123 鎮魂会 前
ゼーフェと出会った翌日も森へと向かい、森の把握をしながら気配感知の鍛練もやっていく。
年末まで森を歩き回った。一応はほとんどを見て回れたと思う。ダンジョンや洞窟らしきものも見つけることができた。
森の中で、魔力循環のスムーズな発動の練習もした。強敵と戦うのに魔力循環は使うだろうし、今の発動速度は確実な隙だ。もっと早く発動するのは必須の課題だ。
無茶をしていないおかげか、疲れはほぼないし、技術方面の上昇も少しはできたと思うけど、戦闘の勘は鈍っているかもしれない。
強敵と戦うことになるんだし、鈍るのは困る。防具無し武器も木剣の状態で中ダンジョンに入って少しでも感覚を取り戻そうかな。
それをするのは年が明けてからだ。今日は休みにしてリオの女神姿を拝ませてもらおうと思う。
「おはようございます。連絡があるので入口そばの立て看板を見てください」
朝食をとるために部屋から出て宿の従業員に会ったとき、そんなことを言われる。
ご飯のあとに見ようと先に食堂に向かう。
食堂ではリオの話題があちこちから聞こえてきた。
「初めて見るので楽しみですよ。かなり綺麗だとか」
「俺は去年も見たが、女神そのものだと言われても納得できる美しさだったぞ」
「それは楽しみだ」
「早く見てみたいもんだ」
「一足早く見れないものか。夜は人が多くてちゃんと見れるかわからないし」
「領主の兵が護衛としてついているようだからなぁ。身近な人間じゃないと無理だろうさ」
「逆にいえば身近な人間はじっくりと見ることができているんだな。羨ましい」
「一目で満足できるお姿だからな。じっくりと見たら魂が抜けちまうかもしれんぞ」
「恐ろしいが、そんな経験なら一度はしてみたいもんだ」
笑い声が上がる。かなりの評判だなー。
男ってことは気にしてないようだ。見物するだけなんだし、性別は気にならないんだろうね。綺麗すぎて性別なんて関係ねえってなっているだけかもしれんけど。
朝食を終えて、宿を出る。持ち出すのは財布だけでいいだろう。いつもの癖で増幅道具は身に着けている。
宿の入口には、夕方から行われる催しの際には騒がないようにという注意書きが書かれていた。町の対応の一つなのだろう。
リオという客寄せができる人材がいるおかげか、町を歩く人の数は多い。噂では領主も一昨日からシャンガラに入ってきているそうだ。町の外にはテントをはって滞在している人もいる。町の宿に入りきらなかったんだろう。俺も来るのが遅れたら、鎮魂会が終わるまで野宿をするはめになっていたのかもしれない。
出店も出ており、そこで人々が楽しげな様子で買い食いをしている。
出店にも夕方からの催しについての対応が書かれた張り紙があった。誰の目に入るようにあちこちに貼られているみたいだ。出店の主たちも文字が読めない人のために、口頭で張り紙の内容を伝えている姿がみられた。
ミストーレの祭りほどじゃないけど賑やかだ。デッサの記憶だと年末は静かに過ごすようになっていたし、ハスファたちも騒ぐことはないと言っていた。だから賑やかなのはこの町のようになにか特別な事情がある場所だけなんだろう。
この町一番の広場では舞台が作られていた。ここでリオが女神役として待機することになるみたいだ。
舞台近くには貴賓席みたいなところがあり、あそこで領主がリオの女神姿を堪能するんだろう。
広場から離れて町の散策を再開する。フリーマーケットがやっていればのぞいていきたいなと思っていると、背後から声をかけられた。
「デッサ、おはよ」
ゼーフェにおはようと返す。ゼーフェも今日という日を楽しむつもりなのか、チョコレート色のジャケットとハープパンツに黒のタイツという武具なしの姿だ。
「私はぶらぶらとしているだけなんだけど、そっちは?」
「俺も似たようなもの。フリーマーケットがやっていればのぞいてみようかなと思っているところだった」
「あっちで見たよ」
ゼーフェに案内してもらうと、三十個くらいの団体が品を広げていた。
流れでゼーフェと一緒になにが出ているのか眺めていくことになる。
「いろいろなものがあるわね」
興味深そうにゼーフェは出されているものを見ている。
