122 また森で出会う
リオを助けた翌朝、武具を身に着けて昼食を買って町を出る。
今日は朝から森の縁を歩いて一周して、外から見える範囲でなにがあるのか把握する予定だ。
たまに休憩を入れたり森の中を見たりして足を止め、暇だと思いながら歩いて体感七時間くらいで一周する。実際に歩いたのは五時間くらいか。
「外から見たかぎりだと、問題はなさそうだったな。実際に奥へと足を踏み入れてみないとわからんか。夜に異変があるかもしれないし、泊まり込むことも考えて予定を立てようかな」
今日のところはこれで帰るか。トマト煮が楽しみだ。
足取り軽く町に戻って、宿に武具を置いて孤児院に向かう。
孤児院に到着し、玄関をノックする。
十一歳くらいの子が玄関を開けてくれた。そのときにふわりとトマトの匂いが漂ってくる。
「いらっしゃいませ。中へどうぞ」
「お邪魔します」
先導されてキッチンに入る。
「お姉ちゃん、案内してきた」
「ありがとう」
振り向いてお礼を言ってくるリオはフリルのついたエプロンを身に着けていた。髪は料理の邪魔にならないようにリボンでまとめられている。
捻った方の足を庇うような様子はなく、もう大丈夫そうだ。
夕食作りを中断して俺を見て、いらっしゃいと言ってくる。
「そうしていると若奥様って感じだな」
「そんなことを言うと『おかえりなさい、あ・な・た』って奥様風に言い返しますよ」
「ごめんなさい」
見た目美女でも男にそう言われるのはちょっと。
「わかればよろしい。料理はもうできていますよ、持っていきますか? ここで食べていってもいいと思いますけど」
「持って帰るよ。邪魔にしかならないと思うし」
「そこに置いてある鍋です。どうぞ持っていってください」
「鍋は明日の朝に持ってこようと思うけど大丈夫?」
「私がいなくても受け取るように皆に言っておきます」
鍋を受け取って孤児院から出る。
鍋を持って歩くのは少し目立ったけど、蓋の隙間から漂ってくる匂いが美味さを伝えてきて、食べるのが楽しみで人々の視線は気にならなかった。
冷めてしまわないように足早に宿へと向かう。
部屋に鍋を置いて、食堂で切り分けられたパンとスープとスプーンをもらう。
「いただきます」
さっそく鳥肉を口に運ぶ。トマトの旨味と酸味、ガーリック、ハーブが最初に感じられる。柔らかい肉を噛むとそれらと肉の旨味が合わさって濃厚な一つの料理として完成した。肉を飲み込み、今度はソースを口に運ぶ。柔らかい玉ねぎとほくほくの豆と歯ごたえのあるキノコも入っていて、肉がなくてもこれだけで料理として出せそうだ。
肉を食べ終えて、パンにソースを載せて食べる。鍋に残ったソースもパンで綺麗にぬぐいとって満足できた夕食が終わる。
「さすがに高級店には届かないけど、並の店は超えてきたな」
店を開けば美人ということを抜きにしても繁盛しそうだ。
「お金を出せばまた作ってもらえるかな」
そんなことを思いつつ、食器を返し、鍋を洗うため宿の井戸に向かう。
鍋を部屋のテーブルに置いて、銭湯に向かう。
翌朝、武具を着込んで鍋を持って宿を出る。
孤児院に到着すると、年長に混ざってリオとサーランが出てきたところだった。
「おはよう」
「おはようございます」
「はい、これ。とても美味しかったよ」
「そうですか」
リオは嬉しそうに微笑んで鍋を受け取る。
「またなにか作ってもらいたいんだけど、お金を払えば大丈夫かな」
「毎日は無理ですがたまになら作りますよ」
「そりゃありがたい。滞在中の楽しみができたよ。それはそうと足はもう大丈夫?」
「はい。薬がちゃんと効いたようですっかり痛みはひきました」
リオは捻った方の足をぷらぷらと揺らして見せる。
大丈夫そうだと確認できたし、もう用事はない。
リオとサーランに別れを告げて、昼食を買って森へと向かう。
年末までは歩き回っておおまかに森の中を確認していくことにする。
一日二日と森に通い、特にこれといった発見はなく、散歩に近い状態になる。
森に荒れた様子はなかった。朽ちて自然と倒れた木なんかはあっても、破壊された木や岩はみつからなかった。
モンスターや獣と遭遇しても、戦いになることはなかった。モンスターは力量差を察したかすぐに逃げて、獣も警戒した様子で逃げていく。
狩りをしている冒険者を見かけることもあった。話しかけてリオが縄張りの外で襲われたことを例にあげて、森に異変を感じたか聞いてみたところ、モンスターのいる場所が少し変わったことは感じたが、それ以外にこれといったことは感じていないということだった。
「本当に強敵はいるのかな」
調べだして少ししか時間は経過していないけど、ここまでなにもないと本当に強敵がいるのか疑わしくなってくる。
今日も収穫なしかなと思っていたら、人を呼ぶ声が聞こえてきた。
リオのような切羽詰まったものではないけど、聞こえたから行ってみるかとそちらに歩を進める。
そこには吊り上げるタイプの網罠に引っかかった俺と同年代の少女がいた。
犬の獣人っぽく見える。革の軽鎧を身に着けている。彼女のものらしい弓が地面に落ちている。
「あ、お願い。これを解除してくれない?」
「どうすれば解除できる?」
この森に罠があったんだなと思いつつ聞き返す。
「すぐ近くにロープがあるはずだからそれを緩めてくれればいいよ」
ロープね。罠の繋がりを追っていって……これか。
引っ張ったらいっきにロープが緩む。
「きゃっ!?」
どさりと少女が地面に落ちる。
「ごめん。怪我は?」
「大丈夫。驚いただけだから」
絡まる網から抜け出て、立ち上がる。
