136 準備開始 2
「加勢します!」
言いながら魔物に飛び蹴りをかます。
勢いののった蹴りは魔物を二歩後退させる。
その様子を見た二人がよろけたぞと驚きの声を上げた。
(ダメージは与えられていない。でもリューミアイオールが強敵と表現した理由がわかる。俺の攻撃が通じそうだ)
ファルマジスは俺の攻撃を受けてもよろけたりはしなかった。カルシーンもあれだけ強ければ魔力循環一往復の攻撃ではよろけたりはしないはず。
その二体は強敵というより、難敵と表現できる敵わない相手だった。
「すまないが、君を中心に戦わせてくれ。俺たちでは後退させることもできないんだ」
「わかりました! 真正面からいくので、それぞれ戦いやすい位置から攻撃してください」
「撤退の合図はこちらから出すということでいいだろうか? 目安的には十分後くらいだ」
「お任せします」
答えながら迫る魔物の拳を避ける。
提示された十分という時間を戦いぬく。たまに攻撃するけど、体毛を切り落とすだけで、肉体を斬ることはできていない。せいぜい斬りつけた跡が赤くなっているだけだろう。
魔力循環で高めた魔力が尽きたあとはひたすら回避だ。
動きが鈍ったことを心配されたけど、魔力活性と護符の効果が切れたから心配しなくていいと返す。
そうして怪我人を背負った人たちが十分離れたと思われる時間が過ぎて、兵が撤退だと言ってくる。
「了解です。俺はこれを引きつけて東の方へと走るんで、お二人は西へと走ってください」
「それでは君を見捨てるようなものじゃないか!」
「大丈夫です。魔力活性を使える魔力と護符はまだあるんで、逃げに徹すれば振り切れます」
嘘じゃない。最初から様子見のつもりで戦っていたから、魔力も護符も余裕を持たせていた。魔物の速さから考えても逃げ切れると予想できている。
「……わかった。無事に帰ってきてくれよ」
「もちろんです。それじゃ俺があいつにちょっかいかけるんで、俺に注意が向いたら退いてください。二人が離れたのを見たら俺も逃げます」
「了解だ」
魔力活性と護符を使って、魔物に接近しておもいっきり足を斬りつける。これまで練習してきた唐竹割りは痛みを感じさせるくらいには効果を発揮してくれたらしい。
魔物は俺の方を向いて、殴りかかってくる。それを避けながら二人が木々の向こうへと走っていくのを見る。
「よし、お前はこっちだ」
魔物の攻撃を避けながら東の方へと下がる。
ここで木の根に躓くなんて失敗をしたら、大怪我ではすまないから十分に周囲に気を配っている。
(ちょっと気になることがあるから、へましないように注意しておかないと)
魔物は完全に俺を標的にしたようで、こっちを追ってくる。
俺は木々を避けながら移動しているけど、向こうは無視して木を倒しながらの移動だ。ときどき俺とは別の方向へと吠えているのは、そっちにモンスターとかがいるからだろうか? 隙ができるから俺としては助かる。
(もう十分だろうし、逃げよう)
魔物がよそを向いた瞬間、木陰に身を潜めて、そこで残り魔力を注いだ魔力循環を使う。
その間も魔物は俺を探してか、周辺の木々を殴ったり蹴ったりしている。
体に力が満ちて、後ろを振り返らずに森を駆け抜ける。
森を出る頃には、背後から追ってくる音は聞こえなくなっていた。
そのまま魔力循環が切れるまで走って、町へと戻る。
町に戻る前に、調査隊との合流ができた。俺とは反対の方向に逃げた二人もいて、俺を見るとほっとした表情になっていた。
「戻りました」
自分の班の兵に声をかける。
「無事だったか。よかった」
「怪我人たちは先に町に戻ったんですか?」
「ああ、ポーションで治療はしたが、治りきらないところもあってな。急いで町に運んでもらった。ところであれと戦ったみたいだが、どんな感じだった?」
「強かったですね。魔力活性だとダメージが通りません。全力ならダメージは通るんでしょうけど、森の中では戦いたくないです」
「魔力活性以外だと過剰活性だな。皆がそれを使わないといけない事態か。それと森の中で戦いたくない理由はなんだ? 向こうにとって有利に働く条件があるとか」
「いえ足場が悪くて動きづらいってだけです」
「そういうことか。たしかに滑ったり躓くこともあって戦闘に集中しづらい環境だ」
「もう一つ気になることがありまして」
こっちが気のせいじゃなければ、俺個人として問題になりそうだ。
「なんだ?」
「確定ではないんですけど、少しずつ動きがよくなっていた気がします。あの調子でどんどん動きがよくなると、森の中ではこっちが不利になるばかりですね」
現時点では攻撃を避けられたけど、この先避けられなくなるってことだ。力は大木をあっさりへし折っていたことから強いとわかる。それが命中なんてしたら、またカルシーンのときのようなことになる。
「現時点でも手に負えそうにないのに、さらに強くなるのか」
