119 シャンガラ到着一日目 3
町から出て、虫よけの薬を買ってから森へと向かう。狩りを終えたのか鹿を荷車に載せた者たちや鳥を担いだ者たちとすれ違う。
酒場で一杯いこうぜと楽しそうな話し声も聞こえた。
(あんなふうに気楽な雰囲気が出せるくらいには、森はいつも通りってことか、本当に強敵なんているのかな)
かつていたという化け物が今も隠れ潜んでいる? それだとファルマジスのように地下に潜んでいる可能性もあるな。洞窟探しもした方がいいかもしれない。
森の入口に到着し、中には入らず縁にそって歩く。
森は騒がしいといったことはなく、たまに冒険者が獲物を狩っているような物音が聞こえてくるくらいだった。
一時間ほど歩いて、一周するにはまだまだ時間がかかりそうなので、今日のところは引き返しながら浅い部分の探索をやろうと森に足を踏み入れる。
「森歩きは久しぶりだな。宝探しのとき以来だっけ」
ジケイルさんたちから教わったことを思い出しながら森の中を歩く。
森にいるどのモンスターも獣も苦戦はしないから気楽に歩いていると、人を呼ぶ声がした。
「誰か助けてください!」
声の聞こえた方向へ走る。
離れておらず、すぐに発生源に到着した。
そこにはラジジャッカルたちが五匹いて、五メートルを超える木の上へと吠えたり体当たりしていた。
それらがぶつかるたびに木は揺れる。みしりという音がしている。このまま放置していれば木は折れるかもしれない。
「おい! こっちだ!」
声を出して注意を引き、剣を抜いて突っ込む。
ラジジャッカルが声に反応し顔をこっちへと向けてくる。こいつらができたのはそこまでだ。
攻撃をされる前に五体全部を斬り捨てた。
消えていく死体から目を離して、周囲を見てほかにラジジャッカルがいないか探す。
「いない、かな。もういいぞ」
木を見上げて声をかける、顔は見えないけど誰かが枝に腰掛け、幹にしがみついている。
「あ、ありがとうございます。安心したら力が抜けて動けなくなりました」
テノールみたいな声の感じからして男か? 若いかもしれない。
「降りられそうか?」
「今は無理です」
こっちから迎えに行こう。
そのままじっとしているように声をかけて、一番近い枝をジャンプで掴んで、その枝に乗る。さらに上の枝を掴んでいき、近づく。
「抱えて降りるから幹から手を放してくれ」
「わ、わかりました」
恐る恐るといった感じで幹を放す。すると顔が見えた。
(うっわ、すっごい美女)
大人っぽく見えるけど、よくよく見ると年齢は十六歳くらい。ニルやペクテア様のように気品は感じられないけど、美貌だけで言うならこの世界でも地球でも一番だ。
艶のある長い黒髪、快晴の空を思わせる蒼の目、雪のようなしみや怪我のない肌。左目は髪で隠れているけど、ちらりと見えた髪の向こうには右目と同じ蒼い目がある。
礼儀作法を身に着けて気品がでるようになったら、世界中の男たちが求めてやまない存在になるだろう。
声が男っぽいけど、女だったんだなぁ。
おもわずじっと見ていると、困ったように声をかけられる。
「あ、あの降りるんじゃないですか?」
「あ、ああ、ごめん。じゃあ抱えるからじっとしてて」
バランスを崩さないように体勢を整えて、彼女を抱き抱える。
なんか体つきががっしりしてるな。鍛えているんだろうか。
柔らかさがないことにがっかりしつつ、地面へと飛び下りる。
「ひゃっ!?」
下りるとわかっていても驚いたのだろう。俺にしがみつくように身を寄せる。
それだけくっつけば、胸が当たるはずなのにまったいらだ。かなりの貧乳? うーん、これはもしかすると。
「おろしますよ」
「は、はい」
彼女をゆっくりと地面に下ろすと、少しふらつきながら立ち上がる。
身長は俺よりも少し高い。今の俺が百六十センチ後半くらいだから、彼女は百七十センチくらいか。女性にしては長身。
一度深呼吸した彼女からは震えなどはなくなった。
「ありがとうございました」
深々と頭を下げてくる。癖のない髪がさらさらと流れる。
「いえいえ、たいして強くないモンスターでしたので苦労はしていませんから。でもモンスターがいるのに一人で来るのは危ないですよ」
「いつもは一緒に来てくれる人がいるんです。それとここらへんはモンスターはいないはずなんです、だから一人でも大丈夫と思ったんです」
失敗したと肩を落とす。
「何度か通っているんですね」
「はい。ここは浅い部分ですけど、解熱や打ち身に効く薬草があるから重宝している場所なんです。あ、落とした野草を拾わないと」
そう言って周囲を見渡し、見つけたようでそちらへ歩いていく。歩き方が少しぎこちないけど、足を捻ったんだろうか?
