128 手がかりなし
去っていくデッサの背を見送って、木々の向こうに見えなくなるとゼーフェは表情を引き締めてその場から移動する。
木の上に置いてあった荷物を回収すると、また歩く。
「いよいよ封印が解ける時期がきたということかしらね。影は魔物の力の欠片なのでしょうね」
影の正体はわからないが、ここには封印された魔物がいることは故郷の村長たちから聞かされている。デッサに合わせてあの場では知らないふりをしたが、持っている情報から推測はできるのだ。
ゼーフェはデッサがシャンガラに来る前に、夜の森に滞在したことがある。
そのときは影と遭遇することはなかった。出現したであろう影を見逃したわけではない。昨夜の影はわずかなものではあるものの気配を察することができたのだ。魔法を使った広範囲の索敵で、昨日も以前もそれを使用していた。影の気配を感じ取ったのは昨夜が初めてで、以前は感じ取ることがなかった。
そのことから、あの影は森に来ていないここ数日に出現しだしたのだろうとゼーフェは判断する。
「しっかし影の触れたところが萎れているというのは……封印されている魔物の特性? 単純に浸食のダメージの可能性もあるかな」
村長からはここに魔物が封印されていて、封印が間もなく解けるということ、封印当時の状況の推測しか聞いていない。
どのような魔物がいたのかまでは村長たちもわからなかった。そのため戦闘に参加することになったらなにをしてくるのかわからないため注意するように言われている。
村長たちもここを調べる前は、ここに封印されているという確証はなかった。過去魔物が現れたことはしっかりと村の記録に残っていて、当時の地方の戦力では魔物を倒せないと判断し、封じたのではないかと考えた。
それをもとに村長の指示を受けた調査員がここを調べた結果、封印を発見したのだ。
彼らの調査の結果、封印は英雄が用いた形式ではなく別のもので、外部からの衝撃に弱いということがわかっている。
封印されている場所に出入りする人がほぼいないことも判明し、得た情報を元に村長たちは封印が出来上がるまでとその後を推測した。
流れとしては魔物が出現して冒険者と兵が協力して討伐しようとしたものの無理だったこと。魔王を封じた英雄の話を参考にして封印することに決めたこと。封印はできたものの、外部からの衝撃に弱いため解けてしまう可能性があること。封印自体を隠すために、町の住人たちに封印ではなく討伐したと説明し、封印した場所は限られた人しか知らないようにしたこと。そうして封印の隠蔽は成功し、封印が弱まった現在まで隠されているのではないかと考えたのだ。
「魔物の特性の把握もできればやっておいた方がいいよね。それもフォローのうちだろうし」
わかるかなと言いつつ、ゼーフェは森を歩く。
目的地はあるようで歩みに惑いはない。視線をあちこちに向けて影の痕跡を探しつつ森の北部に向かっている。
そうして一時間ほど歩いて、一本の大木に到着する。
その近くに影の痕跡らしきものがある。
「まずはここに出たっぽいね」
植物の萎れ具合を観察し、土ごと雑草を回収して小さな布袋に入れる。
そして木の根元をごそごそと探ると、魔力を流す。幹に一本の筋が入り、それが広がって入口ができた。
「さてと十日ほど前に見て、それからなにか変化は起きたかしらね」
入口から中に入ると地下へと続く螺旋階段があった。
ここは魔物の封印に続く入口であり、村長たちの命を受けた調査員たちが見つけていたのだ。
隠されてはいたが、魔法の仕掛けがあるため近くを通れば彼らにはわかりやすかった。
ポケットからペンライトのようなものを取り出し、階段を降りていく。頭上から幹が閉じていく音がした。
五階分の高さを移動して、縦横十メートルほどの部屋に入る。がらんとした部屋で中央に石像が横倒しになっている。
それはデッサが見た影と同じ大きさで、今にも動き出しそうな躍動感を感じさせる。
石像の周りをゆっくりと歩いて状態を確認していく。
「見た目は変化なしかな」
ひびが入っていたり、魔力が漏れ出していたりするのかなと思っていたが、そんなことはなかった。
不気味なくらい静かなままで封印が解けるとは思えない。
「でも村長たちは解けると言っていたし、実際影が出てきているからそろそろなんだろうね」
石像に触れて調べると詳細がわかるかもしれないが、外部刺激に弱いため少しでも触れると封印が解ける可能性が高い。
結局見るだけに留めて、石像の周辺を注意深く見る。
植物が萎れていたことから、魔物は体力低下もしくは老化ができると思いその痕跡を探す。
力の影響が封印の近くにでているなら、床の老朽化が進んでいると考えて見ていくが、特に壁や天井と違いはなかった。
外れていたかとゼーフェは首を傾げてその場から離れる。
地下空間から出たゼーフェはデッサの観察に戻ろうと町に帰る。
「村長から命じられた任務のうち、護符を渡すのは完了。あとは観察とフォロー」
確認するように呟く。
観察は基本的に離れたところからしていて、気づかれてはいない。魔法と技術を併用して隠れながらの観察であり、町中でも誰かに怪しまれることなくやれている。
