ!」
魔物が雄叫びとともに縛りの刃をすべて砕く。
かなりの体力を消耗したようで、荒く息を吐きながら俺へと殴りかかる。
「こっちも準備は整った!」
そして魔物が疲れている今が倒す最大のチャンスだろう。
大きく後ろに下がって、高めた魔力を剣へとほぼ全て流し込む。ファードさんがカルシーンへと放った一撃を参考にする。
同時に筋力増加の護符を使う。
「いくぞ!」
「オオオオオッ」
互いに互いへと駆けていく。
魔物は拳を振りかぶり突撃してくる。俺も剣を掲げて走る。
これが最後なら気合を入れるためにもかっこつけるか。未完成の技もそれなりに見られたものになるだろ。
「おおおおおおっ! 今は未熟なれど、いずれ天地を割る一撃。くらえっ天地一閃っ!」
「ガアアッ!」
魔物の全力の拳と俺の唐竹割りがぶつかる。
一瞬拮抗し、刃が魔物の拳へと食い込んでいく。
「このままいけええっ!」
護符で強化された筋力でもって、剣を握る手のみならず全身に力を込める。
刃は魔物の皮膚を切り裂いて、拳を腕を、そうして胴体まで到達し、振り抜いた。
「ギャアアアアアアッ!」
人間にとっては致命傷となるこの一撃は、魔物にとっても同じなようで大きな悲鳴を上げてよろめき、その場に倒れる。
痛みに苦しみ悶えていた魔物はやがて動きを止めて、消えていく。
残ったのは魔晶の塊だ。
それを見届けて、その場に座り込む。大きく息を吸ってはいて高ぶった精神を落ち着かせた。
「……あれ、剣が鞘に入りづらいな」
この戦いで刃が歪んだらしい。仕方ないと抜き身のままにしておく。
座ったまま近くにある魔晶の塊を拾って、迎えを待つ。
すぐに馬車の音が聞こえてきた。
「無事倒せたな! 途中で攻撃をくらってふっとんだときは駄目かと思ったが、なんとかできて本当に良かった!」
嬉しそうな兵がばんばんと背を叩いてくる。
そんなに力を込めて金属鎧を叩くと手が痛くなりそうなものだけど、嬉しさで頭がいっぱいなようで気にした様子はない。
「さてすぐに帰って皆に知らせないとな。その前にあいつらの回収もしとこうか」
離れたところで倒れている冒険者たちを見て言う。その冒険者のそばでは、一緒に魔物を誘導した別の冒険者と兵が治療のためかしゃがんでごそごそとなにかしている。
立てるかと兵に手を伸ばされ、その手を借りて立ち上がる。
道具の入った木箱を持った俺が荷台に乗ると、兵は御者台に乗って馬車を動かす。
倒れている冒険者たちのところに行くと、彼らを荷台に運ぶ。
手伝おうかと声をかけたけど、疲れているだろうし休んでおけと言われて、そのままのんびりとさせてもらった。
運び込まれた冒険者たちはダメージと浸食の双方に苦しめられている様子だ。
「ポーション余っているけど使った方がいいかな?」
「ポーションはすでに使ったから、あとは医者に診てもらうしかないね。まあ、無茶をした代償として我慢してもらおう」
「そうそう死ななかっただけ儲けものだ。余計な欲をだしたんだから自業自得だろう。この戦いの報告が町長に届いたら、また別の苦しみを受けることになるだろうから少しだけ憐れに思うけどな」
誘導だけですませていれば、こんな怪我を負わずにすんだんだしな。戦いの邪魔をした形になるし、褒美なしで罰もありえる。
うめき声を聞きながら、無事な二人と話しているうちに町に到着する。
馬車はそのまま人の少ない町に入り、フランクさんの屋敷の前で止まる。
「デッサと無事な奴らは町長のところに行ってくれ。俺はこいつらを医者のところに連れていく」
御者台から兵がそう言ってきて、俺たちは馬車から降りる。
「報告を待ちわびているだろうから、寄り道しないで行くように」
馬車が離れていき、俺たちも屋敷に入る。
使用人に聞くと、フランクさんは執務室にいるようなので、そっちに向かう。
執務室の前に来て、兵がノックして返事を待つ。
