133 家出 後
コレフのところへ行くため早足で町の入口を目指し、そこにいた兵に今から出るのかと疑問を抱かれる。
さっき俺が出たときは聞かれなかったのは冒険者だからかな。リオたちは一般人だしさすがに疑問を抱いたみたいだ。
「家出した子を迎えに行くんですよ」
「家出?」
「ええ、嫌なことがあったようでしてね」
「ああ、覚えがありますね。親と喧嘩とかしたとき衝動的に家を飛び出て、行く当てもないから空き家の軒下とかに座り込んで」
懐かしんでいた兵は我に返る。
「そう言うことなら早く行ってあげてくれ」
止めて悪かったと詫びる兵に見送られて、町から出る。
外壁に沿って歩いていると、コレフがいたところに数人の大人の姿がある。
彼らはコレフを無理矢理引きずっており、コレフはそれに抵抗するように暴れている。
探していた人たちが無理矢理連れ帰ろうとしているのかと思ったけど、院長の発した言葉で違うとわかる。
「その子になにをしているんですか! うちの子です。返してください!」
院長も知らない者たちなのだろう。鋭い目つきで睨んでいる。
「リ、リオ様」
こちらを見た彼らは俺たちと一緒にいるリオに視線が固定されていた。
リオは小さく溜息を吐くと、口を開く。
「コレフを放してください。迎えにきました」
「こ、こいつは罪人です。あなたには相応しくありません」
「コレフがなにをしたのか知っています。それでも私はコレフを手放すつもりはありません」
「どうしてです! このような者捨て置けばよいのに! 我らこそがあなたに相応しい!」
「そうです! 孤児院など出て、我らとともに過ごすのが一番だ!」
「苦労などさせません。あなたの望みは我らが全て叶えます。お金を望むなら稼ぎます。欲しいものがあるなら手に入れます。嫌な奴がいるなら排除します。あなたのためなら我らはなんでもします、なんでも捧げます。だからどうか我らともに!」
こいつら過激派か。
彼らの言葉に押されるようにリオは一歩下がる。
しかしコレフを取り戻すことを思い出してか、すぐに前に出た。
「私があなた方に望むのはただ一つ。コレフを返してほしいということだけです。それ以外は望みませんし、孤児院から出てあなた方のところにもいきません」
きっぱりとした言葉に過激派の表情が泣きそうなものへと変わる。
「なぜです! 我らが女神よ!」
「私は人間です。神ではありません」
「違う! あなたは神だ。あなたこそが神なのだ!」
「そうです! 我らを見守り導くため、地上に顕現した神。あなたことが唯一の存在!」
リオと院長の顔が歪む。彼らの放つ言葉の圧と含まれる狂気は一般人には毒なんだろう。
少しばかりこっちに注意を向けてやろうかな。受ける圧はましになるはずだ。
「神に見捨てられたあんたらはさっさとどこかに行ったらどうだ」
「見捨てられてなど!」
「リオの言葉を聞いてなかったのか? 女神とまで言った存在の言葉なんだから聞き逃すことなんてないよな。リオははっきりと言ったぞ、お前らにはついていけないと」
過激派は言葉につまる。
「女神の願いを叶えると言ったんだから、コレフを放してさっさとどこぞに消え去るといい。それがリオの願いだろ」
「お、お前たちが女神を誑かしているのだ! お前さえいなくなれば、我らの行いが正しいものと受け入れてくださる。我らが女神を解放するのだ! 女神を我が手に!」
コレフを掴んでいる男がそう言うと、ほかの過激派も「女神を解放する」と言ってこちらに殴りかかってくる。
一般人ばかりなんで、苦労することなく対応できる。
殴ると手加減を間違うかもしれないから、足を払って転がしていく。
そしてコレフを掴んでいる男に接近して、その頭部を掴む。アイアンクローで頭部を締め付けると、痛みでコレフを解放する。
解放されたコレフはリオへと駆け寄って、抱きしめられた。院長もコレフの頭を撫でる。
それを見ながら男から手を放して、足を払い転がす。
「院長、俺がこいつらを見張っているんで、兵を呼んできてもらえますか」
「わかったよ」
院長は急ぎ足で町の入口へと向かう。
「コレフにいらんことを言ったのも過激派だったのかな」
起き上がろうとする過激派たちを蹴倒しながら言う。
「過激派ですか?」
「知らないのか? ファンクラブでそう呼ばれる奴らがいるらしいぞ」
「ファンクラブがあるのは聞いたことがありますけど、過激派といったものがあるのは初耳です」
良い話じゃないし、周囲の人間がリオの耳に届かないようにしていたのかもな。
神格化していたリオから認識すらされていなかったと知ったら過激派はどう思うんだろう。
地面に倒れる過激派を見ると、いまいましそうに俺を睨んでいた。
