117 シャンガラ到着一日目 1
転移してもらうと周囲は様変わりしていた。
ミストーレは雪景色だったけど、ここは寒いだけで枯れ葉色の草原に雪がちらほら見えるだけだ。遠くに見える山には積もっているようで、白く染まっている。植生もなんとなく違う感じがする。
周囲の様子を見ていると草原の中に街道があり、それをたどっていくと離れたところに外壁に囲まれた町を見つけることができた。距離は三百メートルもないかな。
「たしか町の近くに森があるとかなんとか。あれか」
町から一キロもないところに、町よりも大きそうな森があった。
今俺が立っているところから北東に町があり、その町から東に森だ。
町の西と南には畑が見える。西の畑は収穫を終えたのか、なにもない。南の畑は収穫作業をしているようで何人もの人がいる。
外壁のそばにはテントがちらほらと並んでいる。なんで町の外にいるんだろうか。
「いつまでも突っ立ってないで町に行こうかな」
まずは宿の確保だな。そのあとは森を外から見てみようか。町の散策もしてどこになにがあるか把握しないと。
そんなことを考えつつ町に向かって歩く。
畑には農作業をしている人以外に、野犬の警戒でもしているのか冒険者の姿がちらほらと見える。
それを眺めつつ町に入る。
そこらを歩いている人に町の名前を聞くと、シャンガラだと教えてくれた。旅人だと思われたようで、もっと大きな町への馬車が出ていることも教えてくれた。
「手頃な宿はどこかな」
一年以上宿暮らしできるくらいのお金は持ってきたけど、高いところに止まると余裕はなくなるし、ちゃんと値段は聞かないとな。安すぎてもちゃんと休めないだろうし、注意が必要だろうな。
見つからなかったらこの町のギルドに行って、手頃な宿を紹介してもらおうか。
外観からして高級志向の宿を避けて、町を歩く。
ほどほどと思える宿を見つけて中に入って、玄関ホールを掃除している従業員に声をかける。
「すみません。ちょっとお聞きしたいんですけど」
「はい、なんでしょうか」
「ここは一泊いくらでしょうか」
「小銀貨二枚と大銅貨八枚ですね」
ミストーレで使っていた宿より安いな。雰囲気は悪くなさそうだし、ここにしようか。
「長期宿泊したいんですが」
「ああ、すみません。予約が入っている状態で使えない部屋があって満室状態でして」
「そりゃ残念。ここと似た値段の宿はほかにあります?」
そうですねと言って従業員は作業する手を止めて考え込み、二軒の宿を教えてくれた。
ありがとうございますと礼を言い、宿から出て教えてもらったところへ向かう。教えてもらった宿はフレグーラと小狐亭というところだ。
ひとまずその二つの外観を眺めて比べる。どちらも寂れている雰囲気などなく、ちゃんと手入れされている宿だった。
まずは目の前にある小狐亭に入る。
ホールには誰もおらず、呼び出しベルがあったので、それを振る。
チリリンと音がして、すぐに奥から従業員が姿を見せた。
「いらっしゃいませ。お泊りですか?」
「そうしたいけど、まずは一泊いくらか教えてもらえますか」
「小銀貨二枚と大銅貨七枚です。大銅貨二枚を上乗せした場合、洗濯はこちらが請け負いますし、毎日お湯を夕食後お部屋まで届けるといったサービスがあります」
「じゃあ上乗せで一ヶ月分を先払いします」
「ありがとうございます」
従業員は一ヶ月の宿泊費を計算し、求めてくる。
「はい、宿賃ね。おつりはいいよ」
大銅貨数枚のおつりがあるけど、それはチップとして渡すことにする。
町について聞きたいことがあるから、情報料として渡すといった方がいいかな。
「この町には来たばかりだからどこになにがあるか聞きたいんだ。いいかな」
「はい。大丈夫です」
チップのおかげか従業員は嫌がる様子を見せず頷いた。
「ここで一番のギルドはどこで、どういったところか知っているかな」