「入ってくれ」
中から聞こえてきたフランクさんの声は期待に弾んでいるように思えた。
全員で中に入ると、真剣な表情でありながらそわそわとしたフランクさんが立ち上がってこちらを見てきている。フランクさんの部下も似たような反応だ。
「ど、どうなった? 撤退してきたのか?」
「討伐成功しました。デッサ、証拠を町長に」
持っていた魔晶の塊をフランクさんに見えるように差し出す。
「魔物を倒して残った魔晶の塊です」
「おっおおお! よくぞ、よくぞやってくれた!」
心底ほっとした様子で、フランクさんは椅子に座った。安堵と喜びで表情が緩んでいる。
「皆、疲れただろう。すぐ使用人に伝えて休めるようにする。少し待ってくれ」
フランクさんがベルを鳴らすと、少ししてメイドが執務室に入ってくる。
彼女に客室の準備を伝え、部屋の準備が終わるまで報告を頼むと言われて、それぞれソファや椅子に座って話す。
森で魔物を誘導した話、離れたところから見た魔物との戦闘。そういったことを話しているうちにメイドが戻ってきた。
「話はここまでとしよう。デッサ、魔晶の塊を渡してくれるか? それを手に入れたのはお前だから所有権もお前にある。そのまま持っていくというのなら止められない。だが討伐の証拠にほしいのだ。買い取らせてほしい、もちろん討伐報酬は別に渡す」
少し迷うけど、今の俺だと使い道がない。
「いいですよ。どうぞ」
「ありがとう」
魔晶の塊を町長に渡して、執務室から出る。
メイドに案内されて、俺に準備された客室に入る。
「なにかご用件はございますか? ないのであれば退室します」
「汚れを落としたいからお湯がほしいのだけど」
ふっとばされて体中が土で汚れている。このあとベッドに寝転びたいけど、汚れたままだと落ち着かない。
「承知いたしました。すぐに準備します。洗濯も必要でしょうか?」
「やってもらえると助かりますが、替えの服がないので」
「そちらも用意させていただきます」
ありがたいので用意してもらう。
メイドが出ていって、武具を外し点検していく。
防具の方も歪みが出ていて、ミストーレに帰ったらメンテナンスが必要そうだ。いやいい機会だから買い替えようかな。
メイドが二人でお湯を運んできてくれて、体をふくのを手伝うか聞いてくるので断る。
「では洗う服はこちらの籠に入れてください。のちほどタライと一緒に回収いたします」
そう言って二人は去っていく。
服とタオルはテーブルに置かれている。タオルを取り、服を脱いで籠に入れる。
ささっと体をふいて、髪も洗い、準備された服を着る。厚手の白シャツと黒のベストと黒のズボンというシンプルなものだ。
籠とタライを扉そばに置いて、ベッドに寝転ぶ。
「終わったなぁ。あとは報酬をもらって帰るだけ。ミストーレに帰ったら、剣のメンテに防具の買い替え、あとはまた大ダンジョンかな」
もう少し進んだら転送屋の行き来がなくなるんだっけ。たしか六十階辺りが転移できる最奥だとか。
六十階以降はモンスターに転移を補佐する柱を壊されることが多いとか聞いた。
六十階を過ぎると冒険者の数が減り、柱のそばに冒険者がいないことが多くて、その隙に壊されるんだとか。
頂点会が奥に進むときは転送屋に声をかけ、七十階辺りに鍛錬も兼ねて柱を守るギルドメンバーを配置するとファードさんが言っていた。
俺が奥に進むときはそんなことはやれないだろうし、泊まり込むことも考えないといけないか?
これまで以上に疲労することになるだろうし、レベルアップの速度は落ちそうだ。
その速度でリューミアイオールの求める成長速度に届くのかなと不安を抱いていると、扉がノックされる。
メイドがタライなどを回収に来たのだった。
持っていってもらい、ベッドにまた横になる。そのままぼんやりしているといつの間にか眠っていた。
感想ありがとうございます