120 シャンガラ到着一日目 4
足音のした方向を見ると、三人の男たちが真剣な表情でまっすぐこっちを目指していた。彼らの後方には荷車が見える。あれを放り出してこっちに来ているらしい。
「リオちゃん! どうしておんぶされているんだ!?」
「あまり体に触れられたがらないのに、なにかあったんだ!?」
「まさかなにか脅されたんじゃ!?」
おんぶしている俺なんか目に入らないように、ぐいぐいと近づいてきてリオに声をかけている。
「ひっ、あの脅されてなんかいませんから」
驚いたのか俺に抱き着く力が強まる。
話しづらいだろうし、下がろうか。そう思って一歩二歩下がって距離をとると、男たちは同じだけ接近する。
「あんたら、そんなに近づいたら話しづらいだろうに」
「自分だけゼロ距離で話そうってのか!? そんな羨ましい、いやずるい、いや役得は許されない!」
言い直した意味ないな。どれだけ羨ましく思っているんだか。
「いつも言ってるように、あまり近づかれると、その」
リオがそう言うと、すぐに三人は距離をとって、頭を下げた。
「申し訳ない」「すまなかった」「この通りだ。だから嫌わないでほしいっ」
「必死だなぁ」
「必死にもなる! 我らが女神に嫌われようものなら、この先なにを楽しみに生きていけばいいのか!」
神様がいる世界で、人間を女神と呼ぶのはすごい度胸だわ。
天罰が下ってないし、セーフなんだろうか? リオが神様とふるまいだしたらアウトなのかもしれない。
「あんたたちはリオの知り合いなのか?」
「我らは栄えあるリオちゃんファンクラブナンバー二桁だ!」
「ファンクラブとかあんのか。この顔ならまあ納得はできるけど。最低でも数十人はいるってすごいな」
「よその町にもいるから四桁はいるぞ! その中で二桁はゴールドクラスとして羨ましがられている! さすがにロイヤルガードたちには敵わないが」
ネットやテレビがないこの世界で四桁のファンクラブはものすごいのではなかろうか。
その四桁の中に、厄介なファンもいそうだし大変そうだ。
「こちらが何者かは答えた。そちらも名乗ってもらおう。ロイヤルガードや下心のない子供でなければ触れることは許されぬ。それをなしとげたお前は何者だ!」
「何者と言われても、よそからやってきた冒険者としか言えんわ。名乗れるような二つ名もないし」
「ただの冒険者がどうしてリオちゃんに触れることができるのだ!」
羨ましいといった感情を隠さず、強い口調で聞いてくる。
その感情のこもった声にリオの手が小さく震える。
強烈に好かれているけど、嬉しいわけじゃないみたいだ。といっても嫌悪感はなさげだし、濃いファンに困っているとかそんな感じなんだろう。
そんな感想を抱きながら、モンスターに襲われているところを助けて、足を捻ったようだから背負っていると返す。
「モンスターに!? どこか怪我は!?」
近づきたそうにしているけど、離れてくれと頼まれたのでその場で三人はそわそわとしている。
「捻った以外に怪我はありません。湿布薬を使って一日安静にしていれば治ります」
「そんな!? 一日も辛い思いをさせるなんてできないっ。ファンクラブに知らせて皆でお金を持ち寄ってポーションを買ってくるよ!」
「たくさんファンがいるなら少額ですむし、いいかもなー」
「ほらこいつもそう言っている! さっそく行くぞ」
駆けだそうとしたファンたちをリオが止める。
「大丈夫です! いつもなにかあればすぐに皆で助けようとしてくれますが、その気持ちだけで十分です」
「でもっ俺たちは君のためになにかしてあげたいんだ」
心底心配しての発言を無下にはできないらしく、リオは小さく溜息を吐いた。
首に息が吹きかけられて少しくすぐったい。
「でしたら先生に薬の準備をしてほしいと伝えてくれますか。あと孤児院の方にも怪我はしたけどなにも問題ないと伝えてください」
「わかったよ」
頼まれたことが嬉しそうで三人は満面の笑みを浮かべて頷いた。
「いいですか。大袈裟に伝えないでくださいよ。以前頼んだときは騒ぎになったんですから」
「わ、わかった」
ファンたちは少し後ろめたそうにこくこくと頷く。
言い含めないと感情のままに話していたっぽいなぁ。
ファンたちは頼まれごとをこなすのに頭がいっぱいになったのか、すぐに町へと駆け出していった。
「荷車を忘れていったよ、あの人ら」
「あ」
軽そうなら町まで引いていくかと思って近づく。
大きめの鳥が何匹か載せられていた。
ちょっと動かしてみると問題なさそうだったので、リオを背負ったまま荷車を引く。
「大丈夫ですか? 重いようなら下りますよ」
「大丈夫。この程度なら問題ないよ」
「たくましいですね。羨ましいです。私は筋肉をつけようと運動してみたことがありますけど、ほとんど変わりませんでした」
