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137 準備開始 3

「さてどこまで話したか」

「デッサが魔物に勝てるかどうかという話でした」


 フランクさんの疑問に書記がすぐに答える。


「ああ、状況を整えると勝率が上がるということだったか。どういった状況を欲している?」

「あの魔物を森の外へと移動させてほしいです。森の中での戦闘は慣れていないので、魔物がさらに強くなっているとこちらが不利なんです」

「森から出しさえすれば戦いになるんだな?」


 確認してくるフランクさんにしっかりと頷きを返す。

 リューミアイオールも戦いになると認めていたし、肯定して大丈夫だろう。


「町長、私からも質問をしてよろしいでしょうか」


 ミーゼさんがフランクさんに許可を求めて、頷きを見ると俺に顔を向けてくる。


「あなたが強いのはよくわかっている。でもね、模擬戦の様子を見ていると魔物を倒せるだけの強さがあるとは思えないのよ」

「模擬戦だと本気を出してはいませんよ? 剣の技術の出し渋りはしていませんが」

「本気というのは使い慣れた武具の使用、ほかに魔力活性や過剰活性を使っていない感じでいいのかしら」

「それもありますし、それ以外でも奥の手があります。奥の手を使えば、大ダンジョンで言うと七十階以上のモンスターを倒せます」


 もっとも準備を邪魔されず、一戦のみという条件がつくけど。七十階以上での戦闘を複数回やれと言われると困る。


「本気を一度見せてもらいたいのだけど、一度だけという限られた奥の手を使うのなら諦めるわ」

「そんなことはありませんが、魔力をだいぶ消耗するので今日は無理ですね。森での戦闘で魔力はすっからかんになっています」

「森での戦闘の際にすでに奥の手を使っていたということかしら」

「はい、使っていました。ですが様子見のつもりだったので、その奥の手も全力ではなかったです。一緒に戦った兵士さんたちならわかると思います。戦闘の途中で俺の動きが鈍くなったときがあったでしょう? あのときまで奥の手が継続していたんですよ」


 フランクさんたちが確認するように兵たちに視線を向ける。


「たしかに彼の言うように動きががらりと変わりました。私は魔力活性などの効果が切れた以外に疲れから動きが鈍ったと思っていたのですが。そしてあれ以上があるなら、魔物に通じるというのも納得できます」

「それほどの動きだったのか」

「はい。私がこれまで見てきた兵や冒険者の中で一番強いと思えました。正直比べものになりません」


 兵の隣に座る冒険者も同意するように大きく頷いた。


「希望はあるということか」

「町長、私からもいいでしょうか」


 書記が発言を求め、フランクさんは許可を出す。


「私は正直魔物がいると聞いて、戸惑いと恐怖があります。魔物が近くにいることに現実感がありません。そして本当にいるのなら人間をどれだけぶつけても勝てないのではという怖さがあります」


 書記の発言に、わかるというふうに何人も頷く。


「しかしデッサ君には緊張感がありません。戦うということを気楽に決めているように見えました。魔物というものの強さを甘く見ていないか不安があるのです」


 気楽に決めてはないんだけど、緊張や不安はこの場の誰よりも感じていないだろう。

 まともに勝ててはいないとはいえ、戦ってきた経験は嘘じゃない。


「魔物との戦闘は今回が初めてではありません。二度の経験があります。そのおかげで緊張しすぎることはないのです」

「嘘ではないのか?」


 フランクさんが疑うように聞いてくる。ほかの人たちも似たような反応だ。


「証拠を示せと言われても無理なので嘘と判断されても仕方ありません。それに生き延びるのが精一杯でしたので勝つこともできていません」

「勝ったと言われるより負けたと言われる方が納得できるな。それで以前は負けたのに今回は勝てると答えたのか?」

「過去遭遇した魔物は強かった。技量の化け物と身体能力の化け物。どちらも俺はまともに攻撃できませんでした。その二体のどちらかがここで暴れたら、抵抗すらできずに森も町も滅びます。ですがここに出現した魔物には俺の攻撃が通じたんです。確実にあれらより弱い」

「彼の攻撃が通じたことは俺たちが証言します」


 兵の発言に、書記は一応納得したと頷いた。


「魔物と戦闘経験があり、以前戦ったものより格下と判断したのなら、その気楽さも納得がいきました。最後に聞きたいのですが、格下としても過去負けた相手に近い存在は恐怖の対象になっておかしくないと思うのです、なぜ立ち向かえるのですか」

