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124 鎮魂会 後

 広場から十五分ほど離れて、町の端までくる。どこにも子供の影も形もなくて諦めようかなと思っていたら、外壁に穴が開いているところを見つけた。人が一人通り抜けられそうな穴だ。

 外まで貫通しているから、自然に壊れたわけでもなさそうだ。


「誰が開けたんだ」

「前からあったわけじゃないんですか?」

「小さな穴ならともかく、人が集まるこの時期にこのサイズの穴は見逃さないよ」

「スリの子供がここを通ったとしたら、ここを開けた誰かの仲間ですかね」

「その可能性はあるね」

「行ってみます?」

「少し探ってみよう。救援が必要そうならすぐに引く。それでいいかい」


 頷きを返し、二人で穴を見る。

 短い穴で、町の外が見えている。穴の近くにはテントが立っていて、穴が見えないように塞いでいるように思えた。


「テントの持ち主が穴を隠していたみたいですね」

「そうらしいな。テントで隠されていたら、外で見回りをしていた兵や冒険者からは見えなかっただろうな。事故じゃなくて計画的な犯行と思っていいだろう。少しずつ壊していって、今日この時間に内部へ入れるように開けたのかもな」


 どうするか兵士は考え込む様子を見せて、俺にここで見張っているように言ってくる。


「ここと外、両方に兵が動くように話をしてくるから見張っててくれ」

「わかりました」

「犯人が動いても無理に止めなくていいからな」


 そう言うと兵士は走って去っていく。

 一人になってすぐに穴の向こうに動きがあった。服装は変わっているが、背格好が似た子供が出てきたのだ。ポンチョ姿だが、ズボンの色は一緒。ちらりと見えたシャツも一緒だと思う。注意深く周囲を見て穴から離れている。

 あの子一人だけならささっと確保できるかな?

 魔力活性を使用しながらあの子の進路方向を見届けて、先回りするように移動する。

 急いだおかげで先回りに成功し、物陰に潜んで小走りで通り抜けようとした子供を捕まえることに成功した。

 子供の腹を片腕で抱えて穴を見張れるところに戻る。


「は、放せ!」


 どんなにすばしっこくても十歳の子供の力は非力で暴れたところでどうってことなかった。

 捕まえてわかったが痩せ気味の少年だ。


「ちょっと聞きたいことがあるから、このまま連れて行くぞ」

「なにも話すことなんてない!」

 

 どうにか逃れようとじたばたしている。もといたところに戻るまで諦めずに暴れ続けていた。


「まだ来てないか。それで君はあの穴を開けた連中と繋がりがあるのか」

「……」

「向こうに何人いるんだ」

「……」

「答えないか。祭りみたいな日に馬鹿なことしてないで。素直に楽しめばいいものを」


 これにはなにか言いたいのか少年の体の力が込められるが、言葉が発せられることはなかった。

 たまに質問を投げかけるものの返答はなく、兵士たちが戻ってくる。

 こちら側には八人の兵士がやってきている。


「その子は?」

「穴から出てきた子です。なにか話を聞けるかもと思って捕まえたんですけど、無言のままですね」

「そうか。抱えたままでは不便だろう。縄を持ってきているから縛るよ」


 少年は捕まるものかと再度暴れ出したが、逃げることなど無理でしっかりと縛られて物陰に転がされた。

 そうしているうちに壁の向こうが騒がしくなる。


「向こうに回った兵が調査を始めたみたいだ。素直に従っていればいいんだが」

「俺たちは逃げてくる人を捕まえるって感じですかね」

「ああ、それでいいだろう」

「リオの晴れ舞台を楽しみにしているんだから、さっさと終わってほしいですね」

「あの子と知り合いかい?」

「はい。少し前に森で助けまして」

「……あの子が森で怪我をして助けられたと噂で聞いたが、そのときに知り合ったのかな」


 それで合っていると頷くと同時に、壁の向こうで悲鳴が上がった。

 

