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134 封印

 暦の上での春まであと一月を切ったある日。

 シャンガラを拠点とした冒険者のシプットはそろそろ冒険者からのステップアップを考えないとまずいだろうなと思っていた。

 年齢は三十歳になり、周りの冒険者の多くが商店の護衛といった新たな職を得て、収入を安定させていた。

 結婚している者も多く、奥さんとの生活や子育ての話を聞いて独身暮らしの自由さを自慢してはいるものの、内心はシプットも家庭を持って普通の幸せを得たいと思っている。

 そのためにも定職につきたいのだが、どうにもめぐり合わせが悪いようでいまだギルドを利用するだけの冒険者だった。

 中ダンジョンは踏破できる実力はある。護衛としての経験も十分に備わっている。しかし伝手が得られない。

 護衛依頼などを受けて伝手を得ようとしても、すでに専属がいてしばらくは新たに雇う余裕はないというところばかりだ。

 よその町に行って職を得た知人もいて、同じように拠点を変えてみようかなんて思いつつも、今更新しい土地に向かうのは気が進まない。

 じりじりとした焦りを胸に抱いて、今日もなんとか伝手を得ようと護衛依頼を探しにビッグフォレストに向かう。

 顔なじみに挨拶しながら、依頼が張られた区画へ向かおうとすると職員に声をかけられる。

 シプットは知る由もないが、デッサに依頼を出した職員だ。


「シプットさん、ちょっといいですか」

「なんだい?」

「依頼したいことがありまして」


 職員からの依頼は何度も受けている。護衛などで人が足りないとき、経験の豊富なシプットは補充人員として便利なのだ。


「内容はどんなものだ?」

「個室に行きましょう。そこで話します」

「わかった」


 職員と一緒に個室に入り、向かい合って座る。


「それでどんな依頼なんだ? 護衛依頼だと嬉しいんだが」

「申し訳ありませんが、調査依頼ですね。しかし町からの依頼なので、しっかりと働いてもらえれば良い印象を持ってもらうことはできるでしょう」

「町の兵としてやっていける可能性が?」

「ゼロではありませんね。この依頼は重要性が高いものでして、成否は町長も気にするものですから」

「なんで俺だ? そういった依頼ならギルドメンバーがやることだろう」


 伝手を得られるのは嬉しいが、同時に疑問も生じる。


「別のことに動いているんです。そちらも重要なものでして。リオのファンクラブ過激派が暴れていることはご存知ですか」

「そりゃな。兵まで動くような事態になっているんだから噂くらいは聞く」

「過激派を扇動した者がいるようで、それがどこかの貴族かもしれないのです。これはまだ誰かに話しては駄目な情報ですので、シプットさんも話さないでください」


 依頼に関わることとはいえ、秘密にすべき情報を教えてもらえるのはギルドの信を得ているようで気分がよかった。


「わかった。しかし貴族か。それならギルドメンバーがそっちに集中するのは無理もないな」

「ええ、そういう理由で今回の依頼に動かせる人員がいないのです」


 なるほどと頷いてシプットは依頼内容を聞く。


「やってほしいことは森へ行き、隠された入口から入って、その奥にある像を調べてくること」

「森にそんなものがあったのか」

「はい。昔、この町を化け物が襲った話は知っていますか?」

「聞いたことはないな」

「そうでしたか」

「親父たちが若い頃こっちに居を構えて、住み始めたんだ。だから俺たち家族はこの町の古い話は知らないんだ」

「それなら知らなくて当然かもしれませんね。おおざっぱに話すと、化け物が暴れて倒すことは無理だったので、封印したのです。その封印が森にあるんです」

「封印のなにを調査すればいいんだ」

「像にひびが入っていないかですね。ひびが入っていれば封印が解ける日が近いということなんです。あとは封印を維持する道具を使ってもらいます」

「魔法の知識はほとんどないから、専門的な知識を必要とされる道具は使えないぞ」


 シプットを安心させるためか、職員は大丈夫と言いながら微笑む。


「魔力を込めるだけの道具なので難しいことはありませんよ。使ってもらいたいのは応急処置の道具なんです。異常があれば専門的な知識を持つ人員がまた別の日に向かうことになっています」


 シプットはただの冒険者である自分に修理までやらせるわけがないなと、職員の説明に納得する。


「ここまでの説明で受けていただけるか決めてもらえましたか?」

「ああ、受けるよ。そこまで難しいものじゃなさそうだし、それで町長に名を覚えてもらえるのはおいしい」

「ありがとうございます。こちらが隠された場所を記したメモで、こちらが修理の道具です」


 一枚のメモとカットされたエメラルドがテーブルに置かれる。

 メモには像のある地下空間への入り方と道具の使い方も記されている。


「質問なんだが、封印のある場所に入る方法が力押しに思えるんだ。これでいいのか?」


 メモには大樹の根元にある隠蔽の核を壊せと書かれている。


「大丈夫ですよ。対策はきちんと取られています。壊された核は時間をかけて再生するようになっています。きちんとした手順を踏めば壊さなくてもいいんですが、正式手順は覚えるのも実行も時間がかかります。覚えますか?」

「いや遠慮しておく」


 そうですかと頷いて職員は続ける。


「封印の場所は誰かに知られるとまずいので秘密にしてください。それにともないこの依頼も秘密にすることを求められます」

「当然だな。興味や好奇心で封印に近づかせるわけにはいかない。となると人がいない時間帯に向かった方がいいのか?」

「そうしてもらえると助かりますが、誰かに見られないように作業するだけでもかまいませんよ」

「どこで誰に見られるかわからないから、日が落ちてから動くことにするよ」


 メモとエメラルドをポケットにしまい、席を立つシプット。

 

