126 カイナンガ 後
「これも耐えきられたら完敗よ。ありがとう。思いっきり動くのは楽しいわね」
ミーゼさんが武器をおろして言う。
「こちらこそ、おもしろいものを見せてもらいました」
ミーゼさんはすっきりした表情で使っていた剣の点検をしている。きしむ音が気になったんだろう。俺もやっておこうか。
二人で裂け目などの有無を確認しているとギルドメンバーが話しかけてくる。
「二人ともすごかったです! 動きが速くて私の模擬戦のときにあの速さだったらなにもできずに終わってました」
「悔しいけどあれには追いつけない。あれが大ダンジョンで鍛えた人たちの実力なのか」
「あれが二人の本気だったのですね」
それぞれが思ったことを言ってくる。
「私は本気だったけど、デッサは本気ではなかったわよ」
点検をすませたミーゼさんが答える。
一戦だけで見抜いてくるんだな。戦闘経験の差なんだろう。
「体力の余裕もそうだけど、精神的な余裕も感じられた。まず間違いなく、デッサにとって私は強敵ではなかったわね」
「ミーゼさん以上の相手は何度も戦ったことありますからね。余裕があったのは事実です。本気というか全力も出してませんでしたね。手加減できるかどうかわからないから、模擬戦では全力を出せませんし」
この対人戦で経験を積めば手加減も上手くなるのかな。
「休憩を終えたら今度はデッサと複数で戦ってみるといいわ。それでようやく互角かしらね。私は仕事に戻るからやりすぎないこと。準備しているポーションはどんどん使いなさい。デッサは剣を交換しておいた方がいいわね。素振りならまだ使えるかもしれないけど、模擬戦には使えそうにない」
「わかりました」
砕けて破片が目に入るとか最悪だしね。
休憩を終えて、複数相手の模擬戦が始まる。モンスター相手とはまた違った複数戦で少しやりづらさがあった。といっても実力に差があるのでやりづらいというだけだ。
攻撃が当たることはあっても有効打はなく、午前の模擬戦を終える。
有効打がなかったのは、たぶんだけどゼーフェにもらった護符で気配を感じる練習をしたおかげもあるのかな。誰がどこでどのように動いているのか、そういった詳細はわからなかったけど、どこにいるのかはわかった。そのおかげで回避や防御がやりやすかった。
「昼食はどうする? こっちはギルドメンバーが作っていて一人増えても問題ないが」
クロージさんが聞いてくる。
「料理の出来はどんな感じ? 味は二の次とか言われたら、外に食べに行ってくるけど」
「不味いってことはないが、素人料理の域はでねえよ」
不味いわけじゃないなら、ご馳走になろうか。
クロージさんたちについていき、カイナンガの食堂に入る。いくつかのテーブルがあり、そこにパンやサラダやそれを取り分ける小皿が置かれている。スープや主菜なんかは個人で受け取る形式みたいだ。
昼食をとっていた者たちが手を止めて、クロージさんたちに挨拶をする。
「誰ですか、そいつは?」
俺を指差し聞く。模擬戦を見物していなかった人なんだろう。
「客人だ。こう見えてつえーからちょっかいだすなよ。俺たちも複数で戦って負けた」
「クロージさんたちが!? 嘘でしょ!?」
「まじだ。嘘だと思うなら午後からの模擬戦に参加するといい」
「参加していいものなんですか? ギルド長から許可でていませんよ」
「いいわよ」
昼食を食べに来たらしいミーゼさんが食堂の入口から許可を出す。
「興味がある人は午後からの模擬戦に参加しなさい。それであのあとどうなった?」
「複数で挑んで負けました」
「そうでしょうね。いいところまでいけたのかしら」
「何度か攻撃を当てたが、明確にダメージを与えてはないな。こっちは頭といった急所に何度も攻撃を受けている」
「いいようにあしらわれた、か。もし中ダンジョンにいるモンスターを超えるものが出現したときはそうなるってことよね」
「現れることはないだろうさ」
「そうとも言えないわ。ギルドの長なんてしていればいろいろと情報は入ってくる。強いモンスターに襲われて村が潰れたなんて話は珍しくはないわ」
わかると言って頷くと、ミーゼさんの視線がこちらに向けられる。
「もしかしてそういった経験があるの?」
「はい。ここと似たような森がそばにある村の話なんですけどね。ライアノックとザラノックという蜘蛛のモンスターが出現したところに遭遇しまして」