「戦わなければならない。それが俺に課せられたこと」

「課せられた?」

「ええ」

「……私からの質問は以上です」


 書記はなにか考えている様子だったけど、考えを口に出すことなく質問を終える。

 フランクさんはほかに質問したい者がいないか確認する。


「いないようだな。ではおおまかにだが、今後の対応を決めようと思う。まずは住民に避難勧告。冒険者と兵の中から森での移動に慣れたものを選出し、魔物を外に誘い出す。デッサは魔物との戦闘。このような感じだが、異論はあるかね」

「デッサ一人で戦わせるよりはもっと数を増やした方がいいのではないでしょうか」

「それに関しては俺が反対します」


 その疑問の声に兵がすぐに答える。


「魔物に攻撃が通じないのです。気を引くことすら難しいため、俺たちが攻撃に参加したところでデッサの邪魔にしかなりません」


 実際に戦った兵の言葉なので、数を揃えてぶつけても無駄だと受け入れたようだった。

 以後質問はでずに、詳細をつめるということで、話し合いが再開される。

 話し合いで俺が負けた場合についても話し合われた。俺は負けるつもりはないけど、その可能性を考えるのは当然のことだろう。

 俺が負けた場合はカイナンガやビッグフォレストたちに足止めを任せることになった。魔法や攻撃用の護符を使って総攻撃するため、倒れた俺を巻き込むことになるだろう。つまり俺の死体すら残らない可能性もある。

 そうならないためにも勝たなければならないと思わされた。

 俺たちが話し合っているうちに、住民たちに魔物の存在が開示されたらしかった。

 町長の屋敷にいたからわからなかったが、大騒ぎになり慌ただしく避難の準備が進められたそうだ。


 ◇


 町が夜闇に包まれる。普段ならば家族団欒の声や酒場からの歓声などが聞こえる町は静かなもので、兵や冒険者の移動する足音が一番目立つものとなっていた。

 フランクは執務室で避難状況や見回りの報告を受けていた。

 避難誘導も町の見回りも兵だけでは足りず、冒険者の協力を得て行っている。

 

「この状況でも馬鹿はいるか」


 泥棒が何件か起きていることにフランクは溜息を吐いた。

 金銭目当ての泥棒もいたが、孤児院に入る者もいた。リオの私物目当てだ。この状況ならと魔が差した者がいくらかいたのだ。


「困ったものですね」


 部下も溜息を吐く。


「まったくだ。見回りを行わせてよかった。理由があるとはいえ、急な移動で住民たちの不満はあるだろう。それが帰ってきたら家が荒らされていたとなると、不満を爆発させるなんてことになりかねない」

「孤児院に入ったのも問題ですね。リオの人気を考えると、最悪暴動すら起こりかねません」

「捕まえることができて本当によかった。後先考えない馬鹿が私物を誰かに自慢していたら、盗みに入ったとばれるところだった」

「普通ならそんな盗んだとばれるようなことはしないはずですが、リオが絡むとたまに事態が明後日の方向に飛んでいきますしね」


 盗んだという話が領主にまで届くと、リオのためこれまで以上に干渉してくる可能性もありえる。

 援助は助かっているが、干渉の増加は困る。自分たちの仕事ぶりでは不足していると言われているようで複雑な気持ちになるのだ。

 

「見回りは今後も続けるとして、選出した者たちやデッサの様子はどうだ?」

「選出した者たちは緊張した様子です。デッサは普段と変わらない様子でいるとのことです」

「あの若さで心乱さずにいれるのはすごいことだな。戦わない俺の方が緊張しているかもしれん」

「町長は彼についてどう思いますか? あの若さで魔物を倒せる強さ。課せられているものがあると言っていましたが、並々ならぬなにかを背負っているような気がします」


 大ダンジョンのある町に行ったことのない彼らにとって、十代半ばであの強さは常識外のものだ。

 王都にいる同年代の兵と比べても差がある。


「魔物と戦うことが課せられたことなのか、人々を助けることが課せられたことなのか。どこの誰がそんな使命を課したのか、それとも復讐か。結局彼の目的は聞けなかったからな。なにを目的としているのかわからんが、それでも頼るしかない。幸い悪人ではないように思える。信じて託すしかない」