「これはただごとではないですね」

「そうらしい。まったくこんな日に騒ぎを起こすんじゃないよ」


 ピーッと笛が鳴る。

 話していた兵やほかの兵が真剣な表情になる。


「苦戦しているようだ。俺たちはすぐに向こうに向かう。君はどうする」

「行きますよ」


 穴を見張るため三人を残して兵士たちは走りだし、それについていく。

 町の入口を通って、外側の穴が開いている場所に向かうと兵たちが苦戦している様子が見えた。十人いた兵のうち七人が倒れ、三人も押されている。

 襲っている側も何人か倒れていて、そのなかで一人雰囲気が違う者がいる。

 黒い革鎧を身に着けた三十歳近い剣士だ。強いというよりは怖い感じがする。


「助けにきたぞ!」

「助かる! 剣士が強いから気を付けるんだ」

「わかった!」


 兵たちが武器を手にそれぞれ戦闘を始める。

 俺は逃げようとしている奴がいたら止めるためその場で全体を観察する。

 兵たちは剣士以外には善戦していて、暴れている者たちを縛っていく。

 暴れている者たちの仲間で戦えない者は荷物を持って逃げようとしたので、俺はそれらを捕まえていく。

 その間にも剣士は暴れ続けて止められず、怪我人が増えていった。

 兵たちは手を出せずに囲むだけになっている。

 人数的には圧倒的に不利というのに剣士は楽しそうな笑みを崩さない。


「もっと、もっとだ。肉を斬らせて、血を流し、俺を満足させろ! 降りかかる血の暖かさだけが、俺の体を温めるのだから!」

「異常者め!」

「なんとでも言うがいい! その異常者を止められぬ腰抜けどもめ!」


 狂気を感じさせる笑みのまま兵たちへと斬りかかる。

 俺も参戦しよう。見た感じ強さ自体はそこまでじゃないはずで、俺なら止められそうだ。

 落ちている剣を借りて魔力循環を行い、斬られようとしている兵の横から剣士にしかける。


「邪魔をするな!」


 俺へとターゲットを変えて剣を振ってくる。

 その剣速も技のキレも俺より上だ。でもファードさんたち達人よりは下。受けることも避けるも可能だ。

 剣士の剣を払いのけて、今度はこちらの番だと連続して剣を振っていく。

 それを剣士は防御していったが、次第に勢いに押されて苦しげな表情になっていった。

 

「この馬鹿力が!」


 言うと同時に剣士の手から剣が落ちる。手が痺れたらしい。

 剣士はまだ諦めないようで殴りかかってくる。俺も剣を手放して、拳を握る。

 剣士の狙いは俺の顔。それを歯を食いしばって受けて、代わりに剣士の腹に固めた拳を叩き込んだ。

 ドムッと音がして剣士は悔しげな顔で崩れ落ちていく。

 すぐに兵たちが剣士を取り押さて、ロープで縛る。

 こいつはリューミアイオールが言っていた強敵ではないよな。町の外だけど、森じゃないし、魔力循環一往復だけで倒せたし。標的がこの剣士だったら楽だったんだけどなぁ。

 一緒に穴をみつけた兵が近づいてきて声をかけてくる。


「ありがとう。あのままだと逃げられていただろう。顔は大丈夫かい」

「大丈夫ですよ」


 魔力循環で頑丈さが上がっているし、少し響いただけでダメージもない。


「結局この人たちはなんだったんでしょう?」

「それはこれから調べる。といっても尋問は明日だ。まずはこいつらを牢屋に入れて、仲間の治療をしたり警備に戻る」

「置きっぱなしにしている少年も回収してくださいね」

「ああ、あいつもいたな」

「あの子のおかげでこの人らに気付いたわけですし、ある意味功労者ですかね」


 俺たちの会話が聞こえていたのか、捕まっていた二十歳くらいの女が顔をこっちに向ける。


「あいつがばらしたの!? 拾って優しくしてあげた恩を仇で返してなんて子だ! 優しくしてあげれば都合よく動くと思ったのにさ」


 怒る女を兵がひっぱり連れていく。


「あの少年は仲間になったばかりだったんですかね」

「そのようだな。あの女から仲間に話が伝わると嫌がらせされるかもしれんな。牢はあの少年だけ別にしておこう。そろそろ鎮魂会が始まる頃合いだろう。こっちは任せて、広場に行くといい」

