127 手がかり
模擬戦の翌日、野宿の準備をして町を出る。
年始を過ぎて仕事を開始したようで、狩りに向かう者の姿も見かけるようになった。
その中にはカイナンガのメンバーもいる。彼らに手を振って挨拶したりして森に入る。
「とりあえずまっすぐでいいかな」
すでに調査したところを通り過ぎて、調べていないところに入って詳細に調べていく。
ついでにデッサの記憶を参考にして食べられる木の実や野草も採取していく。体をはって調べた経験がもとだから、安心して採取できる。
藪の中、地面のくぼみ、崖の下、水溜まりの中などを調べながら進んで、昼になる。
昼食のため手頃な岩にこしかけて、朝に買ったパンとドライフルーツを荷物から取り出す。
バゲットにベーコンとレタスとチーズがはさまっている。買ったときは温かったけど、今ではすっかり冷めている。でも寒さのおかげで腐る心配はないし、我慢だな。
バゲットはまだ二本リュックに入っている。夕食と朝食用だ。こっちはパンのみでなにかをはさんではない。
食事を終えて、また歩き出す。
たまに休憩しながら歩き続け、小さな水場を発見する。
「地理的にはモンスターの縄張りじゃないはずだし、野宿はここにしようか」
以前教わったモンスターの縄張りを思い出して、その範囲からずれているはずだと頷く。
まだ野宿の準備を始めるには早いし、ここを中心に探索しようとその場から離れる。
一時間ほど探索して変わったものはなかった。動物や人間の足跡、野草と木の実とキノコ、食べられた動物の骨といった森のどこでも見るものが見つかったくらいだ。
この一時間で森はすっかり暗くなっている。木の葉の向こうを見ると空は茜色に染まっていた。
集めた枯れ枝を組み、延焼しないように周囲の確認をしてから魔属道具で火をつける。パチパチと音を立てて火が大きくなっていく。
小鍋に水を入れて、火にかける。採取しておいた野草もささっと洗って、細かくちぎっていく。
沸騰するのを待ちながら、バゲットを取り出してナイフでスライスする。次はチーズの塊を取り出して、切って小枝に刺して火に近づける。鼻歌を歌いながらチーズが適度に柔らかくなるのを待つ。
「そろそろかな」
焦げ目がついたチーズをバゲットに塗りつけて噛り付く。
うーん、シンプルだけど美味い。たまにはこういった食事もいいね。
一切れ食べ終わると、小鍋から湯気が立ち始めた。そこにスープの素とちぎった野草と燻製肉を入れる。
スープができあがるのを待つ間、またチーズを温める。
バゲットを三枚食べて、小鍋を火からおろす。
「いい感じだな」
スプーンで一口味を確かめて、問題ないと判断してそのまま飲み進める。
スープを飲んで、さらに二枚バゲットを食べて夕食を終える。
周囲はすっかり暗くなっており、昼間より静かになっている気がする。
小鍋など使ったものを洗って、毛布かわりの外套をまとう。
「さて昼間との違いはあるかな」
まずは目で確かめようと火から離れすぎない程度に歩く。
夜目が利くわけじゃないし、暗い森の向こうを見通すことはできない。それでもなにか見えるかとじっと見て、獣やモンスターの影もないことを確認すると視線をずらす。
そうして枯れ枝を拾いつつ二十分ほど見て回り、焚火に戻る。
枝を火に放り込み、次は気配を探って見ようとその場に座って目を閉じる。
焚火の音、木の葉や雑草の擦れる音、虫の鳴き声。そういったもの以外になにか聞こえないかと集中する。
かさりと足音のようなものが聞こえた。
それが人のものなのか、獣のものなのかは判断できないけど、聞き間違いではない。
聞こえた方向を見る。思ったよりも近いところにゼーフェがいた。
「こんばんは」
「ゼーフェじゃないか。こんな時間になにしてんの」
「それはこっちのセリフ。私は夜の調査です。朝昼夕夜、それぞれの違いを調査しないといけないからね」
「俺も似たようなもの。そこまで詳細にはやってないけど」
ゼーフェは火のそばに来て座る。
「周辺に明かりは見えなかったんだけど、火なしで滞在していたのか?」
「ええ、木の上で暖かくして周辺の観察をしていたのよ」
「昼間となにか違いはあった?」
「今のところはないわね。ほかの森とそう変わらない」
「そっか。俺も同じ」
俺より森に慣れていそうなゼーフェが変化を感じ取れてないってことは昼も夜も変わりがないのか。
徹夜予定だったけど、少しは寝ても変化を見逃すことはないかもな。
「私は別のところを見に行くけど、デッサはここに滞在するの?」
「そのつもり。眠気覚ましにここら辺を歩き回ることもあると思うけど、遠く離れる気はない」
「そう。ここらのモンスターは大丈夫だと思うから言うことはないわ。でも火の扱いには気を付けて。寒いからって大きくしすぎると燃え移りかねないから。空気が乾燥しているし、勢いよく燃え広がっていくだろうからね」
「わかった」
一時間ほど雑談してゼーフェは去っていった。
練習として気配を追ってみたけど、暗闇の向こうに姿が消えるとなにもわからなくなった。足音も消えているから、最初に聞こえた足音はわざと存在を教えるためにだしたんだろう。
一人になってまた周囲の気配を探るために目を閉じる。
集中していたから雑念が消えて、夢と現の境界があいまいになり、がくんと頭が下がる。
「うぁ、眠りかけていたか」
勢いが減っている焚火に枝を追加してタオルを出す。
眠気を覚ますため、顔を洗う。冷たい水がさっぱりとさせてくれる。
「静かだなぁ」
暗い森は寝る前となにも変わらず、静けさを保っている。