「お前らも遠くから見るだけに留めておけばいいのにな。独占したいなんて馬鹿な思いを抱くから」
「なんとでも言うがいい、女神は我らともにあるのが幸せなのだ。今はお前たちが偽りの情報を届けているから、我らの行いを誤解しているにすぎない」
おや、反応した。このまま話していれば兵たちが到着するまでの時間を稼げそうだ。
「その言い分は無理があると思うけど」
「我らの言動が真実。この世の真理。それをわからぬ愚か者め!」
そこまで自信を持てるのはすごいと思う。ほんとに。でも見習いたくはない。これを見習ったら破滅が目に見えている。
「ただの独占欲をそこまでよく飾り立てられる。女神なんてどうでもよくて、自分の欲を満たしたいだけにしか聞こえない」
「我らの純粋なる願いと思いと祈りを否定するか!」
「ある意味純粋かもしれないけどさ。間違った方向に突っ走って、雑味や濁りが落ちただけ。大元が間違っているんだから、純粋な願いとやらも意味はないだろうさ。現に拒絶されている。少しでもリオに思いが届いたのなら、拒絶はされなかっただろうさ。拒絶されてしまったのならお前らのどんな願いも意味はなさない」
「女神が我らとともにあり我らの言葉を耳にすれば、お前たちの虚言は遠ざかり偽りの現実から目を覚まし、我らを受け入れてくださるのだ!」
「偽りの現実ときたか。お前たちにとって今は偽りか? それはただ上手くいかないから、目を背けているだけだろ。成功も失敗も善行も悪行も全て現実だ。目を背けても、妄想は現実にはならないよ」
妄想というか夢が叶わないとは言わないけれども、こいつらを肯定してやる気にはならないな。
「知ったような口を! 失敗から目を背けてなにが悪い! あれは俺が悪いのではない、あいつが悪いんだ! 俺はただ報告をうっかり忘れただけで、それであいつが怪我をしたのはあいつの不注意のせいだ!」
なにか地雷を踏んだみたいだな。
想像するに、その失敗から目を背けてリオを見て夢中になることで、現実逃避をしていたのかな。
リオを癒しとして使うだけで止めておけばいいのにな。過激派として活動したら嫌われるだけだろ。
まあ、どうでもいいか。過激派の事情なんぞに興味はない。
「俺は悪くない、悪くないんだ」と自分に言い聞かせている男から目を離し、ほかの過激派を見張っているうちに院長が兵たちを連れてきた。
過激派たちは抵抗したもののロープで縛られて連れて行かれる。
その場に残った俺たちは兵から事情聴取を受ける。
それもさくっと終わって、兵は溜息を吐いてコレフを抱いたままのリオを見る。
「あなたに伝えたくはないのだが、こうして実害がでると仕方ないのだろう。ファンクラブに過激派と呼ばれる連中がいるのは知っているだろうか」
「ええ、ついさっきデッサさんから聞きました」
「それなら話が早い。彼らが最近暴れ出してね。孤児院の方でも被害がでるかもしれないから注意をしてほしい」
「過激派はどうして暴れ出したのでしょうか」
「教えを受けたとか言っている。唆されたということなのだろう。それが誰なのかはわかっていないね」
なんのために唆したりしたんだろう。そうするってことはなにかしら得することがあると思うんだが。
過激派を唆して起こることは……治安の悪化? もしくはリオの立場の悪化。リオが悪いわけじゃないけど、過激派をリオの関係者として見る人はいるかもしれない。
「唆した人の狙いはなんなのでしょうね」
院長がそう聞くと、兵は首を振る。
「一応推測は立てているが、そうだと示す根拠がなくてね」
現状自分たちにできることはパトロールの強化と領主に詳細な情報を送ることだと兵が言う。
リオのファンだという領主ならば確実に対策に動いてくれると信じているようだ。
「領主様が動いてくれればなんとかなると思う。だからもう少しすれば過激派も落ち着くはず」
もう少し耐えてほしいと言って兵は去っていく。
俺たちも町に戻ることにする。
コレフと手を繋いで歩くリオが俺に話しかけてくる。
「デッサさん、コレフを見つけてくれたことや過激派を止めてくれたことなど感謝しているんですが、詫びないといけないことが」
「え? なにを詫びるのか心当たりがないんだけど」
「約束の料理なんですが、まだ作ってなくて」
「ああ、そういうこと。明日でいいよ。今日は慌ただしかったのはわかってるし」
「ありがとうございます」
孤児院へと続く道と宿へと続く道の分かれ道まで来て、リオたちと別れる。
翌日は森に行き、影を探した。
痕跡らしき枯れた植物は見つかったけど影はいなかった。
影探しのときに周囲の警戒をするのも忘れなかったけど、襲撃はなかった。
魔力循環の練習とかもやったあと、町に戻り孤児院に向かう。