「そうさせてもらいます。ああ、そうだ。見物の際に屋根に上がって見てもいいですかね? 今から行くと人が多くて見づらそうで」

「今回助けてもらったし、見物するだけなら見逃そう。普段なら迷惑行為で注意するからな」

「わかりました」


 話していた兵は暴れていた人たちのテントを調べるということでその場に残り、俺は町に入る。

 日が暮れる。屋根に上がると、ほかの屋根にも見張りのためか兵が上がっているのが見えた。屋根の上からから見える町は明かりがどんどん消されて暗くなっていく。

 広場だけは明かりが保たれていて、リオの登場をいまかいまかと待つ人であふれている。

 そして開始時刻がやってきた。ミレインを信仰する者たちが舞台に上がり、開始を宣言する。鐘の音が広場を中心に広がっていき、それに伴って町が静かになっていく。

 出店の主たちも鎮魂会の邪魔にならないように作業を止めた。

 夜主長らしき人の挨拶が終わり、リオが呼ばれる。

 リオは時代劇に出てくるような籠屋の籠に入っていて、舞台上まで運ばれてくる。

 そして籠からリオが出てくると、どよめきが起こったあと、感嘆の吐息が聞こえてきた。


「すごいな。人が集まるのも当然だ」


 Aラインの黒いドレス、青い宝石がはめ込まれた銀のティアラ、黒の長手袋。化粧もしているようで、美人度が増している。宝石だけではなく、本人の放つ雰囲気も煌めいているようだ。

 リオの前に、町を歩くシスターと修道士が並ぶ。鈴とランタンを持って、じっとリオを見ている。役割を忘れて見惚れている人もいそうだ。

 彼らにリオが何事か告げると、鈴を鳴らしながら広場から歩いて離れていった。


「ハスファも同じように鈴を鳴らしているのかな」


 彼らが帰ってくるまで静かに待つのかなと思っていたら、楽器を持った教会関係者が舞台に上がって、しっとりとした演奏を始める。

 それに合わせてリオが舞台を歩く。たまにくるりと回転したり、両手を広げて空を見上げたりと、ゆっくりとした動作でダンスではないけれども美人が音楽に合わせて動いているだけで絵になった。

 それを見ているうちに時間はどんどん流れていって、町に散っていた者たちが戻ってくる。彼らが舞台に上がり、演奏が止まる。

 リオも動き回るのを止めて、元の位置に戻る。そのときに木箱を渡された。

 シスターたちはその場に膝をついて鈴を掲げる。夜主長が受け取って、リオが持つ木箱に入れる。

 鈴を受け取ったリオは舞台に上がったときと同じように、籠に入って舞台から去っていった。

 そうして鎮魂会終了の鐘が鳴らされる。

 爆発したような歓声と拍手が起きた。その大きな音はすぐに治まったけど、騒がしさは続く。

 

「この騒がしさが続くなら、ちょっとした悪さなら気づかれないだろうな。暴れていた人たちはこの騒がしさに乗じて動こうとしていたのかもな」


 そんなことを考えながら屋根から降りる。

 大通りを歩くと、誰もがリオについて話していた。

 我らが女神と大声で叫んでいる人もいて、周囲の人はうるさそうにしても反論はなさそうだった。

 鎮魂のために行われたってことを覚えている人はどれくらいいるんだろうな?