今度は寝ないように目を開けたまま周囲に集中する。少しだけでも寝たおかげか眠気はない。
変化がないまま時間が流れて、座ったまま探ることを止めて歩くことにする。
火から離れて、探ることよりも暗い中を歩く練習をするつもりでいると、次第に目が暗闇に慣れてくる。
そんなとき影を見たような気がした。
暗闇の中を別の暗闇が動く。獣やモンスターかと思ったけれど、足音がない。だから見間違いの可能性を疑ったものの、また見えた。
「ゼーフェ?」
違うだろうと思いつつ声をかける。返事はない。
まさか幽霊? 一瞬背筋に冷たいものがはしるものの、モンスターとして幽霊がいるのを思い出して、地球のようなオカルトの存在ではないとわかり寒気は消えた。
「対処は魔法か魔力を込めた攻撃。魔力活性でいいな」
剣を抜いていつでも魔力活性を使えるように意識して、動く暗闇に近づく。
それは三メートルほどの人型の大きな影だった。よく見てみると向こうが透けて見える。
動きがあるまで待っていると、暴れるように周辺を攻撃しはじめる。
攻撃に対応できるように構えたけど、すぐに無駄だとわかる。
「攻撃できてないな」
暴れるけど、木とかに一切のダメージが発生していない。
ゲームの幽霊はダメージを与えてくるから物理的な干渉は可能なはず。だとすると目の前のこれは幽霊とは違うのだろうか。
目の前の影は暴れ続けて、そのうち消えていった。
最後まで森に影響は与えず、なんだったのかわからない。
「痕跡を探してみよか」
焚火に戻り、置いてあった魔属道具と枝を何本か持って影が暴れていたところに向かう。
簡易的な松明を作って、周囲を照らす。足跡のようなわかりやすい痕跡はない。
あの影が今日だけじゃなくて年末の前から毎日出現していて、それがラジジャッカルの縄張りで暴れていたらラジジャッカルたちも警戒して縄張りから出るかもしれない。
「朝になって明るくなったらなにかわかるかもな。それかゼーフェを探してここを見てもらうか」
とりあえず目印を残しておこう。地面にバツ印を刻んで、そこに石を何個かまとめて置く。ほかに近くの木三本に燃えて黒くなった枝でバツ印を描く。
さらに草を結んで、これだけ痕跡を残せば大丈夫だろう。
焚火に戻り、また影が出てこないか周囲を見つつ静かな時間を過ごす。
そのうち木の葉の向こうに見える空が白み始めた。
「早いけど朝ごはんの準備しよっと」
メニューは昨日と同じだ。チーズやスープの匂いが周囲に漂う。
それを食べていると歩くような足音が聞こえてきた。バゲットを食べながらそちらを見るとゼーフェが近づいてきていた。
「おはよう」
「おはよ。こっちは特に収穫なかったけど、そっちは?」
「大きな影を見たよ」
「影? おかしな気配はなかったんだけど」
ゼーフェは首を傾げる。俺が気づけたくらいだからゼーフェが気づかないはずない。遠くまで調査に行っていたんだろうな。
「音を出してなかったし、気配は薄かったのかもしれない」
「モンスターだったんじゃないの? 気配を捉えづらいモンスターっているし」
「ゴースト系統かなと思ったけど、どうも知っている特徴と違うしモンスターなのか怪しいところ。あとで一緒に影がいたところに行ってほしい。俺じゃわからない痕跡に気付けるかもしれない」
「わかったよ。私も朝食にするわ。火を借りていいかしら」
「どうぞ」
小鍋を焚火から下ろす。
ゼーフェは小型フライパンを取り出して、刻んだ木の実などを何かの粉に混ぜて水筒の水で溶いてフライパンに入れる。両面を焼いて出来上がったそれをナイフとフォークで切り分けて食べる。中ダンジョンに行ったときに食べた薄焼きみたいなものだな。
食べ終わってから小鍋などを洗い、火の始末をして、荷物をまとめる。
森の中は明るさを増していて、松明は必要ない。
「案内してちょうだい」
「こっちだ」
昨日印をつけたところまで移動し、ゼーフェに見てもらう。
改めて見ても足跡や破壊の跡はない。
そんな場所にゼーフェは屈んで調査を開始する。
「ここで暴れたのよね? 間違いないかしら」
「ちゃんと印が残っているし間違いない」
「こっちに来てちょうだい」
手招きされてゼーフェが見ているところを俺も見る。
「ここらへんと周囲の違いわかるかしら」
ゼーフェが指差したいくつかの場所とそこ以外を見比べる。
示してもらうと俺にも違いがわかる。植物が萎れているかどうかだ。それを伝えると頷きが返ってくる。
「私が見たところ萎れる原因はないのよ。でも実際こうして萎れている。栄養不足ならここら一帯に影響がでるはず、病気だとしてもばらばらの植物に似た症状が出ているのは違和感があるのよね。ということは原因としてあなたが見た影が最有力候補」
「植物に悪影響を与える非実体のモンスターなんて俺は知らないよ」
ゲームでも非実体系のモンスターであんなものは見たことがない。
「私も聞いたことないわね。私は森を調べてほかの場所でもこんなことになっていないか調べてみるわ。そっちはどうする?」
「俺は町に戻るよ。一泊分の準備しかしてないし。少し寝たあと、誰か森で影を見たことがあるか聞き回ってみようと思う」
「噂になってないし、見た人はいないかもしれないわ」
「かもね。それじゃ罠とかに気を付けて」
「大丈夫よ。もう油断しないから」
苦笑したゼーフェに別れを告げて、森を出る。
影を見ただけとはいえ、一歩前進なのかな? 町でなにかしらのヒントが手に入ればいいんだけど。
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