「聞いたことないモンスターね」
「でしたら厄介さもわかりませんね」
ライアノックがやったことを話すと、ミーゼさんだけではなくほかの人たちも顔を顰めた。
「ダンジョンを利用して数を増やすとか早期発見しないと被害がすごいことになるじゃない。ちなみにそれらの強さは?」
「ライアノックは大ダンジョンで例えるなら四十階以上です、ザラノックは二十階」
「二十階に出てくるモンスターが無制限とか悪夢でしかないわね」
「でもその騒動にはあんたがいたから何事もなく解決したんだろう?」
それに対して首を横に振る。
「そのとき俺はダンジョンで二十階も行っていないときだから、たいして戦力にならなかった。国内を見回っている騎士が偶然村に立ち寄らなかったら、被害が大きくなっていたはず」
「今の話のように騎士が立ち寄ることなく、滅びた村はあるのよね。この町も同じようなことが起きらないとはかぎらない」
強敵の件があるし、確実に起こるんだろうな。
「いざというときに後悔しなくていいように鍛えておくことが大事よ。皆が望むならイズクーフトの大ダンジョンへの旅費も出してあげる。滞在期間は最長で半年くらいかしらね。あまりこっちを放っておかれても困るし」
「ここらだとその大ダンジョンが近いんですか?」
「そうだけど、そこで鍛えたのではないの?」
「俺は大陸北部の大ダンジョンで鍛えてます」
「北部から来ていたの。またずいぶんと遠いところから来たのね」
「まあ師匠みたいな人から行ってこいと言われたんで」
嘘だけど土地を離れる理由としてはあり得る話だと思う。
ミーゼさんたちも疑った様子なく、小さく頷いていた。
「仲間は現地に残っているの?」
「俺はもとから一人でダンジョンに挑んでいるんで、仲間はいませんよ」
「一人!?」
その場にいた全員が驚いた。久々だな、この反応。
どうして一人なのかドン引きされながら聞かれたんで、これまでのようにスタンスの違いで仲間と一緒に行けないことを説明する。
「なんでそんなに強さを追い求めるんだ」
「師匠の方針」
いない師匠を便利に使う。師匠はいないけど、リューミアイオールの方針だから完全に嘘ではないし、ばれることはないと思う。
「かなり厳しい師匠なんだな」
「そうですね。何度死ぬかと思ったことか」
「死ぬような経験をしないとその若さでそこまで強くなれないのか」
そうだなと頷いておく。実際ファルマジス戦とかは命を賭けていたし嘘じゃない。
「天才が追い込まれればそこまでいけるのだな」
「俺は天才ではないよ。凡人だと大きなギルドの長に明言されている。凡人でもやる気と根性があればここまでやれるんだ」
「凡才?」
ミーゼさん以外の模擬戦をしたメンバーが信じられないという表情を浮かべた。
「技術的に未熟な部分があったし、才能自体はそこまで高いものじゃないというのは納得できるわ」
「そうなんですか?」
「ええ。才があるなら動きはもっと洗練されているはずよ。でも発展途上ということでもあるから末恐ろしいわ。努力も欠かしていないようだし、何年かしたら国に名が広がっていてもおかしくないわ」
「才あるものだけが名を広めることができると思っていました」
ギルドメンバーが言う。
「凡才でも偉業を成せば名は広まるわよ。才がある人はその機会が多いというだけね。さていつまでも話してないで昼食をとりましょう。午後からも頑張らないといけないからね」
ミーゼさんが主菜などを取りに行き、俺たちも続く。
主菜は猪肉のロースト、スープはカボチャのポタージュだった。
味はクロージさんたちが言うように、それなりだった。十分食べられるので不満なくごちそうになる。
昼食を終えて、そのまま食堂で食休みにまったりしていると、三十階以上のモンスターについて聞かれたので答えていく。
全部を答えていってはきりがないので、要注意と思われるものを五体ほど話して、午後からの模擬戦を始める。
参加自由というミーゼの許可がおりているためか、午前中よりも人が多い。
まずは午前に参加していなかった人たちと複数で模擬戦を行っていく。
その様子をクロージさんたちは観察するように見ていた。俺の癖を掴んでリベンジといった感じだろうか。こっちも対人戦の経験を積ませてもらっているし、好きに学ぶといいと思う。
ただ午後から参加組はクロージさんたちより弱くて手を抜いても勝てるから、癖とか見抜けるんだろうか?