 俺も熱心に死者の安寧を祈ったわけじゃないから、人のことは言えないけどな。

 このあとはすることもないので宿に戻る。

 翌朝も町は賑やかだった。新年を祝っているのだからこの賑やかさは当然のものなんだろう。

 神殿に新年の挨拶をしたあと、町から出て森に向かう。

 さすがに今日狩りに行こうとする人はいないようで、森に行くときも森の中でも人に会うことはなかった。


 ◇


 年始になりシャンガラの町長はゆったりとした朝食をとって、私室に向かう。

 毎年領主に新年の挨拶に行っているのだが、今年は領主が来ていたので挨拶はすませてゆっくりとする時間が生じていた。

 その領主は年始の午後から始まる挨拶に間に合わせるように早朝に帰っていった。

 忙しそうだったが、良いものが見られたとはつらつとした雰囲気だったため、今日一日移動の疲れなど見せず来客の対応をこなすのだろう。

 私室で午後と明日の予定を確認していると、部下が報告のため尋ねてくる。


「朝から伝えなければならないことでもあったのかな」

「はい。こちらをどうぞ、フランク様」


 差し出された報告書を受け取り、ささっと目を通す。


「ああ、たしかに放置はできないな。しかも領主様が残っていたら大騒ぎ確定だったな」


 報告書には昨日デッサも関わった騒動について書かれていた。

 その中の一文が大問題だった。

 リオの誘拐を目論んでいたと尋問で白状したのだ。


「領主様はリオのファンだからな。害を与えるような存在は即座に極刑の判断を下すだろう」

「それに我らも反対はしませんね」

「まあな。彼のおかげで得られる利益がある。それに私も感謝しているのだ」


 領主ほど熱心ではないとはいえ、フランクもリオのことは気に入っている。


「今回の件は彼らの独断なのだろうか。それともよその馬鹿が唆したのだろうか。そこらへんはなにかわかったかね」


 独断であれば今捕まえている者たちを処刑すればいいだけだ。しかしよその貴族なり金持ちが背後にいるとしたらフランクだけで対応するわけにはいかない。

 そしてそれらがいると確定すると領主がハッスルするかもしれない。

 

「今のところはそういった情報は得られていませんね。彼らの荷物も誰かに繋がる情報はなかったようです」

「たっぷり絞って吐き出させてくれ。ハイポーションの使用も許可しよう」

 

 死ぬような痛めつけも許可されて部下は頷く。


「承知いたしました。この件に関してもう一つ判断を仰ぎたいことがあります」

「なんだ?」

「彼らの仲間に子供がいるのですが」

「仲間であれば子供でも容赦する必要はないぞ?」

「いえそうではなく。仲間外れにされて扱いに困っているのです」

「どういうことだ」

「そもそもの流れを説明します」


 少年がスリをしてそれが発覚したこと。冒険者が逃げる少年を兵と一緒に追ったこと。そして壁に開けられた穴を見つけたこと。それが原因となって捕縛に繋がったこと。

 それらを部下は話していく。


「少年が原因で一網打尽になったとも言えます。それを仲間が知って、責め立てたのです」


 仲間と思っていた相手からの罵倒に、少年は傷つき落ち込んでいる。


「その少年は憐れだが、だからといって遠慮する必要はなかろう」

「少し前に拾われていいように使われていただけみたいなので、得られる情報もなく、尋問しても意味はなさそうなのですよ」


 少年が仲間になったのは一ヶ月ほど前。よその町で孤児として生き、盗みをしていたところを見られて、動きの良さから使い物になると判断し、甘い言葉で引き入れた。親切にしてやって信頼関係を築き、少年は彼らを慕っていくようになった。

 本格的な仕事をしたのは今回から。しかし仕事は本命には関わらないスリだ。本命の仕事に関わらせるにはまだ力不足と判断したからだ。

 

「孤児院に入っていなかったのか?」

「トッスルの孤児院に入っていたようです」


 フランクは顔を顰めた。


「あそこか、評判が良くなかったな」

「うちの孤児院が恵まれすぎているだけともいえますがね。そういうわけで極刑というには罰が軽く、百叩きののち解放というのが妥当だとは思うのです。おそらく自由になったあと孤児院に戻ろうとはしないでしょう。となると放り出すとまた盗みを行いそうで少々困りものでして」

「ふむ。多少同情できる部分もあるか。ある意味功労者でもある……リオの孤児院に入れるとしよう。あそこなら兵が立ち寄るコースだ。監視もできる。また罪を犯すようなら鉱山に入れるといった方向でいこう」

「承知いたしました」


 少年の対応を決めて、刑罰も今日早速やることにする。

 フランクはささっと書類を作り、孤児院の院長を明日呼ぶように手配もして、少年の件についてはひと段落となった。

感想と誤字指摘ありがとうございます

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― 新着の感想 ―
[一言] やれやれ。ハレの日に悪巧みする奴は何処にでもいるんですねぇ 血を見たがる危ないのも居たし、場所柄か兵士のレベルが低いからデッサがいなかったら死人が出てたかも? いや、そもそもデッサがいなかっ…
[一言] 寄り道のちょっとしたイベントかと思ったらリオの危険を先回りして解決できていたとはなあ 結果的にでしかないですがスリの少年には感謝ですね
[一言] トラブルあるところにデッサあり 帰ったら「またか」って顔されるのが見える見える
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