125 カイナンガ 前
年始を過ぎて二日経過して町が落ち着き、俺の生活も落ち着きを見せてきた。
ということで約束していた模擬戦について予定を決めようとカイナンガに向かうことにする。
そろそろ森の中に泊まり込む準備をしようと思うけど、その前に模擬戦だ。
「おはようございます。本日はどのようなご用件でしょうか」
受付に挨拶を返して、ミーゼさんに伝言を頼む。
「約束していた模擬戦をいつでもやれますから、予定を決めましょうと伝えてください」
「あ、その話は聞いていますね。少々お待ちください」
受付はそう言って事務区画のボードに貼られている紙をとってくる。
「そちらの都合に合わせるということなので、明後日以降の空いている日を教えていただけますか」
「明後日でいいなら、それで大丈夫」
「では明後日の朝から模擬戦ということで、ギルド長とメンバーに通達しておきます」
「わかりました」
カイナンガの敷地内から出て、森に向かう。
今日からは大雑把に見ていくのではなく、細かく見て行こうと木陰や藪の中や崖下なんかもしっかりと探っていく。
そうしていると猪の縄張りを荒らした形になったようで、突撃してくる。それを剣で一度攻撃すれば、それだけ致命傷となったようで倒れて、すぐに動きを止めた。
「放置はもったいないか」
持って帰ろうと思ったけど、猪ってダニがついているんだっけ?
虫よけは使っているから噛まれるようなことはないと思うんだけど。少し不安だな。
ちょいと毛を探って見ると血を吸っているダニがいた。
頭部と首辺りのダニを剣で潰して、そこを持って運ぶことにする。
猪を引きずりながら調査を終えて、町に戻る。
狩った猪は町の外にある解体所に持って行けば、買い取ってもらえるようなのでそこに持ち込む。
処理が甘いということで、通常よりは値が下がるらしい。稼ぐためにやったわけじゃないから、言い値で売る。
翌日も森を探索し、特に収穫なく模擬戦の日がやってくる。
「朝食後に行けばいいよな」
ゆったりと朝食をとって、武具を身に着けて宿を出る。
カイナンガの受付に行くと、事務員と一緒にミーゼさんが書類仕事をしていた。
集中しているようで、受付に肩を叩かれて俺が来たことに気付いたようだった。
「おはよう。本日はよろしくお願いするわね。予定としては休憩を入れながら夕方前までやってほしいけど、体力的に厳しそうなら早めに切り上げても大丈夫。こちらで集めた人員全員が強者との戦いを経験できれば目的は達成だしね」
「了解です」
「ついてきて案内するわ」
ミーゼさんは書類をまとめてその上に文鎮を置いて俺と一緒に建物を出る。
移動した鍛錬用の広場には三人の冒険者がいた。二十歳前後の男女だ。
「全員はそろってないわね。ゴルホ、模擬戦を始めると知らせてきてちょうだい」
「わかりました」
槍を持った青年がその場から離れて離れたところにある建物に向かう。
「ミーゼさん。もしかして模擬戦の相手はその子なんですか?」
「そうよ。見かけで判断しちゃ駄目だからね。強いわよ」
「断言しますね」
「どこでなにをしてきたのか話を聞いているしね」
「どうも信じられないですよ」
「ここら一帯の冒険者しか知らないと無理もないわね」
ミーゼさんたちが話しているうちに、ゴルホさんが四人の冒険者を連れてきた。
その四人も俺のことを疑問顔で見てくる。
「全員そろったわね。知らせていたように模擬戦を始めるわ。あなたたちはカイナンガでトップ、この町でも有数の実力者。でも世の中にはもっと強い人がいる。それを知ってもらい、もっと上を目指してもらいたい。そのために私から模擬戦を頼んだわ。自己紹介をお願い」
「デッサ。冒険者です。大ダンジョンで活動しています。シャンガラにはちょっとした用事で滞在しています」
こんなところだろう。
自己紹介終えると、ミーゼさんは頷いて口を開く。
「大ダンジョンは鍛えようと思えば際限なく鍛えられる場所よ。私も鍛えた場所ね。あそこには色々な人が集まるから、若くて強い子も珍しくないわ」
