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132 家出 前

 デッサがビッグフォレストの依頼を断って八日後。

 シャンガラのある領地の東に接する領地、その領都で領の主が報告を受けていた。

 場所は領主の執務室ではなく、誰も会話を聞くことのできない小さな会議室だ。

 

「年末の鎮魂会で誘拐する件ですが、失敗しました」


 領主に報告をするのは、汚れ仕事を請け負う役人だ。


「ここにリオがいない以上、そうだろうな。あの時期に誘拐できればまあよしくらいに思っていたからな、失敗は気にせんよ。依頼した奴らからこちらに繋がるような失態を犯してはいないだろうな?」

「もちろんでございます」


 役人もまた別の汚れ仕事ができる者を動かして、その人間も別の人間を使って年末に捕まった者たちに接触したのだ。

 そして接触した人間は殺されていて、繋がりが断たれている。


「それで騒ぎに目を向けている間に、シャンガラの内に人を入れることは成功したのか?」

「はい、そちらはばれることなく成功しました。協力者たちも約束通り手助けしてくれました。こちら側についたと信じてもよろしいかと」

「よろしい。計画通り動き出したと見ていいのだな?」

「はい」

「扇動、確認、阻止。それらはどうなった」

「扇動は問題なくやれております。過激派と呼ばれる者たちは容易く誘導することができました」


 シャンガラに送り込んだ者たちが過激派に接触し、その思考を誘導したのだ。

 結果、女神役を演じたこともあって信仰の対象へと変えることに成功。

 今年からではなく、去年から女神役をやっていたことで思考誘導が楽だった。今年初見であればインパクトはあっただろう。しかしそのインパクトだけに印象を持っていかれて、間違った信仰心を植え付けることは難しかっただろう。一年という時間を経て、過激派の中で高まり淀んでいった独占欲を利用したことで、都合よく動かせるようになったのだ。


「確認も終えております。細かく探して見ればあの森の中に魔法の痕跡がありました。下手に刺激するとその場で封印が解けてしまうと思われるので、中身の確認まではしていませんが、情報通りなので間違いはないでしょう」

「それでよい。こちらも準備は整っているとはいえ、すぐに動かすのも難しい。合図を送ってから封印を解くようにすればいい」


 彼らの目的はシャンガラを荒廃させて、リオのいる孤児院を誘致することだ。

 誘拐よりも自分たちに対する印象がよくなると考え、孤児院ごとひっぱろうと考えている。

 もしシャンガラが荒廃すれば、ファンである領主が動くのは確実なのだが、彼らは自分たちの策が成功すると思い込んでいる。

 あちらの領主が動くことは彼らも予想はしている。それゆえに知人の貴族に根回しして、動きづらくなるようにしてはいる。

 しかしその動きを悟られ対応されることまでは考えていない。

 それはリオの美貌に脳を焼かれたせいだろう。欲に目が眩んで、短絡的になっている。

 良くも悪くもリオには影響力があるという証拠だ。それをリオは喜ばないだろうが。


「承知いたしております。続いて阻止ですが、これは観察中と失敗です」

「観察はわからんでもない。カイナンガに圧力をかけて、その経過を観察中ということなのだろう」

「その通りでございます」


 ミーゼの様子がおかしい原因の一つだ。ギルドに直接害を受けたわけではないが、活動がやりにくくなっていることを察しているのだ。

 ほかに問題も発生している現状で、この圧力はストレスでしかなかった。


「失敗はどういうことだ?」

「あの町で一番の実力者を排除しようと画策し、二通りの働きかけをしました。まずはシャンガラからの移動ですが、断られました。高額依頼でシャンガラから動かすことができれば、それが一番穏便だったのですが」

「あそこに留まる理由でもあるのだろうか」

「なにが目的であそこに滞在しているのか誰にも話していないようで不明だそうです。探し物があるようで、森を探索しているとのことです」

「あそこで探すものなど、封印されたあれくらいだと思うが。我らも偶然知ることができたものを、そいつはどこで知ったのだろうな」


 領主たちはシャンガラで騒ぎを起こそうと考え、騒動の種を探していて封印について知ったのだ。

 封印に関わった者の子孫がこちらに嫁いできていて、親から子へ孫へと当時の話が伝わっていた。その子孫が役所で働いており、森に化け物がいたらしいと話したことを覚えていた者がいた。