「今日から森に入って夜まで過ごし、人がいないことを確認して調査を開始する」

「わかりました。よろしくお願いします」


 二人は個室から出る。

 シプットを見送った職員は仕事のため机に戻る。

 そこに上司が話しかけてくる。


「個室を使っていたようだが、なにを話していたんだ?」

「シプットさんに依頼を出したんです」

「個室を使うような重要な依頼なんかあったか?」

「いえ重要というよりは贔屓しているのをほかの冒険者に知られないようにですね。シプットさんが護衛依頼を通して伝手を得たいと言っていたのはご存知ですか?」

「ああ、知っているよ。彼もまだ現役でやれるとはいえ、将来に不安を感じる年齢だな」

「彼に言うと怒りそうですが、あの年でフリーということに同情してしまってですね。知人が専属を求めていたので紹介したんですよ。まあ即採用ではないと思いますけど、きっかけとなればと思って」

「ギルドの職員として個人を贔屓するのはまずいが、長年ギルドに役立ってくれた彼の功績を考えるとそれくらいはやってもいいだろう」


 無事に伝手を得て、専属になれるといいなと上司は言い、ほかの職員たちも頷く。

 それを聞いて職員は嘘がばれなかったことに内心ほっと息を吐く。

 そして昼食の時間になると、自宅に戻り東の領へと伝書鳥を飛ばす。内容は今宵封印が解かれるというものだ。

 ここと向こうの距離ならば、伝書鳥は約二時間で到着するだろう。

 飛んでいく鳥を見て、職員は一ヶ月後には東の領で出世している自身の姿を想像し笑みを浮かべた。

 

 夜になり、人々が眠る時間になってシプットは登って休んでいた木から降りて、メモに書かれた場所に向かう。

 万が一にもばれないように明かりはつけていない。そのため歩きづらい。

 こけないようにゆっくりと進み、目的の場所にたどりついた。

 大きな木であることを確認して、魔属道具で蝋燭ほどの小さな火を出して、木の根元を照らして手で触れていく。


「これか?」


 土と葉っぱの感触とは別のものを指に感じて火を近づけ、金属製の板らしきものを見つける。

 誰かが落としたものではなかった。しっかりと地面に固定されていて、意味があってここに設置されているのだとわかる。


「核だろうな」


 持ってきた金槌を取り出し、力いっぱい振り下ろす。

 バキッと音を立てて割れると同時に、幹に穴が開いた。

 その中を火で照らすと地下へと繋がる階段があった。


「よし、間違いなかったな」


 明かりをつけたままシプットは幹の中に入り、階段を降りていく。

 階段を降りて、地下の空間に入ったシプットは火の勢いを大きくして照らせる範囲を広げる。

 その照らした範囲ギリギリに像が見えた。

 近づくと気のせいかもしれないが、寒さとは違った寒気を感じる。

 その寒気を我慢して像に触れずに調べていく。


「ひびは入っていないな。よかった」


 封印が解けるのはまだ先だと安堵して、ポケットからエメラルドを取り出す。

 これの使い方は簡単だ。魔力を込めて像の腹辺りに置くだけでよいとメモに書かれていた。

 それに従って魔力を込めるとほんのりと緑の光を放つ。


「綺麗だ」


 シプットはエメラルドを像の腹へと置く。

 

「これで終わりだな。楽な仕事だった。これで町長に名を覚えてもらえるんだからいい仕事を回してもらったな」


 これを機会に私兵として雇ってもらえるかもしれないと思うと、シプットの表情が自然と笑みをかたどる。

 さっさとここから出ようと像に背を向ける。

 そのタイミングでパアンとなにかが弾ける音が聞こえてきた。


「なんだ!?」


 振り返るといくつもの緑の光の粒が広がって地面に落ちていくところだった。

 

「発動するときは音が出るのか、それもメモに書いてほしかったな。像になんらかの異常がでたのかもしれないと無駄に驚いた」


 大きく息を吐いたシプットの耳にピシリという音が聞こえてきた。

 ここは静かな部屋で、シプットの出す音以外になにも聞こえないはずだ。

 像から出る音はさらに続き、そして大きくなっていく。


「な、なにが起こって?」


 ここで脇目も振らず逃げていればシプットの運命は変わったかもしれない。

 しかしシプットはなにが起こっているのか気になってその場に留まってしまった。

 シプットの目の前で像から出る音はやまずに続き、欠片も床に落ちていく。

 ひびが像の全体を覆い、一際大きな音が出たかと思うと、一本の腕が像から出てきた。さらに膝が立てられ、顔と胴体が石の欠片を落としながら起こされる。

 ここまで来ればシプットにもわかる。化け物の封印が解かれたということが。

 ようやく逃げようと思いつき像に背を向ける。

 そのシプットに化け物の手が迫る。人間に比べると大きな手は、シプットの背を掴んだ。


「ひっ。放せ、放してくれ!」


 シプットの悲鳴が地下空間に広がり、そして消えていった。

感想と誤字指摘ありがとうございます

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― 新着の感想 ―
[一言] とりあえず一言。この外道!!!
[一言] なんとも妙な依頼だと思ったらギルドの内部にまで入り込んでたかー シプットさん運がなかったなあ
[良い点] 今後の働き口に不安がある人に対して卑劣な! う、う、5060には不安が過ぎる〜。
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