俺からするとそこまで珍しいものはないと思う。以前のフリーマーケットでも見たような古着や家具といったものが並ぶ。
調査であちこち見て回っているなら見慣れたものも多いのではと聞いてみる。
「私は今回が初めての遠出だから。地元にはないものがあって見ているだけでも楽しいわよ」
「初めてで一人行動か。先輩とかついてきてないのか? ノウハウとかの伝授で一度くらいは同行しそうなものだけど」
「シャンガラはそこまで栄えている場所じゃないし、一人でも大丈夫と思ったんじゃないかしら」
「そんなもんか」
今回の調査が試験で、提出された報告書を見て今後やっていけるのか判断するのかもしれないな。
「デッサはなにか目的のものでもあるのかしら」
「特にはないかな。ほしいものは以前買ったし、ギターでもあればと思うけど」
「ギターを弾けるの?」
「趣味程度には。プロにはかなわないよ」
「趣味でもすっごいね。私は遊びで草笛を教わったくらいよ」
そんなことを話しながら歩いていると、俺の袖を引いてゼーフェが指差した。
「あそこにあるのギターじゃないかしら」
「どれどれ……ああ、ほんとだ。ちょっと見せてもらおう」
ギターを出しているのは一般家庭の人らしく、家具などの中にギターがあった。
見せてもらえるか聞くと、快く頷いてもらえた。
「古いというか使い込まれている感じかな」
「少し前に死んだ祖父のものでね。楽団の一員として働いていたんだよ。うちには使える人はいないし処分しようかなと思ったけど、誰か使える人に買ってもらった方が祖父も喜ぶと思ったんだ」
なるほど。丁寧に扱っていたんだろう、小さな傷はあっても汚れはない。細部まで綺麗に磨かれている。
チューニングして低い順に音を鳴らしていく。
どこか壊れたようにも思えないし、買おうかな。
「これ買います。いくらでしょうか」
「爺さんが予備としてもってた弦とか掃除道具も一緒に金貨一枚でどうだ。いいものらしいからそれくらいはするんじゃないかと思うんだが」
「わりと高いのかな?」
価値がわからずゼーフェは首を傾げた。
「俺もこれがどれくらいなのかはわからないけど。まだまだ使えるものだし、その値段でいいと思う。それに楽器は高いやつは本当に高いから、もしかするとこれもそうかもしれない」
ストラディバリウスとかものすごく高いしね。まあさすがにそこまではいかないだろうけど。
楽団に所属していたなら、商売道具に安物は使わないだろうし、案外金貨数枚くらいのものを買って使っていたかもな。
金貨一枚を渡し、ギターとケースと付属品をもらってその場から離れる。
一緒についてくるゼーフェがなんでか期待するような表情を浮かべている。
「もしかして曲を聞きたい?」
「うん」
「趣味程度の腕だから聞いて楽しいものじゃないと思うんだけどね」
まあこれから予定があるわけでもないし、どこかのベンチで弾いてみようか。
フリーマーケットから離れて、空いているベンチに座る。
もう少しチューニングをすませて、指の運動として簡単な童謡を弾いていく。
三曲弾いて一度止まる。
うーん、意外だ。しばらく弾いていなかったから鈍っていると思っていたんだけど、意外とすらすらと演奏できた。
これは鍛えたことで肉体の制御能力が上がったからかな。なんにせよ趣味でやるぶんにはなにも問題ない。
「次はなにを弾こうかな。どういったものがいいかリクエストはあるか」
「リクエストね、森を思わせるようなものとかいけるかしら」
「やってみる」
ゲームに出てきた森のダンジョンを思い出す。楽譜は見たことあるけど、一度も練習したことないしまずは練習だ。
ゆっくりと弾いてこんな感じだったかなと思い出していく。
全部は無理だけどある程度の長さが形になり、通して弾く。
「一部分だけど、どうだ?」
「森は森なのだけど、なんだか怖い部分が強調されてなかった?」
まあダンジョンの曲だしな。楽しい曲にはならんわな。
怖くない森の曲っていうと別のゲームのものくらいかな。でもそっちは楽譜も見たことないんだよな。
「知っているけど弾けないんだ。口笛ならいけるけどどうする?」
一応聞いてみたいというので口笛で披露する。
今度はお気に召したようで、ぱちぱちと拍手が送られる。