「そやつが封印を解いてしまわないか心配だな」

「まだ見つけてはいないようですから大丈夫ではないでしょうか。森で過激派に殺させることが成功していれば心配する必要はなかったのでしょうが、失敗したようです」

「どうにかして追い出したいな。騒ぎを起こしたとき、すぐに対応されると町が荒れずに困る」

「協力者と過激派を動かしてそやつの悪い噂を流してみましょう。シャンガラが過ごしにくくなれば出ていくかもしれません」

「そうしてくれ」


 頷いた部下が部屋から出ていき、領主はリオに思いをはせる。


「手に入るのが待ち遠しい」


 かつては遠目に見ることしか叶わなかった。ただの気晴らしでシャンガラに行ったときリオを目にした。その美しさに目を奪われ、欲しいと思ったのだ。

 これまで生きてきて、あれほどまでに強い願いを抱いたことはなかった。

 あの日から心奪われ、今も心はリオに向けられたままだ。

 思いは時間が経過するほどに肥大化し、なにを犠牲にしても欲しいと思うようになった。

 そしてその思いの結果がでるまでもう少し。


 ◇


 森で襲撃を受けたあとは特に変わったことのない日々が続く。

 町を歩くとたまに変な視線は感じるが、直接の害はないからスルーしている。

 そんな視線を感じたとき、その方向を見てみると冒険者らしき人がこっちを見ていることが多い。

 良い視線ではないと思う。なにか言いたいことがあるなら言ってくるはずなので相手をしていない。

 そんなふうに過ごして、今日は孤児院に行く日だ。

 といってもそろそろ行かなくてもいいかなと思っている。

 コレフは相変わらず殴りかかってくるものの、その視線に込められる感情や拳に込められた力が最初よりも弱い。

 なんとなく惰性でやっているんじゃないかと思って、院長に相談したのだ。

 院長もコレフの変化はしっかりと感じ取っているようで、孤児院にもなじんできたと言っていた。ただし遠慮することも増えてきたとも言っていた。おそらくこれまでとは違った問題がコレフの中に生じていて、それは院長たちがなんとかすることだと言っていた。

 今日あたりでお役御免だろうかなと思いつつ、孤児院の近くまで来るとサーランがあちこちを見ながら歩いているのを見かける。


「こんにちは。なにか探しもの?」

「あ、デッサ君。コレフを見なかったかな」

「コレフですか。いや見てないね。あいつがどうしたの」

「少し前から姿を消しているんだよ。孤児院の中は全部探してもいなくてね」

「外に出たと」

「おそらく、そうなんだろうね。大人たちが探しているんだ」

「手伝いますよ」

「ありがとう、助かるよ」


 あいつが行きそうなところを聞いてみると、わからないと首を振られる。


「孤児院からで出ずに過ごしてきたからさっぱりだよ」

「そっかー。俺は適当に町の中を探してみるよ」

「お願い」


 お土産のドーナツを渡して、小走りで町の外壁の内側にそって一周する。


「見つからないな。一度孤児院に戻ってみるか。ほかの人が見つけているかもしれないし」


 再び小走りで孤児院へと向かう。

 孤児院の中はそわそわとした落ち着かない雰囲気だった。まだ見つかっていないということなんだろう。

 そう思っていると院長が近づいてくる。


「デッサ君、その様子だと見つからなかったようだね」

「ええ、外壁にそって町を一周してみましたが、コレフの姿はありませんでした。ほかの人はどうでしょう?」

「見つかったという連絡は入っていないね」

「もう一度探してみますかね。ほかの人はどこを探したんですか? 俺はそこ以外に行ってみようと思います」


 院長は各々が探した場所を教えてくれる。

 孤児院の人間だけではなく、兵にも協力を頼んでいるようだ。

 

「ほとんど見て回ったみたいですね。ところでふと思ったんですけど、リオがファンクラブとかに協力を求めたらすぐに見つかりませんかね」

「コレフがどうしていなくなったのかわからないからね。目立つような真似は控えているんだ。誘拐されたにしても、自分から出て行ったにしても、探されているとわかったら見つからないように隠れるだろうし」

「なるほど」


 たしかにリオがファンクラブに協力を求めたらハッスルして、町中にコレフを探しているって噂がすぐに広まりそうだ。

 ファンクラブの人たちが静かに行動してくれるなら大丈夫だと思うけど、院長は無理だと判断したんだろうね。

 騒ぎにならないようにリオも孤児院から出ないようにしているそうだ。

 心配して探しに行きたいと院長に訴えたそうだけど、事情を話して子供たちの相手をしてもらっているらしい。


「では行ってきます」

「ありがとう。頼んだよ」


 院長に見送られて、探されていない場所へと向かう。

 向かうのは外壁の外だ。コレフを確保していた連中がいた場所なので、苦い思い出があるため避けるかなと俺は思っていた。

 院長も似た考えだったそうだけど、探されないようにわざとそこに行く可能性もあるということで、俺に行ってみてくれないかと頼んできたのだ。

 夕暮れに染まる町から出て、外壁にそって歩いて行く。

 以前は鎮魂祭の客が並んでいたけど、今はもう町の入口で作業をしている人を除くと誰もない。

 朝に森へと行くときや夕方に帰ってきた頃、冒険者や兵が見回りをしているのを見かけることはある。でも今日はすでに見回りを終えているようで、すれ違うこともなかった。

 いないだろうなーと思いつつ歩いていると、壁が壊れていたところに到着する。

 

