131 襲撃
依頼を断って五日ほど経過し、今日は森の中で影を探すことにする。
夜に出てくる影との違いを探ろうと思っているのだ。
この数日過激派の接触はなかった。穏健派とかが説得に成功したんだろう。平和なのは良いことだ。
ただ俺の周囲以外で少しばかり騒ぎがあった。大人数の喧嘩があったようで、兵が止めるために動いたそうだ。
なにが原因なんだろうな。聞こえていた話し声ではそこまではわからなかった。
町から出てすぐに声をかけられる。
そちらを見ると武具を着込んだサーランさんがいた。スウェットシャツの上に革の鎧を着込み、腰には振り回しやすい片手斧とナイフがある。下は動きやすいようにズボンとロングブーツだ。
「おはよ、狩りに行くの?」
「おはよう。探し物ですよ。森に影がいるって噂を聞いてません? その影を探すつもりです」
「そっかー。狩りなら一緒にやろうと思ったんだけどな。かわりと言ってはあれだけど一つ頼みがあるんだ」
「なんでしょう」
「模擬戦を頼みたいの」
「模擬戦を? 別にいいんですけど、なんでやりたいんですか」
「強い人と戦ってみて、糧にしたい。少しでも強くなれば、それだけリオを守る力が大きくなるからね。強そうなのはわかっていたし、こうして会ったのが良いタイミングだって思ったのよ」
「本当にリオを大切にしているんですね」
力強く頷いてくる。
「そりゃとっても可愛い幼馴染だもの! 性格良し、見た目良し、料理も上手っていうパーフェクト幼馴染を大事にしないわけがないわ」
「そういった思いがロイヤルガードと呼ばれる所以なんですかね」
「その二つ名は恥ずかしいのよね。私は当たり前のことをしているだけなのに」
リオを守ることが、守ってあげるという意識からではなく、当たり前のようにそう思えているからロイヤルガードと呼ばれるのかもしれない。
「ほかのロイヤルガードと呼ばれる人もサーランさんと同じように当たり前と思ってるんですか?」
「そうだと思うわよ。リオを大切に思い、それぞれの方法で守る。集まってどう守るのかとか話したことはないけど、リオになにかあれば連携して動くのが私たち」
それを聞いてふと疑問が湧いた。
「けなすわけじゃないんですけど、リオがラジジャッカルに襲われたときは守れてなかったですよね」
「あれは私のミス。身近で守るのは私の役目。それが体調を崩して一人で行動させてしまった。せめてほかの人に護衛を頼めればよかったんだけど、動けなかったからね」
失敗したと苦笑する。
「リオを連れて帰ったとき、動いてましたよね」
「あれは無事を確かめようと気合で動いていたのよ。あなたが帰ったあと、またベッドに戻ってすぐに眠ったわ」
大事に思っている存在が怪我をしたと聞いたら、そりゃ無事を確かめるために根性出して体を動かすか。
「そうでしたか。それで模擬戦ですが、ここでやります?」
「町のそばでやると喧嘩かと思われるかもしれないし、森のそばでやりましょ。模擬戦で使える枝を拾えるかもしれないし」
サーランさんと森を目指して歩き、森の浅いところで振り回せる枝を探す。
それっぽいものを拾い、森から出て向かい合う。
少しの間、棒のぶつかり合う音が響く。
サーランさんは俺より弱かった。本人も強い人に挑むと言っていたし、実力差を見抜いた眼力に間違いはなかったようだ。おそらくカイナンガの上位陣に一歩劣るといった強さだと思われる。
「魔力活性を使えるなら使ってもいいよ」
サーランさんの攻撃を弾いて言う。
「遠慮なく使わせてもらうわ。それでも届かないでしょうけどっ」
サーランさんの振るう棒の力強さが増す。しかし本人の言うように俺にとっては軽い一撃だった。
結局模擬戦はサーランさんから有効打をもらうことなく終わる。
「ありがと」
「どういたしまして」
「今以上に強くなるにはどうしたらいいと思う?」
「大ダンジョンに行ってとしか言えないかな。ここら辺りにいるモンスターよりも強いやつを倒して地力を上げるしかない」