「一番ですか……昔からあるビッグフォレストが大きいかな。あとは最近名前を聞くカイナンガというギルドも勢いがあるとか。ビッグフォレストは町に根付いたギルドというんですかね。町の困りごとの解決、警備とかよその町への護衛を主にやっているギルドです。カイナンガは森で獣を狩ることを中心にしているようです。肉や毛皮の供給量が増えましたよ」
「森のことを知りたいならカイナンガの方に行った方がいいのかな」
「森になにか用事ですか?」
「探し物があるんですよ」
「それならビッグフォレストでも教えてもらえると思いますよ。彼らも森に入っていますし、昔から入っている分だけ情報を多く持っているんじゃないですかね」
「そっかー」
最近の情報を知りたいならカイナンガ、昔から今にかけての情報を知りたいならビッグフォレストって感じかな。
「それぞれの評判とかはわかります?」
「ビッグフォレストは昔からあるだけあって安定した評判ですね。代官である町長とも面識があって、おかしな評判は聞かないと思います。たまに所属する冒険者が暴れたという話もあるようですが、すぐに対処しているようです。カイナンガはあらくれ者というか戦いを好む人が集まっているみたいで、素行も乱暴な人が多いですかね。狩場のことで揉めたことがあるって聞いたことが」
「なるほど」
安定感があるところと素行の悪さが目立つところ。まあ一人に聞いただけだと情報が足りないからほかの人にも聞いてみよう。
「ギルドについてはわかりました。この町について聞きたいんですが、特産品があったり、なにかトラブルがあったり、治安が悪いとかありますかね」
「大きなトラブルはなかったはずですよ。喧嘩とか強盗とかそういった話はたまに聞きますね」
「揉め事としては普通ですね」
ミストーレでも住民がどこそこで喧嘩があったといったことを話していた。
「特産品は木工細工でしょうか。大きな森が近くにありますからね、昔からそこの木を使って家具を作ったりしています」
「家具かー。特産品が食べ物だったら嬉しかったんですけどね」
「この土地だけで食べられるものはないですね。森で取れるキノコや山菜を使った料理が名物といえるかもしれませんね。時期的にキノコが旬かな」
「キノコ料理ですか、どこか美味しく調理してくれる店はありますか」
三軒ほど従業員が美味しいと思える店を教えてくれた。
行くのが楽しみだと思っていると、従業員がそろそろ仕事に戻りたいので話はここまででいいかと聞いてくる。
「ええ、ありがとうございました」
「ではこちら部屋の鍵です。二階の五番と扉に書かれた部屋を使ってください」
鍵を受け取って二階に上がる。
部屋はミストーレで使っていた部屋と似たような広さだった。
掃除も行き届いていて、問題なく長期滞在できそうだ。
荷物を置いて、すぐに使うものはリュックから出していく。
「ここのギルドもお金の保管をしてくれるかな」
安全面から見て、宿に置いていくより預けた方がいいだろうし、あとで行って聞いてみよう。
荷物の整理を終えて、武具を身に着けたまま宿から出る。
少しばかり町の散策をしてから、昼食のため教えてもらった店に向かう。
キノコと肉の蒸し焼き、キノコスープ、キノコステーキなど旬を堪能しつつ、町の様子を思い出す。
(特に荒れた様子はないし、地方の小さな町って見たままでいいのかな。森で異変が起きているって噂している人たちもいなかった。現状強敵とやらは暴れていないんだろう。大きな森だし、町の人たちはまだ遭遇していない? 二つのギルドで聞いてなにかわかるといいけどな。リューミアイオールは把握していないって言ってたから無理かな)
皿に載っているものを全て平らげて、席を立つ。
お金を払い、店を出て、まずは近いカイナンガに向かう。
カイナンガの拠点は、数軒の家をまとめて使っているそうだ。メンバー用の寮といった施設が三軒と倉庫と事務所を兼ねた利用者用の建物の合計五軒。
聞いた場所の近くまで行ってみると、数軒の家を塀でまとめて囲っているのが見えた。
あれだろうと近づく、