「姐さんとは実際戦ったからわかるが、そいつが強いってのはどうにも納得いかねー」
三十歳ほどの男が言う。
「だったら戦ってみればいいわ。最初の模擬戦はクロージとデッサでやりましょう」
「そりゃいい。姐さんの言葉が本当か確かめられる」
「デッサ、魔力活性なしの素のままで戦ってちょうだい。逆にクロージは魔力活性あり。それでも差は埋まらないわ」
「おいおい、俺は中ダンジョンの最奥でも楽勝なんだぜ? ハンデなんてつけていいのかよ」
「大丈夫でしょ。たがいに素のままでやったら一瞬で終わりかねないわ」
クロージさんの表情にイラッとしたものが現れる。言葉通り、自身の実力に自信があるのだろう。
「さすがにそこまでじゃねえだろ」
「そこまでなのよ。あなたは大ダンジョンで言えば三十五階くらい。対してデッサは五十階超え。十五階の差は大きいわよ」
「ならいっちょその予想を覆してみせようか」
十五階なら俺が駆け出しのときにベルンとやった模擬戦よりはましだな。
あのときの俺でも一撃はなんとか入れることができた。ということはクロージさんが有効打を入れることも不可能ではないってことだ。
俺も気を引き締めていかないと痛い目を見るな。
クロージさんは用意されていた両手持ちできる木剣を手に取る。
俺は剣と腰の棒を壁に立てかけて、片手剣の木剣を手に取った。
「おおおおおおおっ!」
俺が武器を手に取ると、クロージさんは雄叫びを上げて突っ込んでくる。両手に持った武器は振り上げられており、勢いののった振り下ろしは一般人なら容易く撲殺してしまいそうだ。
正直うるさいだけで迫力はない。威圧感は四十階辺りのモンスターにも劣る。
これならと思ってその場から動かず、振り下ろしを受け止める。そこそこの衝撃はあったが、それだけだ。手が痺れることもない。
力だけで言うならこの前戦った剣士よりも下だな。
「受け止めた!?」「微動だにしてないよ」「まさか本当に強い?」
驚いた声で感想が聞こえてくる。
「ただの一撃受け止めただけだ!」
クロージさんはそう言いながら連続して大剣を振っていく。
大剣を扱う技術は年齢に比例したものがあると思う。でも動きが見えているので、全部その場で受け止めることができた。
目を見開いたクロージさんは一歩下がって魔力活性を使う。
そして横薙ぎの一撃を放ってくる。
腰を少し落として、木剣で受け止める。先ほどよりも大きな衝撃が剣を通して伝わってきた。
「くそっ」
これも受け止めたことでクロージさんの表情に真剣さが増す。
実力差があるということをわかったようだし、ここからは俺も動く。
迫る大剣を弾く。それでクロージさんは若干態勢を崩し、そこに一歩近づく。急いで再度振られた剣をまた弾く。
近づいて剣を弾くということを繰り返し、クロージさんが大きく体勢を崩したときに、首に剣先を突きつけようとするとそれを待っていたとばかりに前に出てくる。
大きく体勢を崩せばとどめを刺しにくると読んだのだろう。
「おおおおおっ」
首に触れる剣先を気にせず、俺を叩き潰そうと真上からの振り下ろしを放つ。
でも一撃を受けてからの反撃は俺もベルンにやったことだ。
俺は開いている左手を軌道上に持っていき、手のひらで大剣を受け止めた。そこそこの痛みはあるものの、動かせなくなるほどでもない。大剣の刃を握って攻撃を封じ、右手の剣をクロージさんの顔に突きつけた。
「そこまででいいでしょう。クロージ、納得できたかしら」
「こうもやられれば、さすがに認めるさ」
ほかの者たちも頷いた。
「じゃあ次に行く前に、デッサ休憩は必要?」
「いえ、いりません」
大きく動いたわけでもないし、今の一戦程度なら休憩は必要ない。
頷いたミーゼさんは次の対戦相手を呼ぶ。
結局全員と休憩なしで戦い、有効打をもらうことはなかった。
模擬戦をしている間に人が増えていた。模擬戦に呼ばれなかったギルドメンバーが音を聞いて見にきたのだ。