「倒したいなら時間をかけない方がいいってことだと思います」
「そうか」
そのほかにも気付いたことがないか話しているうちに町に到着する。
そこで調査報酬をもらって解散となるはずだったけど、魔物と戦った者たちに直接話を聞きたいと町長たちの待っている場所へ向かうことになった。
向かう場所は町長の屋敷だ。そこの大部屋を対策室として使っているそうだ。
屋敷に入り、大部屋に案内される。
先導していた兵が、俺たちを連れてきたと知らせると入室を許可される。
部屋の中で見知った顔はミーゼさんくらいだ。
部屋の中の人たちを見ていると、上座に座った四十代の男が口を開く。
「疲れているところ呼び出してすまないな。知らない者もいるだろうから自己紹介しよう。町長のフランクだ。まずは席に座るといい」
俺たち三人が椅子に座るとフランクさんは続ける。
「直接見て戦った者の意見をどうしても聞きたくて来てもらった。見た目や強さ、ほかに気付いたこと。そういったものを話してほしい」
どうしようかと俺たちは顔を見合わせて、兵に任せることにした。
「では私から」
兵は求められた情報を話していく。遭遇し、怪我人を出し、時間稼ぎをして撤退したところまでだ。
それに追加して、動きが良くなっていった気がすると俺からも話す。
聞き終えたフランクさんは溜息を吐いた。
「カイナンガの言うことが当たっているようだな」
「カイナンガのギルド長はなにを話したのでしょうか」
「うむ、森で暴れているものは過去封印された魔物だと。近々封印が解けてしまうはずだったから間違いないだろうと」
ミーゼさんは森に魔物が封印されていたことまで把握していたのか。
「どうしてそのような情報を所持していたのでしょう」
「それは私の家が封印に関わったから。封印は永遠ではなくいつの日か封印が解けてしまうから、対処できるようにと先祖代々伝わっていた。封印の場所もわかっていて、年一回確認していたの」
「町長は封印のことを知らなかったのですか?」
「魔物がいたという話は先代から聞いている。しかし封印に関しては町長としてやってくる貴族にも伏せられたようだ。もしかすると陛下はご存知だったかもしれない。いずれ復活するというのなら、被害を減らすため国に動いてもらうのが手っ取り早いからな」
「封印が解けることがわかっていたのなら、早めに対処できるように動くべきだったのでは?」
「昔そういったことがあったとすでに忘れられている。それは封印を好奇心から解かれないようにと情報操作されたからなの。その目的は果たされたのだけど、そのせいで話しても信じてもらえない状況にもなってしまった。だから私はギルドを立ち上げて、魔物に対抗できるように冒険者を鍛えようとした」
ギルドを作ったのはそういった経緯なのか。
でもビッグフォレストに最初所属していたのはなぜだろう。
あと冒険者を鍛えることまでは手が回ってない感じだな。それか魔物の強さを見誤ったのかもしれない。現代では魔物と遭遇することって珍しいことらしいし。
「そうでしたか。あなたの持っていた情報と私たちの話したことが一致したということでしょうか」
兵の言葉にミーゼさんは頷いた。
「ええ、姿形が一致している。その強さもほぼ合っている。大木を折り、振り回して冒険者も兵も薙ぎ払われた。力の強さに近づくことすらかなわず、大きな犠牲を払って封印するしかなかったのだと」
「その封印の方法は?」
「封印自体は伝わっていますが、必要な道具が貴重過ぎて準備できません」
「町長ならば領主に頼んで準備できるのではないですか? 戦うより再び封じる方が確実だと思うのです」
兵はフランクさんに聞く。
すでに話を聞いていたらしいフランクさんは首を横に振った。
「グルムザインから得られる枝なんぞ、領主様でもそうそう手に入るものではない」
グルムザインかー。ゲームが舞台の時代よりも時間が流れているし強くなってそうだ。
ゲームだとわりと簡単に取りに行ったのを思い出した。実際はグルムザインに会いに行くだけでも大変だろうし、その上グルムザインの抵抗をかわして枝を手に入れるというのは至難の業だろうな。
「伝説に名を残すモンスターの枝ですか。それは確かに無理ですね。それほどの品を使って封印した存在ということでもあるのですね」
「時間をかければ国も動いて、手に入るかもしれない。この日のために入手している可能性もある。放置すれば被害が広まるのは確実だからな。だが国が動くまでにこの町は滅びかねん。ゆえに我らは急ぎ対処しなければならない」
「戦いになりますか」
「逃げるのも手だろう。だが陛下と領主様からこの土地を預かっている我らがなにもせずに逃げては面子がたたん。逃げるにしても、せめて避難する住民の時間を稼ぐぐらいはしないとな」
「住民に魔物のことを伝えるのですか?」
「このまま森やその近くをうろついてくれるなら嬉しいが、それは楽観しすぎというものだろう。万が一に備えて避難は必要だ」