休憩を入れて模擬戦を続けて、そろそろ夕方という時間になる。
「終了の時間よ」
ミーゼさんが模擬戦を終わらせるため広場に顔を見せる。
「結局一度も有効打を入れられなかったか」
「悔しいですね」
「向こうの動きに慣れてきたけど、向こうもこっちに慣れてきているから差が縮まらない」
「ミーゼさん、俺たちが勝つにはどうすればいいんでしょうか。大ダンジョンに行って地力を底上げしないと無理なんですか?」
「地力を上げるのが一番確実な方法でしょうね。あとはこっちの被害が大きくなることを覚悟して戦うとか。複数人が殴られながら体にしがみついて、味方ごと攻撃をしかければ勝てる可能性はあるでしょう。もっともデッサもおとなしく捕まったままというわけではないでしょうから、確実ではないわね」
ほかにはと聞かれて、ミーゼさんはお勧めしないと言って続ける。
「闇討ちといった手段を選ばない方法。さすがに一日中警戒するのなんて無理だから、油断する瞬間はある。でもそうやって勝ってもそれは勝利とは呼べないでしょう。まともに戦って勝てないから卑怯な手段を使ったと周囲から判断されるのがおちね」
「さすがにそこまでして勝とうとは思いませんよ」
「面子を潰されるとそういった手段をとってくる人たちもいるから注意よ」
ミーゼさんはそんな経験あるんだろうか。ギルドメンバーも気になったのか聞く。
「ないわ。イズクーフトに行っていたとき、そんな事件があったのよ」
貴族と中ギルドの間で問題が起こり、貴族の面子が潰されたそうだ。その後ギルドのリーダーが殺され、犯人は不明のまま捜査が終了した。
そのリーダーに恨みを持つものはおらず、問題といえば貴族とのものだけ。
そのため面子を潰された貴族の仕業だと皆が噂していたらしい。
役所からは根拠のない噂だと発表があり、今後噂を吹聴するなら処罰も考えると警告された。しかし火消しをするような対応は逆に真実性が高いと皆に思わせたそうだ。
「貴族は怖いですね」
「調子にのって無礼なことをしなければ、そうそう怖い目に遭うことはないわ。そもそも貴族に会う機会もそんなにないしね。小さな町のギルドに用事のある貴族なんていないでしょ。用事があるとしたらそれはなにかここら一帯で異常な事態が起きているときじゃないかしら」
「異常事態ですか」
「よそから強いモンスターが流れてきたり、魔物が出現したりすれば冒険者にも声をかけて対処しようとするでしょうね」
「そんなこと起こりえるのか?」
ミーゼさんは意味深な笑みを浮かべた。
「さてね。どんなアクシデントも突発的に起こるものだから、可能性がないとは言えないわね。いつまでも話してないで解散よ」
手を叩きながら解散しなさいと言い、俺についてきてと声をかけて事務所へ歩き出す。
事務所で今日の模擬戦の報酬を渡される。
「またお願いしてもいいかしら」
「時間があるときなら」
「ありがとう。今日一日あの子たちと戦ってみて、伸びしろとか感じた?」
「わかりませんね。そこらへん見抜く目は持っていないので。俺が努力でここまでになっているんで、可能性は十分にあると思いますよ。でもこのままここでやっていくなら今以上の力は必要なさそうですけど」
「そうなんだけどね。さっきも言ったけどいつ起こるかわからないアクシデントに対応できるようになっておきたいのよ」
「いつなにが起こるかわからないというのは同意です。強くなりたいならミーゼさんが言っていたように大ダンジョンに送るしかないと思います」
「ここで強くなるには限界があるからね。本格的に計画を立てておきましょう」
話を終えてカイナンガの敷地内から出る。
このまま宿に帰らずに、野宿用の買い物ついでに外食するかな。
必要なのは外套のほかになにかなと考えながら店を探して歩く。
感想と誤字指摘ありがとうございます