向かった先には籠が落ちていて、その籠から零れ落ちた野草もあった。
彼女がそれを拾っているうちに、俺も魔晶の欠片を拾っていく。
それを拾い終わると同時に、向こうも野草を集めて籠を持ち上げていた。
「足を怪我したんですか?」
「あ、はい。逃げるときに捻ったみたいで。歩くくらいなら問題ありませんから気にしないでください」
「歩いて町まで戻ると悪化するかもしれませんし、背負いますよ」
「そこまで世話をかけるのは悪いですし」
「こっちもちょっとした下心があっての提案ですから」
下心と聞いて彼女の表情が強張る。
「あの、勘違いしていそうなので言いますけど、私は男ですよ」
「男……あー違和感あったし納得ですね」
肉のつき方とか女にしては声が低いこととか、男と言われたらしっくりくる。
それにしても生れて初めて男の娘って言われるような人を見た。外見は完璧に女だもんな。
「意外と驚いてませんね?」
「ヒントはあったので」
「私を女と思って、お近づきになれるから下心と言っていたのでは? 男と知って落胆すると思っていたんですけど」
「え? いや最初からそんな気はないけど。下心っていうのは、この森について無料でいろいろと教えてもらおうって意味で言ったんですよ」
彼女の、いや違った。男とわかっても外見に引っ張られる。
彼の顔が赤くなる。恥ずかしそうに両手で顔を隠した。そういった仕草は女性的でよく似合うなー。
「自意識過剰でした」
「その顔ならこれまで何度も下心を持った接触はありそうだし、勘違いするのも無理はないんじゃない?」
おぶるためにその場に屈む。
どうぞと声をかけると、失礼しますと断りを入れて密着される。
立ち上がり、落ちないようにしっかりと彼の太腿を持つ。
「あ、名前を言っていませんでしたね。私はリオと言います」
名前も男か女かわかりにくいものだな。
「俺はデッサ。シャンガラに来たばかりの冒険者」
「旅の途中ですか? シャンガラで一泊して違う町に行く冒険者は何度も見ました」
「旅の目的がここだよ」
「シャンガラが目的地という冒険者は初めて見た気がします」
「この森で探しものがあってね。それで森についていろいろ聞きたいって言ったんだ」
「そうだったんですね。なんでも聞いてください。恩人ですから答えられるものはなんでも答えますよ」
「じゃあ早速。最近、この森で異変とかあった?」
「異変ですか……さっき私が襲われたことでしょうか。ラジジャッカルの縄張りはほかのところなんですよ」
それはギルドでも聞いたな。でも縄張りからでないわけじゃないだろうから、さっきのは偶然の可能性もある。偶然じゃなければ強敵とやらのせいで縄張りから追い出されたのかもしれない。
「それ以外にここ最近森が騒がしいとか聞いたりしました?」
「そういったことは聞いていません」
森をうろついているわけじゃなく、やっぱり地下なんだろうか。
「この森に洞窟があるなら教えてもらいたいんですけど」
「いくつかあるとは聞いたことがあります。獣とかが巣として使っているそうですよ」
「巣かぁ。雨風を避けるには便利だしな」
「なにを探しているんですか? ギルドで聞けばすぐにみつかると思いますけど」
「時間はあるから、みつからなかったときに力を借りますよ。次は化け物について。大昔ここらで化け物が暴れたって町の人に聞いたんだ。それに関して話を聞きたいんだ。詳しそうな人は知ってる?」
「化け物がいたという話は世話になっている人から聞いたことがあります。どこから来たのかわからない化け物が、シャンガラがまだ村だった頃に暴れたそうです。村人ではどうすることもできないため冒険者を雇って倒したと聞いています」
「倒したのかすごいな。冒険者の名前とか残っているんですかね」
「町長なら知っているかもしれませんね。町でよく知られている話というわけでもないので、住民に聞いてもそんな話があったのかという反応をする人もいると思います」
「そういった話は人々の記憶に残って、語り継がれると思うんだけど」
化け物を倒したとか英雄譚として十分な話題性じゃないかな。
ファルマジスのときのように目撃者がいない状況なら記録に残らないのはわかる。でもここは違う。村が襲われて、人々が助けを求めて、化け物が倒された。話が広がるには十分な条件がそろっているはず。
「話を盛ったからじゃないでしょうか? 強い化け物なんてまず見かけることはありませんし、村の知名度を上げるためちょっと強いモンスター討伐の話を大袈裟に広めて、わざとらしすぎて逆に皆の記憶から薄れていったとか」
「そうなのかな」
ミストーレだと二回魔物が現れていたから勘違いしがちだけど、普通は魔物どころか強いモンスターもダンジョン以外で見かけることがほぼない。遭遇したければ森とか山に行く必要がある。だったら話を盛ったと考える方が自然なのかもしれない。
そんなものかなと思ったあと、聞いたことを頭の中でまとめていたため、会話なく進むことになる。
森から出て、リオがほっと息を吐く。
「森から出て安心しました?」
「はい。森の中はあれらの縄張りですから。そこから出たらもう大丈夫だと思えました」
「一般人だと猪とかも危ないですからね。これにこりたら次からは護衛してもらった方がいいですよ」
「そうします」
「いつも護衛してくれる人はなにか用事だったんですか?」
「幼馴染が護衛してくれるんですけど、その幼馴染が風邪をひいてしまいまして休んでいるんです。また別の日に一緒に行くからと言ってくれたんですけど、いつも大丈夫だから今日も大丈夫と思ってしまったのが失敗でしたね」
「その幼馴染が警戒しているからいつもは獣も近寄ってこなかっただけかもしれませんね」
リオは見た感じ荒事は得意そうじゃないし、警戒とかもできていなかったんだろう。獣やモンスターからすれば格好の獲物だったと思われる。
「実はいつも大袈裟じゃないかって思っていました。でも今日のことでしっかりと守られていたんだなって心底理解しました」
「感謝した方がいいですよ」
「はい。改めてお礼を言います」
話していると森の方から誰かが駆けてくる足音が複数したかと思うと、こっちに近づいてくる。
感想ありがとうございます