138 戦闘開始 前
目が覚める。体の調子はいつも通りだ。昨日は疲れただけで怪我なんてしていないのだから、健康で当然だ。
今いるのは、町長の屋敷に与えられた客室だ。宿に戻ろうと思ったんだけど、宿の従業員たちも避難していて食事などの準備ができておらず、しっかり休めないだろうと屋敷に泊まることを勧められた。半ば強制だったかな。魔物との戦闘に疲れを残して行くなということなんだろう。
しっかり休めるのはありがたいんで、宿泊させてもらった。
部屋の近くの水場で身支度を整えて部屋に戻るとメイドさんがいた。
「おはようございます。すぐにお食事をお持ちします。食後にフランク様の執務室へと来てほしいということです」
「執務室はどこにありますか?」
聞くと教えてくれて、メイドさんは部屋から出ていった。そして五分ほどで朝食を持って戻ってきた。
空腹を刺激する良い匂いのする皿をテーブルに並べ終えて、俺を見る。
「使い終わった食器はこのままにしておいてください。ではごゆっくりどうぞ」
一礼し部屋から出ていく。
朝食は目玉焼き、厚切りハム、コーンスープ、サラダ、トースト、カットされたリンゴだ。
二人前くらいあるのは、どれくらい食べるのかわからなかったからかな。
腹いっぱい食べても動きづらくなるので、一人前と半分を食べてあとは残す。美味しい朝食だったから残すのは後ろ髪を引かれた。
武具を身に着けて教えてもらった執務室に向かう。
扉をノックすると返事があり、中に入る。
「おはよう。よく眠れたかね」
「おはようございます。ぐっすりと寝て、万全の状態です」
「それはよかった。では今日の予定について話すので聞いてほしい。町の外に馬車を用意しているから、待機場所まで運んでもらってくれ。ハイポーションといった必要と思われるものも馬車に載せているから、自由に使ってくれていい」
ハイポーションは本当に助かる。ほかは護符とかかな。
「ありがとうございます。使い道のわからないものがあった場合はどうすればいいのでしょう」
「御者をする兵に聞いてほしい。教えてくれるはずだ」
「わかりました。昨夜から今朝にかけて魔物に動きはあったんでしょうか?」
「幸い昨夜は森から出てこなかったようだ。たまに木が倒れる音がしていたそうで獣やモンスター相手に暴れていたのではないかと思われる」
「気を引いてくれた獣とかには感謝ですね」
魔物が森から出ていたら、夜中に起こされることもありえたし。その場合厳しい戦いを強いられたはずだ。
「本当にな。もしもの際に足止めを頼んだカイナンガとビッグフォレストの冒険者はすでに草原で待機している。話し合いのとき言ったように、君が負けたら総攻撃することになる」
「はい、覚えています。そうならないためにも気合を入れて戦ってきますよ。ではそろそろ行ってきます」
「これを馬車にいる兵に渡せば運んでくれる。勝利を心の底から祈っているよ」
書類を受け取り、真剣な表情のフランクさんに見送られて執務室から出る。
屋敷から出て、森方面の町の入口へと歩く。
住民が避難したため町は静かだ。人がいないせいか、ネズミなどが道の端を走っていたりしている。
たまに兵や冒険者とすれ違い、馬車のあるところに着く。
すぐに乗る馬車がわかった。一台しかないので、間違えようがないのだ。
「おはようございます。馬車で運んでもらう冒険者です。確認お願います」
言いながら書類を差し出す。
兵は俺を見て驚きながら書類を受け取り、中身を確かめていく。
「たしかに町長からのものだ。若いとは聞いていたが、十代半ばとは」
「不安に思うかもしれませんが、しっかりと働きますよ」
「町長が認めて任せたのだから、とやかく言うつもりはないよ。さあ乗ってくれ」
「はい」
俺が荷台に乗ると、兵も御者台に乗り、馬に合図を出す。
「道具の確認しますね」
断りを入れて、道具の入った木箱の蓋を開ける。
ハイポーションとポーションの小瓶があり、護符もある。ほかにはビー玉のようなもの、彫刻刀のような刃物が十本、丸薬だ。
ハイポーションは三本、ポーションは十本。護符の質はわからないけど筋力強化、頑丈強化、俊敏強化の三種類が十枚ずつ。もう一種類あるけどそれはわからない。
「ビー玉はたしか音無しのフラッシュバンだっけ。刃物は縛りの刃かな。丸薬はわからないな」
縛りの刃は影に突き刺すと動きを止められるという説明がゲームで出ていたはず。
ハイポーションを二本懐に入れて、ほかは質や効果を聞いて持ち歩くか決める。
馬車が止まり、木箱を持って馬車を降りる。
「俺は離れたところで待機することになる」
「了解です。離れる前に道具で聞きたいことが。まずは護符の質から」
質は俺が買いそろえたものと同じだった。見たことのない護符は武具の軽量化ができるそうだ。鎧に使うと少しは楽かもしれない。
ビー玉と刃物は俺が知っているものと同じで、丸薬は弱い麻酔の効果があるそうだ。
丸薬を使えば痛みを軽減できるけど、感覚が鈍ることにもなるため注意が必要と兵が助言してくる。
「縛りの刃は人やモンスターには効果が出ることを確認している。でも魔物にまで効くかどうかわからない」
「期待しすぎると痛い目を見るってことですね」
ゲームでは魔物にも効果は出ていたけど、ゲームで使っていたものと質の差はあるだろうし戦闘開始したら最初に試してみるのもありかな。
専用ホルダーもあって邪魔にならないから半分持ち歩くことにして、ビー玉もポケットに入れる。