「モンスターを倒せば身体能力上がると思うよ」
「さすがにそこまでするのは。周りもなんだかんだと止めてきそうですし」
さっきのファンたちの反応からすると、かなり心配して止めそうだ。
それにしても本格的に冒険者になるんじゃなく、少しだけ倒すとかなら大丈夫と思うんだけど。弱いモンスターは本当に弱いし。
「ラジジャッカルは無理だとしても、ほかのモンスターは弱いから倒して強くなるのはありだと思わない?」
「無理です」
ふるふると首を振る。
「うっかり攻撃を受けて浸食されるのは怖いですよ」
「そこか。浸食はたいしたことないと思うんだけどな」
「私はそう思えないんですけど。ああいったものが体に入りこむのはどうも嫌悪感しかないです」
想像したのかリオの体が震える。
「そっかー。そこまで嫌っているとシールで防げるとしても無理そうだ」
「そうですね。防ぐ術があったとしても、少しでも浸食されるかもしれないと思うと、戦うどころではなさそうです」
モンスターと戦わないほかの人たちも似たようなことを思っているんだろうか。
魔王が暴れていた時代は戦わないと生き残れない状況もあっただろうから、浸食への嫌悪感を乗り越えた人が多かったのかも。
平和な時代が続いている現状では、そこまで切羽詰まってないからモンスターと戦って身体能力を上げようと思える人は少数派なんだろう。
話しながら町に近づく。荷車は入口のそばに置いて、リオを背負ったまま町に入る。
「めちゃくちゃ注目されとるっ」
視線が突き刺さるとはこういうことか。なにも悪いことしていないのに気まずいんだけど。
「いつもこんな感じなのか?」
「いえ、いつもはもっと穏やかというか、見るにしてもここまで注目が集まることはないんですけど。背負われているのが珍しいんだと思います」
「そっかー」
本当に人気があるんだなぁ。
まあできるだけ気にせず目的地を目指すとしよう。行くのはリオが働いてる薬師の店だそうだ。
リオが指差す案内に従って歩き、住居も兼ねた店に到着する。
「リグート薬店でいいのかな?」
「はい、あっていますよ」
ごめんくださいと一声かけて中に入る。カウンターのみの小さな部屋に七十歳手前くらいの老婆がいた。
いらっしゃいと言いながらこちらに顔を向けてくる。すぐに呆れたような表情になった。
「またあんたは見覚えのない男をひっかけて。仕方のない子だね」
「ち、違うからね。デッサさんは私を助けてくれて、ここまで送ってくれただけ」
リオは降りながら誤解を解くように言う。でもお婆さんは信じた様子なく俺を見てくる。
「あんたはそう言っても、そっちがどう思っているか」
「女ならともかく、男に懸想はしませんよ」
恋愛をしている暇なんてない。それに美人過ぎて腰が引ける。
答えた俺を探るようにじっと見てきて、お婆さんは視線を緩める。
「……そうかい。疑うようなことを言って悪かったね。この子の周りにいる奴らは気を引こうと騒がしくていけない」
「お婆さんはリオに好意はないんですか?」
「こちとら変わり者でね。美しいものにはさほど興味がないのさ」
「私は先生のこと好きですよ。特別扱いしてきませんし、落ち着いて話すことができるから」
「弟子を特別扱いなんてするわけないだろう。それに落ち着いて話さないと講義もできない」
弟子って時点で特別な気もするけど、まあ本人が違うって言っているんだし口に出すことは止めておこう。
そんな考えを察したのかお婆さんは睨むように見てくる。
「なにか言いたいのかい」
「いえ、なにも。早くリオの足に湿布薬をはってあげてください」
「急かすんじゃないよ。足を見てからだ。椅子に座って捻った方の足を出しな」
リオは椅子に座って、靴を脱いで捻った方の足をお婆さんに差し出す。
その足をお婆さんはそっと持ち上げる。これ以上足を痛めることのないように丁寧に扱っている。
足を見たお婆さんの表情がほっとしたように見えた。
やっぱりリオを大事にしているんじゃないかな。
「これなら特別な薬は必要ない。今ある材料で作れるから、少し待っておきな」
お婆さんはそう言うと、いくつかの材料を戸棚から取り出し、それを粉々にして脂と混ぜた。
その作業は流れるような見事なもので、長年の経験を感じさせるものだった。
薬を作っている間に、リオは薬草の入った籠をカウンターに置く。
完成した薬を紙に塗りつけて、患部にはる。その上から包帯を巻いていく。
「これで一晩休めばほとんど治る。明日は歩いてもいいけど、走るんじゃないよ」
「ありがとうございます」
「あんたにも弟子が世話をかけたね。なにか薬で困ったことがあれば相談に乗るよ」