「助けてくれてありがとう。私はゼーフェよ」
「デッサだ。どういたしまして。罠を無駄にしたし持ち主に怒られないか」
「罠の空振りは珍しいことじゃないし、今回もそう思ってくれるでしょ。壊してはないから再利用可能だしそこまで気落ちしたりしないはず」
「それならいいけど。しかし罠があるとなると今後歩き回るときもっと気をつけなきゃな。野生の動物を騙すために隠されたものを見つけられるか?」
俺がそう言うと、ゼーフェは笑みを浮かべた。なんとなく待ってましたと言いたそうな表情だったな。
「それならいいものがあるわ。お礼にもなるし受け取って」
ゼーフェはポシェットから護符を取り出して、五枚の護符を差し出してくる。
いつも使っている筋力強化の護符とは違った文様だ。使ったことのある護符とはどれも違うように思える。
「これは?」
「気配とかを捉えやすくなる護符。これを使ってどこに罠があるのかとかを学習すればいい」
「気配でわかるものかな」
「森の風景にちょっとした違和感とかあるし、それを探していけばいいよ」
一度使ってみてよと促され、使い方を聞く。
「ほかの護符と同じで破ればいい。時間は五分」
「高価なんじゃないか? 五枚ももらっていいんだろうか」
「私ももらいものだし気にしなくていいわ」
「そう? じゃあ遠慮なく」
護符を破るとすぐに効果が感じられた。
五感が鋭くなる。より遠くを色彩鮮やかに見ることができ、様々な音が聞こえ、嗅覚が鋭くなり、服の感触や風が皮膚に当たる感触がより感じられた。たぶん味覚も鋭くなっているんだろう。
これまで気にしていなかった虫や鳥の位置がよくわかるようになり、おそらく少し離れたところに狩りに来た冒険者もいる。
「効果はちゃんと出てる?」
頷くとゼーフェは続ける。
「じゃあ罠を探してみましょう。近くにまだあるし」
「俺が勝手にやるし、ゼーフェも自分の用事をすませていいよ」
「そこまで時間はかからないし、気にしなくていいわよ」
まあ護符の持続時間が短いし、ゼーフェが言うようにそこまで時間はかからないか。
こうして考えている間にも護符の持続時間はどんどん短くなっているから、罠を探すことにする。
まず周囲を見渡す。ゼーフェに出会う前よりもいろいろなことがわかる。でもその中に罠らしきものはない。
「どの方角に罠があるかヒントだそうか?」
「お願い」
「あっち」
ゼーフェが指差した方向を見る。見える範囲にはありそうにないから、その方角へと歩いていってみる。
ゼーフェは隣をついてくる。
十メートルほど進んで、止まって周辺を探す。すると右の方に植物が少し変だと思える部分があった。植生がおかしいのではなく、育ち方がおかしいような気がする。誰かに踏まれたりして育ち方が少しだけ歪になったと言えばいいんだろうか。
外れたらまた別のところを探せばいいんだから、気になったところに近づく。
そこには蔦を利用したくくり罠があった。
「お、あった」
「おめでとー。人が手を加えたところは、こんなふうに乱れているから、そういったところは避けるようにすれば罠を発動させることはないでしょ」
「それがわかっているのにゼーフェは罠にかかったのか?」
「ち、ちょっと考えごとをしていたらうっかり見過ごしたのよ」
俺から顔をそらして言う。
「そんなことよりあなたはどうして森に? 私はここらへんの調査をしているんだけど」
調査か。もしかすると強敵のヒントを持っているかも。
「俺は探しもの。でもなんのヒントもなくて困っているところだ」
「探しものねぇ。この森には変わったものはなかったと思うけど。貴重な薬草とか鉱石とか見かけなかったわよ」
どうしようか、なにを探しているのか話すべきか。
「言いたくないなら言わなくてもいいわよ」
悩んでいるとそう言ってくる。
「出会ったばかりの相手になんでもかんでも話せるわけないからね」
「そう言ってもらえると助かるかな」
「代わりと言ってはなんだけど、たまに私の仕事を手伝ってちょうだい。森を歩き回るから、そっちの都合にもあうでしょうし」
「りょーかい」
森を歩き慣れているみたいだし、一緒だと俺が見逃すものも見つけてくれそうだ。なんの手伝いにもならなさそうだし、暇つぶしの話し相手を求めていたのかも。
「それじゃ早速行きましょうか」
「早速か」
「ついでに護符を使っていくといいわ。どこになにがあるか探して、それが合っているか答え合わせしてあげる。罠探しだけじゃなくて、生物の気配を捉える練習にもなるわよ」
護符といい指導といい助かる……こっちに都合よすぎない? 俺に親切にしてなにかあるんだろうか? それとも疑いすぎかな。でも祭りのときも道具を与えて誘拐とかあったし警戒はしとこうかな。
「どうしたの?」
「いやなんでもない」
周囲を見ながら、ゼーフェからも意識を外さないようにして森を歩く。
あちこちに注意しながら歩いているため、進むのは遅いけどゼーフェは急かせることなく隣を歩く。
ゼーフェとは夕方前まで一緒に行動したけど、特におかしな行動はなかった。
そのまま一緒に町に戻って、自身の宿に向かうゼーフェと別れる。
「ただ親切にしてくれただけなのかな」
そうだったらいいんだけど思いつつ宿に向かう。
夕食まで素振りをして過ごし、素振りに集中している間に疑念は頭の片隅に追いやられた。
夕食後にお湯を持ってきてもらって体をふいてさっぱりすると、ゼーフェのことはおかしな行動をしたときに考えればいいかと未来の自分に対応を投げることにする。
感想ありがとうございます