離れたくないから行かないと言っていたけど、強くなるなら大ダンジョンに行かないと駄目だと思う。
「そうなるかぁ」
「カイナンガの人たちが大ダンジョンに行くとか話していたし、同行できないか聞いてみるものありじゃないですかね」
「リオと離れるのが……でもいつか強い人がリオを襲うこともあるかもしれないし」
「実際強い人は来てますからね。俺もそうだし、血の見るのが好きだっていう危険人物もいました」
「そんな人がいたの?」
「年末に町の外で暴れてましたよ」
知らなかったとサーランさんは真剣な表情で考え込む。
「どうするのが正解なのかわかりませんから、サーランさんがやりたいようにやるしかないんじゃないですかね」
「……うん、しっかりと考えてみるわ」
頷いたサーランさんはひとまず今後の課題にすると言って、狩りのために森へと入っていった。
俺も森に入って意識を切り替える。ただでさえ物音を出さない影は探しにくいだろうから、考え事をしながら探すのは難しい。
周囲に集中しながら歩く。
いつもより周囲に意識を向けているおかげか、周辺の状況がわかりやすくなっている。
離れたところから狩りに来ている人たちの出す音が聞こえてくる。まだ本格的な狩りはしていないようで、移動する音くらいだ。
さらに遠いところから獣の出す悲鳴が聞こえる。ほかにも狩りをしている人がいるようだ。
そういったことがらを気にしながら歩いていると、慣れないことをしているせいか集中力が途切れだす。
「一度休憩するかな」
周囲に意識を向けるのを止めて、水筒を口に持っていく。
そのときガンッと近くの木に小石がぶつかる。
「なんだ?」
音のした方向を見ると、木々の向こうに弓を構えてこちらへと向けている人がいるのが見えた。
「え?」
俺に気付いていないわけじゃないだろう。こっちが見えているんだから、向こうからだって見えているはずだ。
戸惑っているうちに矢が放たれる。
「っ」
何とかその場から動くことができて、俺がいたところを矢が通過していった。
通過した先を見ても獣やモンスターはいない。となると俺を狙った可能性がある。
そんなことを考えていると第二射が飛んでくる。そして彼らの仲間らしき人たちが鉈や手斧を手にしてこっちに走ってくる。
「なんだってんだ!?」
盗賊かなにかなのかと思いつつ、武器を抜いて木が射線の邪魔になるような位置に移動して向かってくる者たちを迎え撃つ。
俺に向かってきたのは四人。その動きは正直言ってお粗末なものだった。レベルで表すなら5にも届かないだろう。
彼らの持つ武器を狙えば、衝撃に耐えきれないようで簡単に落としていき、蹴りを一発入れれば倒れていく。
あっという間に四人を片付けて、矢を警戒しつつ落ちた武器を離れたところに投げていく。
そうしている間にも矢が飛んでくる。
「逃げてないのか」
簡単に蹴散らしたんだから実力差はわかったはずだ。
なにが狙いかわらないが、襲撃は失敗した。だったら退くのもありだろう。でも弓使いは逃げていない。
「捕まえたら白状するといいんだけど」
小石を拾いつつ木陰から木陰へと移動し、弓使いに接近する。向こうも距離をとろうと移動するけど、こっちの方が早い。
「我が女神よ! 不埒者に罰を下す力を!」
数メートルまで距離をつめられ、やぶれかぶれなのか矢を放とうとするそいつに拾ったいくつかの石を投げつける。
石を無視できずに矢を持つ手が止まり、矢が放たれる前に蹴りを入れることができた。
そいつから木製弓を奪い取って折る。
周辺を確認する。俺にわかる範囲だと潜んでいる者はいない。一応石をあちこちに投げて反応も見る。
「これからどうするかな」
全員を兵のところに連れていくのは手が足らない。
一人か二人を兵のところに連れていくしかないんだろうけど、その間に残りは逃げそうだ。
「とりあえず情報収集か。なあ、あんた。なんで俺を狙った」
痛みに呻く弓使いに聞く。
「て、天罰だ」