「それをギターで聞きたかった」
「楽譜がないから練習しても弾けるようになるのは当分先」
脳内の曲を短期間で現実に出力できるほどのセンスはない。一歩一歩探るようにやっていってどれくらいかかるかな。
そんなことを思いつつ、ほかの曲を選び演奏する。
一番好きだったもの、練習して弾けるようになっていたもの、練習中だったものを三十分ほど演奏し、こっちを見ていた者たちに手を振って終わりだと示す。
休憩ついでに俺の演奏に耳を傾けていた人たちがそこそこいたのだ。
拍手をしたあと見物客たちは散っていった。
「お疲れ様。いい暇つぶしになったし礼に飲み物をおごるよ。なにがいい?」
「香ばしい風味のお茶があればそれ。なかったらジュースで」
「はいよ。すぐ買ってくる」
ゼーフェはベンチから離れて飲み物を売っている出店へと歩いていった。
指を動かす練習として一音一音鳴らしていると、コップを持ったゼーフェが戻ってくる。
「はい、買ってきた」
「ありがと」
ギターをケースに戻してから、湯気が立つコップを受け取る。
一口飲んで、ほふうと息を吐く。
「弾ける曲ってあれで全部なの?」
「弾けるものはね。楽譜を見たことがある曲はほかにもあるし、練習したらもっと増える」
夜にのんびり練習していくつもりだし、滞在中に一曲くらいは増えそうだな。
「次はなにを練習するの?」
「なんにしようか。とりあえずさっき弾いた練習中のものを弾けるようになろうか」
一通り弾けるようになるついでにブランクを埋めようかね。
「良ければまた聞かせてね」
「あいよ」
お茶を飲み終わり、またゼーフェとあちこち歩き回って、昼食も一緒にとって別れる。
出店や出し物はほとんど見て、リオの出番まで宿でのんびりすることにした。荷物も置きたかったし。
ゼーフェはまだ見て回るということで楽しげな雰囲気をまとって雑踏のなかに消えていった。
宿でギターの練習をしながら時間を潰し、そろそろ夕方になろうかという時間。
「そろそろでようかな」
窓を開けて日の傾き具合で時間を予測して、財布を持って宿を出る。
まだ時間ではないため騒がしさは昼と変わらない。
鎮魂会の行われる広場には人が押し寄せている。
広場の中央に一段高くなっている舞台がなければ見づらかっただろうな。
「まだ時間ではありません」「スリにご注意を」「気分が悪くなったら一度この場から離れて休んでください」
兵たちが皆に聞こえるように注意事項を伝えている。
これだけ人がいればよからぬことをやろうって思う人もいるか。
注意しないとなと思っていると、スリだと声が挙がった。
「どこだ!?」「そこのちっこい奴!」「逃げたぞ!」「すばしっこい」
犯人は小柄なのか捕まらないという声が聞こえてきた。
犯人は逃げながら人にぶつかっているようで、たまにぶつかられた人の声が聞こえてくる。その声がじょじょに近づいてきていた。
俺のそばを通ることはなかったけど、人と人の間を走る子供の姿がちらっと見えた。十歳くらいだろうか。ベージュ色のハンチング帽をかぶり、厚手のシャツ、ズボンという少し寒くないかと思える服装だった。
(まだ時間あるし、追いかけてみようかな)
周囲の人たちに「ちょっと通してくれ」と詫びながら子供が走っていった方へと移動する。
子供は追手を振り切って路地裏の方へと入っていった。
捕まることなく人の間を抜けたのはすごいと思いつつ俺も路地裏に向かう。
「そこの兵士さん、ちょっとついてきてくれ。スリらしき子供が路地裏に入っていったんだ」
警備をしていた兵に声をかける。
「なんかそんな声が聞こえてきたが、本当か?」
「おそらくとしか言えない。盗んでいるところを直接見たわけじゃないから」
急用で家に帰った身体能力のすごい子供だったかもしれない……無理があるかな?
「ふむ、まあいいか。一緒に行こう。少し探していなかったら戻るぞ?」
「ええ、それで問題ないです」
すられた人には悪いけど、絶対取り返す必要はないしね。
兵と一緒に子供が入っていった路地裏に入る。
まっすぐ進んでいき、静かな住宅街のあちこちに視線を向けて、物陰に潜んでいないか確認していく。
感想と誤字指摘ありがとうございます