「今のところ順調だし、このままデッサが魔物を倒してめでたしめでたいで終わるといいけど」
◇
森から戻って、宿で昼前まで眠る。
少し怠さはあるけど動くのに問題なく、昼ご飯を食べるため財布を持って宿を出る。
「がっつりいこうかな」
二食同じメニューで肉も少しだけだったから、しっかりとした肉が食べたい。
ステーキかハンバーグか、それともほかの肉料理か。楽しく悩みながら歩いているうちに、鶏もも肉の網焼きが目に入りそれに決めた。
外は香ばしく、中はしっとりといった感じの肉はシンプルな塩のみの味付けでも美味かった。
昼食を終えると、まずはここから近いリグート薬店に向かう。
「こんにちは」
昼食で席を外しているかなと思ったけど、店主はカウンターにいた。
「あんたかい。今日は何の用事だね」
「買い物じゃなくて申し訳ないんですが、聞きたいことがあるんです」
「言ってみな」
「俺が夜の森に入るのは話しましたよね」
虫避けの薬などはここで購入したのだ。そのときに行くと話した。なにをしに行くんだかと呆れられたけど、止められることはなかった。
「夜に動く影を見たんですよ」
なにを言っているんだといったふうに顔を顰められた。
「ふうん、モンスターかなにかだったらわざわざ言ってこないだろうね。なんの影だい」
「なんの影というか影そのもの。巨体で暴れるような仕草をしていたんですけど、草や木が倒れることはなかったです」
「夢でも見たんじゃないのかい」
「それはないです。暴れたところに印を残したら、朝になっても残っていました」
「影ねぇ」
「お婆さんは見たことありますか」
「ないね。もうしばらく森には入ってない。だから昔の話になるけど、そういった影は一度も見たことも聞いたこともない。もう一度聞くけど本当に見たのかい」
「影が暴れてなにかを壊すことはなかったんですけど、暴れていたところの植物が萎れていたんです。それを知人に確認してもらったら、自然に萎れた感じではないと言っていました。影の影響だと思うんですよ」
「一応証拠はあるんだね」
少し考え込んだ様子を見せて。首を振る。
「やはり聞いたことないね」
「そうですか。リオも知らないでしょうね」
「おかしなものを見たら話すだろうし知らないだろうね。ギルドにならなんらかの情報はあるかもしれないよ」
「報告するつもりでしたから、そのときに聞いてみます。一応リオの方にも行ってみますよ」
「そうかい」
対応してくれたことに礼を言い、店を出る。
ビッグフォレストとカイナンガに行き、影について報告する。どちらも疑わしそうな反応だった。
これまで誰も見たことないようだし、その反応は仕方ないと思えた。
報告するという目的は果たせたし、誰も見たことがないという裏付けもとれたことで満足することにして、孤児院に向かう。
ついでに新たに料理を頼めるといいなと思いつつ孤児院の敷地内に足を踏み入れる。
子供たちが遊んでいて、その様子を見守るようにリオが椅子に座っていた。
「いらっしゃいませ」
「こんにちは。今日は仕事休みだったのか?」
「少しの間お休みをもらっているんですよ。対応の難しい子が入ってきてまして、その子に集中したいと言ったら先生が許可をくれました」
「その子は今どこに?」
「家の中で静かに過ごしていると思います。あまり外に出たがらない子で」
「病気かなにかかな」
「心に傷を負った子ですね。周囲の人間に裏切られたらしく」
「それは大変だ」
「はい。ここでゆっくりとでも癒されればいいんですけどね」
暗い話はここまでだといった感じで、何の用件で来たのか聞いてくる。
「昨夜森に泊まり込んでいたんだけど、そのとき影を見たんだ。モンスターの影とかじゃなくて、影そのものが出現して暴れていた」
「そんなことが」
「リオはそういったものを見かけたことは?」
「ありません」
「まあ、そうだよね」
「その影は危ないのでしょうか」
「昨日は大きな被害を出してはなかった。ただ暴れていたところの植物が萎れていたんだ。だからなにかしらの力を持っているかもしれない」
「今後もそれが出てくるとなると薬の材料の品質が下がったり、採取できなくなったりするかもしれませんね」
薬師として困ったことになりそうだと眉を顰める。
「モンスターなのでしょうか」
「それなりにモンスターの知識は持っているけど、あれみたいなのは知らない」
「モンスターではない可能性もある?」
モンスターじゃなければ魔物なんだろうけど、魔物にしては被害が少なすぎる。
それでも魔物だとすると……自分の力を削って森に解き放った? なんのためにそんなことを。あの森に特別ななにかがあるんだろうか?
「デッサさん?」
考え込んでいる俺にリオが呼びかける。
「ああ、なんなのか考えていたよ。よくわからないって結論になったけど」
「そうですか。そのようなものが出てくるとなると仕事を休みにしたのは正解かもしれませんね」
「だろうね」
リオと話していると玄関が開く音がした。
そちらを見ると大人に手を引かれた子供が外に出てきていた。
感想と誤字指摘ありがとうございます