天罰? そういや我が女神とか言っていたな。宗教関連かな。でもこの町でそこらへんに関わってないぞ。
「キスパーやミレインの信者に恨みを買うようなことはしてないんだけど」
「違う! そのような遠く離れた女神たちではない! 地上に顕現した女神リオ様だっ。あの方がお優しいことをいいことに、すりよりやりたい放題っ。リオ様が許しても我らがその罪を罰してくれる!」
瞳に強い光を宿して睨みつけてくる。
「……」
思わず絶句した。
男の言葉に偽りを感じ取れない。自身の言葉を本当だと信じ切っている。狂信者ってこんな感じなんだろうか。
「俺が倒れたとして同胞が必ず、お前たち不埒者を罰してくれる。精々その日を怯えて過ごすがいいっ」
まともとは思えない笑みを浮かべて言い放つ。
どうしたらいいんだろうな。狂信者への対応なんて思いつかない。
笑い声を聞きながら立ち尽くしていると、背後から足音が聞こえてくる。こいつらの仲間かとばっと振り返るとゼーフェが歩いてきていた。
「おかしな声が聞こえたから来てみたんだけど、なにがあったの」
「俺もよくわからん」
襲われたときのことを話すとゼーフェは溜息を吐く。
「まともに対応する必要はないでしょ。気絶させて兵に突き出せばいい」
「でも俺一人じゃ全員運ぶのは無理だ」
「手伝うわよ。それでなんとか全員を運べるでしょ」
「助かるよ」
ゼーフェは男の頭を蹴って、意識を飛ばす。
「手慣れてるな」
「あちこち行っていたら、それなりに危ない目にも遭うしね。ほかの人たちはどこ?」
「あっちだ」
気絶した男の首元をひっぱり四人のところに戻る。
立てる程度に回復していた彼らを俺たちでまた蹴倒して気絶させていく。
俺が三人を引きずり、ゼーフェが二人を引きずる。森を出るまでに蔦をみつけたから、それを使って縛っておいた。
「今日はなにをしに森に入ったの?」
歩きながらゼーフェが聞いてくる。
「明るい時間でも影が出てくるって聞いたから、それの確認。夜に出たものと違いはあるのか探ろうと思っていたよ。そっちは影を見た?」
「見たわ。相変わらずなにかを壊すようなことはなかったけど、植物の萎れ方が少しずつひどくなっている気がしている」
「影の持つ力が増してるのかな」
「おそらくはそうでしょうね」
そのうち実体を持つのだろうか。
森の中に出てくる正体不明のなにか。やっぱりあの影が強敵の最有力候補だよな。
町に到着し、入口近くにいる人たちに目を丸くされながら、兵に近づく。
「どうしたんだ、そいつら」
「森で襲われたんだ。女神リオに近づく不埒者とか言っていたよ」
「またか」
兵は頭が痛そうに顔を顰めた。
「同じようなことがあったんですか?」
「つい先日、リオのファンクラブで争いがあったんだ。兵も動員されるくらいの大きな騒ぎだった」
噂で聞いたやつか。ファンクラブの揉め事だったんだな。
「過激派と呼ばれる連中とほかのファンクラブでぶつかったんだ。過激派と呼ばれるやつらはリオを神のように崇めるようになっていた。ファンクラブに所属する者たちの話だと、あそこまでおかしな言動はしていなかったそうだ」
「俺も過激派と呼ばれるファンクラブについてはどういった者たちか少し聞いています。リオを独占したいという連中であって、神のように敬っているとは聞きませんでしたね」
「俺たちもああいった考えの奴らがいるとは知らなかった。あんな言動をしていたら多少なりとも噂になるはずなんだが」
「なにか変わるきっかけでもあったんじゃないのかしらね」
「迷惑なきっかけだよまったく」
余計な仕事を増やしたんだから、兵にとっては迷惑だろうね。
縛っている人たちを兵に渡し、俺たちも兵に呼ばれる。調書を作りたいということで森であったことを話したら、あっさりと解放された。
詰所から出て、ゼーフェに手伝ってくれた礼として、昼食を奢って別れる。
今日はもう森に行く気分ではないので、宿で素振りをしたあとはのんびりとすることにした。
感想ありがとうございます