入口すぐの平屋が事務所らしく、一般人や冒険者が出入りしている。そこから別の建物へと視線をずらすと平屋を守っている冒険者がいる。あそこは倉庫なんだろう。残りは寮ということか。庭と庭を一つにしてちょっとした広場になっているところがあり、そこで冒険者が武器を振っていた。
目の前の平屋に入る。中はほとんどの壁が取り払われ、広い空間になっていた。居住性はなくされて、事務などのための空間になっている。奥の方は事務作業をしている人がいて、利用者のためにパーテーションで個別対応できる区画がある。
ゴーアヘッドと比べるとこじんまりしている。町の規模が違うし仕方ないんだろう。
空いている区切られた区画に入り、呼び出しベルを鳴らすとすぐに職員がやってきた。
「いらっしゃいませ。ご用件はなんでしょうか」
職員は俺に椅子を勧め、テーブルをはさんだ対面の椅子に座りながら聞いてくる。
「森について聞きたいんです」
「情報収集ですか。お金をもらいますよ?」
「ここだとそうなのか」
ゴーアヘッドだとお金をとられなかったから、少し驚き。
「森をメインにしているギルドですから、自分たちの狩場の情報は貴重です。なのでお金をもらうことにしています」
「そうなんですね。いくらですか」
「聞きたい情報によって金額は変わりますね。なにか一つ質問をお願いします。それがいくらなのかお答えします」
「森にはモンスターがいるのか、危ない獣がいるのか。いるとしたらその名前。とりあえずこれでお願い」
「それ全てだと小銀貨二枚くらいですかね。追加で森の危ないところも話しますよ」
その値段なら安いもんだ。財布から小銀貨を取り出してテーブルに置く。
「まずモンスターですが、います。四種類ですね。ダンジョンで言うと十階までの小物が三種類。残る一種類も二十階くらいに出てくるものなので一人前の冒険者なら問題なく倒せるでしょう」
小物はリスと花と鳥のモンスターだそうだ。残る一種類はジャッカルのモンスター。
どれも厄介な能力はないらしく、ここを利用している冒険者なら問題なく倒せているそうだ。
注意点としては、花のモンスターが種を飛ばしてきて奇襲されることがあるため警戒が必要。ほかにジャッカルのモンスターの群れと遭遇することがあるため、物量に押されることにも注意が必要ということらしい。
それぞれの名前は齧りリス、肉食い花、吊るしモズ、ラジジャッカル。
「獣は猪と熊に一番注意しないといけないでしょうね。熊はジャッカル以外のモンスターを退けますし、猪は突然飛び出してきてぶつかることがあります」
「熊はジャッカルに勝てないんですか?」
「はい。複数で襲いかかられるみたいで、負けているところを何度も目撃されています」
一度に複数相手とはいえ二十階のモンスターに負けるなら、そこまで注意は必要じゃないな。
「モンスターの種類って昔からその四つだけなんです?」
「ここ十年は変わってないみたいですね。それより以前は私にはわかりません」
「そうですか。次に森の危ないところですが」
ジャッカルのモンスターの縄張り、視界が悪い小さな崖、深い沼、毒を持った植物の群生地などを教えてくれる。
「もらった情報料だとこれくらいですね。ほかに聞きたいことはありますか?」
「そうですね……そもそもよそものが森に入っていいですかね」
「それは大丈夫です。この町が森を所有しているわけではありませんし。森を燃やそうとか毒をばらまくとかそういったことをしなければ、自己責任で入れますよ」
「自己責任というのはダンジョンと一緒ですね。ダンジョンで思い出しましたけど、森に小ダンジョンや中ダンジョンはあります?」
「場所が知りたいなら情報料をもらいますが」
「あるなしだけでいいですよ」
「あります。確認できているだけで小ダンジョンが二つ。中ダンジョンが一つ。中ダンジョンは鍛錬用に残されていますね」
あとほかに聞きたいことは……狩場で揉めたことがあるとか言っていたっけ。
やっちゃいけないことがあるかもしれないし、そこらへんは聞いておこう。
感想ありがとうございます