「薬ではありませんけど、聞きたいことがあるんですが、今大丈夫ですかね」
「知らないことは答えられないよ」
大丈夫そうだから、森について聞こう。
「最近、森が荒れているとかそういった噂は聞きました?」
「いや、聞かないね。あの森はこの町を支える場所だから、なにか異常があればすぐに噂は広まるからね」
「リオがラジジャッカルの縄張りの外で襲われたんですけど、それはよく聞く話なんですかね」
お婆さんは首を傾げたあとリオを見る。
「あんた、いつもの場所に行ったんだろう?」
「はい。あそこなら安全だと思っていたんですけど」
「森はモンスターもいる危険なところだ。だけどこの子に教えた場所は獣やモンスターがほぼ近づくことのないところなんだよ。私も以前は何度も行っていた。そして獣が近づいてきたことはあっても、モンスターに襲われることはなかった」
お婆さんは少し考えこんでまた口を開く。
「モンスターが移動するなにかがあったのか? 思い当たることいえば小ダンジョンが崩壊して、あふれ出たモンスターが縄張りに影響を与えたってことくらいか」
「ギルドが把握していないダンジョンがあったということでしょうか」
「そうなるんじゃないかね。ほかに理由があるかもしれないけどね」
町よりも広い森だから、ギルドも完璧には把握できないかもな。
「ほかには……その昔ここらで化け物が暴れたそうですけど、それに関して情報はありますか」
「噂話で聞いたことはあるよ。といっても森が戦いの場となって、そこで強い冒険者によって倒されたということくらいだが」
「倒されたのは確実なんですかね?」
「さてね。私が聞いた話だと倒されたということになっていたが、興味のある話ではなかったしそれが本当か確認はしなかった。化け物について調べているのかい」
「詳細までは調べようとは思ってませんね。どんな化け物がいたのか興味があっただけですから」
「リスと人を合わせたような見た目だったそうだよ。巨体とも言われているね」
だとするとよそからやってきたんじゃなくて、森にいるリスのモンスターが魔物に変化したのかもしれないな。
ほかには森の洞窟について把握しているのか聞いてみようか。
お婆さんも洞窟は知っているようだ。というかお婆さんからリオに伝えられた情報だった。素材がある場所を教えたみたいだから、その情報の流れは当然のものだった。
お婆さんはそれらの洞窟で苔やキノコを採取していたそうだ。お婆さんが知っている洞窟で深いものは一つだけで、ほかは十メートルもない浅いものばかりらしい。
深いものも迷路のようにはなっておらず、二度の分かれ道がある単純なものみたいだ。最深部には雨水などが溜まっていて、少しの水生生物がいる特徴のない水溜まりらしい。
強敵が潜むにはわかりやすすぎるところだけど、一度は足を運んでみようかな。
「そろそろ終わりにしてもいいかい」
「では最後に美味しい店を知っていたら教えてください」
「美味しい店ねぇ、急に方向性がかわったじゃないか」
「美味いものを食べるのが趣味なので」
「悪いけどわからないね。あまり外食しないから。ただリオの料理はそこらの店に負けないくらいには美味しいよ」
そうなのかとリオに顔を向ける。自信なさげな表情が浮かんでいた。
「美味しい美味しいとは言ってもらえますけど、プロに負けないものかどうかはちょっとわからないですね」
「この子のファンにとっては手料理ならなんでもご馳走になりうるから、作ったときは大袈裟な反応になるんだよ。だからこんなふうに自信がない様子になってしまっている。でも安心していい料理の腕は確かだ」
お婆さんからの褒め言葉にリオは照れつつも嬉しそうな様子を見せる。
「それじゃ助けた礼になにか作ってもらおうかな」
「いいですよ。好物はなんですか?」
「好物か。カレーなんだけどできる?」
「材料がないですね」
知ってはいるんだな。スパイスを使って病気に対処することもあるだろうし、薬師としての知識の範疇なのかも。
「材料がないのは仕方ない。じゃあ鳥肉でなにかやってもらいたい」
「それならトマト煮でいいですか?」
「うん、いいね。美味そうだ」
「作ってもらうのはいいが、受け渡しとかどうするんだい? 孤児院に行って食べさせてもらうのか、鍋ごと宿に持って帰るのか」
あ、どうしよう。
「孤児院だと落ち着かないでしょうし、鍋ごと渡しますよ。明日の夕方頃に渡せるように作っておきます」
「じゃあそれで」
「決まったのならこの子を連れて帰っておくれ。今日の用事は終わっているからね。リオ、明日はこなくていいよ。安静にしておきな」
「わかりました。ではまた明後日に来ます」
その場に屈んで、リオを背負う。お婆さんに見送られて店を出た。
感想ありがとうございます