護符は敏捷強化だけをもらう。
「聞きたいことはほかになにかあるか?」
「もうないですね」
「では合図を出して、俺は離れる。健闘を祈る」
御者台に乗った兵は、耳を塞ぐように言ってから笛を吹く。
塞いだ手を通して甲高い音が周辺に響いたのが聞こえた。
これだけ大きな音だったら、森の中にも届いただろう。
兵が去っていき、俺は木箱を少し離れたところに移動させて、足場の確認をしたりして魔物が出てくるのを待つ。縛りの刃のホルダーは左太腿につけておく。
魔物が誘導されるまで周囲を見て窪みなどないか見ていると、遠く離れたところにカイナンガたちと思われる人影が見えた。
二十分ほど経過したくらいで、木々の倒れる音が目立ち出した。そのままさらに待っていると音が大きくなっていき、木々が不自然に揺れるのが見えた。
(いよいよだな)
何人かの冒険者が森から駆けだしてくる。必死な表情の彼らを追って、魔物も姿を現す。
その手には振り回すのにちょうどよいということか丸太があった。
「よし行くか」
両頬を叩いて気合を入れ、魔物へと駆け出しながら、首に下げた増幅道具を握って魔力循環を行う。
今日は最初から三往復だ。こっちに来てから鍛錬していたおかげで、少しは安定している。おかげでよろけてこけるようなことはない。
突如大きくなった魔力に魔物は気付いたようで、こちらへと顔を向ける。
昨日も思ったけど、カルシーンたちほどの威圧感はない。
「誘導ありがとう! ここからは俺の仕事だ!」
冒険者たちに大声で言い、ホルダーから縛りの刃を抜いて左手に持つ。
「オオオオオッ!」
雄叫びを上げた魔物は俺へと丸太を振り下ろしてくる。
片足でブレーキをかけて、速度を落とす。地面には一直線に抉れた跡が残る。
タイミングをずらされた魔物は空振りして地面に丸太を叩きつけた。轟音とともに土が周囲にはじけ飛ぶ。
土を浴びながら丸太を踏んで、魔物の顔に迫る。
このまま顔を斬りつけようとしたが、魔物は左手で顔を庇い、左の手首を斬るだけとなった。
「斬ったぞ!」
魔物から血が流れ出たことに離れようとした冒険者たちが歓声を上げる。
これで左手は扱いづらくなっただろうと思いながら着地して、縛りの刃を魔物の影に突き刺して離れる。
「効果のほどは……」
魔物はじっと動かずにいた。しかし拘束できたのは五秒にも満たない時間だ。体に力が込められて、筋肉が震え、それに伴い地面に刺さる縛りの刃が砕けた。
「力任せに拘束を振りほどいたか。すごいな。でも三秒くらいとはいえ隙ができるのも事実」
ピンチのときは一時離脱の時間を得られるかもしれない。
ひとまず縛りの刃のことは忘れて、戦っていこう。
魔物は再度丸太を振ってくる。
「まずは武器の破壊といこうかっ」
リーチの優位性を削るため、丸太を斬っていく。
頑丈な魔物の体と違って、ただの木ならはさくさくと斬ることができる。
丸太のあちこちを斬ってやれば、それだけ耐久性は落ちていく。耐久性が落ちれば、怪力な魔物の扱いに耐え切れるものではなく、あっさりと折れた。
短くなった丸太をこちらへと投げつけてくる。そしてそれを追って魔物が迫る。
俺も魔物へと走る。
「よっ」
短くなった丸太の下をくぐる。
丸太の向こうに見えるのは両手をこちらに伸ばした魔物だ。
その手をスライディングでくぐった。同時に二本目の縛りの刃を影に突き立てる。
「次は動きを鈍らせてもらうぞ」
動きを止めた魔物の右膝の裏を斬りつける。
魔力循環の効果が切れる前に左手と右足を潰せたのは大きい。
これで魔力循環が切れても楽にやれるはず。隙を見て距離をとり、また魔力循環を使うことも可能だろう。
だがここまで上手くいったことの反動か、予想外のことが起こる。
「やれるぞ!」
「俺たちも加勢しよう!」
「魔物討伐に名を連ねるんだ!」
俺の戦いぶりを見ていた冒険者たちが武器を手に魔物へと駆け寄っていった。
若い俺がダメージを与えることができているから、魔物は筋力のみで頑丈さはそこまでではないとでも思ったんだろうか。
「待て! やめろ!」
余計なことはするなと思いつつ制止してみたものの、冒険者たちは止まることなく魔物に各々の武器を突き立てる。
だがそのどれもが皮膚で止められた。
一瞬で現実を思い知らされた冒険者たちに、縛りの刃を振りほどいた魔物が襲いかかる。
「ひぃっ」
体を硬直させて動けず怯える冒険者たちが殴りとばされた。武器を手放し地面を転がる。
運良く死んではいないようだけど、あれでは逃げるのも一苦労だろう。
「お前の相手はこっちだろ!」
接近し足を斬ると魔物は意識をこちらに向ける。
「足止めするから今のうちに逃げろ!」
迫る拳を避けながら剣で斬る。
わかっていたことだけど真正面から戦うと攻撃は重い。剣が持っていかれそうになる。
それでも気を引くために真正面に立ちちょっかいをかける必要がある。魔物が動き回ると、逃げている冒険者たちを踏み潰しそうだ。
冒険者たちの動きは鈍い。それでもなんとか這いずって離れていく。
まだまだ時間稼ぎをする必要がある。その時間稼ぎの途中で魔力循環の効果が切れそうなのが不安だ。
じりじりと逃げていく冒険者。じりじりと迫る魔力循環の制限時間。
「きたか」
とうとう魔力循環の効果が切れた。
途端に魔物の動きが二段階ほど上がったように思える。
その差に対応する前に、魔物の放った右の蹴りが俺を捉える。
感想ありがとうございます