俺たちの情報で封印されていた魔物だと確定したので、このあとすぐに避難指示を出すのだそうだ。
「時間稼ぎではなく倒せるならそれが一番なのだが……デッサと言ったか。先ほどの報告ではまともに戦えていたそうだな。勝てるか?」
「状況を整えたら勝率は上がります」
俺がそう答えてすぐに誰かが大きな声を発する。文官の一人だ。
「お待ちください! まだ若い彼が本当に戦ったのでしょうか!?」
またすぐに反論の声が上がる。一緒に戦った兵だ。
「私たちが嘘を報告したとでも? この町の一大事になぜそのようなことをしなければならないのですか?」
兵が疑問を発した人を睨んで言う。
疑問を発した人はビッグフォレストで噂が流れていたと答えた。
どのような噂なのかとフランクさんが聞く。
「いい加減な仕事をするといったことや自身のやったことを誇張して話すといった話を聞きました」
「本当なのかね」
フランクさんは俺に顔を向けて聞いてくる。
「いい加減な仕事と言われても、ビッグフォレストで仕事をしたことは一度もありません。指名依頼はありましたが、それも断りました。誇張に関しても、ビッグフォレストで自身のこれまでの話をしていません。あそことは関わりが薄かったので」
「それはおかしいな。カンゼッサ、お前は誰からその話を聞いた?」
「あ、その、ビッグフォレストの職員からです」
「職員がギルドの仕事をしていない冒険者について悪評を流していたということか?」
「いえ、仕事で向こうに行ったとき、雑談のように話していたのを耳にしただけです」
「職員がそんなことを話していたか。なぜだろうな? ギルドで仕事をしているならわかるが、仕事をしていない者の評価をなぜ話していたのか」
「わ、私にはわかりません」
そう言って口を閉じたカンゼッサの代わりにミーゼさんが口を開く。
「カイナンガからの依頼はしっかりとこなしてくれました。彼が強いのは私たちカイナンガが保証します。我がギルドのトップたち五人以上と同時に戦い勝利を収めています。正直、彼がいてくれて本当に助かった。ただこの時期にこの町にやってくるのはタイミングが良すぎるとも思うし、なにかを目的にして森に通っていたので怪しんでいたのですが」
「まさかお前が封印を解いたのか!?」
カンゼッサが疑いをかけてくる。
いきなりで驚いたわ。いやまあ確かにこの町で得るものがないのに滞在して、とくに目立つもののない森に通っているのは怪しいけどさ。
ここは否定しておいた方がいいかな。魔物と戦えなくなるかもしれない。
「解いてないです。封印があるという話すら知らなかったんですから。そもそもなにかを目的に封印を解いたのなら、調査隊に加わらず、封印を解いたその場で目的を果たしていますよ」
「どうだか。封印を解いてこの町を滅茶苦茶にすることが目的だったのではないか?」
「それが目的なら封印を解いてさっさと町から離れてます。この町に残る意味がない」
「なんとでも言い訳できる。怪しいこいつに頼るのは反対だ。兵たちよ、追い出してくれ!」
警備兵たちが戸惑ったように顔を見合わせ、フランクさんを見る。
皆の注目を受けたフランクさんが口を開く。
「私としてはだ。怪しいという意見に頷けるものもある。魔物に対抗できる人材がどうしてこの町にいるのか理由がわからない。それだけの実力があるなら、もっと大きな町に行けば儲けられるだろう。だが彼を怪しむのと同じくらい、お前の意見が言いがかりのようにも思える。さきほどの評価の話もあってな」
「そんなっ言いがかりなどではありません! この町のことを思ってこその意見です」
「この町を思うなら、魔物に対抗できる人材を放り出すのは悪手ではないのか? どうにかして利用してぶつけようとするものではないのか?」
「そ、それは……そう! 戦いになって逃げられてはこちらの士気を落とすことになります」
さすがにそれは苦しいだろう。明らかに今思いつきましたといった意見だ。もっとこう演技するとかさ。
フランクさんも同じ考えを抱いたようで呆れた表情で彼を見る。
「ではほかの者にも聞いてみようか。デッサを追い出した方がいいと思う者はいるかね?」
「この町は我らで守るのが筋だ! あのような怪しい者など追い出そう!」
フランクさんたちの言葉に皆は顔を見合わせ、カンゼッサに同意するものは現れなかった。
「このまま協力を頼むということにする。以降なじるような発言は慎むように。いいな、カンゼッサ」
「な、なぜですか。俺はこの町のことを思って」
「同意できないのならお前がこの部屋から出ていくといい。話し合いの邪魔だ。連れていけ」
フランクさんが警備兵に命じると、カンゼッサは部屋の外へと追い出された。
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