「さすがに休憩をいれましょう。休憩が終わったらまた模擬戦だけど、今度は私とお願いできるかしら」
ミーゼさんが戦うのかとメンバーが驚いたように言う。ミーゼさんが戦うところは初めて見るという声も聞こえてきた。
「私も錆を落としたいからね。格上に挑むのは久々よ」
鈍っているらしいけど、六十階まで行った経験は馬鹿にできるものじゃないし、油断すると負けるかもな。
俺がそこまで疲れていない体をしっかりと休ませている間に、ミーゼさんは木剣を左右の手に持って型をなぞっていく。
最初は忘れているものを思い出すようにゆっくりと、次第に速度を上げていく。終わりには剣の攻撃のほかに蹴りも混ざっていた。
二刀流はパルジームさん以外では初めて見るかな。見た感じ、パルジームさんほどの技のキレはないと思う。
「そろそろ休憩終わりでいいかしら」
「はい、十分休みました。それにしても鈍っているというわけには動きは綺麗でしたよね」
「素振り自体は続けていたからね。でも戦闘はほぼしていなかったから感覚はどうしても鈍っていったわ」
ギルドの仕事でそこまでの時間はとれなかったそうだ。
武器を構えてミーゼさんと対峙する。こちらの挙動を見逃さないようにか真剣な表情で俺を見てくる。
ゴルホさんの合図で、模擬戦が始まった。
そしてミーゼさんがすぐに動く。鋭い風切り音とともに木剣が迫る。それを避けると続けてもう一本の木剣が襲いかかる。弾くともう片方の剣が再び迫る。
次々と迫る剣の対応をしていると、蹴りも加わってきた。
腹を蹴られて下がる。
明確なクリーンヒットにギルドメンバーが小さくどよめく。
「準備運動のときに蹴りを使っているのを見たんですけどね」
蹴りはあるとわかっていたのに受けてしまった。
「剣に集中しすぎていたようだからね。当たると思ったわ。でもダメージはほぼゼロみたいね」
「そこまで力を入れてないでしょう?」
「まあね。でもそれ以上に武具やあなた自身の頑丈さが蹴りの威力を削ったわ」
言いながら攻撃を再開してくる。
調子が上がってきたのか、剣速も上がっている。
命中する攻撃も出てきたけれどもこちらの防御を抜くことはない。顔や金的といった急所を狙ってきていないので防御しやすいという理由もある。
一方的に攻撃されてばかりではない。速くなったといってもカルシーンほどではないから、俺も反撃できる隙はあるのだ。
反撃する場所は胴体。手加減が上手くできるかわからないから狙う場所を一ヶ所にすることで、ミーゼさんに上手く防御してもらうつもりだ。
クロージさんくらいの実力なら武器を叩き落として終わらせることも可能だけど、ミーゼさん相手にそれは無理。
互いに勝敗を決める一撃はなしで十五分ほど模擬戦が続く。
ここらで互いの差が見え始めた。ミーゼさんの息が切れだしたのだ。技のキレも鈍ってきている。俺も呼吸は早くなっているけど、まだまだ余裕はある。
「ここまでか。これ以上は厳しいし、最後に技を放って終わりにしたいんだけど」
「どうぞ」
下がったミーゼさんは魔力活性を使い、体を右に捻って二つの剣を背後に持っていく。
どんな技かな。パルジームさんとは構えが違うし、挟み斬るようなものではなさそうだ。
俺も魔力活性を使って、防御に魔力を回す。
「いくわよ」
そう言って駆けだしたミーゼさんはある程度距離を詰めると軽く跳ねてくるんと体を回転させる。
技は回転斬りと判断して、腰を落とし足を広げて衝撃に備える。襲いかかってくる方向に木剣を向けて、左手で剣の腹を支える。
「二つ流れ星!」
金属製の剣を使っていたら光の反射で斬撃が二つの流星に見えたのだろう。
勢いののった二本の斜め斬りが、俺の持つ剣にぶつかる。
今日一番の衝撃で、ズズっと地面を少しだけ滑る。
衝突音のあとに、三本の剣からみしりときしむ音が聞こえてきた。
そのまま三秒押し合って、ミーゼさんが力を抜いた。
感想と誤字指摘ありがとうございます