孤児院はいつもの落ち着きを取り戻していた。
子供たちにこんにちはと声をかけられながら、屋内に入る。
年長に声をかけて、リオはどこにいるのか聞くとキッチンだと返ってきた。
「こんにちは」
「いらっしゃいませ」
調理中のリオがいて、すぐ近くの椅子にはコレフがいた。
「もう少しで完成ですから待っててください」
「なにを作っているんだ?」
「ビーフシチューですよ。お肉は牛じゃなくて別のものですけどね」
猪肉をいれたらしい。猪肉のビーフシチューは初めてだけど、リオが作るならおかしなものにはならないだろう。
「美味いなら肉は別のものでもいいよ」
「手を抜かずしっかりと作ってますから楽しみにしていてください」
完成までなにをしていようかと思っているとコレフが俺を見てきていた。
なにか用事だろうかと顔を向ける。
「お願いがある」
「とりあえず言ってみ」
「鍛えてほしい」
「諦めて」
そんな時間はないから断ると、コレフは顔を歪める。
「それは殴りかかって迷惑をかけたから?」
「いや、特に迷惑とは思ってなかったぞ。あの程度なら子犬や子猫がじゃれついてくるようなもんだ」
「だったら盗みをやってきたから」
「それも今やっていないなら気にしない。単純にコレフに割く時間がないし、我流でやっているから指導ができない」
以前ロバンたちの相手をしたときも、強者との戦闘経験をさせただけで指導といった感じではなかったしな。
「なんで鍛えたいんだ」
「姉さんを守りたい」
「一応聞くけど、姉さんってのはリオのこと?」
頷きが返ってくる。コレフも姉呼びなのか。
「過激派がまた馬鹿やったときに守りたいと思った。あんたが蹴散らしたように」
「なるほど。だったら余計に俺じゃ無理だ。守るための手段を知らない。サーランさんを頼った方がいいだろ」
リオを守っている冒険者だ。教えてほしいことを教えてくれるだろう。
「ライバルから教わったら差がつかない。いずれはあの人の立ち位置になりたいのに」
「……なにを目指すのかはお前の自由だけど、仲間内で争うとほかの誰かにかっさらわれるぞ。連携して守れるようにした方がリオのためになると思う。それでも嫌だってなら、お金を貯めてギルドに指導依頼を出すことだな」
「……わかった」
「本当に納得したのならいいけど、ここで考えなしの行動をとるとリオや院長に迷惑がかかることになるからな」
一応念を押しておこう。お金集めに盗みをしたりすると、孤児院全体に迷惑がふりかかるだろうし。
「サーランさんに頼むのが一番堅実だから、そうしとけ」
仕方ないとばかりにコレフは頷いた。
早速頼みに行くのかその場を離れていく。
「自分のためにしたいことをしてほしいんですけどね」
困ったようにリオが言う。
「リオを守るのがやりたいことなんだろうさ。それにしても昨日孤児院から離れようとした様子とは真逆の行動だけど、なにをしたんだ?」
「特別なことはしていません。ただずっとそばにいて、コレフがいなくなると寂しいと言っただけです。一緒のベッドで寝たりしてコレフにかまっていたことで、ほかの子がむくれて朝は少し大変でした」
へこんでいるところに甘やかされて堕ちたと思ってしまうのはまずいのか? リオならアーネってやつとは違って罵倒とかはしないだろうけど、その分どんどん沼に沈むようにはまっていきそうだな。
昨晩、コレフの性癖が歪んでしまったのかもしれない。いやもとから歪みかけていたところに決定打を叩き込まれたという方が正しいか。
「……大好きなお姉ちゃんを独り占めされたって思った子が多かったのか」
コレフの性癖については触れないでおこう。なんも言えないし。たぶんアーネとかと一緒にいるよりは幸せなんだろう。
コレフの将来に思いをはせている間に、シチューが完成したようで小鍋を持ってリオが近づいてくる。
「はい、どうぞ」
「いい匂いだ。食べるのが楽しみだよ」
「美味しく食べてもらえるなら、作ったかいがあるというものです」
微笑むリオから小鍋を受け取って、孤児院から出る。
庭ではコレフとサーランさんが向かい合って話している。
耳を澄ませば、いつかサーランさんの代わりにリオを守れるようになると挑戦的にコレフが言っていた。
それを受けてサーランさんは不敵に笑い、挑戦は歓迎だがリオの隣を譲るつもりはないと言い返していた。
さらに気合の入った様子のコレフを、サーランさんは頼もしそうに見ていたことから、リオを守る者が増えたことを喜んでいるようだった。
(コレフに関してはもう怒りを発散させる必要はなさそうだ)
明日くらいに院長に確認しておこうと思いつつ、孤児院から離れる。
感想ありがとうございます