「いたわ」


 今は修復されている壁のそばで体育座りしているコレフがいた。視線は下に向いていて、近づいても反応はない。


「なにしてんだ。皆心配していたぞ」

「あそこにはいられない」


 無視されるかなと思っていたけど、返答があった。意外だな。

 んでもってその声音に最初の頃の怒りはない。逆に弱さが感じられる。


「なんでだ? 心配されているから、嫌われてはいないと思うが」

「あそこはまっとうに生きてきた人たちの家。罪人の俺はいちゃいけないんだ」


 ……なんだこれ。盗みを反省しているのはいいとして、内罰的になりすぎじゃないか?

 

「お前がやったことを院長は知っている。それでもあそこにいることを駄目だと言われたことはないだろ。いや孤児院の誰かに言われたのか?」

「孤児院の人たちには言われてない」


 孤児院の人たちには、ときたか。外部の人間になにか言われたと考えた方がよさそうだ。

 でもこいつがなにをやったのか知っている人間は限られているはず。捕まえたとき一緒にいた兵、その報告を受けた役人や町長。これくらいのはず。さすがに町長から直接責められることはないと思うから、兵とかが接触した?

 落ち着いてきたところにこれまで自身がやってきたことを指摘されて、罪を犯した自分はあの孤児院には相応しくないと考えて外に出たのかもな。


「誰になにを言われたのか知らんが、あそこにいることを外部の人間がどうこう言うのは筋違いだ。孤児院の人たちがどう思っているのかが大事だろ。そして院長たちはお前を受け入れている」

「……」

「信じられないか?」

「……信じたい。でも怖い。アーネさんみたいに変わると思うと」


 トラウマになってるな。十歳の子供だから無理もないか。


「こうしてうずくまってどうする? 腹が減って動けなくなるまで座り続けるつもりか?」

「……」

「というか見つけてほしかったんじゃないのか?」

「……」


 考えてみると、孤児院から離れたいなら町から出てどこかに行っていてもおかしくはない。

以前いた町では孤児院を出て、盗みで生きていくというバイタリティーがあったのだから、一人でシャンガラを出ていくくらいはやれそうだ。

 こんな見回りの兵とかに見つかりやすいここにいたってことは、町から離れたいって気持ちと離れたくないって気持ちがせめぎ合っていたんじゃないかって思う。


(どうしたら動くかな? 院長やリオを連れて来ればなんとかなりそうだけど、この場を離れるといなくなってそうだ)


 無理矢理連れ帰ることは可能だけど、また逃げ出しそうだ。

 その場で十分ほど考えて、いい考えが思いつかなかった。


「めんどくさいな。どうするかお前に決めさせる。今から院長かリオを呼びに行くから、孤児院にいたくないならここから離れてどこかに行け。いなくなっていたら、連れてきた二人にお前が帰らないことを決めたと伝える。お前がそう決めたのならもう探さないだろ。戻りたいならここで待っていろ。じゃあな」


 返答を聞かずに小走りでその場から離れる。

 孤児院に戻り、院長に伝えたいことがあるからリオを呼んでほしいと頼む。

 二人がそろい、コレフがいたことを伝える。


「どこにいたんですか!?」

「町の外。外壁のそば。そこで少し話したら孤児院にいられないと言っていた」


 コレフの言い分を伝える。


「盗みを行ったことを忘れろとは言わないが、反省しているなら言うことはない。今後同じことをやらないなら孤児院から出ていけとは言わんよ」

「すでにここはあの子の家です。いたいというなら私はその思いを喜んで肯定します」

「それじゃ迎えに行きますか」


 頷いた二人と一緒に孤児院を出る。ほかの大人には探している人たちに見つかったと伝えてもらう。

感想ありがとうございます

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― 新着の感想 ―
[一言] 女性だけでなく男も虜にするあたり『輝く貌』『魔貌』ディルムッド・オディナよりも影響力がありますね(汗 権力を間違った方向に使う領主は滅びてどうぞ コレフくんも複雑よな。 やっと見つけた優し…
[一言] リオの魅力にやられてるってのによく回る頭ですわ あの手この手でリオを手中にしようとしてたんだなあ
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