 デッサに頼らずやるなら、この町の人間では倒すことは無理であり、犠牲を払って時間稼ぎするしかないのだ。

 調査隊の兵が傷を負わせることが不可能だった時点で、勝つのは無理だ。あの兵の実力はほかの兵とそう変わらない。ゆえにやれることは命を捨てての足止めくらいだ。

 

「足止めして領主様からの援軍に託せるなら、兵士たちに命を捨ててくれと言えるが」

「遅くなるということでしたね」


 フランクは頷く。

 ミーゼから話を聞いた時点で、伝書鳥を飛ばして救援を頼んでいた。その返事が夕方前に届いていたが、そこには救援が遅れることとそれについての詫びが書かれていた。


「しつけのなってない犬を相手しなければならないということだが」

「野良犬や犬系統のモンスターではないでしょうね。そういったものの被害が出ているなら、情報として入ってきますし」

「犬の部分が強調されていたから、意味はあるのだろうが」

「犬という言葉はときとして人に対して使うこともありますよね」


 部下の言葉にフランクはふと閃く。


「……東の領主の家紋に犬が入っていたな」

「東の領主から干渉を受けていると?」

「俺たちは気付かなかったが、領主様ならば気づけるなにかがあったのかもしれない」


 年末の騒動が東の領主のせいだとは、フランクたちは気付いていないのだ。

 しかしリオを守るためフランクに知らせず秘密の警備をつけていた領主は、ビッグフォレストの職員たちが東の領主と連絡をとりあっていたことに気付いていた。

 その狙いが魔物の復活とまでは掴んでいなかったが、なにかしらの騒動を起こすつもりということはわかっていて、リオに固執していることも予測していた。リオの熱心なファンである領主は、東の領主が自身と同類だと勘づいていたのだ。

 騒動に乗じて動くかもしれないと考え、領地の東に兵を待機させていた。そのためシャンガラに送るための兵が不足している状態だ。現状急いで兵の配置を再編しているところだ。

 魔物復活を目論んでいると判明していたら、兵は最初からシャンガラに送られていただろう。そして東の領主の目論見を王へと報告していただろう。

 魔物を解き放つなど国を荒らす行為であり、反逆の意思ありとみなされても仕方がない。

 フランクからの報告で、普通ならやらないことをやったと知った領主は一瞬手紙の内容が理解できなかった。

 なにを考えているのかと東の領主を罵倒しながら、領主は文官と私兵の長と再編作業や避難民の受け入れ手続きといった仕事をしている真っ最中だ。


「できるだけ早く援軍がくるといいのだが」


 援軍が来るまで魔物が大人しくしてくれることを祈り、仕事を再開する。


 暗くなった森の中で、ゼーフェが弓を構えている。つがえられた矢はほんのりと青い光を纏い、なにかの魔法がかけられているとわかる。

 矢の先五十メートルほどに魔物がいる。

 その魔物めがけて矢を放つ。青い軌跡を残して、魔物にまっすぐ進む。障害となるはずの木の幹をすり抜けて。


「よし、命中したわね。こっちよ」


 ゼーフェは森の中を走る。わざと足音を立てて、ここにいるのだと自身の存在を示す。

 その音に反応し、魔物は森の外から内へと進路を変更した。


「楽しい楽しい鬼ごっこといきましょう」


 デッサがどう動くのか予想して、一晩森から出さないようにするつもりだ。

 調査隊が森に入ってきたときもゼーフェは隠れながら一緒に森に入っていた。そしてデッサの戦いぶりから、今回は様子見だと察していた。

 

「長く封印されていたおかげか、理性が失われているのは助かったわね。こうして少しちょっかいかけるだけで疑うことなくついてくるんだもの」


 うっかりミスさえしなければ徹夜するだけで引っ張りまわせる。

 一晩頑張りましょと背後を気にしながら足を動かす。

 ゼーフェの頑張りは外から見張っていた兵たちにはわからなかったが、今夜町を守っていたのはゼーフェで間違いない。

感想ありがとうございます

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― 新着の感想 ―
[一言] 領主殿はお行儀のいいNoタッチなファンボーイだったわけか。 お行儀良くない勢は……牢屋にでも入っていただく?
[一言] ここの領主は立派だなあとか思ったら同類だから気付けてたのかw いや、それでも面倒事を一つ対応してくれるだけ助かりますが
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